第55話 あなたが好きです。
―エルザ視点―
ビルナーシュ町に来て1ヶ月が過ぎた。
都市に比べて不自由は多いが、魅力的な部分はいくつもある。
まず1つに人が少ない。
人が少ないという事はハンターも少ないという事で、一々突っかかってくる馬鹿も減るというメリットがある。
都市に居るハンターの出入りは激しく、それでいて自信過剰の奴らがよく集る。
だから、腕試しとかナンパなんかをして来る面倒な奴が都市には多いのだ。
何回ボコしてもまた新しい奴が都市に流れて来て「パーティーに入れてやる」とか「俺の女にしてやる」とか訳の分からない事を言ってくる。
それを全て対応する事に、流石に疲れたので都市を離れたのだった。
そして部屋が広い。
都市の部屋だと人口が多いので一部屋が狭いのだが、都市から離れると広くなるので嬉しかった。というのも、都市では狭すぎるから素振りなどが出来ないのだ。
仕方ないので外で素振りや筋トレをしていると、さっき説明した様な奴らが再び声を掛けて来たり、遠目で見てきたりと鬱陶しいのが都市での悩みだった。
モンスターの強さやクエストの報酬が下がるのは欠点だが、強いモンスターが出ない訳ではない。都市に行くようなレベルのクエストはあまり出ないみたいだが、出たとしても我々が先に受注できるだろう。なので腕を錆びさせる事も無い。
「お待たせしました〜。」
テーブルに座っていた私達に、ウェイトレスが食事を届けに来る。
テキパキと料理が乗った皿を並べて、そそくさとカウンターへと帰っていった。
他の客に対しては談笑しながら料理を置いているのだが、私達に対しては彼らとは違う接客をされる。
これが部外者と言う物なのだろう。
しかし、特段変わった接客態度をしてくる訳でも無いので別に気にはしない。
「も〜お腹が空いたわ〜。エルザが道草食うから遅くなったわ。」
道草と言うのはさっきのテールサーペントを討伐した時の事を言っているのだろう。
「じゃあ何か? あのまま見捨てておけば良かったのか?」
「怒んないでよ。冗談で言ってるの〜。」
プク〜と頬を膨らませて自前のナプキンを広げて太ももの上に置く。
学校を卒業して、ハンターとして生きて行く事になって2年が経過したのにも関わらず、この癖は今だに抜けていない。
こんな所でナプキンなんて要らないだろうに、「やらないと気持ち悪いから」という理由で、自前のナプキンまで持って来てやっているのだ。正直アホかと思う。
「それよりなんで断ったのぉ〜? 結構イケメンだったのにぃ〜。」
ソフィアはニヤニヤと嫌らしい顔でこちらを見て言う。
殴ってやりたい位ムカつく顔をしているのだが、殴ってしまうと目の前の料理が台無しになってしまうので、何とか既の所で思いとどまる。
そして、これもテールサーペントを討伐した時の出来事の事を言っているのだろう。
孤軍奮闘しているハンターが居て、何やら殺されそうになっている様だったので助けてやったのだ。
一応、体の心配くらいはしてやろうと「大丈夫か」と聞いた所、どういう訳か「好きです」と返ってきた時の事を言っているのだろう。
「どうせ、いつものヤツだろ。」
「俺の女にしてやる」だとか「愛人にしてやる」だとかのくだらない戯言だ。
この町に来てた時はそういう奴がチラホラ居たが、全員ボコボコにしてやってからというもの快適に過ごせていたのだが、まだ居たとはな。
「いぃぃぃぃぃや! あれは完全に『ほの字』だったわよ! 見たでしょあの真っ直ぐな目を!」
ナプキンを使うマナーは残っているが、他の事が段々と庶民に近付いて来たソフィアがフォークを私の方へ指を指すように向けてくる。
「あなたみたいなムキムキ暴力女にあんなに純粋な目を向けて告白したのよ! こんなチャンス二度と来ないかも知れないわ!」
「お前ぇ………。」
ムキムキ暴力女という単語にカチンと来た私はソフィアを睨む。
すると、周囲の男たちからカチカチカチッという音が響き渡る。
男たちの体は小刻みに震え、本能的に危ないと感じ取っているのだろう。
私よりも弱いとは言え、彼らもハンターだ。ヤバいと察知する能力は長けているだろう。
しかし、目の前にいる金髪の馬鹿は周囲の反応とは違って、飄々とした顔をして食事を続けている。
自分だけは殴られないと思っているのか、殴りかかっても対処できる自身があるのか。………まあ、後者なんだろう。
「この前、お姉さんだって結婚したんだし、今度はあなたの番でしょ!」
「………私は恋愛なんて興味無い。」
「興味無いかも知んないけど、付き合ってみたら意外と良いかもってなるかも知れないじゃない。」
「何だお前………今日は随分と押してくるな………。」
「だって、お姉さんの結婚式を見たらそうなるわよ! それにエルザに「次はお前の番だ」って言ってたあの光景は泣いちゃったわ! 早く男作ってよ!」
「………私の勝手だろ。」
そう、つい3ヶ月前に姉さんが結婚をし、式をあげたのだった。
呑んだくれの師匠の元で一緒にハンターとして生きていたのだが、私が一人前のハンターとしてやっていけるとなってから、姉さんは鍛冶屋に転職をした。
そこで修行をする中、旦那となる男と付き合いだして見事ゴールインしたらしい。
何故、鍛冶屋に転職をしていたか聞いた事があったが、姉さん曰く「単純に物作りが楽しいから」と言っていた。
私より器用で何でも出来る人だったから、もっと出来る事がある様に感じたのだが、本人がやりたいようだったので止める事はしなかった。
結婚式をあげると聞いて式に参加したのだが、姉さんは昔とそこまで変わってはいなかった。ガサツだが面倒見が良く、私よりもおしゃべりで男気溢れる性格は健在だった。
そんな姉さんが結婚をした。
昔、私達が男にされそうになった事を忘れた訳じゃないだろう。
それでも、姉さんは私に「次はお前の番だ」と言った。
ソフィアの記憶に残っている様に、私もあの言葉はとても良く覚えている。
姉さんは私を心配するような、そんな瞳で私を見ていた。
「でも、顔はイケメンだったわよね。エルザ的には好みじゃないの?」
「………まあ……イケメンだとは思う。」
普段、ソフィアとこんな色恋話をする機会なんて無かったから恥ずかしい。
「な〜によ! やっぱりいい男とは思ってたんじゃない!」
「う、うるさい! さっきからなんなんだ!」
赤面する顔を隠すように、ジョッキの飲み物を口に運んでグイッと傾ける。
「……何ってそりゃあ、後ろを見れば分かるわよ。」
確かに、さっきから後ろで何者かがチョロチョロ動いているのは武気で察知している。……しかし、ただのウェイトレスだろうと思っていたが違うのだろうか。
「後ろ?――――」
ジョッキを口に付けたまま振り返る。
目の前には、さっき助けた黒髪の青年が、顔を赤くして立っていた。
「――――ブーーー!!! ゲホッ、ゲホッ………!!」
「わぁ! だ、大丈夫ですか!?」
とんでもないタイミングで青年が登場した事で、飲んでいた飲み物を吹き出してしまう。咳き込む私に青年は駆け寄り、背中を擦ろうとしてくる。
しかし、男が私に触れようとしたのを察知して、反射的に私の背中に回り込んできた青年の手を振り払う。
「―――痛っ……。」
「………私に振れるな!」
「ご、ごめんなさい………。」
青年はしょんぼりとした顔をして私に謝る。
反射的にやってしまったので、結構強めに叩いてしまった。
「ちょっとちょっと、そんな強く当たらないでよ。………素直にイケメンだから恥ずかしいって言わないと嫌われちゃうわよぉ〜www プー、クスクスwww」
(………殺す。)
ソフィアは、私と青年のやり取りを見てクスクスと笑っている。
青年はこのアホの言っている事を真に受けて、イケメンと言われた事に再び顔を赤く染める。
それを見たソフィアは「がははっ」と今度は腹を抱えて笑い始める。
……絶対殺す。
「なんのようだ。」
そんなソフィアを無視して青年に声を掛ける。
「あらあら、私はお邪魔だったかしらぁ〜www」と野次を飛ばしてくるがスルーする。
「あ、えっと、先程はありがとうございました! そして、急に変な事を言ってすいませんでした! 僕の名前はアルベルト・シュヴァルツと言います。」
アルベルトという青年はペコリと頭を下げて話を続ける。
「えっと、その、エルザさんの事は元々聞き及んでいまして、色々言われていますが、その、エルザさんが子供に優しく接している所を見て、その、綺麗だなと思ってたという事もあって、それでですね、先程のは咄嗟に出た言葉なんですが、その、本心からの言葉というか、その〜、あ、あなたの事が好きです! 付き合ってください!」
青年はしどろもどろになりながらも告白をする。
テールサーペントを狩り終わった後の告白時に断った筈なのだが、数時間後に再び告白してくるとはどんなメンタルをしているんだ。………それも周囲に人が居るにも関わらずだ。頭がおかしい。
「……それはさっきも言っただろう。………『断る』。」
「そう……ですか。……僕の何が足りないでしょうか?」
「別にお前に問題がある訳じゃない。……単に私がそういう恋愛に興味が無いだけだ。」
「……………。」
今にも泣きそうになる青年。
……そんな青年にソフィアは、テーブルから回り込んで青年の肩をガシッと掴む。
「聞いた聞いた!? あのムキムキ暴力女、『別に問題がある訳じゃない』って言ったわよ! 『別に問題がある訳じゃない』って、要するにそういう事よ! 良かったわね!」
(………殺す。)
そう思うと同時に、何故か私の顔が熱くなるのを感じる。
これは怒りか、それとも…………。
「え、えぇ……そうなんですか……?」
「そりゃそうよ! じゃなかったらこんな周りk―――」
「違う! と言うかもう帰れ! お前が居るとこの馬鹿が調子に乗る!」
「何よ〜、私がくっついてる事に嫉妬してるのぉ〜?」
ヤバい。
本当にソフィアを殺してしまうかも知れない。
これ以上この馬鹿に煽られると、憤死してしまう可能性があるので振り返っていた体を正面に戻し、目の前の食事を再開する。
それ以降も何やかんや言っていたが、私はそれを全て無視して食べきり、スタスタと集会所から出ていった。
その時にアルベルトと目が合ってしまった。
『その、綺麗だなと思ってたという事もあって』
さっきの言葉がフラッシュバックする。
今までこういった誘いは何度もあった。
しかしそれは、「イイ女」とか「俺の女にしてやる」などの言葉ばかりだった。
私の事を「綺麗」だとか正面から「好きだ」と伝えてくる人物はいなかった。
この青年以外は―――。
帰り道、なぜか私の心臓は高鳴っていた。




