第54話 二人の出会い
僕の名前は『アルベルト・シュヴァルツ』。
18歳の猿人族です。
ビエッツ村出身ですが両親が他界した事で独り身になり、折角なので外の世界で生きてみようと村を飛び出したのでした。
一通り外で生活したら、いつかは村に戻ろうとは思っています。
子供の頃に吟遊詩人が聞かせてくれた「竜殺しの英雄」のに憧れて、ハンターとして生きようとしたのですが、僕には才能が無かったようで、現在はCランクで停滞中です。
パーティーを組んでみたのですがその都度「使えない」と言われ、今では1人でクエストをやる日々です。
彼女はいません。
女性の好みは強い女性で、でも高圧的な人じゃないが好きです。村の人やその他の人なんかは自分より強い女性は嫌なそうなんですが、僕は僕より強くても全然良いと思ってます。
何故そういった強い女性が好きなのかは、僕自身分かりません。
もしかしたら、僕自身がCランクで停滞する位の強さしか持ってないから憧れがあるのかも知れません。
………だって、もし僕が強かったら、目の前の問題もすぐに解決してたでしょうしね。
――――――――――
「シャァァァァァァ!!!」
鋭い牙をこちらに向け、テールサーペントがこちらを威嚇してくる。
目の前のモンスターは『テールサーペント』。
Bランクのモンスターであり、ヘビの形をしている。
その図体は大きく、人間や馬なんかを簡単に丸呑みしてしまうくらい大きい。
幸いにテールサーペントは毒を持っていないので噛まれても問題ないのだが、その巨体に捕まると全身の骨はいとも簡単に粉々になり、テールサーペントの餌になる。
加えてテールサーペントの名の通り、尻尾を鞭のようにしならせて攻撃してくる。締め付けや噛まれるよりはマシだろうと思われるがそんな事は無く、しなりを加えた事でちょっとの振り幅でも重い一撃を与える事が可能。
当たればいとも簡単に数メートル、数十メートル吹っ飛ばされ、下手をしたらその衝撃で頭が無くなったり、腕が無くなったりするくらい怖い攻撃である。
「おい、あんちゃん……もう良いよ。無理して渡ろうとした俺が悪いんだ……あんちゃんは関係ない、行ってくれ。」
「そんな事できません……!」
僕の後ろで倒れている商人が弱音を吐いているが、本心で死にたいと思っている訳が無い。全く面識が無い人でも、モンスターに襲われているなら必ず救い出す。
何故なら、それがハンターだからだ。
「―――シャァッ!!」
図体の割に機敏な動きで突っ込んでくる。
背後に怪我人がいる以上、避ける事は出来ない。
「やあッ!」
逃げ場が無いのであれば正面から突破するしか無い。
こちらも走り出し、手に持っている盾で突進するのだが、水猿流をほとんど知らない僕はただ突進するだけだった。
―――ガンッ!
衝撃と共に、目の前で鋭い牙が既の所で止まる。
視界にはテールサーペントの鋭い牙があり、唾液がキラリと不気味に光る。
盾を前に構えて走った事で、テールサーペントはその盾に噛み付いたのだ。
「―――フッ!」
すかさず右手に持ってる剣で柔らかそうな口内に向かって剣を突き刺す。
このテールサーペントとは数十分ほど戦っているが、僕の武気が弱いせいで掠り傷程度の傷しか付けられていない。
なので、さっきからこういう柔らかい所を狙っていたのだ。
「シャアァァァ!?」
思ってもいなかった痛覚が生じて驚いたのだろう。
テールサーペントは噛み付いていた口を引っ込めて仰け反る。
(よし! このまま叩き込んで――――――ガッ!?)
追い打ちを掛けようと前に出た瞬間、視界が一気に揺れる。
右から何かとぶつかり、僕から見て左方向に飛んで行く。
加速する世界が急停止して、今度は左側から衝撃がして痛みが生じる。
「ガハッ………。」
何が起こったのか分からない。
しかし、視界に木の幹が映った事で、左からの衝撃は木とぶつかった事によるダメージだと分かる。
顔を上げて周囲を確認しようとするが、続けざまに腹部へ衝撃が走る。
―――バキッ!
同じ木に再び衝突し、自身の骨なのか、背後の木の幹か、それともその両方か、衝撃に耐えきれず嫌な音を響かせる。
混乱する中、顔を上げて何が起こったのかようやく理解する。
目の前には棍棒のような尻尾があり、その奥から獲物を睨むようにテールサーペントがこちらを睨んでいたのだ。
(クソッ……注意はしてたのに、視界の外からやられたんだ……!)
近づけばテールサーペントの全体を視界に入れる事が出来ないのだが、かと言って離れて逃げ回っても、僕がスタミナ切れを起こしてやられていたり、商人がやられていただろう。
リスクを覚悟で前に出たが、それまでの戦闘で集中力が散らされていた事で視界が狭まっていたんだ。
相手はモンスターだからそこまで想定して攻撃した訳では無いだろうが、最悪なタイミングで、嫌な攻撃を当てられてしまった。
テールサーペントがこちらを凝視している。
速く立ち上がろうと足に力を入れるが、地面に着いた膝が言う事を聞いてくれない。
さっきの腹部への攻撃が、完全に足に来てしまっていた。
「あんちゃん逃げろ!」
獲物を観察し、反撃は来ないと判断したのだろう。
テールサーペントはさっきと同じ様に突っ込んでくる。
大きな口が接近する。
竜殺しの英雄に憧れてハンターになったが、一回も龍を見ること無く終わるのか。
そんな事を思いながら、動く事が出来ない状態で、ただ最後の瞬間を待つ。
―――ドンッ!
轟音とともに視界が真っ赤に染まる。
初めは僕の血液が飛び散ったのかと思ったが、目の前の赤色は血液のようなドス黒さでは無く、まるで秋の紅葉の様な綺麗な赤色をしていた。
「………。」
テールサーペントの口が広がっていたかと思いきや、瞬時に秋の紅葉を思わせる赤が視界に映り、困惑する中、次第にその赤は誰かの髪だと僕の脳は認識する。
目の前の人物は、長い赤髪を一本に束ね、僕を背にしてテールサーペントの前に立っていた。
「そこから動くな。」
そう言うと目の前の女性は走り出し、テールサーペントに対していとも簡単に懐に入り、剣を突き刺す。
そして今度は視界の外から氷の塊がテールサーペントに直撃する。
飛んできた方向を見ると、全身紫色を特徴とした魔法使いが素早い魔法の生成で赤い髪の人物の援護をしていた。
(まさか、双翼の狩人!?)
数週間前にこの街に来た2人のハンターで、たった2人で――それも女性で――Aランクに到達した怪物だ。
アタッカーである『エルザ・オルドレッド』。
赤い髪をしていて、閃光のように速く、怪力なのだという。
相方と組む前からハンターをしていて、たった1人で大型のモンスターを討伐したのだとか。
そして、とても怒りっぽく、キレさせたら顔面がグチャグチャになるまで殴られると言われている。それ故、彼女の異名は『赤鬼』と呼ばれていた。
サブアタッカー兼ヒーラーの『ソフィア・ハーノイス』。
金髪の羊人族のハーフで、魔法学校を飛び級で卒業した人物だと聞いている。
魔法操作技術がとんでもなく上手く、卒業試験の魔闘会では圧倒的な強さで優勝したらしい。
彼女と対戦した者は瞬く間に氷漬けにされ、付いた異名は『氷結の魔女』。
間違いない。
街で何回か見た事があるから見間違いは無い。
そして町の皆が2人に恐れ慄いていた中、赤鬼と呼ばれていたエルザが、少女に優しく接していたのを偶然見て、意外だと思い、強く脳裏に残っていた。
赤鬼と恐れられた女性の、その優しい瞳が忘れられなかった。
「ソフィア、合わせろ!」
「おっけ〜!」
僕が膝を地面に付いている間、彼女たちは僕が苦戦していたテールサーペントを一方的に攻撃していた。
連携が上手すぎてテールサーペントは攻撃するタイミングを完全に見失っている状態で、1人に絞ろうにも2人ともレベルが違いすぎてどっちも対応されてしまっていた。
そんな中、エルザが声を出して木の枝の上に飛び乗る。
それを追う様にテールサーペントは顔を上げ、そのタイミングでソフィアが今までとは違う大きさの氷を直撃させる。
氷はテールサーペントの胴体を直撃し、テールサーペントの体をくの字に折り曲げた。
「―――フッ!」
その一瞬の隙を見逃さず、エルザが一気に急降下する。
高速の移動により、一本の赤い線かの様な錯覚に陥るほどのスピードで落下して行く。
ソフィアの不意打ちによる攻撃で、テールサーペントの緊張が解け、力が抜けてしまったテールサーペントの首を、エルザはそのまま斬り落とした。
(これが、Aランクの戦い………!)
Cランクの僕では到底出来ない芸当を見せられ、開いた口が塞がらない。
スピード、パワー、判断能力。
どれを取ってもレベルが高く、本当に自分と同じ人間なのかと疑いたくなる。
それぐらい凄い戦闘だった。
テールサーペントの首が地面に着地する前に、エルザは剣に付いた血を振り払い、鞘に納める。
本人より何倍も大きいモンスターが崩れ落ちる中、ロングのポニーテールを靡かせて佇んでいるその姿は、正に絵画の様な光景だった。
圧倒的な暴力が視界に映っているのにも関わらず、その綺麗な顔立ちと靡く赤色の髪が美しさを際立たせていた。
―――ドキッ……!
僕の体の中で何かが跳ねる音がする。
目の前の光景が美しすぎて、息をするのも忘れてしまう。
体の痛みなんていうのも忘れ、ただこの光景を脳裏に焼き付けて置きたい。
「大丈夫か?」
エルザはスタスタとこちらに歩み寄り、あれだけ激しく動いたのにも関わらず、全く息が切れていない様子で僕に声を掛ける。
面と向かって、正面からエルザの顔を見た事が無かったが、その顔はとても凛々しく、それでいて整った顔をしていた。赤鬼と恐れられていた事で怖いイメージが先行していたが、実際に正面から見たエルザは物凄い美人だった。
何か返事をしなければ。
そう思い返事をしようとするが、高鳴る心臓がうるさくて集中できない。
「す―――」
「……す?」
「―――好きです。付き合ってください……!」
「なっ!?」
自分でも何を言っているのかわからない。
でも、言わずにはいられなかった。
「きゃ〜! 何何っ! 恋話!?」
それが僕たちの出会いだった。




