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フリーター、狩人になる。  作者: 大久保 伸哉
第1章−4 『Aランク昇格編』
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第129話 眠り姫

 エルザが生きている事に大泣きした後、今だに怪我人である俺は再び自身のベッドで寝るように促され、素直に従ってベッドに横になる。


 「バティル!!」


 しかし、しばらく横になっていると扉の方からアレックスが顔を出す。


 「アレックス、無事みたいだな。」

 「ああ。ただ、雷の影響か分かんないけどまだ少し体の感覚はおかしいんだよな。」


 アレックスは部屋の扉を開けた時には緊迫した顔をしていたが、落ち着いた声色で話しかけた事でアレックスも落ち着いたのか、ゆっくりと扉を閉めて俺の横にある椅子に座る。

 アレックスを連れて来てくれたレイナも一緒に俺の部屋に入り、3人で向かい合う。


 「雷を纏ってたバティルは大丈夫なのか?」

 「纏ってた……?」

 「ああ、覚えてないのか? 青白い雷を纏って龍神を攻撃してたんだぞ。」


 何だそれは。

 全く覚えていない。


 「いや、俺が覚えてるのはレイナが龍神のブレスに巻き込まれた所までで、それ以降の話って事……?」

 「そう。その直後に雷を纏ったバティルが龍神を吹っ飛ばして、その後に蛇神が助けてくれたんだよ。」


 そこから俺の記憶がない所を保管するように状況を説明してくれた。

 と言っても、そこからはどう逃げたかの話だったりなので短く済んだ。

 気になったのは俺が雷を纏って暴れた事や、蛇神が俺達の前に現れて救ってくれた話を聞かせて貰う。


 どうやら俺は突然雷を纏いだして暴れたそうで、野生の生き物のような感じで龍神に突っ込んでいったらしい。龍神の雷を手で弾いたり雷のようなスピードで移動したりしていたらしく、拳で龍神の体を殴っていたそうだ。

 その戦いはアレックス的に優勢に見えたらしく、その間にアレックスはレイナを探して保護したらしい。

 急いで戻ると、俺は龍神のブレスを避けて渾身の右ストレートを当てたらしく、龍神の体は吹き飛んで行ったのだとか。

 その時のパンチの影響で俺の左足と右拳がこんな状態になったそうだ。


 「あれが何だったのか、バティルは思い当たる節はねぇのか?」

 「って言われても……。」


 雷関係で俺に思い当たる節など無い。

 ……いや、龍神の雷に当たった時に変な夢を見た。

 だけど、俺が雷を纏って暴れるのとは結びつかないのでは無いだろうか?


 「バティル君は『武気の覚者』じゃない可能性もあるって事?」

 「『雷の覚者』とかか?」

 「いや、でも、今は出せないぞ。」


 レイナ達に言われてやってみようとするが、雷を出す感覚など分からないし出来ない。武気の時みたいにコツを掴めば出来るのかも知れないが、あの時みたいに他の人が感覚を教えてくれないと無理そうだ。


 俺は自然と利き腕である右手を前に出すが、その包帯に巻かれた手を見たアレックスの視線は少しだけ下を向く。


 「どうしたんだよ。」

 「いや、何つうか、俺は何も出来なかったなって……。」

 「そんな事無いだろ。アレックスのおかげで俺のダメージは減ったし、俺達が逃げ切れたのもアレックスが居たからだ。」

 「そうだよ。何も出来なかったなんて事無いよ。」

 「…………。」


 俺の言葉にレイナも賛同する。

 しかし、アレックスはそれでも納得し切れない様子で眉間にはシワが寄っていた。恐らく、アレックスは戦闘面での事を言っているのだ。

 アレックスは強くなる事に貪欲だ。

 だから戦闘面で活躍できなかった事が悔しいのだろう。


 「次は絶対に勝つ……ッ!」


 アレックスは拳を握りしめ、俺達の前で宣言をする。

 その姿はとてもアレックスらしく、「龍神を討伐する」という意思を感じさせる瞳をしていた。


 「次……。」


 その単語に俺はあの時の光景がフラッシュバックする。


 初めに思い出すのは「痛み」だ。

 龍神の爪が振り下ろされる度、全身に電流が走るあの感覚。

 筋肉が勝手に伸び縮みして体が引き千切れそうになる。


 次に思い出すのは「絶望」だ。


 エルザの左半身がボロボロになった状態で木に寄り掛かっていたのを見た時の絶望、エルザの体がぐちゃぐちゃになったのを見た時の絶望、動けなくなった足手まといの俺を盾で守ってくれたアレックス、しかし防ぎ切れずに襲い掛かる龍神に対して最後の抵抗をするレイナ、そんなレイナにブレスが直撃した時の絶望。


 『次』


 「次」もあれをやるのか……?


 「……そう……だな。」


 アレックスの言葉に、俺は綺麗に返す事は出来なかった。


――――――――――


 日も傾き出して、レイナ達とは解散となる。


 今日のうちに肉離れをしていた左足の完治をレイナにして貰い、歩けるようになった俺はエルザの部屋に向かう。右手の治癒はまだして貰っていないので、左手でドアノブを押して部屋に入る。

 部屋には夕日をバックにエルザの隣に座るソフィアがこちらを見る。

 彼女はエルザがいつ目覚めても良いように隣で見守ってくれていた。


 「大丈夫ですか?」

 「ええ、うなされること無く静かに眠ってるわ。」


 俺は少し疲れて見えるソフィアに向かって言ったのだが、ソフィアはエルザの状態を話してくれる。


 「そうですか。じゃあ、変わりましょう。ご飯もあまり食べてませんよね?」

 「何、心配してくれてるの? ふふっ、でも大丈夫よ。こういうのは前に経験してるから何とも無いわ。」


 同じ2階の寝室なので、ソフィアが部屋を出る足音などは聞こえて来る。

 その中でほとんどの時間をこの部屋で過ごしているのは知っていた。

 それだけ大事に思ってくれている事の表れなのだろうが、頼りっきりにするのも良くないと思う。


 ソフィアは俺達に疲れを見せようとはしないが、顔色からは間違いなく疲れを感じている様に見える。


 「………テアンが寂しがってるかもですよ。」


 どうすればソフィアに休んで貰えるか考えた結果、この結論になった。

 ソフィアはエルザに向けていた視線を俺の方へ移動させ、苦笑いのような笑顔で俺を見る。

 その顔はやはり少しだけ疲れている様に見え、休ませた方が良いのではと心配になる顔をしていた。


 「そうね。……分かった、一旦家に帰ろうかな。1時間後にまた来るから、それまでエルザをよろしくね。」


 ソフィアは俺の心配を汲み取ってくれる。

 最近はあまり戦場に立っていないソフィアだが、それでもAランクハンターであるソフィアの体力は一般人とは比較にならないだろう。だが、精神的に張り詰めた状態が重なるとなるといくらソフィアと言えど苦しい筈だ。

 本人は「まだまだ行ける」と思っているからこその苦笑いだったのだろうが、俺に心配を掛けない為にも一歩引いてくれたのだと思う。


 「………………。」


 ソフィアと交代して、今度は俺がエルザを見守る。

 部屋にはエルザの吐息だけが静かに鳴っており、ちゃんと生きている事だけは確認できる。


 何故エルザが生きているのか分からない。


 俺はあの時、確かにエルザの死体を見た筈だ。

 龍神の鱗の破片が顔に突き刺さり、右腕は爆発で吹き飛び、右足は皮一枚で繋がっている状態だった筈なのだ。

 治癒魔法で回復できるダメージを超えた治療不可な状態だったのに、何故か今、俺の前でエルザが吐息を立てていた。


 もしかしたら偽物なのかも知れないと考えてしまうが、全身に残った白斑がエルザの欠損した部分に出来ているのを見るに、あの時のエルザの体が再生したと考えられた。


 「……。」


 エルザの顔を見る。

 左目付近に白斑があり、それを見るとあの時の光景がフラッシュバックする。


 『バティル、愛してる。生きてくれ。』


 優しく微笑むその顔は穏やかで、困惑する俺を少しでも落ち着かせようとする様だったのを覚えている。

 そこからエルザの死体が目の前に落ちてくるまでは一瞬だった。

 目が焼かれたかと思う程の熱波が押し寄せ目を離し、龍神の悲鳴を聞いて視線を前に向けると龍神の眼球にエルザが剣を突き立てていたのだ。


 自分が死に直面する場面は何度もあった。


 シャドウウルフとの戦闘の時から始まり、レイナ達とパーティーを組んで以降もアタッカーの俺はダメージを貰いやすかった為に大怪我は頻繁にあった。


 ………でも、俺以外の誰かが死に直面する場面は無かった。


 最近のAランク昇格の時がそれに近い事だとは思うが、それでもあの時は大丈夫だと思っていた。戦闘に関してエルザが見誤る事など無いと思っていたし、治癒魔法が出来るレイナとソフィアがいる事を考えれば安心感があった。


 自分が死ぬ覚悟は出来ていた。


 いつか死ぬかも知れないと覚悟を持って狩り場に出ていた。

 そうでなければ戦場になど立てない。

 ………だが、そこに仲間の命は入っていなかった。


 「誰かが死ぬかも知れない」なんて考えていなかったのだ。


 俺達はAランクになった。

 これからもっと強い相手と戦い、狩っていく事になる。

 俺達も強くなって、相手もどんどんと強くなる。

 一撃の重みが増していき、たった一撃で致命傷になるかも知れない。


 そんな戦場で戦い続けたら、今回のように誰かいつか死んでしまうかも知れない。


 「…………。」


 そう考えた時、俺の手は震えていた。

 ぐちゃぐちゃになったエルザの亡骸をこの目で見た事で、身内の死が他人事では無くなった俺は震えていた。


――――――――――


 龍神が現れてから1週間が経ったが、龍神は村に現れる事は無かった。

 そして、その間にエルザも目を覚ます事はなく、俺が剣を握る事も無かった。

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