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フリーター、狩人になる。  作者: 大久保 伸哉
第1章−3 『乱獲事件編』
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第69話 人を守れるハンターに(2)

 「はあ、はあ、はあ………。」


 一歩を踏み出す度に、無くなった左脚の方から痛みが走る。

 壊れた馬車の木材を杖代わりにして、生きる為に少しでも前に進む。


 この道は何度か通った事があるから、この先の森を抜けたすぐそこに小屋があるのは知っている。

 村をモンスターから守る仕事と、人の出入りを見ている役人がいるはずだ。

 そこまで行ければ、何とかなる。


 ……まさか、こんな事にはなるとは思わなかった。


 商人として、自分達の店を構えるために必死になって走り回った。 

 足元見られて安くしろって脅されたり、必死こいて商品を持って行ったのに、他の奴らが先に売っちまって通行費だけ使っちまった事は何度もある。


 色々きつかったが、そんな中でも親友のフレッドと一緒に夢を語っていたもんだ。

 いつか大きな商店を経営して、今まで馬鹿にしてきた奴らを見返してやるんだって言い合っていた。


 他の商人が、ハンターを雇った方が良いと呼ばれている場所は何度も通ってきた。

 確かに危ない場面は何度かあったが、速さ重視の俺達の馬車は何度もその危機を乗り越えてきた。……だから、今回も行けると思っちまったんだ。


 その時の俺達は、希望に満ちた日常がいとも簡単に奪われるとは思ってもいなかった。


 左にいたフレッドが一瞬にして目の前から居なくなり、視界にはネバネバした何かが広がっていた。嗅いだ事の無い異臭が鼻を刺激して、急な展開すぎて思考が止まった。


 目の前の『それ』が急接近して来たので、反射的に距離を取ろうと仰け反った時、目の前にある『それ』はパックリと開かられ、次の瞬間には俺の右脚を飲み込んでいた。

 ザクッとか、バツッとでも表現するような音が足元からしたかと思えば、一気に激痛が左脚を支配しだす。


 俺は自然と叫び声を上げていた。


 初めてと言って良いレベルの激痛を経験し、俺の脳がその痛みでブッ壊れないために反射的に腹から声が出た。

 それから脳が痛みに慣れたのか、少しだけ痛みが和らいだ事で何が起こったのか理解する事が出来た。


 目の前にいたのは大型モンスターだ。


 全身をヌルヌルとした粘液で覆った巨大なトカゲが「グッグッ……」と何かを飲み込む仕草をしていた。

 何を飲み込んでいるのか……。

 地面に転がっている下半身を見れば、一目瞭然だった。


 親友の死を見て、俺は呆然とする事しか出来なかった。


 さっきまで他愛もない話をしていたのに、夢を語り合っていたのに、気が付いたらそれは終わってしまっていた。

 あまりにもその終わり方が呆気なく、余韻を残さぬ終わり方で、現実にも関わらず受け止める事が出来ない。


 ―――ゴンッ!!


 呆然とする中、何かの衝突音で我に返る。

 気付いた時には目の前のモンスターの体はくの字に折れ、「ゴッ……!」という短い悲鳴を上げていた。


 「僕が時間を稼ぐ! だから、逃げてくれ!」


 突然現れた俺と同い年くらいの青年が、俺に向かってそう言った。

 目まぐるしく切り替わる戦況について行けない俺は、一瞬思考が止まってしまうが、彼は助けに来てくれたのだと何とか理解する。


 「―――ッ! あ、あ、あ、ありがっ―――」

 「速く!!」


 切羽詰まったその声は、彼自身も余裕がある訳では無い事を示していた。

 俺はその青年の事を信頼し、少しでも速く距離を取ろうと振り向かずに移動するのだった。


 そして現在に至る。


 止血なんてした事が無い俺は、上着を適当にぐるぐる巻きにして歩く。

 さっきまで青空が見えていた空は、いつしか雲が掛かっており、ポツポツと雨が降り出す。

 それはまるで俺の感情を表したかのようで、親友を、財産を、すべてを無くした事による悲しみが雨になって俺を濡らしている気がした。


 それでも、俺は歩いていた。


 雨なのか、汗なのか、自分の涙なのか分からない物が頬を伝う。

 すべてを失ってもなお、俺は生きたいと一歩を踏み出していた。


 そんな絶望なのか希望なのか分からない感情を原動力に歩いていると、視界の先にようやく小屋が見えてくる。

 意識が朦朧とし始めた所での希望の光に、俺は最後の力を振り絞って歩みを進めた。


 「開けてくれ!」


 小屋の前まで着いた俺は、力を振り絞ってドアを叩く。


 「はいよ―――って、どうした! 何があった!」


 出て来たのは中年の男性で、厳つい顔をしているが、その目は優しさも感じられる目をしていた。


 「お、大型モンスターに襲われた……。ハンターに助けて貰って、それで、ああ……彼を助けてくれ……!」


 体が限界に近付いたのか、脳が回らない。


 「ハンター? どんなハンターだった?」

 「えぇと…黒髪の、俺と同じくらいの青年……で……。」

 「アルが、大型と……? 不味い……! おい、こいつを止血してくれ! 俺は―――」


 瞼が落ちる。


――――――――――


 ―アルベルト視点―


 ガノテルデとの戦闘が始まってから、僕はすぐに森に入った。


 少しでも商人から引き剥がそうとしたのだ。


 戦いやすさで言えば、草木が茂っていない道の方が良いのだろう。

 なので商人と反対方向の道を進もうかと思ったが、そちらから誰も来ないという確証がない以上、被害が拡大しないためにも道から外れたほうが良いだろうと判断したのだった。


 戦況としては、僕のほうがやや劣勢だ。


 ガノテルデの移動速度はそこまで速くはない。

 大型モンスターと言えど、すべての大型モンスターが中型よりも優れているという訳ではなく、スピードで言えば中型のほうが優れているだろう。


 しかし、ガノテルデの粘液が問題だ。


 初交戦で突進した時からなのだが、一度接触した箇所に粘液がくっついて離れない。今だに突進した時の盾に粘液がこびり付いており、水分が含まれていて、いつもよりも盾が重い。

 剣や他の箇所にもガノテルデの粘液は付着していて、重りを着込んで走り回っている様な状態である。


 そんな状況にもかかわらず、まだ問題がある。


 それが、経験したことの無い移動距離だ。

 小型モンスターから中型モンスターに切り替わる時にもあった事なのだが、相手の体が大きい分、それだけ回避距離が伸びる。

 振り下ろした腕の下を潜って避けるなどというテクニックもあるのだが、ことガノテルデに関してはそれは出来ない。

 潜ろうとすると蜘蛛の巣のような粘液の糸が待ち構えているからだ。

 そして尻尾を振ると粘液が飛び散り、それだけ回避距離が伸びてしまう。


 これを経験すると、なぜエルザが稽古中にあれだけ長い距離を反復横跳びしていたのかが理解できる。そして「Aランクに上がりたければ、剣術よりまずはスタミナを上げろ」と言っていた事も頷ける。


 「はっ、はっ、はっ……!」


 戦闘が始まって数十分くらいだろうか。

 それだけの時間しか稼げていないのに、僕の肺はすでに「酸素をもっと寄こせ」と言っている。


 エルザに鍛えて貰っているので、スタミナには自身はあった。

 しかし、今回に関しては相手が悪い。

 粘液で行動を阻害し、小型の生き物はその粘液の重みで身動きがますますしにくくするモンスターだ。

 大型と対峙した事があるハンターでも嫌がられるモンスター。

 そんな相手と、大型モンスターとの戦闘が無い僕が戦うのは絶対に避けるべきだろう。


 でも、だからと言って、見捨てる訳にはいかなかった。


 「ガァッ! ガァッ! ガァッ!」


 ガノテルデは怒り、声を上げる。

 浅い傷ではあるが、あれ以降も少しづつ剣をガノテルデに当てていて、僕の攻撃がダメージになり、怒り続けて僕に注目するくらいには注意を引けている。

 傷から赤い血が流れ、ガノテルデの体は表面にある粘液と混じり合って縞模様の様になっていた。

 出血多量を期待して地道に攻撃していたのだが、あの粘液が止血の役割があるとは思わなかった。


 ―――ブンッ!


 ガノテルデがその巨体を揺らして半回転する。

 僕の視界からは、右側から何か大きな壁が急接近するかの様に写った瞬間、その壁と並ぶように同じ方向へ飛ぶ。

 この数十分で何度もやっている行動なので、その攻撃のタイミングや距離感が段々と掴めて来ている。


 避けた先にあるのはガノテルデの頭部だ。


 右後方から「ドチャドチャッ!」という音がするが、それを気にすること無くそのまま流れるように移動して、ガノテルデの頭部へ剣を振り下ろす。

 全身粘液に包まれた体をしているが、それでも僕の剣はちゃんと通る。


 先程までは、少しでも移動速度を無くそうと足などを狙って剣を振っていたが、僕も戦線を離脱する準備をしようとガノテルデの目を狙って剣を振った。

 しかし、流石に粘液で重くなった剣では思った通りの狙い場所に剣を置くことは出来なかった。


 「ガァッ…!」


 それでも意味があったようで、視界の隅から急接近をして傷を付けられた事で、ガノテルデは短い悲鳴を上げる。


 ガノテルデの脚や頭部から血が滲み、粘液がその流血を遅らせているが、全体的に赤く染まってきている。端から見たらそんな状態のガノテルデを見て「順調だ、殺れる。」と思うかも知れないが、当の本人としては全くその感じはしない。


 僕の攻撃は、ガノテルデからしたら全て切り傷程度のものだろう。


 ブンブンと飛び回る鬱陶しい虫が、チクチクと少し痛い攻撃をしてくるからムキになっているだけであって、このまま攻防が続けば飲み込まれるのは僕の方だ。


 (もっと時間を稼ぎたかったけど、ここが僕の限界だな……。)


 息が上がっており、狙った箇所に剣を振り下ろせていない現状。

 それに対し、ガノテルデは一見ダメージがありそうに見えて、元気に僕を追いかけ回している。

 冷静に判断して、引き際はここだろう。


 片足が無くなった商人がどれくらい距離を稼げたのかは分からないが、これ以上深入りすると僕の身が危ない。安全な距離まで逃げれた事を祈るしか無いだろう。


 ―――ポツ、ポツ、ポツ。


 気が付いた頃には空に雲が掛かり、森の奥から雑音が迫り来る。

 その雑音は僕達の頭上を瞬時に通り過ぎ、戦場を駆けて熱した体を冷やしてくれる。

 雨の勢いは思ったよりもあり、すぐに僕たちの体を濡らす。

 この雨が吉と出るか凶と出るか。


 「……?」


 ガノテルデの様子が変わった。

 いや、姿勢が変わったと言った方が正確か。


 雨が降ったことに対して、ガノテルデも顔を上げて空を見上げたと思いきや、今度は頭を下げて這いつくばる様な姿勢をする。

 さっきまでは、なるべく大きく足を広げていて、頭を上げる姿勢をしていたので全く逆の姿勢に切り替わっていた。


 (戦意喪失……? もしかして、元々体力が残っていなかったとか……?)


 元々弱っていて、相当腹が空いている状態だったのだろうか。

 でも、そうでもない限り大型のモンスターが僕よりも早くスタミナ切れを起こすのは考えられない。


 (でも良かった。これなら無事に逃げられ――――――)


 そう思った矢先の事だった。


 ガノテルデは、これまで僕に見せた事が無いスピードで急接近をする。

 現在、僕達がいる場所は開けた場所なので、そのスピードを出すガノテルデの邪魔する木々なども無い。

 走り出しが分からない程の、速すぎる初速で一気に僕の所まで突撃してきた。


 ―――バチンッ……!


 嫌な音がした。

 なにか大きいものをぶつ切りにした様な音。

 最近では、小型のモンスターを一刀両断する時に聞いた音の様な気がする。


 「―――った…!」


 反射的に右に避け、あまりに突然の事だったので受け身なんて取る余裕がない僕は、倒れ込むように芝生に身を投げた。

 芝生は衝撃を吸収してくれるが、その性能は微々たるもので、飛び込んだ右肩を中心にじんわりと痛みが伝播する。


 ……しかし、その他の場所からも痛覚が流れてくる。


 右肩とは違う。

 足の方から痛みが伝わってくる。

 捻挫でもしただろうか。

 

 そう思って視線を足の方へ移動すると………左足が無くなっていた。


 「………え?」


 逃げようと判断した矢先の事だった。


 雨に濡れて、水分を含んだ地面と僕の服。

 大型モンスターから逃げるには、それだけでも不安要素になる。

 水を含んだ服は重りになって体力を奪い、濡れた地面は滑りやすく走りづらい。


 それに加え、何故か段違いにスピードが上がったガノテルデ……。

 そこに、逃げる為の足が奪われたという事は………。


 「グッ……。」


 目の前のガノテルデが喉を鳴らして何かを飲み込む。

 さっきまで体中に纏っていたガノテルデの粘液は、糸を引く粘度から、ツルツルとした粘度に切り替わっていた。


 ―――ザァァァァァァァァ……………。


 第2ラウンドが始まる。

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