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フリーター、狩人になる。  作者: 大久保 伸哉
第1章−3 『乱獲事件編』
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第68話 人を守れるハンターに(1)

 ―アルベルト視点―


 愛する妻に見送られ、家を出る。

 子供の頃から見慣れた村を通り、森へと向かう。


 今日は結婚記念日。


 記念日という特別な日だからだろうか、見慣れたはずの村が、畑が、空が輝いて見える。

 それもこれもきっと、愛する妻がいるからだろう。

 家族が死んで、一人っきりだと思っていた時の僕は、世界がこんなにも綺麗だとは思えなかったはずだ。


 道を歩くだけで気分が高揚する。


 家に帰れば愛する人が待っている。

 その愛する人が喜んでくれる姿を想像して、僕の体は自然とステップをして跳ねていたのだった。


――――――――――


 「あ〜良かったぁ〜……。」


 森を練り歩き、最後の罠拠点でようやくアライ鹿が捕まっていた。


 アライ鹿は、甘い味のするベチベリの実を好んで食べる。

 だから、ベチベリの実が生えている4箇所に罠を仕掛けていたのだが、最後になるまで誰も罠に掛かって無くて不安だったのだ。


 獲れなかったとしてもエルザは何も言わないだろうが、ハンターとして、記念日にくらいは狩りで獲った獲物でお祝い事をしてみたいと前々から思っていた。

 結婚式の時はしなかったが、2人っきりの特別な日は特別な事をしたいのだ。


 そんな思いでアライ鹿を獲ろうとしていたのだが、最後の罠を見るまでは「やってしまったか……」と焦っていた。

 まあ、獲れないのも狩りの醍醐味と言われればそうなのだが、上記の理由でどうしても獲りたかった。


 そして無事にアライ鹿を1頭狩ることに成功し、肩に担いでビエッツ村へ歩みを進める。


 動脈を切ってそれなりの血は抜けているが、それでも重い。

 以前の僕なら、アライ鹿を1人で担いで村まで行くのは出来なかっただろうが、エルザと出会って3年、この3年で僕も大分と強くはなった。

 水猿流の技術もそうだし、エルザの練習を一緒にしているだけで体が鍛えられていった。そのお陰で、1人でBランクになるくらいに強くなれた。


 なので、息が上がること無く森を歩く。


 草をかき分けて歩くガサガサという音や、風に揺られて木々がサワサワという音、そんな音とは違い、甲高い鳥の鳴き声などが混在している森の中。

 そんな森の中、場違いな音、いや、場違いな声が聞こえてくる。


 「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」


 何事かと思い、声がした方向を見る。

 と言っても、声がした方向は僕の真正面、村に繋がる通り道からだった。

 少し遠くて状況は分からないが、大きい生き物が動いているのは何となく分かる。


 人間ではない大きさの生き物が動いていて、人間の悲鳴が聞こえるとなると、答えは1つだろう。


 (助けなきゃ!!!)


 僕は担いでいたアライ鹿をすぐさま置いて、声がした方向へ走り出していた。


――――――――――


 声のした場所に着くと、予想した通りの惨状が広がっていた。


 馬車は横転していて、積み荷の野菜が袋から飛び出ている。

 そしてそれは人間も同様だった……。

 2人の内の1人は上半身が無くなっていて、もう1人の商人は左脚が無くなっていた。上半身が無くなっている方は腸が飛び出ていて、血溜まりが地面にじわじわと広がっている。


 周囲を見ても装備を付けた人が居ない事から考えるに、ハンターを雇っていなかったのだろう。この森を迂回して行くルートならそれでも良いが、この道を通るならハンターは必須のはずだ。

 運が良ければモンスターに出会わなくて済むが、ほとんどの可能性でモンスターに出会ってしまう様な道なので、村の人は安全の為に迂回するルートを使うのが一般的だった。


 急ぎの用事か、はたまた驕りか。


 今回は後者だろう。

 左脚が無くなっている人を見るに、僕と同い年か年下くらいの若い青年だった。

 恐らく、自分たちなら行けると判断してしまったのだろう。


 自己責任。……だが、見捨てる訳にはいかない。


 そして、この惨状を作り出したモンスターは「ガノテルデ」。


 エルザから聞いた事がある。

 イモリのような見た目をしていて水辺に生息しているモンスターだ。

 その体は臨戦態勢になると粘液を出して守りを固め、相手にはその粘液を付けて行動を邪魔してくるのだ。ガノテルデの移動はそこまで速くないが、その代わりに相手も自分と同じスピードにするという厄介なモンスターだ。

 ガノテルデの戦闘は面倒臭く、慣れていない人はその戦闘スタイルに巻き込まれて、飲み込まれるとエルザは言っていた。


 けど、ガノテルデは水辺に生息しているモンスターなので、ここより離れた所にいるはずだ。そういった事からも、この商人たちは運が悪かったと言える。


 そして、そんな不運と共に飲み込まれた結果がこの惨状なのだろう。


 ガノテルデは、生き残った商人の止めを刺そうと走り出す。

 それを見た僕は居ても立っても居られず、走り出していた。


 ―――ゴンッ!!


 ガノテルデが商人の目の前まで来た所で、僕は横から盾で突進する。

 精一杯に加速した体は草木を揺らし、振り被って殴るように盾を前に押し出す。

 その衝撃は巨体を浮かせ、ガノテルデの体がくの字に折れる。


 ……だが、僕の全力の突進はそれまでだった。


 想定していたのは、ガノテルデの体が吹っ飛んで行くイメージだった。

 だが、流石は大型モンスターと言った所か、僕のレベルではこの巨体を飛ばす事は出来なかった。

 しかし、それでもガノテルデにもダメージはあったようで、睨むようにこちらへ振り向く。


 「僕が時間を稼ぐ! だから、逃げてくれ!」


 ハンターではない、非戦闘員には荷が重い話だろう。

 仲間が死に、足が無くなっている状態で、激痛が走っている中、1人で逃げろというのは難しい。………でも、しなければいけない。

 生きたいのであれば、一刻も早くこの場から離れなければ、手負いの獲物へ注意が向いてしまうのだから。


 「―――ッ! あ、あ、あ、ありがっ―――」

 「速く!!」


 先程までの差し迫った死の恐怖から、商人はガクガクと震える体をしていた。

 そんな状態にも関わらず、商人は感謝を述べようと口を開くが、恐怖で体が言う事を聞かない商人はきちんと言い切る事が出来ない。


 有り難い話だが、そんなやり取りをしている場合ではない。


 僕も大型モンスターと戦うのは初めての事で、誰かを守りながら戦うなんて余裕は無いのだ。少しでも長く距離を離して貰わないと出て来た意味が無くなってしまう。


 そんな僕の緊迫感を感じ取ってくれたのか、商人も這いつくばりながら移動を始める。


 それを感じ取ったガノテルデが商人の方へ顔を移動しようとするが、僕は瞬時に走り出してガノテルデの顔面に向けて剣を突き刺す。


 「ガッ!」


 ガノテルデは短い悲鳴を上げる。

 本当は今の一手で左目を潰そうとしたのだが、思った以上に頭が上にあったから的がズレてしまった。


 「ガァッ! ガァッ! ガァッ!」


 ガノテルデは左目に当てようとした事に激怒した様で、標的を完全に僕に切り替え、その巨体を動かして正面に向く。


 大型を遠目から見たことはあるが、ここまで近距離に近付いた事は一度もない。


 その圧倒的な体格差から来る重圧は今まで経験した事のない物で、敵意を向けられた時に感じるのは絶望感だった。

 生物として圧倒的に違うと、体格だけではなく、ガノテルデの覇気のようなものかも感じる。


 ……しかし、ここで逃げる訳にはいかない。


 今だに、視界の隅の方では商人が懸命に生きようと体を引きずって逃げている。

 そんな人の為に僕達ハンターが存在するのだから、絶望を感じたなんて泣き言を言ってられない。


 「来い!!!」


 Aランクモンスターとの、初めての戦闘が始まった。

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