第65話 結婚式
―エルザ視点―
姉さんに私達の結婚を認めて貰ってから1週間が過ぎた。
今日、結婚式をあげる。
アルと結婚すると決めてから、たった1週間で結婚式を挙げるというのは早すぎるのだが、それをしなければいけない理由があった。
と言うのも、姉さんが帰る前に私達が結婚する姿を見せたかったのだ。
2年前、姉さんが私に見せてくれたように、私も結婚する姿を見せて少しでも恩返しがしたかった。
それに対して、姉さんは喜んでいた。
姉さんは私と似ていいて、そういった行事に興味を抱かない人間なので断られるかと思ったが、この1週間の間は凄く楽しみにしてくれていた。
この1週間で姉さんとは色々と話をした。
鍛冶屋の仕事はどうだとか、子供はどうだという話だ。
そう、姉さんには子供がいるはずだ。
今年で3歳の息子がいるはずなのだが、こんな所に居て大丈夫なのかと聞いてみると、大丈夫だと言っていたのだ。「私とアイツの息子なんだ、私が2ヶ月ちょい居ないからって何も問題じゃない」というのが姉さんの主張だった。
まるで玄人の様な発言をしているが、初めての育児をしている人間の言葉である。
そこが気になり、少し突付いて聞いてみると「おばばが居るから大丈夫だ。」と返ってきた。これ以上、他人が育児について聞くのもどうかと思ったので聞かなかったが、育児をやった事が無い私は心配だった。
私も子供が出来れば姉さんのようになるのだろうか……多分ならないだろう。
他には姉さんの仕事の話などを聞いた。
子育てをしながらも職人として成長しているらしく、特に刻印を刻むのは私が会った時より正確に出来るようになったらしい。
私は鍛冶屋じゃないので詳細は分からないが、どうやら魔剣にはその刻印とやらを刻む必要があるらしく、それが下手だと魔力の通りが悪くなり、良い魔剣とは言えないらしい。
私の剣も魔剣であり、姉さんの結婚式の時に貰った剣だ。
剣の手入れをする時に、持ち手の部分である茎に何やら凸凹と窪みがあったのだが、それが刻印なのだという。あまり大きく傷つけてしまうと良くないらしいので、今度からはより丁寧に手入れしようと思う。
――――――――――
「アルベルト君、エルザさん。結婚おめでとう。」
結婚式は順調に進められ、小さいながらも自宅で披露宴をしている。
誰かを招待するとかは無く、家の扉を開けておいて、祝ってくれる人は自由に来ると言った感じだった。
そこで、まず初めに挨拶しに来てくれたのはこの村の村長であるレイロンだった。
「ありがとうございます!」
「あの小さかった少年が、こんな立派な青年になって、ご家族も誇りに思っていると思うよ。」
「そうだと嬉しいです。」
「何かあったら、何でも言ってくれて良いからね。」
「はい、その時はよろしくお願いします!」
村長は短く挨拶をして、今度は私の方へ視線を動かす。
「エルザ君もおめでとう。ここに来た時も言ったけど、君もこの村の一員だからね。何でも相談に乗るよ。」
「ありがとうございます。」
そこから村長と会話をしていると、横から割って入ってくる人物が登場する。
「アルベルト! 来てやったぞ〜!」
「サイモンさん!」
サイモンは既に顔を赤くしながら千鳥足で近づいて来て、そのまま村長に抱き付く形でその場に留まる。
いきなり体重を掛けられ、普通であればそのまま押し倒されてしまいそうなものだが、村長はサイモンの寄り掛かりにビクともしない。
村長は嫌な顔をせず、むしろ心配そうにサイモンを見て肩を貸していた。
「祝いに来たぜ〜。」
「飲みに来たの間違いでしょう。」
「がはははは、まだ本音が出るほど飲んでねぇよ!」
カマを掛けたらボロが出た。
「言っちゃってるじゃないですか。」
「がはははは、まあ良いじゃね〜か! おめでたいとは思ってんだよ!」
「それはありがとうございます。家で吐かないでくださいね。」
「お〜う、任せろ〜。」
全くもって信用できない返事をしてサイモンはした後、村長が肩を貸しながらこの場を後にした。
それ以降も村の人が挨拶をしに来てくれ、意外にも村の人達に受け入れられている様に感じる。……いや、これはきっとアルが好かれているからなのだろう。
「結婚おめでとーー!!」
今度は、ソフィアがエルザに挨拶をする。
ソフィアはこの村に来てから、昔からちょくちょくやっていた研究を加速させていた所、私が結婚すると聞いてからは、「丁度良い」と言ってこの村に家を建てると言っていた。
ソフィアはそこまで大きくない結婚式にも関わらず、ちゃんと正装をしていた。
ただし、ちゃんと立てるべき人を分かっている感じの服装をしており、いつもよりも少しだけお洒落をしているという感じの服装をしていた。
「ありがとう。」
「あのエルザが結婚なんてね〜。昔の暴れようを見ていた者としては考えられないわ!」
アルと付き合っている時に、何度も言っていた言葉を言う。
その暴れた時期を知らない村の人達も居るのだから、あまり大きな声で言わないで欲しい。
「アルくんも、エルザをよろしくね!」
「はい!」
アルは真剣な面持ちで返事をする。
そんな固くなったアルにソフィアはバシバシと肩を叩き、後ろに回していた左手を私達の前に出す。
「そして、2人の結婚祝いに〜〜……これ!」
そう言って出してきたのは木箱だった。
装飾はそこまで派手さはなく、高級そうな箱の扉をソフィアは開く。
中に入っていたのは2つのティーカップだ。
1つは青、もう1つはピンクの花が描かれている。
「このティーカップは、あのハーストン家御用達の職人が作った作品で、この世で2つと無い特注品よ!!!」
何が凄いのか分からないが、ソフィアのドヤ顔具合から察するに、相当な貴重品という事なのだろう。私は高級品とかに関しては詳しくはないので分からないが、ソフィアの顔で判断くらいは出来る。
「ありがt……ちょっと待て、そんなのを1週間で準備出来ないだろ。」
反射的に感謝を述べようとするが、瞬時に違和感に気が付き聞いてみる。
ハーストン家はここより遠くに位置する『イグメンテス』に居る名家のはずだ。
その距離は1週間で準備するなんて到底無理な距離であり、私でも違和感に気が付くくらいおかしな話だった。
それを聞いたソフィアは一回キョトンとした顔になり、今度はニンマリと笑って私の疑問に答える。
「そりゃあ、この村に来た時から大体分かってたし、アル君も私に相談してたしねぇ〜。」
「知ってたのか?」
「予想よ、予想。これを注文した時は「そうなんじゃないかな〜」って思って買っておいたの。それで1ヶ月前にアル君から告白するって聞いて、エルザが断る訳無いから準備しておいたの。」
それで、あの時そこまで驚いていなかったのか。
ソフィアの結婚の報告をしに行く際、レイナは喜んでいたが、そこまで驚いてはいなかった。むしろ「待ってました。」と言わんばかりの対応をしていて、私のドレスなんかも特急で用意していた。
まさか、数ヶ月前からプレゼントまで用意していたとは……。
「これ高級品だから、洗ったりする時は気を付けなさいよ。変な持ち方して握り潰さないでよ〜。」
「するわけ無いだろ。」
いつもと違う、色々な人が私達を祝いに来てくれるという状況の中、ソフィアはむしろ変わらずに接してくれたおかげで、固くなっていた体が少し緩む。
「ありがとう、ソフィア。」
「……ええ、幸せになりなさい。
これはきっと、苦しんで来たあなたが、それでも諦めなかったから掴み取ったものよ。皆が嫉妬するくらい幸せになる権利があなたにはある。
だから、幸せになってね。」
「ああ。」
私が結婚すると言うことは、パーティーは解散になる。
しかし、それを聞いてもソフィアは反対をしなかった。
その真意は、この言葉なのだろう。
そしてソフィアは、道を譲るような仕草をして、後ろにいる人物を私達の前に出す。
「姉さん。」
最後に現れたのは、やはり姉さんだった。
「エルザ、結婚おめでとう。」
姉さんの顔はとても穏やかだった。
姉さんはそのまま少し空いた距離で立ち尽くし、私とアルが並んだ姿を目に焼き付けている様だった。
子供の晴れ舞台を見る母親のように、姉さんはその場で暫く私達を見ていて、私達もそれを邪魔をすること無く静かに待った。
「ありがとう。姉さん。」
何も言わずに近付いた姉さんのタイミングを見て、私も姉さんに声を掛ける。
そのまま姉さんは私にハグをし、私も姉さんを優しく両手で包んだ。
「こんな日が来るなんて、あの頃は思いもしなかった……でも……―――本当に、本当に良かった。」
ハグを終え、それでも離れたくないかの様に、2人で手を繋ぎながら姉さんは言う。姉さんは泣きそうな顔になりながらも、今回は涙が頬を伝って行く事はなかった。
只々幸せを噛みしめるように、一瞬一瞬を忘れまいとする姿があった。
そこにいつもの勝ち気な姿はなく、頼もしかったあの背中を持っている人とは思えないくらいに、この瞬間だけは姉さんのトゲが無くなっていた。
「ソフィアみたいに1週間でプレゼントは準備出来なかったが、向こうに帰ってから剣を送るつもりだ。その時は使ってくれ。」
「うん。」
姉さんの結婚式の時に貰った1本があるが、受け取らない訳にはいかないだろう。
そこから姉さんと繋いでいた手を離し、今度は隣りにいたアルに顔を向ける。
アルは元々伸ばしていた背中を更にピンッと伸ばし、真剣な顔で姉さんの視線に答える。
「この間は、色々と試すような事を言ってすまなかった。」
「い、いえ! そんな―――!」
「この1週間を見ていて確信した。お前にエルザを任せられる。」
「エレノアさん……!」
アルは感激した顔になるが、涙を流さなかった私達のやり取りに習ってか、アルもそのまま瞳に涙を蓄えたまま一礼する。
「結婚おめでとう!」
アルが顔を上げたタイミングで、姉さんはそのまま私達をハグした。
そのハグは、さっきの優しいハグではなかった。
しかし、そのハグには一切不快感はなく、姉さんの強い思いが感じられるハグで、私達に笑顔が溢れるくらい心地良かった。
それを見た周りの人達が全員拍手をする。
思い思いに祝福の声を上げ、沢山の人に迎えられて、私達は結婚した。




