第57話 話し合い
―アルベルト視点―
あれ以降も、エルザさんへのアプローチは続いていた。
食事に誘うが「行かない」と言われ、プレゼントを渡すが「要らない」と言われ、今度は正装をして花束も持って告白するが断られた。
毎日毎日話しかけると、流石に気持ち悪がられたり他の人のようにボコボコにされるかも知れないと思ったが、不思議と避けられたり暴力をされる事は一度も無かった。
ただ「またか………。」といった感じで冷たく断るだけだった。
「はぁ〜……。やっぱり僕じゃ駄目なんですかね………。」
今日も今日とて誘いを断られた僕は机に突っ伏してビールを飲む。
「まあ〜あそこまで誘って無理なんじゃ〜しょうがねぇんじゃねぇか?」
今日もケヴィンさんはへこんだ僕を慰めに付き合ってくれる。
ちょっと前に「付き合わせちゃって申し訳ない」とケヴィンさん言った所、「全然謝ることは無い」という返答を貰った。
というのも、ケヴィンさんから見たらここまでアプローチするのを見るのは面白いらしい。
エルザさんがこの町に来た初めの方は、言い寄る男たちを悉くボコボコにして突き放したにも関わらず、アルベルトに対しては暴力を振るった事が無いというのが興味深く、それでいて面白いとの事だった。
「そう、ですよね。」
「………まあ、お前にとって初恋だったんだろ? よく聞く話でさ、初恋は実らないっていうジンクスがあるんだよ。俺もそうだったし、皆そうだったんだって思えば気が楽になんねぇか?」
「…………………初恋は6歳の頃です。」
「……………………………………………。」
「……でも、ここまで胸がドキドキするのは初めてです。」
ケヴィンさんと話しているにも関わらず、どうしてもエルザさんの事が頭をよぎってしまう。以前も好きな子の顔を無意識に追ってしまうくらい好きになった事があるが、今回はあの時以上にときめいている。
常に心臓の音がうるさいくらいだ。
「次だよ次! こういうのは綺麗サッパリ忘れて、次に行くのに限る!」
「そうなんですけど……そうなんですけどぉ………!」
諦めきれない。
けど、諦めた方が良いのだろう。
「ちょっと良いかしら〜。」
そんな感じでモヤモヤとしていると、背後から女性の声で声を掛けられる。
「お、丁度良いじゃねぇか。次の女に行こうぜぇぇぇ―――……!?」
ケヴィンさんの声が裏返ったのを聞き、反射的に僕も背後を見る。
目の前にはエルザさんのパーティーメンバー『ソフィア・ハーノイス』が立っていた。
「こんにちは。アルベルト君よね、私と2人っきりで話しがしたいの。良いかしら?」
そう言って僕の隣に座っているケヴィンさんの視線を向ける。
それに対してケヴィンさんは背筋をピンッと伸ばし、肯定の意味を込めてブンブンと頭を縦に振る。それから僕に同情の様な目で見た後、僕の肩にポンッと手を置いて席を離れていった。
終始無言で行われたその行動に疑問だったが、ケヴィンさんが離れていってようやく気が付いた。
(……あ! これ、もしかして、いい加減にしろって感じの圧力かもって事か!)
ケヴィンさんが怯えているという事は、恐らくそういう事なのだと思う。
違ったとしても、それに近い何かの可能性は大いに有り得る。
「あなた……―――。」
「は、はい………。」
ケヴィンさんの反応の所為で、僕も最悪の結果を想像してしまう。
ソフィアさんは最初の方はノリノリだったが、もしかしたら不機嫌にしてしまったかも知れない。それかエルザさんが「いい加減にして欲しい」と相談したのかも……。
そして、その相談を受けたソフィアさんが動き出して、実力行使で諦めさせるために乗り込んできた可能性………。
ソフィアさんが僕の方へ手を延ばす。
やり過ぎたという後悔をしても遅い。
もう逃げ場はないので、覚悟を決めねばなるまい。
「―――根性あるわね!」
延ばされた手は僕の肩をガッシリと掴み、それからソフィアさんはバシバシと数回肩を叩く。
「………え?」
「エルザにあそこまでアタックするのは中々の物よ! まあ、殴られて無いからっていうのもあるんでしょうけど、それでも根性あるわね!」
思っていた反応と違っていた事で、僕の脳が一時的に停止する。
「止めろと言いに来た訳じゃないんですか……?」
「何よそれ……あ〜、だからそんなに緊張した顔をしてたのね。違うわよ。言ったでしょ? 話がしたいの。」
そう言ってソフィアさんは先程までケヴィンさんが座っていた椅子に腰を掛ける。
「それで、話っていうのは……?」
「せっかちねぇ! 自己紹介くらいさせてよ〜!」
「あ、そうですよね。……すいません。」
この町に来た時から『双翼の狩人』である2人の事は色々と聞いているので知っているのだが、確かに自己紹介はされていなかった。
僕が助けて貰った時も、助けた商人が結構重症だったので、落ち着いて挨拶が出来なかったのだ。
「私はソフィア・ハーノイス。パーティー名は決めてないんだけど、周りからは『双翼の狩人』なんて呼ばれ方をしているわ。役職は魔法使い。これも名乗ったわけじゃないけど『氷結の魔女』なんて呼ばれてる、それ以外も使えるのにね〜。」
ソフィアさんは僕達が頼んだ、目の前の酒のつまみを突付きながら飄々と離す。
「あなたは?」
「あ、はい。僕はアルベルト・シュヴァルツです。パーティーは組んでなくて、ソロで活動してます。盾を持ってますけど………水猿流は使えません。」
「へ〜、じゃあなんで盾を持ってるの?」
「ソロで活動してると怪我が多くなっちゃって、治療費をどうにかしないとな〜って思った時に、盾を持てばそもそも怪我を減らせるんじゃないかなって思って使い始めました。」
「なるほどね。けど、その分スピードが落ちちゃってこの間みたいになったのね。」
「うっ………。」
この間というのは僕を助けてくれた時の事を言っているのだろう。
その件に関して言えば「それ以外の要因もある」と反論できるが、ソフィアさんの言っている事も間違ってはいないし、助けられておいてそんな反論をしようなんて気にもならない。
「まっ、そうやって色々試すのは良いと思うわ。何事も試さないと分かんないし。でも、基礎をちゃんと習得してからにした方が良いわよ。ハンターは命が掛かってるんだし。」
酒のつまみをツンツンと突付いていたが、そう話しながら口へ持っていく。
僕たちが頼んで、僕たちが食べていた酒のつまみなのだが、そういった物を気にしないタイプなのか。それとも歩み寄るために考えて行動しているのだろうか。
「じゃあ、ここからは『せっかち君』の為に本題〜。」
何故か変なあだ名を付けられてしまったが、ツッコまずに聞く。
「あなた、なんでそんなにエルザの事好きなの?」
グイッと顔を寄せて目と目が合う。
先程の緩い顔とは違い、真剣な表情で僕の目を見る。
その目は僕の眼球を通過し、僕の思考や感情を完璧に読み取っているのではないかと思えるくらいの目をしていた。
言葉にするにはあまりも難しい、でも、相手が真剣なんだと理解できる目をしていた。
嘘を言ってはいけない。
目を逸らしてはいけない。
そう感じ取った僕は、素直に、目を離さずに言った。
「分かりません。」
その第一声にソフィアさんは眉をピクリと動かすが、僕は言葉を続ける。
「ただ、綺麗だと思ったんです。姿もそうですが、厳しい人のように見えて優しくて、冷徹のように見えて人を助ける所とかを見て、美しいと思ったんです。でも、自分でもなんでここまで好きなのか、正直分かりません。」
素直な言葉だった。
これでソフィアさんは納得してくれるだろうか。
いや、そういうんじゃない。
納得して貰わないといけない。
だってこれが僕の正直な答えなのだから。
「……………………。」
「…………………………………。」
暫くの間、目を合わせたまま沈黙が流れていた。
「…………なるほどね。」
そう言ってソフィアさんの方から視線を逸らし、目を閉じて数秒考えた後、再び目を開いて言葉を続ける。
「あなたの恋、応援するわ!」
「認めてくれるって事ですか!?」
「ええ! なんなら私が手助けしてあげる!」
「本当ですか!?」
まさかの手助けまでしてくれるのか。
エルザさんの唯一のパーティーメンバーであり、現在彼女の隣にただ1人いる人物からの援助が貰えるというのは凄いチャンスだ。
「最近、私達にも色々あってね〜。エルザに男が出来てくれたらな〜って思ってた所なのよ。」
「そうだったんですね。………でも、自分が言うのはなんなんですが、あの理由で良かったんですか?」
「恋に理由を付けるなんてナンセンスよ! それに、エルザの内面をちゃんと見ていたのも良かったわ! あいつはね、私が出会った時なんてそりゃあ酷い女だったわ。ムカつく事があったらすぐ殴ってくるし、自分より弱い人の話なんて聞かないし、不潔で汚い。……でも、苦労してきた分、あいつは優しい。」
「…………。」
「それを分かってる人みたいだし、応援するわ!」
そう言ってソフィアさんはニカッと笑って僕の肩を叩く。
その衝撃は普通の人が肩を叩くのに丁度良い位の力なのだが、先程のソフィアさんの真剣な姿を見たからだろうか、肩に掛かる重みはズッシリとのしかかった様に感じた。
プレッシャーを感じるが、こんなに頼もしい人物もいない。
それから暫く雑談した後、「私に任せなさい!」と言って明日再び集まることになった。




