第125話 龍神 vs ???
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!」
青白い雷を纏ったバティルは咆哮を上げる。
その姿に理性は感じられず、立ち上がる姿は野生児のようだった。
「バ、バティル……?」
ダメージから回復したアレックスは困惑した顔でバティルを見るが、バティルはそんなアレックスを置いてそのまま数歩ほど前に出る。
「ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛………ッ!」
「グルルルル……ッ!」
龍神は変化したバティルに警戒をする。
その顔は驚いた顔をしている様にも映り、困惑している様にも映る。
バティルがもう一歩前に足を出した瞬間、龍神は纏わり付いた氷を破壊しながら立ち上がった。
「グオオオオォォォォォォ!!!」
龍神はバティルに向かって赤黒い雷を放電する。
「ァ゛ア゛!!!」
空気を切り裂いて走る雷光に、バティルは左腕を払う。
赤黒い雷と青白い雷が接触し、「バチンッ」という音を立ててバティルの左側に赤黒い雷が着弾する。
当たれば感電するのが必至の攻撃に、避けるのではなく振り払うように攻撃を防いだ。龍神もまさか素手で払うようにして回避するとは思っていなかったのか、バティルのその行動に驚いているようだった。
驚きによる一瞬の沈黙がその場を支配した。
しかし、そんな一瞬の空白をバティルは見逃さない。
青白い雷をその場に残し、目で追えない速度で龍神の頭に接近をする。
「――――ッ」
高速で移動したにも関わらず、慣性の法則を無視するかのようにバティルはその場に急停止する。その時点でバティルは右拳を下に置いた状態であり、まだ接近したと気付いていない龍神の顎をアッパーカットで跳ね上げた。
「―――……ッ!?」
何が起こったのか理解できていない龍神は、跳ね上げられた事により曇った空を見上げる。
「ラ゛ァ゛ッ゛!!!!」
龍神の頭が上がった事で、バティルの目の前には赤い水晶が視界一杯に映る。バティルはその水晶に向かって再び拳を振るう。
青白い雷を纏った拳は残像を残し、バティルの体の何倍もの巨体を小石を投げるような速度で吹き飛ばす。
「キュゴォォ……ッ!」
龍神の体は弧を描くように空中を飛び、数十メートル先の地面に背中から落下をする。受け身など取れるはずもない龍神は、その衝撃を逃がすことが出来ずに全身で落下の衝撃を受け止めた。
バティルは先程同様、瞬間移動でもしたかの様な速度で仰向けになった龍神の胸元の上に姿を現す。
―――ゴッ、ゴッ、ゴッ……!!!
バティルは再び胸元にある赤い水晶に向かって拳を振るう。
龍神の背中には地面しか無いので、先程とは違って距離が離れることはない。
なぜ脳がある顔面では無く、胸元にある結晶を狙っているのかは誰もわからない。
しかし、そこが急所だと言わんばかりにバティルは拳を振り下ろし続けた。
「死゛ネ゛、死゛ネ゛、死゛ネ゛!!!!!!!」
一発一発に殺意を込めて、虚ろな目で拳を振り下ろす。
拳が赤い水晶に着弾する度、拳を中心に周囲に青白い閃光が放たれ、龍神以外の雷鳴が森に響く。
拳を赤い水晶に振り下ろす度、龍神の体は地面にめり込む。
龍神の巨体を浮かす程のパンチを何発も加えられるが、龍神の胸元にある水晶は砕けない。しかし、そのパンチの威力を消している訳ではないので龍神は悲鳴を上げる。
「グオォォォォォォォ!!!!!」
龍神は無差別に赤黒い雷を周囲に放つ。
バティルはそんな攻撃を気にせずに拳を振り下ろしていたが、電力が上がっていく事で体が耐え切れなくなり、最終的にバティルの体が動かなくなる。
そんなバティルに対し、龍神は体を起こしてからズレ落ちるバティルに爪を振り下ろす。
……のだが、感電した筈のバティルに止められる。
「死゛ネ゛……ッ!」
感電したにも関わらず、何事もなかったかのように立つバティル。
龍神の爪を左手で受け止めたバティルの手は、互いの雷が衝突して赤黒い火花と青白い火花がバチバチと跳ねていた。
バティルは龍神の攻撃を受け止めた状態で右拳を握る。
すると、全身に帯電していた青白い雷がその右拳に集中する。
龍神はそれを見て「ヤバい」と感じ取ったのか、後ろ足と両翼をはためかせて後方にバックステップをする。翼を斬られているので飛ぶ事は無いが、飛膜は残っているので突風のような風圧を作り出す。
それと同時に龍神はブレスの準備をしており、後方に移動した事で開けた視界の中心にいるバティルに向かってブレスを吐き出した。
「―――ッ!」
バティルは突風に体を持って行かれそうになりながらも、地面に足をめり込ませて耐えていた。そこに2段構えのブレスが発射された事で、埋まった足を地面から出さなくては行けなくなった為、回避のタイミングが少しズレる。
しかし、バティルはブレスをギリギリで避ける
左に避けたバティルは、距離が離れた龍神を見る。
弧を描いてバックステップをした龍神の体は、ブレスを発射させた事で今だに宙に浮いている状態だった。
飛べる事が出来ない龍神は、空中で避ける事は出来ない。
それを理性的に考えたのかは分からない。
しかし、理性の失った筈のバティルはそこが好機と気付いてのか、全力を振り絞る。
左に着地したバティルは、地面を踏んでいる左足に力を入れる。
―――カッ……!
バティルが地面を蹴ったと同時に、青い稲妻が森に疾走る。
龍神の放つ雷の様な、1本の落雷が横に伸びる。
バティルの体は龍神の鼻先に一瞬で移動し、元々右手に溜めていた雷を解き放つ。
―――ゴォン!!!
雷鳴のような衝突音が森に響く。
バティルの右拳は龍神の鼻先に振り下ろされ、龍神の巨体は再び後方に吹き飛ばされる。
しかし、先程と違うのはその威力である。
前回は弧を描く様に飛ばされたのに対して、今回は地面に平行に、一直線で吹っ飛んでいく。普通の大型モンスターより大きい龍神が、横一線に吹き飛ぶというのはそれだけの威力を示していた。
「がッ……。」
しかし、その威力の代償はタダでは無い。
龍神に大ダメージを与えたバティルだったが、バティルもまたダメージを抱える。
バティルの左足は筋肉が断裂して内側から血が滲んており、龍神を殴った右拳は骨が見えていた。そんなバティルは地面に仰向けに倒れ、活動限界に達して眠るように気絶をする。
「バティル!!!」
そこにレイナを肩に担いだアレックスが現れる。
レイナは右腕に大怪我を負った状態でアレックスに支えられていて、バティルの戦闘の一部始終をアレックスと共に見ていた。
「雷を、纏って……?」
レイナは目を見開いて倒れ込むバティルを見る。
「レイナ、今は考えるのは無しだ! 龍神も起き上がって来ねぇ、今がチャンスだ! 自分で歩けるか?」
「……う、うん。自分で歩く……ッ!」
アレックスの指示にレイナは素直に返事をする。
アレックスがバティルの方へ走り、今度はバティルの体を支える。
「――よし、行くぞ……ッ!」
「キュゴォォォォォォ!!!!」
アレックス達が走り出そうとした所で、数十メートル先に横たわっていた龍神が体を起こしながら咆哮する。
威圧感のあったその顔面は変形していた。
先端に鼻がある上顎は直角に折れていて、バティルの渾身のパンチが直撃したであろう箇所は骨まで見える程に抉れている。
「クソッ! しつけぇんだよ……ッ!!」
アレックスはタフ過ぎる龍神の悪態を付きながら走り出す。
レイナも後ろを振り向くこと無く走るが、ボロボロの体は悲鳴を上げる。
「レイナ……ッ!!」
レイナは数歩ほど走った所で地面に倒れる。
レイナの足はガクガクと痙攣しており、やはり支えが無いと歩けない体だった。かと言って、レイナとバティルを担いで走れる余力は今のアレックスには無い。
「……行って!」
「何言ってんだレイナ!」
「今度は私の番……! エルザさんみたいに自爆覚悟でやれば、皆の時間を稼げる……ッ!!」
「そんなの……ッ!」
レイナの目を見て、本気だと伝わる。
でも、これ以上誰かを失うとなると俺の心も正常ではなくなる。
どうすれば良い……?
迷うアレックスに、龍神は躊躇いなく走り出す。
変形した顔を気にも止めず、止めどない殺意を瞳に宿し、尚もバティルに向かって疾走する。
「チクショウッ……チクショウ……ッ!!!」
口が変形している事でブレスを吐けないのか、龍神は爪を振り上げる。
レイナは杖なしで魔法を発動しようとしており、視界に映るほどの魔力を集中させる。
アレックスは自身が何も出来ない事に対して悔しさを吐き出すしか出来なかった。
――――ドンッ!!!
雷を纏った爪が振り下ろされようとした瞬間、巨大な何かが龍神に衝突する。
龍神の体は突如現れた何かに弾かれ、再び地面を転がった。
その衝突は凄まじいもので、砂煙がアレックス達を覆う。
そんな中で状況を確認しようと前方を見る。
「キュオォォォォォォ!!!!!」
そこには、宙に浮いた白い蛇が佇んでいた。




