第128話 息子の安堵
―ソフィア視点―
エルザと龍神が対峙した。
一部始終を見ていたレイナ達の証言を聞く限りでは、あのエルザでも善戦はすれど勝てなかった様だった。
致命傷を受けたエルザはその時点で死ぬと理解して、3人に遺言を託したらしい。レイナには「ソフィアを支えてやってくれ」という発言があったそうで、私の事を心配してくれたようだった。
バティルに「愛している」と伝えて、タダでは死なないと自爆をして龍神の頭部を破壊したのだと言う。
とてもエルザらしい最後だと思う。
生きる為に剣を振って、死ぬまで剣を振るい続けた。
しかし、その剣は以前のような後ろ向きな物ではなく、守るべき者の為の剣として最後まで振り続けたのだ。
とてもエルザらしい。
エルザらしいからこそ、エルザが死んだと言う事の信憑性が増してしまう。心では泣きそうになりながらも、今は表に出すべきではないと判断して表情には出さなかった。
村に龍神が来るかも知れない状況の中で、パニックにならない為に皆の心の支えが必要だからだ。その支えは村長がメインだろうが、それを支える1本に私も含まれているのは自覚している。
だから毅然とした態度で対応し、皆に安心感を与える為に泣く事は許されない。
あなたの死をちゃんとこの目で確認したい。
他のモンスターに食い荒らされる前に回収したい。
もしかしたら生きているかも知れないと思いたい。
そんなぐちゃぐちゃの感情が内心で蠢いている中、ようやく偵察の朝が来る。
――――――――――
1日が経過しても龍神は村に現れる事は無かった。
それにより早朝に村長から偵察の司令が入り、私とアレックスとロックが森に入る。レイナも同伴したいと提案していたが、治癒魔法を使える者が2人も村から居なくなるのは悪手だとして却下した。
初めはアレックスを連れて行く事も拒否していたが、道案内と「連れて行ってくれ」と言うアレックスの強い要望によって同伴する事になる。
歩ける程度には回復しているが、それでもアレックスのダメージも相当な筈なので、もしも龍神が森に居たら真っ先に逃げるようにと言ってある。
「…………。」
森を歩いていてすぐ、異様な雰囲気を感じ取る。
初めはその違和感が何なのかは分からなかったが、歩を進めていくうちに段々と気づき始めた。
森が静か過ぎるのだ。
いつもなら鳥の鳴き声や虫の鳴き声が聞こえているにも関わらず、そういった声が全くしない。それでいて生き物の気配も全くしない。
そんな森の奥に進むと、なぜ生き物が居ないのかが分かる。
目の前の景色には大きく破壊された木々があった。
まるで、ここに村を作るための業者が開拓したかのような広く剥げた森が視界に入り、それが所々に存在している。
ここまで森を破壊できるモンスターが暴れれば、警戒心の高い小動物は一目散に逃げるだろう。いや、小動物でなくても逃げるはずだ。
このレベルの破壊を出来るモンスターはそうそう居ない。
そんな相手が自分のテリトリーに入って来たとしたら、大型モンスターでも逃げ出すだろう。
そんな破壊された森を歩いていると、視界の先に一際目立つ半透明の壁が映る。
「アレックス、あれは?」
「……分かんない。でも、確かあそこら辺にエルザが倒れてる筈。」
と言う事は、あの半透明の膜のような壁を調べなければいけないだろう。
アレックスを後方に下げ、私が前線に立って半透明の膜の前に向かう。
「………。」
私は杖の先端を膜に付ける。
すると、以外にすんなりと私の杖は膜の中に吸い込まれる。
少しだけ杖を動かしてみるが、まるで空中で杖を振っている様な感覚で、杖からは何の抵抗も感じられない。そこから推測できるのは、膜の中は空洞になっている可能性だ。
私はその可能性の信憑性を確かめる為に、今度は自身の手を膜の中に入れてみる。
手を入れた所、膜に触れても問題はない。
それでいて膜の中で手を動かしてみるが、何も感じられない事で安全な可能性が高いと判断をしてゆっくりと全身を膜の中に入れてみる。
「……えっ?」
目の前には繭のような物が中心に立っていた。
入る前には無かった筈にも関わらず、当たり前のようにそこには何かがあった。もう一度膜の外に出てみるとそこには半透明の膜があり、透けている膜の先には何も無い。
だが、膜の中に入ると中心には繭が置かれている。
ソフィアの目は魔力を感知出来るため、これが魔法なのだと理解できるが、それ以上は理解することが出来ない。……透明になれる魔法など聞いた事が無い。
「安全か?」
私が困惑している中、最後尾に居たロックが私に話しかける。
「分かんない。けど、多分、大丈夫かも……?」
珍しく歯切れの悪いソフィアに対して、ロックは自分の目で確かめようと前に出て膜の中に入る。それに続いてアレックスも中に入り、2人は私と同じ反応で驚きの声を上げる。
「なん、だ、これ……?」
不可思議な光景に目を丸くしていると、中心に置かれていた繭が音を立てて動き出す。よく見るとその繭の近くには剣が刺さっており、エルザの愛刀だと遠目からでも分かる。
すると突然、中心にあった繭が動き出す。
反射的に私達は動き出した繭に向かって武器を構える。
……が、すぐにその警戒は解かれる事になる。
「エルザ……?」
動き出した繭は地面の方に移動し、中からは水の塊のような球体が出現する。その水の中にはエルザが入っていて、傷一つ無い綺麗な状態で浮かんでいた。
エルザの体は所々に白斑があり、シマウマの模様のように色の違う箇所が多かった。
どういう状況なのか分からない。
聞いていた話とは違って困惑するが、目の前のエルザを見た私は自然と前に歩き出していた。
手の届く距離まで近付いて謎の液体に指を触れる。
するとそれを起点に波紋が広がり、球体を保っていた水の塊は崩壊する。
「――ちょっ!?」
私は反射的に手を伸ばして落下するエルザの体をガッシリと掴む。
そこにはちゃんと体重が乗っていて、腕に伝わる重みは人のそれだった。
私はエルザを抱きかかえて顔を確認する。
その顔は左目付近に白斑が出来ているが、私の知っているエルザそのものだ。
私は目を閉じるエルザの胸元に耳を当てる。
―――ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ………。
エルザの胸元からは確かに心臓が鼓動を打っていた。
眠るように目を閉じるエルザは呼吸もしており、血色は全身に血液を流す鼓動によって健康的だ。
「………はぁぁぁぁぁ。」
それを確認した私は地面にへたり込んでいた。
今までの緊張と押し殺していた感情が弾け、エルザが生きている事に安堵する。
「良かった……良かった………ッ!」
押し留めていた感情を止める事は出来ず、私は静かに泣いた。
――――――――――
―バティル視点―
『バティル、私の息子になってくれてありがとう。』
目の前でそう言うエルザは、優しい目でこちらを見る。
その優しすぎる視線に嫌な予感を覚えた俺は、エルザが何処かに行ってしまうような不安が頭をよぎり、手を前に突き出してエルザを止めようとする。
「待って、行かないで……ッ!」
しかし目の前のエルザに手が触れることは無く、エルザは一歩下がって言葉を続ける。
『バティル、愛してる。生きてくれ。』
エルザとの距離は段々と離れていき、俺は置いていかれないと走るがその距離が縮まる事は無い。
「母さんッ、母さんッ!!!―――」
視界は一気に切り替わり、最近移動した俺の寝室の天井が視界に入る。
「――……あ、れ……?」
「バティル君ッ!!」
困惑する俺の隣で聞き覚えのある声が跳ねる。
見ると、俺の寝ているベッドの横にレイナが座っていた。
「良かった…良かったぁ……ッ!!」
レイナは泣きながら起き上がった俺にハグをする。
何が何だか分からない状況だったのだが、段々と今までの流れを思い出して、俺もレイナが無事だった事に安堵する。
ハグをした時に気が付いたのだが、俺の右腕は何故か包帯でグルグル巻きにされていた。レイナが龍神のブレスに巻き込まれた所から記憶がないのだが、あの後に何かあったのだろうか。
「でも、母さんは………。」
そう。
レイナが無事で嬉しい事は嬉しい。
だが、エルザはもう居ないのだ。
俺の事を息子と言って慕ってくれた恩人が。
人生の目標として背中を見せてくれた師匠が。
「その事なんだけどね………――――」
――――――――――
「母さんッ!」
未完治の左足を引っ張りながら廊下を走り、エルザの寝室の扉を開く。
レイナに聞かされた事が本当なのかを確かめたくて、焦る体は寝室の扉を強く開けてしまう。
部屋にはベッドの横にソフィアが座っていて、急に入ってきた俺に対して驚くと同時に目が覚めた事に安心した様な表情でこちらを見る。
「ほ、本当に……?」
しかし、そんなソフィアよりも重要な事があった俺は視線をすぐにベッドに移動する。
ベッドには確かにエルザが寝ていた。
ぐちゃぐちゃにされた顔面は綺麗に治っており、エルザに掛けられた毛布の凹凸から全身が残っているのも確認できる。潰れてしまった筈の左目は修復されていて、傷があった付近は白斑が出来ていた。
「あれは、夢だったのか……?」
そんな訳が無いのはエルザの白斑の箇所を見れば分かる。
しかし、そう考えないと説明できない。
「現実よ。……何でか分からないけど、この状態で森に放置されていたわ。」
「生きてるんですか……?」
「ええ。………生きてるわ。」
俺は左足の痛みなど無視して震える足を前に出す。
そんな俺を見かねてか、レイナが優しく俺を支えて補助をしてくれる。
そのままベッドの横に移動して、目を閉じるエルザを見る。
目の前のエルザは穏やかな表情で吐息を立てていた。
「う、うぅぅぅぅ………。良かった……良かった……ッ!」
エルザの吐息を聞いた俺は膝から崩れ落ち、エルザの手を握る。
その手には確かに温もりを感じて、確かに生きているのだと実感できる。
大粒の涙がベッドの上に落ちる。
張り詰めていた緊張が一気に緩み、押し留めていた感情の波が表面に溢れ出た。
エルザが生きている。
もう2度と触れる事のないと思っていた手を握り、俺は周りを気にせず大泣きした。




