第124話 憎しみのトリガー
―アレックス視点―
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……!!」
アレックス達は覆い茂る森の中を疾走する。
戦闘による疲労はあるものの、そんなものを気にしている余裕など彼らにはない。
「――………ォォォォォォォォ。」
それなりに離れる事が出来た所で龍神の遠吠えがこちらまで届き、緊張感が再びアレックス達の体を覆う。声が届くと言う時点で、その範囲は龍神のテリトリーな気がしてしまうのだ。
それに、思っていたよりもずっと再生が速い。
あれだけの破損していた物を、治癒魔法の専門家でも咆哮が出来るまで回復するのに1日は掛かってもおかしくはない。……そもそも、現代の治癒魔法ではあの状態から再生するの自体が無理なのだが。
「急いで正解ではあったか………。」
俺自身もエルザを連れて帰りたいという思いはあった。
だが、俺の直感があれで終わりではないと思っていたし、エルザを担いでいたら無理だと直感的に感じていた。
だからその直感に従って行動していたが、それが正解だった事でエルザに対する罪悪感は少しだけ晴れる。
「まだ走れるか?」
少し後方を走っているレイナに声を掛ける。
「大丈夫、急ごう……!」
「ああ。」
チラリとレイナに視線を向けると、レイナの顔は強張っていた。
先の咆哮で龍神が目覚めたのは明確。
それがレイナにとって不安なのだろう。
何か声を掛けてやりたいが、掛ける言葉が浮かばない。
こんな自分に少し驚くが、すぐにその理由を自覚する。
……俺にも余裕が無いんだ。
こんな事になって、エルザが死ぬなんて思いもしなかった。
俺自身は冷静になれていると思っていたが、やはりどこか気が動転している。
―――カッ…。
走っていると後ろから光が通り過ぎた様な気がする。
それから地響きの様な音がこちらに近付くような音がして後ろを振り向く。
俺は何事かと思って振り向いた。
すると視線の先には、小さい赤い光が近付いて来ていた。
それが何なのか一瞬分からなかったが、俺達の速度よりも速いその何かは確かにこちらに向かって近付いていたのは確認できた。
「横に飛べ!!!」
誰が、何故、などは言わない。
そんな事を言っている暇が無いくらいの速度でそれが近付いていて、俺は後ろを走っていたレイナに視線を向けること無く、バティルを担いだまま横に飛ぶ。
―――ドンッ!!
さっきまで俺達が居た場所、進行方向に赤い稲妻が走る。
その赤い稲妻が龍神のブレスだと気付くのに2秒ほど掛かって気が付いた。
「――ッ、レイナ!」
「大丈夫……ッ。」
ブレスが目の前を通り過ぎるのを視界に映した後、思い出したかのように叫ぶと俺のすぐ横でレイナは返事をする。
俺はそれに安堵しつつも、一直線に抉られた地面に出る。
俺達が走っていた進行方向の逆、ブレスが放たれた方向を見ると遠くで黒い何かが居た。それはその一直線に抉られた地面をそのまま走っており、最短でこちらに向かって来ていた。
「化け物が……ッ!!」
その黒い何かが分からないなんて言う馬鹿じゃない。
明らかにそれは龍神であり、頭が弾け飛んだはずの化物だ。
エルザとの戦闘でボロボロにされ、頭まで破壊されたにも関わらず、まだこれだけのブレスを吐いて、それでいて俺達を超える速さでこちらに走っている生物を化物と言わずして何と言うのか。
「レイナはバティルを担いでくれ!」
「アレックス君は……ッ?」
「俺は殿を―――」
言い切る前に龍神が目の前に現れる。
さっきまで倒れていたとは思えない身軽さに、俺の警戒心が跳ね上がる。
邪魔な物が一切ない、真っ直ぐな道を気持ちよく走れたであろう龍神は、横に回避した俺達の正面に立つように龍神も体を横にする。
そのまま急ブレーキをして、地面を抉りながら俺達が立っていた正面にジャストで止まる。
目の前に現れた龍神の顔面は歪んでいた。
破壊的な攻撃をしていたので龍神は万全な状態まで回復したのかと思っていたが、龍神の頭部はまだ回復していなかった。
どうやら口を最優先に回復したらしく、それ以外の眼球や脳の再生は不完全状態だった。
「グオォォォ――――ゴキュ…ッ!」
顔面が崩壊した状態で、龍神は俺達に向かって吠える。
しかし、そんな龍神に向かって氷の柱が走って行き、吠えた龍神の頭部を跳ね上げる。
「レイナ!」
「私も戦う!!」
氷が視界に入った時点で誰がやったのかは明白だ。
レイナの方を見て「何やってるんだ」と言うような声色で名前を呼ぶが、それに応える様にレイナは端的に自身の考えを叫ぶ。
「グオォォォォォォ!!!!」
「くッ……!」
口論をしている時間はない。
「レイナ、俺に合わせて――――」
レイナに指示をしようとした所で、龍神を中心に雷の膜のような物が周囲に放たれる。その速度は今までの電撃の速度とは比較にならない速度であり、咄嗟に逃げ切れるものではなかった。
その膜は俺達の体を通過していき、今までやっていた放電とは違って痛覚を感じる事はない。
「―――ッ!?」
しかしこの攻撃もまた、俺達の行動を阻害してくる攻撃だった。
雷の膜が通過した後の体は痺れたように動かしにくくなり、握っていた剣の感触が薄れていく。
今までの雷よりもダメージはない分、速さと行動阻害に長けた攻撃なのだろう。
「グオォォォォォォ!!!」
「らぁぁぁああああ!!!!」
龍神は動けない俺達を無視してバティルの方へ向かって右手を振り上げる。俺は言うことの聞かない体を気合で動かしてバティルの前に移動する。
盾に魔力を流して、俺の身長の2倍はあろうかという大きな魔法の盾を展開してバティルを覆う。
俺がバティルを覆う形で盾を展開している中、視界の外にはレイナが地面に転がりながら魔法を発動しようとしている。
しかし、それよりも速い速度で龍神は俺達に向かって右手を振り下ろす。
―――ゴンッ!!!
盾を構えたは良いが、麻痺によって踏ん張る事の出来ない俺は龍神の拳に抗うことが出来ずに地面を転がった。
――――――――――
―バティル視点―
「バティル君、逃げて!!!」
アレックスが俺の体にのしかかる中で、レイナの声が聞こえて来る。
アレックスと共に吹き飛ばされた俺の体は地面を転がり、俺の上に乗ったアレックスをずらして視界を確保する。
レイナは龍神の体の一部をを氷魔法で凍られており、身動きの取れない龍神に向かって凍っていない箇所を攻撃している。
「レ、イナ……。」
当たり所が悪かったのか、アレックスは力なく倒れていた。
しかし気絶している訳では無いようで、うめき声を上げて苦しそうにしている。
俺自身も視界が揺れており、脳震盪で平衡感覚が分からない。
「今度は、私が皆を守るから……ッ!!」
まだ麻痺した体で地面に倒れているレイナは、そんな事はお構いなしだとばかりにそのまま魔法を龍神にぶつけている。
「駄……目だ。逃げて…くれ……ッ!」
脳震盪と麻痺による影響で、俺の体は思うように動かない。
だが、そんな事を言い訳にして良い訳がない。
ヘイトを集めすぎているレイナを庇う為にも、俺が龍神のヘイトを集めないといけないのに……体が動かない。
「グルルル……ッ!」
俺を狙っていた龍神の顔がレイナの方を向く。
体の一部が凍ってしまっている為、動くことの出来ない龍神は何をするのか。
その答えをすぐに見せつけられる事になる。
龍神の胸元にある赤い水晶の周りが赤くなる事で、全てを察する。
「レイナァァァァァァッ!!!!!!」
―――ドゴォンッ!!!!!
レイナが居た場所に龍神のブレスが直撃する。
防御の為に即席で生成した氷壁を容易く破壊し、粉々に砕かれた氷壁と砂煙がその場に立ち昇る。
吐き出されたブレスは直線上に数十メートルのクレーターを作り出す。
俺の視線の先に居たはずのレイナの姿は無く、抉れた地面はブレスによる熱で水蒸気が立ち昇り、巻き上げられた砂煙が空中を漂うだけだ。
「あぁ………。」
どうしてこうなった。
つい数十分前には他愛もない会話をしていたのに、この地獄はなんだ。
さっきまでモンスターを狩っていたり、新しい装備について語ったりしている何気ない日常だった筈だ。
Aランクハンターになって、一人前になって、これからもっと頑張ろうって思っていたのに、何なんだよこれ……ッ!!
『バティル、私の息子になってくれてありがとう。』
片目を失った状態で、エルザは俺にそう言ってくれた。
その顔はとても穏やかで、俺を落ち着かせるような、俺を心から思ってくれている顔をしていた。
『生きて』
龍神の目に剣を突き刺し、俺の声に反応したエルザは俺に向かって口を動かす。龍神の咆哮で聞こえる事は無かったが、目で見ただけでそう言っていると分かる。
―――ジジッ。
誰か分からないくらいにぐちゃぐちゃになったエルザの死体を思い出す。
あの美しかった顔は皮膚が捲れて筋繊維が見え、美しかった紅い髪は焦げて溶けていたりもしていた。
鋼鉄のように硬かった腹筋は左腹部が抉られていて、馬のような足をしていた右足は皮一枚が繋がった状態で千切れていた。
―――ジジジッ。
誰がこれをやったんだ。
誰がこの地獄を作ったんだ。
「お前の……所為で……ッ!」
睨みつける俺に対して、龍神も応えるように俺の方を見る。
その目は殺意だけを感じる覇気をしており、生物を殺し尽くすという意思を感じる。
「殺してやる………。」
―――ジジジジッ。
ドス黒い感情が溢れ出す。
前世からを含めても、ここまでの激情は未だかつて出る事は無かった。
「お前を…殺してやる!!!!!」
―――バチンッ!!
俺の感情は全身を覆う。
俺の頭の血管が破裂したかのような音と共に、周囲に青白い雷が弾ける。
憎しみが、少年を立たせた。




