第56話 猛アタック
―アルベルト視点―
「はぁ〜………。」
エルザさん達に助けられて一夜が明けた。
昨日の僕はどうかしていて、一眠りしてみて自信の異常な行動を冷静に判断できるようになった。
(いきなり「付き合ってください」は無いだろ………。)
相手は僕がどんな人物かもわからない、何をしてきた人なのかもわからない状態なのだ。そんな訳のわからない人物から告白されても、普通の人だったら断るに決まってるじゃないか。
(うぅ……でもしょうがないじゃないか。こんなにときめいたのは初めてなんだよぉ………。)
成人しているので、僕も普通に女性に対して興味は持っている。
しかし、ここまで女性に対してドキドキした事は無かった。
今だって寝起きにも関わらずエルザさんの事を考えてしまう。
そんな初めての異常事態に、異常な行動をしない訳が無いじゃないか。
そんな事を言っても、相手が許容してくれる訳が無いのは分かっている。
(うぅ……完全に不審者だと思われてるよね。……もっとこう、食事に誘うとかプレゼントを渡すとかから始めるべきだろぉぉぉ………。)
昨日の行動の異常さを再確認し、ベッドの上で悶え苦しむ。
完全に視界が狭まっており、周りに人が居るのにも関わらず、一目を気にせず堂々と告白していたあの光景がフラッシュバックする。
相棒であるソフィアは笑っていたが、想い人であるエルザさんは険しい顔をしていた。怖いとは思いつつも「険しい顔をしていても顔が整ってるから美しいな」なんて呑気な事を考えている場合じゃなかった。
あの顔は完全に嫌われた顔だ………。
(でも……でも……やっぱり好きだぁ〜………。)
自分自身、なんでこんなにエルザさんの事が好きなのか説明できない。
でも、あの顔を思い出すと心臓がドキドキする。
もっと見ていたいと思ってしまう。
(嫌われてるかも知れない……でも、もう少し、もう少しだけ……。)
昨日の行動を思い出し悶え苦しんでしまったが、ここを逃してしまうと後悔してしまうような気がしたので、もう一度エルザさんにアタックしてみようと決意する。
(まずは僕を知って貰おう! 食事に誘うんだ!)
脳内お花畑の僕は、ベッドから飛び降りた。
――――――――――
身だしなみを整えて外に出る。
目指すは集会所だ。
早朝なのでエルザさんがいるかどうか分からないが、今のところ出会えるとしてはそこしか無いので行ってみる。
故郷のビエッツ村の集会所とは全く違い、広さも豪華さもレベルが違うビルナーシュ町の集会所の扉を開く。
入るとガタイの良い大人たちが朝からビールを飲んでおり、装備の汚れなどを見るにどうやら夜戦から帰って来た者たちがチラホラいるようだ。
やはり大きな町という事もあり、何時になろうと人の出入りは多かった。
「アルベルト〜!」
そんな中、僕の想い人である赤い髪の女性を探して歩き回っていると声を掛けられる。
「ケヴィンさん。」
名前を呼ばれて振り返ると、ハンター仲間のケヴィンが後ろに立っていた。
彼の名前は「ケヴィン・コーグリン」。
この町出身のハンターで、ソロでBランクのモンスターとを戦っている猛者だ。
僕は使えないと言う理由でパーティーに加えて貰えないのだが、彼は僕とは逆でパーティーの方から誘いを受け、1人の方が気楽だからという理由で断り続けている。
「夜に狩りしてたんですか?」
「おうよ。この間、もしかしたらBに上がるシャドウウルフかも知れないって話があったろ? そしたらその予想通りランクが上がってな、俺がクエストやって来たって訳だ。」
「へ〜、その感じからすると、結構余裕だったんですか?」
「そりゃそうよ! シャドウウルフをどんだけ狩ったと思ってんだ。もうチョチョイのチョイよ!」
一緒に空いているテーブルへ移動しながら会話をする。
装備の汚れや傷が無いのでそう聞いてみたのだが、やはり今回の狩りは余裕だったそうだ。シャドウウルフは群れで行動するから1人だと大変なのだが、これがCランクとBランクの差なのだろう。
「凄いですね。僕なんて昨日、テールサーペントに殺されそうになりましたよ。」
「あ〜、俺もそれ聞いたぞ。また格上に飛び込んだって? 力量差をちゃんと判断しないと本当に死ぬぞ〜。」
「それは分かってるんですけど、商人が襲われてたんで………。」
「だからと言って………命を懸ける事なのかねぇ〜………。」
「…………。」
賢い人は飛び出さないのだろう。
でもそこに困っている、死にそうになっている人がいる。
そうなってしまった時、手を差し伸ばさずにはいられないのだ。
何故そうなってしまったのだろうかと自問自答した事があるが、結論としては僕の村に居た英雄がそういう人だったからだと考えている。
現在は村長をしているが、僕が子供だった頃に彼が戦っていた所を見たことがあった。
今思えば、彼はもう引退する歳にも関わらず戦っていて凄いと思う。
しかし、そんな事を知らない当時の僕は「皆を守ってカッコいい〜」と年齢を考えた凄さは度外視して、単純に皆を守る姿を見て憧れたのだった。
目の前の英雄と、竜殺しの英雄に憧れていたので、自然と困っている人がいると助けに行ってしまう。
「……ま、後悔が無いなら良いんだけどな。―――そ・れ・よ・り!」
ケヴィンさんは身を乗り出して興奮気味に俺を見る。
「お前、あの『赤鬼のエルザ』に告白したってマジ……!?」
「え、ええ。耳が速いですね………。」
「おうよ。俺もさっき聞いたんだがよ、そしたらそこら中の奴が「俺も見てた」って言うんだよ!」
そう言いながらケヴィンさんが他の人達に指を指し、それに釣られて僕も彼らを見ると、みんな僕の方を見てヒソヒソと話をしていた。
そこでようやく気づく。
僕の好きな人が誰なのかを皆が知っているという事に………。
昨日より冷静になり、周りが見えはじめて一気に恥ずかしくなる。
「お前の色恋の話なんて聞いた事無いのに、どういう風の吹き回しだよ。」
「いや〜、その、さっき言ったテールサーペントと戦った時、彼女に助けられまして………。」
「そこで惚れちまったってか!」
「は、はい……。」
「カー! 青春だねぇ!!」
外の人に言われるとより再認識する事になり、顔が熱くなる。
「エルザさんって、この時間だと何処にいるんですかね……?」
「あ〜、この間見たんだけど、天蛇亭の裏で剣を振ってたぞ。多分この時間にもやってるんじゃないか?」
「本当ですか!………って、なんで裏にいるの知ってるんですか……?」
「そりゃあお前……あんないい女を放って置ける訳ねぇだろ。まあ、俺は睨まれてビビっちまったんだが………良い尻してたなぁ〜。」
「……………………………。」
性欲に素直すぎるケヴィンさんに嫌悪感が込み上げてくるが、ケヴィンさんの様な反応が普通なのだろう。
『身体が良いから近づきたい』と言うのは男として正常だ。
もちろん僕も男だ。
エルザさんの身体が魅力的に映ってはいる。
映ってはいるが、それよりもやっぱりエルザさんの中身が好きだ。
話した事がある訳でも無く、長い間見てきた訳でも無い。
しかし、この間見た、子供に対して優しい目をしていた所とか、冷たい人のようでいざとなったら見知らぬ僕みたいな人を助けてくれる所とか、強さと冷たさの中に優しさがあるのを、僕は見逃さない。
そして、それが美しく思えた。
だから僕の心がこんなにも震えているのだ。
「まあ、お前みたいに直接声を掛ける奴は、最初の方でボコボコにされて居なくなってるから、邪魔はされないだろ。頑張れよ!」
「あ、ありがとうございます。」
ボコボコにされるという単語を聞いて、これ以上告白すればエルザさんにウザがられて、僕もボコボコにされるかも知れないという事が脳裏を過ぎる。
しかし、それでも諦めきれない僕は、教えて貰った場所へと向かった。
――――――――――
ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!
天蛇亭の方へ行くと、一定のリズムで風切り音が聞こえてくる。
一部の男たちはそれを見ようと顔を覗き、ここからでも分かる殺気を向けられて逃げ帰っていた。
Aランクのハンターと言うだけあり、この町で一番の宿に泊まっている様だ。
ビビって逃げていく人とすれ違い、今度は僕が顔を出す。
そこには剣を正面に構えるエルザさんがいた。
目で追えないほどのスピードで剣を振っているにも関わらず、一切軸がブレていない。振り切った腕は剣に持って行かれる事無くピタリと止まり、その風圧で周囲の草が揺らいでいた。
「またお前か………。」
「お、おはようございます!」
「なんの用だ。昨日、断っただろ。」
「き、昨日はすいませんでした。一晩寝て、自分自身でちょっとおかしかったなと思ってます。一目惚れで、その、舞い上がっちゃって、いきなり付き合ってくださいなんておかしな話ですよね……。
エルザさんからしたら「誰だお前」って感じですし、その、なので、その反省を活かして、今日は僕と食事でもしませんか? エルザさんに僕の事をs――――」
「行かない。」
キッパリと言われた。
その目を見ると、眉間にシワを寄せて目を逸らしている。
相当嫌悪されているのか、その顔は怒りで赤くなっている様だった。
「この後は予定がある………。」
「そ、そうですか。」
「………あと、この時間はここに来るな。」
「え、あ、すいません! 嫌なんですね。」
「…………だって汗臭いだろ。」
そう言われ、エルザさんの顔が赤い理由が僕の予想と違う事が判明する。
そう言われると確かに、僕が顔を出してからエルザさんは脇や股を閉じていた。
その出で立ちは、なるべく匂いが発しない様に立ち振る舞っている様にも見える。
風の進行方向は僕を基準にして風下になっているので、僕の方へエルザさんの汗の匂いは運ばれていないのだが、エルザさんは気が動転しているのか分かっていないようだった。
嫌われてしまったと思っていたが、エルザさんは運動中の匂いが他人に嗅がれるのが好きではないのだろう。
安心すると同時に、エルザさんの乙女な所が見れて胸がキュンっとなる。
冷静な様で喧嘩っ早く、冷徹な様で人を助け、男気溢れている様で乙女な所があるのだな。
「汗臭いなんて、そんな事はありません! むしろいい匂いです!」
「なっ! い、いい匂い……?」
「はい! なので毎日来てもいいですか?」
「絶対に来るな。」
それ以降もどうにか一緒になれる口実を作ろうとしたが、全て断られてしまった。




