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フリーター、狩人になる。  作者: 大久保 伸哉
第1章−3 『乱獲事件編』
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第61話 手繋ぎ2

 ―エルザ視点―


 料理も食べ終え、辺りは暗くなっている。


 「今日はありがとうございました。」

 「良いのよ。もし困り事があったら言ってね、相談乗るわよ。」

 「はい!」

 「エルザは愛想尽かされないように気を付けなさいよぉ〜」

 「……うるさい。」


 そう言い、ソフィアの部屋を出る。

 時間は完全に夜になり、道を通る人達の人数も少なくなっていた。

 私達は横並びで歩き、夜の街を眺める。


 「ソフィアさんって料理お上手なんですね。本人に聞きそびれたんですけど、ハンターになる前は料理の道を目指してたとかなんですかね。」

 「いや、あれは母親の趣味に混ざって学んだらしい。」

 「お母さんは調理師だったとか?」

 「元々はハンターだったそうだが、家庭を持った時に料理にハマって、それからドンドン凝り始めたらしい。」

 「なるほど。」


 それから少し会話が途切れる。


 「…………。」

 「…………。」


 食事中に話していた通り、アルベルトは私が魅力的じゃないから手を出して来なかった訳じゃない。

 私が拒絶していた事や、私の事を思って配慮してくれていた事から来る物だったのは証明された。


 『決まってるでしょ。あなたから手を繋ぎに行くのよ!』


 そうだ。

 これは私が決断しなければいけない事だ。

 相手に攻められても、拒絶してしまうのは目に見えている。

 だから、私の方から行かなきゃいけない。


 アルベルトの手を握るか迷い、悩んだ結果、手を握る。


 「―――ッ! エ、エルザさん!?」


 アルベルトが驚いてこちらを見る。


 「だ、駄目だったか……?」

 「い、いえ、そんな事は!」

 「そ、そうか。」


 拒否されずに済んだ事に喜び、そして顔が赤くなる。

 恥ずかしくて下を向くが、アルベルトはどういう反応なのかが気になり、アルベルトを見ると彼も顔が赤かった。

 その反応が、何だか嬉しくてニヤけてしまう。


 「……このまま、私の部屋に来ないか?」

 「えっ…………と、それは、読み書きをもっと教えて欲しいって事ですか?」


 ………違う。

 が、ストレートに言うのが恥ずかしい私は、顔を真っ赤にしながら肯定の意味を込めてコクリッと頷く。


「わかりました。確かにお姉さんに早く手紙送ってみたいですもんね。」


 ………………違う。

 が、もうそれでも良いかなと思う。

 どうにかして部屋に呼ばなくてはいけなかったので、この際、理由なんて何でも良いのだ。


 そして、私達は部屋に向かった。


――――――――――


 「お邪魔します。」


 部屋に来るまでの間、私達はずっと手を繋いだまま歩いていた。

 途中ですれ違う人達は、意外そうな顔をしてこちらを見ていたが、周りの目など眼中に無かった私は気にすること無く至福の時間を過ごした。


 「ちょっと汗を拭いてくる。そこら辺に座っていてくれ。」

 「え……あ、はい。わかりました。」


 そう言って浴室に行く。

 待たせては良くないと思い、素早い動きで服を脱ぎ、浴室の扉を開く。

 扉を開くとバケツが用意してあり、バケツには既に水が溜めっていた。

 準備万端である。


 そのままの勢いで、急いで身体を拭いてアルベルトの所へ行きたいのだが、流石に臭いと言われたくないので入念に身体を拭く。


 そして入念に体を拭き終え浴室から出た後、用意していた箱を開く。

 そこには、ソフィアに「これを着ればアルベルトが喜ぶ!」と言って渡された下着が丁寧に畳まれた状態で置かれていた。


 (これを、目の前で解くのか……。)


 目の前にあるのは紐を結んで履くパンツだった。

 なんとも動きにくそうなパンツだが、夜の運動ではすぐに裸になれるから良いのだそうだ。

 それにソフィアが言うには、この紐を目の前で解いて「さあ、来て」と誘う事で男は大喜びという目論見らしい。


 緊張はあり、不安もある。


 アルベルトは私に拒絶される事を気にしていたが、逆に私がアルベルトに拒絶されるかも知れない。……ソフィアが言っていたように、筋肉が女の子らしくないと言って拒絶されるかも知れないし、他の事で断られるかも知れない。


 それにトラウマの事がある。


 まだ小さかった頃。

 村がモンスターに破壊され、私達姉妹だけが生き残ったあの時、途方に暮れて絶望していたが、それでも両親の最後の願いである「生きて」という遺言を胸になんとか生き延びていた。


 そんな時に小太りの男に騙され、無理やり小屋に連れられた。


 まだ姉さんの後ろで縮こまっていた時期の私は、抵抗虚しく押さえられて、あの小太りの男に犯されそうになった。

 なんとか姉さんが助けてくれたおかげで、私の初めてを奪われる事は無かったが、その時の事がトラウマになり、初めの頃は何度も悪夢に出て来て苦しめられた。


 あの時から戦いの日々だった。


 姉さんの後ろに隠れるのを止め、力を付ける為に姉さんよりも前に出て戦った。

 あの時の私はとにかく荒れていた。

 とにかく男が嫌いで、話しかけて来ただけで殴り飛ばしていた。

 ただでさえ男が嫌いになって行ったが、その所為でもっと酷い状況になっていった様に思う。


 (でも、だからこそ、私から行かないといけない。)


 一応、アルベルトが手を出してこない理由をソフィアと相談した時に予想はしていた。そして、実際に聞いてみて「やっぱりか」となった。


 彼は私に嫌われるのを恐れている、私も彼に嫌われるのを恐れている。


 そして、けじめを付けるならどっちなんだとなった時、それは私だろうという結論になった。他のカップルは違うのかも知れないが、私達のカップルに置いては、私から誘わなくてはこれ以上関係が深まることは無いのだ。


 そして、それをせずに生きて行くというのは、私の望む所では無い。


 だから、私はトラウマを乗り越える。


――――――――――


 浴室の扉の前で一息入れる。

 自身の下着姿を鏡で見たが、個人的に似合って無いと感じたので緊張は更に膨らんでいく。折角、体を拭いたのに汗が出てしまう。……汗臭いと思われたくないのに。


 やっぱり恥ずかしいので、下着の上にタオルを巻いて部屋を出る。


 「すまない、待たせた。」

 「いえ、大丈ぶ―――えぇ!?」


 机の上に紙とペンを準備して待機していたアルベルトが驚いた顔でこちらを見る。


 「ど、どどどど、どうしたんですか!?」


 アルベルトは椅子から立ち上がり、困惑した顔で狼狽えている。

 私も恥ずかしくて立ち竦んでしまっている中、アルベルトが口を開く。


 「えっと……読み書きは良いんですか……?」


 きっと、アルベルト自身も分かって言っている。

 だが、私が何も返さないでいる事で、何か会話のやり取りをしたいのだと思う。


 「気が……変わった。」

 「そう、ですか……。」


 アルベルトの視線が下へ移動する。

 いつもなら、その視線に対して不快感が勝っただろう。

 しかし、目の前の男からの熱い視線に、女として嬉しさが込み上がってくる。


 そしてすぐに、アルベルトのズボンが膨れてくる。


 あれはソフィアに教えて貰った。

 男は興奮すると股間が膨張し、ズボンの上からでも分かるらしい。

 その現象が起きるという事は、私に対して興奮したという事であり、第一段階は成功したという事だ。


 「その、トラウマとかって言うのは大丈夫なんですか?」

 「……分からない。だから、確かめさせてくれ。」


 そう言いつつ、被せていたタオルを取る。

 今まで着たことが無い下着を着た私を見て、アルベルトの股間の膨らみは更に大きくなる。

 その現象を見て、拒否している訳ではないと確信した私は、前に出てアルベルトの正面に立つ。


 「どう、かな。こういうのは着たことが無いんだが……。」

 「凄く、綺麗です。」

 「そ、そうか……。」


 目の前の男に褒められると、体が熱くなる。

 風邪を引いた訳でも無いのに、頭はフワフワしてくる。


 正面に立った彼は、何も言わずに優しく抱き締めてくれる。

 それに答えるように、私も彼の背中に手を回し、優しく抱きしめる。


 顔が近くなった事で、自然と私達はキスをしていた。


 初めてのキスは衝撃だった。

 これだけで気持ちが良く、緊張していて固くなっていた体が一気に緩み、全身が幸福感で満たされていくのが分かる。


 「凄く嬉しいです。何と言うか、エルザさんに認められた気がして。」


 唇から離れると、アルベルトはそう言った。

 認めるも何も、付き合うと決めた時にアルベルトの事は認めているのだが、きっと私の方から歩み寄った事を言っているのだろう。

 やはり、ソフィアと相談した時に出した結論で間違いなかった。


 「うん。………あと”さん”付けと敬語は使わなくて良い。」

 「分かりまし……分かった。()()()。」


 呼び捨てで呼ばれた事で、腹部が締め付けられる感覚になる。

 今までに味わった事の無い感覚で、全身の力が入らない。

 酔っている感覚とは違う。

 この感覚はなんなのだろうか。


 「ベッドに、行こうか。」

 「う、うん。」


 私達は、手を繋いでベッドに向かった。


――――――――――


 目が覚める。

 窓を見ると、どうやら太陽はまだ顔を出したばかりのようだ。

 太陽光が町を照らしているが、空は夜の時の暗さがまだ残っていた。


 体を起こし、隣を見る。


 今まで睡眠から起きた時に、男が居た事はなかった。

 しかし、視線の先には男が居た。

 それに対し、今の私は警戒心もなければ嫌悪感もない。

 むしろ私の中には安心感があった。

 昨日の事が夢ではないと、目の前で寝ている青年を見て、私の心は安心していた。


 もしかしたら、寸前で怖くなって拒否してしまうかも知れないという不安はあった。

 そんな私の気持ちを察してか、アルベルトはとても慎重に私を扱ってくれた。

 なので行為を始める時や初めて以降もフラッシュバックは起きず、行為前の不安を他所に、只々気持ちの良い時間が流れていた。


 「んっ……おはよう。朝早いんだね。」

 「おはよう。寝覚めは良いほうなんだ。」

 「そっか。」


 一度裸の付き合いをした2人に、この1ヶ月間にあった固さの様な物は抜け落ちていた。

 挨拶をした2人は何も言わずに手を繋ぎ、自然と目覚めのキスをしていた。


 「―――ん?」


 視界には映らなかったが、何かが下の方で動いたと思い、下を見る。

 すると、アルベルトの下半身に掛けられていた毛布が浮き上がっている。


 「ご、ごめん。………下品だよね。」


 そう言ってアルベルトは申し訳無さそうにするが、そんな事はない。

 むしろアルベルトが私を女として見ている証拠なのだ。


 「いいや、凄く嬉しい。」


 そうして再びキスをする。

 その部屋からは、朝から何かが軋む音がしていたそうだ。

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