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フリーター、狩人になる。  作者: 大久保 伸哉
第1章−4 『Aランク昇格編』
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第132話 他人の死

 エルザが目覚めてから3日が経った。


 目覚めた直後のエルザは、意識はちゃんとしていたが体が上手く動かせない状態だった。特に下半身に力が入らなかった様で、この3日間はずっとベッドの上で過ごしていた。

 しかし日が経つに連れて急速に回復していき、今では何事もなかったかのように元気になった。

 1日目はスプーンもまともに持ち上げる事が出来なかった状態だったのにも関わらず、2日目、3日目とすぐに元通りになっていった。


 2日目の時なんかは「剣を持って来てくれ」と言われ、素直に持って行くとその場で素振りなんかをし始めるくらいには元気にしていた。


 俺は安静にした方が良いと言ったのだが、エルザは「剣を持たないと調子が悪くなる」と言って聞かなかった。

 それを見たソフィアは「化け物……」と絶句していた。

 そんなソフィアの感想は俺も同意で、あれだけ酷い状態だったのにも関わらず、エルザの闘志は消え失せる所かむしろ増していた。


 俺が横で看病している間にも、「また龍神に遭遇したら次はこうする。」とか「雷に対してはこうやって対処する。」と言った作戦を剣を振りながら考えていた。

 ソフィアはエルザの事を「戦闘狂」と評する事がしばしばあったが、これを見ると確かに戦闘が好きな人なのは明白だった。


 殺されそうになって尚、「次はこうする」と次戦を視野に入れれるのはある意味狂っていると言える。


 「…………………………。」


 そんなエルザを見て、俺は何も言えなかった。

 これが本来のハンターの姿なのだろうと、紛い物の俺は黙って見守る事しか出来なかった。


――――――――――


 「じゃあ、そろそろ稽古始めようぜ!!」


 エルザが立ち上がれるようになり、アレックスとレイナが快気祝いで家に来てくれたので俺が料理を振る舞った後の事、アレックスは皿洗いをしている俺に向かってそう言う。


 「………………。」

 「……どうしたの?」


 俺の横で皿洗いを手伝ってくれているレイナは、俺の顔を覗き込んで不安気に聞いてくる。

 「稽古」という単語を聞いて、俺の体は硬直して手を止めていた。

 水面に反射する俺の顔は強張っており、あの時の光景がフラッシュバックして全身から汗が吹き出る。


 「……稽古は、まだやらなくて良いんじゃないか?」

 「……何でだよ、あれからまだやってないだろ。そろそろ再開しないと腕が鈍っちゃうぞ?」

 「はは、何言ってんだ。数週間で鈍るほど柔な鍛え方してないから大丈夫だって………。」


 俺は平静を装い、俺の顔が見えないアレックスは訝しげに言葉を返すが、俺の声色に何かを感じ取ったのか席を立ち上がる。

 アレックスはそのまま俺の方へ歩き出し、背中を見せる俺の肩に手を置いて強制的に振り向かせる。

 しかし、俺はそれに少しでも抵抗するように顔を逸らす。


 「どうしちまったんだよ。」

 「……どうもしてないよ。ただ、まだ母さんが目を覚ましたばっかりだし、まだ何か問題が出るかも知れないから傍に居たいんだよ。」


 真っ直ぐ俺を見て話すアレックスに対して、俺は目を逸らしたままそう告げる。しかし、長い付き合いのアレックスはそれが体の良い言葉に過ぎないセリフだと瞬時に気が付いて、そのまま肩に置いていた手を握り締めて俺の服を引っ張る。


 そのままアレックスは俺を引っ張った状態で玄関まで歩いて行き、玄関先にある木刀を2本抜いて扉を開く。

 俺はされるがままに引き摺られて、俺達がいつも稽古で使っている庭に立たされる。アレックスは俺の前に木刀を突き刺し、対面するように俺の正面に立つ。


 「稽古中はソフィアに見て貰えば良いだろ。今はソフィアも居るんだし、調度良いじゃねぇか、やろうぜ………!」


 引き摺られて外に出された俺に付いてくるように、家に居たエルザとソフィアとレイナも外に出て俺達を見守る。

 エルザとソフィアは何となく察しているような顔をしており、俺がどういう状態なのか理解している様子だった。対してレイナは何が起こっているのか理解できていない様子で、俺とアレックスが喧嘩をし始めたのかと焦っている様子だ。


 言い逃れ出来ない状態の中、俺は覚悟を決めて地面に突き刺された木刀を握る。


 『バティル、愛してる。生きてくれ。』

 『今度は、私が皆を守るから……ッ!!』

 『もう忘れたのか! お前の母親は、お前に『生きろ』って言ったんだ! 死体を運んでくれとは言ってねぇ……ッ!』


 『グオオオオォォォォォォ!!!!!!!!』


 あの時の光景が鮮明に流れる。

 誰かの死が目の前で現実になる光景。


 「ふっ…ふっ…ふっ……!」


 俺の呼吸は荒くなり、木刀を握る右手は震えるなんて生易しい物では無かった。握ろうとしているのに離そうとしていて、構えようとしているのに構えないようにしている。

 それでも無理やり木刀を握り、剣を構えると駄目だった。

 俺の体は剣を握る事を拒否し、握る右腕は痙攣をする。


 ――カランッ……。


 俺は木刀から手を離した。

 震える手からいきなり離した事で、木刀はあらぬ方向へ飛んで行き、乾いた音を立てて地面を転がる。


 俺はそれを目で追うこと無く、そのまま地面に膝をつく。

 そのまま俺は土下座をする前段階のように両手を地面に付いた。


 「俺はもう、剣を握れない…………。」


 地面に顔を落としたまま、俺は震える喉から絞り出す。


 「考えもしなかったんだ。誰かが死ぬって………。」


 俺自身の言葉で、目の前でぐちゃぐちゃになったエルザの亡骸を思い出す。


 「このまま強くなって、このまま戦い続けて、これからもっと強いモンスターと戦う事になる。これからもっと危険になるかも知れない。今回は誰も死ななかったけど、このまま行ったら誰か死んじゃうんじゃないかって……そう考えたら……怖くて仕方がないんだ……ッ!」


 俺はこの1週間ほど1人で悩んでいた事を吐露する。

 発露した事で気が緩んでしまったのか、俺の目には涙が溜まっていた。


 「死なない為に強くなれば良いだろ!」


 そんな俺の言葉に、アレックスはズンズンと歩いてこちらに近付いて来る。

 地面にへたり込む俺の服を引っ張り無理やり立ち上がらせ、右手で俺の胸ぐらを掴む。


 「ハンターっていうのはそういうもんだろ! 一回敗走したからって何弱気になってんだよ!」

 「…………………………。」


 アレックスは俺を鼓舞したのだろうが、今の俺には響かなかった。

 俺は何も言わずに視線を落とし、アレックスは少し苛立ったのか眉間にシワが寄る。


 「今回は誰も死ななかった、それで良いじゃねぇか! もしもの事を考えても仕方ねぇだろ!!」


 アレックスの言いたい事は少し分かる。

 だが、だからと言って楽観視できないと俺は言いたいのだ。


 「……だから、そのもしもが来るかも知れないだろ。」

 「だから、そんな可能性を考えててもしょうがねぇだろって言ってんだ!!」

 「――ちょっと……!」


 ヒートアップするアレックスの声色に、割って入ったのはレイナだった。


 「レイナ、お前もこの弱虫に言ってやれ!」

 「……えっと……でも、バティル君の言ってる事も……分かる気がする。」

 「レイナまで……何だよッ!!」

 「ハンターを辞める訳じゃないよ……? でも、恐怖で心が折れる気持ちは、痛いほど理解しているつもり。」


 レイナはそう言って胸ぐらを掴むアレックスの手に優しく触れる。

 レイナは2年前、初めてのクエストでトラウマがフラッシュバックして動けなくなった事がある。レイナの発言はその時の事を思い出して言っているのだろう。


 「『恐怖を持つ事は悪い事じゃない』2人が教えてくれた事だよ。それに、戦う理由があれば立ち上がれる。」


 確かレイナは「人を守れるハンター」を掲げていたはずだ。

 村長の背中に憧れて、村長のように皆を守りたいと。


 「……違う。」


 ずっと黙っていた俺は口を開く。


 「……違うんだよ。俺は偽物だ、死を前にして俺の性根が分かったんだ。」


 自分の死は覚悟を持っていた。

 だが、誰かが死んでしまうのが怖い。

 俺が戦い続ければ、皆が死んでしまうかも知れない。


 「俺はそもそもハンターに向いてなかった。俺は臆病で、怖いから歯向かう強さが欲しかった。」


 この世界に転生して、初めてのシャドウウルフとの戦闘を思い出す。

 何も出来ずに蹂躙され、恐怖で震える事しか出来なかったあの時を思い出す。


 「だから母さんの強さに憧れた。モンスターに対して何も出来なかった俺は、モンスターを倒す母さんの姿が格好良かった。」


 レイナを庇って戦ったが、ただの時間稼ぎにしかならなかった。

 そこでエルザが助けてくれて、俺が殺されかけたモンスターを一方的に倒す姿は今だに鮮明に覚えている。


 「………でも、その程度なんだよ。母さんみたいに「生きる為に剣を振ってる」訳でも、レイナみたいに「人の為」っていう大義も無い。アレックスみたいに「突き進む」事も出来ない……ッ! 俺はその程度の人間なんだッ!!」


 俺は言うだけ言って、アレックスが掴んでいる手を振り払い走り出す。


 「バティル……ッ!」


 周りが呼び止める中、俺は1人家に入った。

 家の前に立っていたソフィアとエルザの顔は怖くて見れない。

 最近割り当てられた俺の部屋の扉を乱暴に閉じて、俺は部屋に籠もった。

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