第62話 愛の手料理
―エルザ視点―
アルベルトと付き合ってもうすぐ1年になる。
彼との仲も順調で、大きな喧嘩という物も一切ない。
夜の営みの方も順調で、特段問題は無い。
ただ、私の方が体力があるからか、行為後のアルベルトは干からびたかの様にヘトヘトになっていた。私が動いてもそうなってしまうので、どうにか改善出来ないものかという思いは少しある。
それ以外で言うと、修行していた時期の癖で、ある程度その周辺のモンスターを狩ると、次の場所へ移動し、またそこである程度モンスターを狩れば移動するという武者修行の様な事をやっていた。
それを聞いたアルベルトは「僕も色んな所に行きたい」と言って、私のやり方を続ける事になった。
なので現在、私達が出会ったビルナーシュ町には居ない。
「料理を教えて欲しい。」
そんな移住生活をしている中、目の前で紅茶を飲んでいる角の生えた女、ソフィアに唐突に懇願する。
「料理? どうしたの急に?」
彼女は優雅にカップをテーブルに置き、落ち着いた様子で聞いてくる。
「その、私とアルが付き合ってもうすぐ1年になるだろ。」
「そぉぉぉぉぉぉ言う事ね!!!」
さっきの優雅さは何処へやら。
私の言葉で全てを察したソフィアは勢い良く席から立ち上がり、イベント好きの顔が表に出る。
「あ、ああ。付き合ってもうすぐ1年だから、手料理を作りたいなと思って。」
「はは〜、あのエルザがね〜。……感慨深いわ。」
ソフィアは立ったまま腕を組んで「うんうん」と頷いている。
その動作は何処か演技臭く、気分を逆なでしてくるのだが、今は私がお願いしている立場なので黙っておく。
「で、何を作りたいの?」
「シチューだ。」
「へ〜、ケーキとかじゃないの?」
「ああ、アルはシチューが好きだから、そっちの方が良い。」
アルベルト自身も言っていたが、彼はシチューが大好きだ。
特に母親のシチューは特別なようで、シチューを食べる時はいつもその話になるものだ。
「なるほどね。ま、料理なら私に任せなさい! ママ直伝のシチューを伝授してあげる!」
――――――――――
それから一週間、ひたすらシチューを作り続けた。
人参の皮を剥いたら、ぬめりがあって手を滑らせてしまい手を切ったり、火の加減が分からず台所に火柱が立ったり、包丁に武気を纏わせてしまい、そして力加減も間違った事による相乗効果で、食材どころかまな板まで斬ったりしてしまったりしていたが、それでも諦めずにシチューを作り続けた。
そんな失敗続きの私だったが、ソフィアは見捨てること無く教え続けた。
ヌメヌメしているからと言って力を込めすぎては駄目だとか、火の加減を見て薪を追加しないと駄目だとか、包丁に武気を纏わせるんじゃないとか。
悲惨な結果になる度に「何でそうなるんだ」と文句は言うが、ソフィアは最後まで見捨てる事はしなかった。
「はあ、はあ、はあ、出来た。」
テーブルには今までで一番出来の良いシチューが置かれている。
焦げている所も無いし、皿から突き出ている具材も無い。
誰がどう見ても普通のシチューが、私の手から完成された。
「見た目も良い、具の大きさも良い、とろみもある。」
この一週間、毎日シチューを食べ続けたソフィアが採点をする。
料理人かの様な目つきで、まずは外見から審査が始まる。
どれも合格点と判断したソフィアは、今度はスプーンでシチューを掬い上げる。
「味は―――ふむ……。」
シチューを口に含んだソフィアが、眉間にシワを寄せて腕を組む。
「………………。」
私の中で緊張が走る。
時間も迫っている中で、ここで決め切れないと結構厳しいのだ。
ソフィアに教えて貰った手順はきちんと踏んでいる。
味見もしっかりとした。
ソフィアが作ったシチューとは何故か違うが、食べられない程では無いはずだ。
「………うん。上出来よ!」
ソフィアは親指を立ててサムズアップする。
それにより私の緊張は解け、テーブルに両手を置いて安堵する。
「1周年の期限がなければ、もっと良くしたい所だけど、このレベルでも文句は出ないでしょ。」
「そうか。」
「なんとか間に合ったわね。」
「ああ。」
一時はどうなる事かと思ったが、ソフィアの言うように何とか間に合った。
人生で一番貧しかった時に何回か料理のような事をしたことはあったが、あの時は今回のような複雑な事なんてせず、生で食べるか、火を通すだけで終わっていた。
それ以降も料理なんてする機会はなく、それでいて師匠の周りは調理の仕方はあまり知らない人ばかりだった。
姉さんは後半に料理を覚え始めたが、「適当に切って、適当に焼いて、後は酒で流し込めば良い」と言うのが師匠だった。
そんな事ばかり教えられた私が料理をする訳もない。
ただ、剣を振るしか脳がなかった私が、遂に人に出せる料理を作る事が出来た。
「その、ありがとう。」
自然と感謝を述べていた。
それを聞いたソフィアはキョトンとした顔になり、次第に顔が赤くなっていく。
「まだ早いでしょ〜。明日、上手く行ってからにしてよ。」
――――――――――
次の日。
今日は記念日という事で、私達は二人っきりで時間を過ごす。
「もう一年か〜。」
アルは昼食を摂り終えた後、小さな公園で一休みしている中で口を開く。
「長く感じたか?」
「そんな事無いよ。確かに濃い1年ではあったけど、何かあっという間だったなぁ〜。」
それは良かった。
もし「長いと感じてた」なんて言われてしまうと、どっちなんだと深読みしてしまっていただろう。
「付き合って1年と言うことで、僕からはこれを。」
暫くその公園で雑談をしていると、アルは小さな箱を取り出す。
小さいと言っても、手渡された箱の感触からして良い素材で出来ているのはすぐに分かった。
「ここで開けても良いか?」
「勿論!」
綺麗に折り畳まれた箱を開けると、中にはネックレスが入っていた。
全体的に銀色をしていて、真ん中には透明な宝石がはめ込まれている。
「……どうかな。なるべく邪魔にならない様にシンプルなデザインの物なんだけど。」
「凄い嬉しい。」
嬉しさが先行してしまい、綺麗に箱に収められたネックレスをすぐさま首にかける。
あまり、というか、今まで全く装飾品を付けて来なかったので、個人的には違和感が凄いのだが、アルが喜んでくれるのであればどんな格好でもしよう。
「似合ってるか?」
「うん、凄く似合ってる! 綺麗だよ。」
「う、うん。」
真正面から「綺麗」と言われると今だに照れてしまう。
もうそれなりに時間が経つが、やっぱり好きな人に褒められるのはいつだって嬉しかった。
「私からもプレゼントがあるんだが、その、夜になったら見せる。」
「へぇ〜、ここじゃ見せられない物なの?」
「あ、ああ。」
「あ〜、そういう事か。……エルザはエッチが大好きだもんね。」
「いやいやいや、違う違う! た、確かにお前とのエッチは好きだが……そういう事じゃない!」
「夜になったら見せる。」と言ってしまった事で、アルは勘違いしているようだ。
しかし、私の事をエッチだと言うが、家で見せると言っただけでエッチな事を連想するアルの方もエッチだと思う。……ただ、まあ、あの初夜以降、毎日ヤりたいと言って誘っているのは私なんだが。
「そうなんだ。じゃあ、この後部屋に行っちゃう?」
「いや、もう少しデートしてからの方が良い。暗くなってからにしよう。」
「そっか。うん、分かった。」
それからも、アルとのデートを楽しんだ。
――――――――――
日が沈んで行き、予定通り2人で私達の部屋に戻る。
アルは私のプレゼントが何なのかが気になり、帰り道で「何なんだろうな〜」とウキウキしていた。
「ここまで引っ張られるとワクワクするね!」
「……いや、その、多分準備している間に気づくと思う。」
「あ、そうなの?」
「ああ。」
「でもでも、言わないで! それでも楽しみにしたいから!」
「分かった。」
シチューを作っている間に匂いで気付くだろうが、それでも言わないで欲しいとの事だったので、テーブルにアルを座らせてキッチンに向かう。
食材も用意し、肉もソフィア特性の氷の箱に入れているので問題ないはずだ。
大丈夫。
昨日やったようにすれば良いのだ。
薪も準備できている。
よし、やるぞ!
――――――――――
「すまん。待たせた。」
なんとか完成させたシチューをトレーの上に乗せてアルの前に持ってくる。
出来は上々で、どう見ても普通のシチューである。
本番でも上手くいったが、その所為で逆に緊張が高まってしまい、アルが居るテーブルに持って行く間は手が震えてしまっていた。
落とさないように慎重に持って行き、アルの前でトレーを置く。
「おお〜! 1人で作ったんだよね!」
「ああ、ソフィアに教わってな。」
「凄い凄い! めちゃくちゃ美味しそう!」
アルは椅子に座っているにも関わらず、子供のようにぴょんぴょんと跳ねて喜びを爆発させている。
「ソフィアからは及第点だと言われているから、そこまで期待しないでくれ……。」
実際、自分でも食べてみたが悪くはないといった感じだった。
ただ、ソフィアや店で出されているシチューと比べると、私が作ったシチューは一段落ちると思う。
「そうなの? でも、僕は気にしないよ。それにシチューはどんな事をしても美味しくなるものさ!」
一応、アルも料理を作る事が出来る。
一人暮らしをしている時に身に付けたらしく、勿論シチューも作る事が出来て、この1年で何回か食べさせて貰った事もある。
自身が好きという事もあり、その腕は店で出しても遜色ないレベルで、私が今回作ったシチュー何かよりも何段階も美味しい物を作る。
なので、ここまで喜ばれると少々気が重くなる。
あまり期待しないで欲しいのだが………。
「それじゃあ、頂きます!」
アルはスプーンを手に取り、シチューをすくい上げ、口に入れる。
緊張の瞬間であり、自身のレベルを自己判断出来ている私は目を逸らしたくなるが、覚悟を決めてアルを見る。
「…………。」
アルの反応が無い。
じっくりと味を確かめるように目を瞑り、もう一度味を確認する様に再びシチューを口にいれる。
案外、お世辞でも「美味しい!」と言ってくれるのではと思っていたので、その反応、その沈黙は流石に怖い。
ヤバい……。
もしかして不味かったか……?
材料は昨日と同じ物を使ったし、火加減をミスったか?
でも、味見はちゃんとしたし、昨日と同じ味だったはずだ。
まあ、私の舌はそんなに性能が良くないと言えば確かにそうなのだが、流石に昨日のシチューの味は見分けられる。……なので、味は同じはずなのだ。
ソフィアに言われた通り「特別にこれを入れよう」なんて欲を入れず、教えられた通り、教えられた手順、教えられた食材でちゃんと作った。
それでも駄目ということはソフィアの所為…………では無いな。
その言われた事をやってもソフィアと私の料理では味が違ってしまう。という事は私の所為だ。
「どうだ……?」
沈黙に耐えられずに聞いてしまう。
そんな私の問いに、アルは涙で答えた。
閉じていた目から涙が流れ、スプーンを置いて天井を見る。
うわぁぁぁぁぁ!!!
そんなに不味かったのか……!
涙を流すくらい駄目だったのか……!?
ううぅ……やっぱり私は料理なんてするべきじゃなかったんだ……!
「凄く美味しい。………凄く、懐かしい味がするよ……!」
駄目だと思っていたが、アルの答えは違ったようだった。
「よ、良かったのか?」
「うん。ありがとう、本当に、本当に美味しいよ。」
「そうか。」
お世辞で言ってくれているのではないかと疑ってしまうが、アルはそんな私の考えをすぐに否定してくれる。
「母さんの、味がするんだ。……もう、食べれないと思ってた。」
そう言葉にしたアルは、堪えていた物が決壊したのだろう、一口食べる度に大粒の涙を流していた。
「ありがとう、エルザ。」
アルは泣きながら、そう感謝を述べた。
感謝したいのは私の方だったので、喜んで貰えた事が何よりも嬉しい。
1周年の記念日は、こうして無事に終えたのだった。




