第63話 あなたが好きです。僕と結婚してください。
アルと付き合ってもうすぐ2年になる。
時間というものはあっという間に過ぎていく。
アルベルトは水猿流をそれなりに出来るようになり、今では1人でBランクになる事が出来た。
私も読み書きはそれなりに出来るようになり、専門的な単語や文章でなければ理解でいるレベルになった。
料理の方もこの1年でソフィアに教えて貰い、今ではなんと7種類の料理を作る事が可能になり、夕飯の時は毎日私が料理を出している。
半年ほど前から、アルの故郷であるビエッツ村に定住し始めた。
ビエッツ村は六神評議国の東に位置する場所で、姉さんがいる都市からは1ヶ月ほど掛かる距離だ。会いに行けなくはないが、往復で2ヶ月掛かるとなると、あまり簡単には会えそうにない。
ビエッツ村は猿人族が主な村だ。
なので、ソフィアを見て差別とかされないだろうかと心配していたが、別に他種族との交流が無いという訳ではないそうだ。
というのも、ハンターとして来る人もいれば、物売りとしてこの村に来ることも度々あり、村の人も毛嫌いしている訳では無いそうだ。
単純に、こんな端っこの方にわざわざ移住する人が少ないだけと村の人達は言っていた。
閉鎖的という訳でもなく、来るもの拒まずという感じで、私もすぐに村に馴染むことが出来た。……が、私のほうが問題で、他人との交流が苦手なのは今だ健在だ。
淡白な返答しかしていないので、嫌われていないか心配である。
「これがサンドイッチか。」
「そう、食べたこと無いの?」
「ああ、知ってはいたが、携帯食にしては嵩張るから食べたことはなかった。」
「携帯食って……店でも出してるじゃん。そこでも食べなかったんだ。」
「店で食べるなら、もっと腹持ちが良い方が得した気持ちになるだろ。」
「あぁ〜……確かに分からなくも無いかなぁ〜……。」
現在、私達はデートの準備中である。
アルが子供の頃からお気に入りだった丘の上があるそうで、2人っきりでピクニックをしようとアルから提案されたのだ。
そこで昼食を食べるために作っていたサンドイッチを、アルが作り終えた頃である。
勿論、私だって調理のやり方を教えて貰えば、サンドイッチくらいなら出来るだろう。しかし、今回はアルが「やってみたい」というからやって貰っているのであって、いつもアルが料理をやっている訳ではない。
「じゃあ、行こうか!」
アルはそんな私の心の中の言い訳を気にすること無く、出来上がったサンドイッチを籠に入れて私の方へ振り向く。
――――――――――
村から南東へ少し進むと、大きくなだらかな丘が見えてくる。
歩みを進め、頂上に立つとビエッツ村が一望できた。
その光景がアルは好きなのだそうだ。
「ん〜、今日は風がゆったりしてるね。」
「ああ、天気も良いし、気持ちいいな。」
この丘には何回かアルと登った事はあるが、丘の頂上という事もあってか、どうしても風が強いのだ。恐らく、ここは風の通り道なのだろう。
前回来た時は春になったばかりだったので、まだ冬の風が残っていて寒かった。
「はは、この前の時は寒かったよね。」
「私が言った通りに厚着をすれば良かったのに、アルが「大丈夫でしょ」とか言って最終的に風邪を引いたよな。」
「そうなんだよね〜。……あれからもう2ヶ月も経ったんだね。」
アルは「時間が過ぎるのはあっという間だっ!」と言って村の方を見る。
その目は何かいつもと違う感じがするのを感じ取る。
何が違うのかは説明できない。
しかし何か、思い詰めているような、覚悟を決めているような、良いことなのか悪いことなのか分からないが、何か違う感じがした。
「ささっ、僕が作ったサンドイッチを食べてみて! 店の人から教わったソースを入れてみたから、結構自信あるんだ!」
私に察知されるのを隠すように、瞬時に切り替えるアルに不信感があったが、私は指摘せずに素直に座る。
サンドイッチを食べながら思考が回る。
アルが何か悩んでいるのか?
村を見て何か考えているみたいだし、村の人との関係か?
まさか私のことか?
私の事で村の人達から何か言われているとか?
確かに話しかけられても短い言葉しか返せてないが、結構良い感だと思ってたんだが……。
それとも、村のことじゃなくて私のことか?
何か不味い事をしてしまっただろうか。
料理が不味いとか、家事が雑とか、……もしかして、夜の運動が激しすぎるとか?
いやいやいや、アルは良いって言ってたはずだ。
じゃあ、なんだ?
まさか、別れ話……?
なんだか、段々と悪い方へ考えてしまう。
もし別れ話とかになってしまえば、私は正常ではいられなくなるだろう。
こんなに気を許した男性は初めてだし、こんなに好きになった男性は初めてだ。
そんなアルに「別れよう。」なんて言われてしまえば、私は壊れる自信がある。
私はもう、それくらいアルの事が好きになっていた。
「エルザ? 大丈夫?」
「え、あ、ああ、大丈夫だ。で、なんの話をしてたんだったか。」
「味はどうかな?って話だよ。パクパク食べてくれてたから、気に入ってくれたのかな〜って。」
「ああ、そうだったのか。凄く美味しい。作り方を教えて欲しいくらいだ。」
「ふふっ、そっか。気に入って貰えたみたいで何より!」
正直、不安が頭を支配していて味がよく分からない。
しかし、ここで「美味しくないです。」なんて言う訳が無い。
そんな事をしてしまっては、本当に別れ話になってしまう。
それから他愛もない会話をした後、会話が途切る。
いつもなら、そんな沈黙の時間は別に大した事無く、むしろそんな時間でも心地良さがあるのだが、なぜかアルからは緊張しているのが受け取れる。
その間の隙間を埋めるかのように、私達の背後から風が流れる。
風は背中を押す様に吹き、そしてすぐに収まった。
その直後、アルは落としていた顔を上げ、口を開く。
「僕は両親が死んだ時、一生1人で生きて行くと決めたんだ。」
沈黙が流れていた中で、そうアルが切り出す。
その言葉を聞いて私の心臓は跳ね上がるのだが、まだ話は終わっていない様子なので、そのまま黙ってアルの言葉を待つ。
「大事な人が居なくなる事の悲しさを、もう一生味わいたくは無かったから。」
アルを見ると、アルは村を見て呟くようにそう言った。
「でも、エルザと出会って、綺麗だと思ったんだ。そして、一緒に居たいと思った。」
この言葉は、この2年で何回か聞いた言葉だ。
「何故、私を好きになったのか」と私が聞いた時に何度も言ってくれた言葉。
不安になる私に、私を落ち着かせる様に言ってくれた言葉。
ただ、最初の言葉は初めて聞いた。
アルは1人で生きて行くつもりだったと。
「それから、エルザと一緒にいて、エルザと一緒に食事して、エルザと一緒に笑い合って、考えが変わったんだ。」
アルは村の方を見ていた顔をこちらに向ける。
その目はいつもの穏やかな顔つきでは無く、真剣な顔をしてこちらに振り返った。
その顔はとても緊張している様子で、私の方もそんなアルの顔を見て背筋が伸びる。
「この村に来る時、エルザが言っていた「僕と一緒ならどこでも行く」って言ってた事、忘れた事は無いよ。」
そう、あの時、既に私の中では心に決めていた。
1年半共に居て、一緒に過ごして、アルの故郷に行くと言われて、私の心の中では決めていたのだ。
もうこの男しか居ない。
私が男の人と一緒に居るとしたら、それはきっとアルしか居ないと思っていた。
だからあの時、暗に準備は出来ていると伝えたのだった。
「あの時は、あやふやなまま流しちゃったけど、半年も掛かっちゃったけど、ずっとずっと考えてた。」
ここまでの会話で、アルも色々考えていたのだと知る。
この村に一緒に来たのはそういう事なのかと思っていたが、半年間何も言われなかったので、正直不安があった。もしかして、ここまで来て駄目なんて話は無いよなとソフィアに何度も相談していた。
でも、アルがさっき言っていた様に、アルの中でも決めきれていない事があったのだ。「大事な人が居なくなる事の悲しさを、もう一生味わいたくは無かったから」と言うアルのその気持は私も分かる。
私も両親を殺されている。
あの時の悲しみと、喪失感を味わうのはもう嫌だと言いたい気持ちは痛いほど分かる。残された者の苦しみと悲しさは、経験をして来たからこそ心から理解できた。
そしてそれを知っていて尚、再び大事な人を作るのか。
それを問われた時、足踏みしてしまう気持ちも分かる。
アルは私の手を握る。
その手は私の手を優しく包み込み、アルの体温が私の肌に染み込んでいく。
2人の体温が溶け合っていくのを待つかのように、アルは暫く私の手を握ったまま私の目を見つめる。
「あなたが好きです。僕と結婚してください。」
アルは私の目を見てそう言った。
その目は私を見てくれていて、私だけを見つめてくれた。
アルがその言葉を言ってくれて、アルが私と一緒に居たいと決断してくれて、私は涙が止まらなかった。
「はい。」
止まらない涙を手で拭い、私もアルの目を正面から見てそう答える。
その答えを聞いたアルは緊張が解け、いつもの顔で笑みが溢れる。
来た時は青かった空が紅に染まり、私達を赤く染め上げる。
私達は、結婚する。
――――――――――
熱い時間を過ごしてから、帰路に着いた。
「御免くださ〜〜い。……って本当にここであってんのかぁ〜?」
アルと熱く手を握りながら家に向かうと、家の前で女性が立っていた。
髪は私と同じ赤色をしていて、背丈も私と同じくらいあるが、髪の長さは私とは違い、首らへんまでしか伸ばしていない。
その後ろ姿は覚えがある。
だが、私がイメージする人物はここよりも遠い所に居るはずだった。
「姉さん!」
何でいるのかは分からないが、久しぶりにあった姉さんは変わらない。
荒々しい感じで、しかし、色々と考えている雰囲気が滲み出ている。
その雰囲気を間違える筈もなく、確証のない状態だが、反射的に呼んでしまう。
「……ん? おお、久しぶりだなぁエルザ!」
振り返ったその顔は、やはり私の知っている顔だった。




