表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フリーター、狩人になる。  作者: 大久保 伸哉
第1章−1 『初討伐編』
3/112

第3話 恵みの水

 バッタを食べた日から6日がたった。


 幸せなことに、あの日以降に雨が降る日があり、大量の水を飲むことが出来た。雨は1日しか降ることはなかったが、そのおかげで朝露がしばらくこの森を濡らしてくれた。


 水信仰といったものや、昔からの言葉で恵みの雨という言葉があるが、それを実際にこの身で味わうと、確かに拝みたくもなる。


 雨の所為で、雷に撃たれてこんな最悪な状況になったといっても良い状況なのだが、ここ数日で自然の厳しさと共に、ありがたさを知ることが出来た。あのまま自然のあまりないコンクリートに囲まれた町に居たら、こんな感情は俺の中から出てくることはなかっただろう。


 水分を得て、少し体力が回復することが出来た俺は、行動範囲を広げて川や湖を探していた。


 周りの草は俺の腰くらいの高さだったので、それよりも長い木の枝を拾い、視界のギリギリ見える位置で直立に差して、それを見印にして移動している。


 今住んでいるテントの様なものを基準に、東西南北――星座の見方なんか分からないので適当だが――を1日1方向に進んでいて、今日は5日目である。昨日、一周した感じなので、今日は北の方角をさらに進んで水源を探していこうと思っている。


 あれからも虫を食べることは継続していて、今はバッタのほかにトカゲや芋虫を食べている。


 ―――もちろん生で。


 その他に舌がヒリヒリした葉などは避けて、柔らかい草なんかも食べている。木の実、虫、雑草と食べる範囲が広がった事でそれなりに常時腹を満たす事が出来た。


 もう触感だどうとか、味がどうとか寄生虫がどうとか言っている状況ではないので、お菓子感覚で視界にある食べられそうな物は口に入れている。全身泥だらけで葉っぱを適当に巻いた生き物が、手当たり次第にむしゃむしゃ何かを食べている光景は、他者から見たら異様な光景なのだろう。


 ここ数日はそんな感じでこの森を探索していたのだが、どうやらここは日本では無いのではないかと思い始めている。というのも、リスや鹿っぽい生き物に何回か出会ったのだが、ネットなどで見たものとは違っている様に見えるからだ。


 先日、森を歩いていると「カコーン、カコーン」という音がしたので、気になってそちらに移動して視線を送ると、リスっぽい動物が木の幹に向かって尻尾を叩きつけていた。


 まるで某黄色いネズミがアイア〇テールをするかの様な行動に、度肝を抜かれた。俺が知っている日本のリスに、そんな習性があるとは聞いたことが無かったし、リスの尻尾を木に叩きつけてもこんな乾いた音を出すなんて聞いたことが無かった。


 実際にはそういった習性のリスだっているのかもしれないが、今までそこまで動物に興味がある訳では無かったので詳しくは分からない。


 日本にもあんなリスが居るのかもしれないが、だとしたら堪ったものではない。あんな固い音を響かせている尻尾を頭に振り下ろされたりしたら、たんこぶが出来るでは済まされない、下手したら出血するだろう。


―――――


 そんなこんなで歩き続けていると、段々と周囲の気温が下がっていくのを感じる。


 もしやと思い、速足でそのまま前進していくと「ザーーーー」というノイズの様な音が奥の方から聞こえてくる。


 (いや、ノイズじゃないぞ!)


 この音は――――



 「―――水だ!」



 すぐそこに水がある。


 そう思うと居ても立ってもいられなくなり、目印を付ける事なんて忘れて走り出していた。次第に水の流れる音が大きくなり、視界が広がる。


 目の前には横幅10メートル程の川が広がっていた。


 水が力強く流れ、川の中にある石と水がぶつかり、神々しく水しぶきを立てている。離れていても分かる位透き通った水が目の前で大量に流れている。


 より一層駆け出す。


 辺りには、マキビシかの様な石がゴロゴロと転がっているが、そんな事はどうでもいい、足の痛みなんてどうでもいい事だ。


 浅瀬に入ると、心地の良い冷たさが足を包んでくれる。


 目の前に広がる水を手に掬い上げ、そのまま口へと運ぶ。


 虫やら葉っぱなどを食べていた事で、口全体が常に苦い味をしていたのだが、それが無くなり、渇き切った体にスーッと染み渡る。電流が流れるとかそういった刺激ではなく、緩やかに全身に染み渡っていく感覚が心地良い。


 自然と笑みがこぼれる。


 これでもう水に困ることは無くなった。それが嬉しくて仕方なかった。



 「ぅおぉぉぉ・・・。」



 安心したのか、体から力が抜けていく。



 「ありがとう・・・ありがとう・・・。」



 誰に対して言っているのか自分でも分からない。しかし、そう言わずにはいられなかった。初めて雨が降った時も感激していたが、今回は一時的なものでは無い。ずっと水に困らなくて済むのだ。


 感激で手が震える。



 「ありがとう!ありがとう!!・・・ありがとおぉぉぉおおおおお!!!」



 何度でも言いたい気分だ。絶望的な状態だったのが、1つ苦悩から解放されただけでも俺からしたら途方もなく嬉しい事である。


―――――


 それから、今までの体の汚れを川で落として、日向ぼっこをして自然乾燥し終えると大体15時ほどになっていた。


 帰ろうとも思ったが、拠点に戻るよりも、いっその事この周辺を拠点にした方が良いのではないかと思い、周辺のなるべく平らな所を探して拠点を作った。


 まあ拠点と言っても、長い木の棒を4本立ててその上に枝やら雑草を屋根替わりに置くというシンプルなものだ。強風が吹けば簡単に壊れてしまう。


 そんな適当な家を作った頃には、完全に空は赤く染まり、夕日が今日の終わりを教えてくれていた。食糧は取る時間が無かったので、辺りに沢山ある雑草を食べて腹を満たす。まったく美味しくない夕食だが、気分が落ちることはなかった。何せ今後は水に困らない、そう思うと飯のまずさなど忘れて小踊りしてしまいそうである。


 あと必要なのは火だ。


 魚や虫を焼いて食べるというのが今後やって行きたい目標である。


 今まで虫なんかを生で食べていたが、食中毒や寄生虫が心配ではあった。寄生虫に寄生されないようによく噛んで食べていたが、危険なのは変わらないし、何よりまずい。だが、焼けるとなったら話は変わってくる、焼けば大体いけるだろう。


 動物や魚のさばき方なんて知らないが、素焼きにしてしまえば大体大丈夫だろう。捌くための包丁なんて必要ない。目の前に川があることだし、明日は槍でも作って魚を獲ってみようか。魚だったら生でもよく噛めば問題ない・・・と思う。


 そしてもう一点、重要なことが分かった。


 今まで自分の顔を確認することが出来なかったが、川の水面から自分の顔を確認することが出来たのだ。


 体が小中学生くらいだったのでその時の顔なのかと思ったが、顔が変わっていた。


 髪は日本人の様な黒髪なのだが、以前の俺より大分イケメンになっていた。といっても、まだ幼さが残っているのでおそらくの話だが、成長したらいい感じになるであろう顔の整い方をしている。


 正直それは嬉しい事なのだが、疑問がまた増えてしまった。住宅街に居たのに森にいるし、体は幼くなっているし、しかも顔まで変わっている。誰かが何かやったのだろうか、だとしたらなぜだ・・・?

 

 現状証拠では解決できない問題に頭を悩ませ考えていると、辺りは夕日が落ちた事で暗くなっていく。


 空を見るともうすでに満月が顔を出している。


 さすがに今日は疲れたので眠ろう。それに考えても仕方のない事だ。そんな事よりも安定した生活が出来るように、目の前の問題に取り組む方が生産的だろう。



 「おやすみなさーい。」



 誰もいない森の中で硬い地面の上に寝転がる。今日は水を確保できた事で機嫌が良い。誰もいなくても寝る挨拶をするくらいに。


 月が爛々と輝いている。今夜は真っ暗になる事はないだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ