第122話 これからの君へ
―エルザ視点―
右手に握られた愛刀は、あらん限りの魔力放出に答えて、名称通りの紅い花を咲かせる。その熱は私の体をも焼き焦がし、全てを燃やさんと燃え上がる。
「母さん!!」
愛しの息子の声に反応して後ろを振り向くと、熱波に顔を顰めているバティルが視界に入る。目の水分を一瞬で蒸発させてしまう程の熱を放っているにも関わらず、バティルの瞳には涙が溜まっていた。
それほど私との別れが嫌なのだという気持ちが、その瞳の涙だけでも分かる。
「グオォォォ!!!!」
龍神はそんな熱にも臆さず攻撃をする。
龍神の体の具合からしても、もう限界に近いだろうに、それだけの執念をなぜこちらに向けるのかは分からない。
そんな龍神は熱に近付くのは避けたいのか、遠距離から赤い雷を連射して放つ。
―――ボウッ!
エルザ達の方へ向かって来る無数の雷に対して、エルザは剣を横薙ぎに振り払う。着弾する前に全ての雷が炎と接触し、エルザと龍神の間で「バチンッ!」という音を立てて弾けた。
横薙ぎに放射された大火は、龍神の雷に当たっても止まる事はなく、そのまま直進をして龍神の体を焼いた。
「グオォォ……!!」
龍神の顔面に直撃した事で龍神は短い悲鳴を上げて後方に下がる。
恐らく、熱波が眼球を撫でた事による痛みで反射的に仰け反ったのだろう。
この現象は戦闘中に何度もあったので、そこが龍神の弱点でもある。
どうやってそれを有効活用しようかと悩ませていだが、死の時間が差し迫った状態の私はすぐに結論を出した。
「―――ッ!」
結論が出たエルザは行動に移そうと走り出そうとするが、仰け反った龍神はその状態の姿勢のまま簡易のブレスを吐き出す。
後方に居るバティル達に当たらないようにしなければ行けない為、エルザは走り出そうとしていた足を止めて再び剣を振る。
巨大な雷の塊と灼熱の炎の波が激突し、その衝撃で地面が揺れる。
爆煙が森に掛けていく中、エルザは爆煙の先に赤黒く光る龍神を捉える。
ブレスの予備動作に入っている龍神を察知し、エルザも渾身の一撃を叩き込む為に剣を構える。
剣を上段に構え、魔力が枯渇する事など気にせずに「紅花」に魔力を注ぐ。
先の衝突で巻き上げられた噴煙は、エルザの放つ熱によって吹き上がり、舞っていた砂煙は全てが空に打ち上がる。砂煙を巻き上げる大火は次第に青くなり始め、揺らめいていた熱は天をも貫く勢いで放射される。
景色が開けた事で、お互いの視線が再び重なる。
龍神は最大限のチャージをしたブレスを貯めて待っていた。
エルザは高火力によって青くなった炎を天に掲げて待機していた。
両者の視線が重なった瞬間、両者同時に動き出す。
―――ボンッ!
貯めに貯めた互いのエネルギーが激突する。
数百メートル離れていても鼓膜が破裂しそうになる程の爆音が森に響き、2体の衝突は森を揺らす。
この衝撃に地面はついて行くことが出来ず崩壊し、周囲にあるものは全てが弾き出される。バティル達も吹き飛ばされないように耐える事しか出来ない中、この衝撃を発生させている2体だけはその場で互いを殺す為に命を燃やしていた。
「………………。」
互いに巨大なエネルギーを放った事で、周囲の景色は一瞬で荒廃する。
雷のブレスを吐き出し続けた龍神の攻撃と、青い炎を出し続けたエルザの攻撃は拮抗し、ぶつかったエネルギーの行き先は周囲へと放出される事になる。
その事により、エルザが居た場所と龍神が居た場所、そして双方の後方以外は全てがめくり上がる。
エルザの背後に匿われる様に居たバティル達は無事だったが、エルザの発する熱により苦しそうだった。
「母゛さ゛ん゛………!!」
それでも地面を這いながらバティルは私の方へ向かって来ようとする。
蒸発する地面の上を這うように進み、泣きながらこちらを見ている。
その顔は「行かないで」と言っているようで、そこまで愛してくれている事を知って私は少し微笑む。
バティルが赤ん坊だったら、きっとこんな感じで素直に甘えてくれていたのかも知れない。出会った時には既に1次成長期は終わっていたので、見れなかったのが残念だ。
「グオォォォォ!!!」
龍神は尚も倒れないエルザを見て吠える。
熱に怖気づいて近付こうとしなかった龍神だったが、ここまでして倒れないエルザを見て走り出した。自身もボロボロの体だが、それでも直接その手で殺さなければ気が済まないのだろう。
愛刀に焼かれた手は感覚がない。
全身も焼けてしまいボロボロだ。だが、そこに苦しさは無かった。
ただただ全身に幸福感が溢れている。
親としての子供の愛を、自身に課した愛の形をちゃんと遂行できる。
龍神の走り出しを見て確信した。
戦闘開始時とは違い遅くなっている。
動きを止めようと何度も足を狙って切り刻んだ事がようやく功を奏し、奴の動きを鈍らせていた。
ここまで追い込めば、龍神は私に着いて来れない。
向かって来る龍神に剣先を向ける。
――ボンッ!
まだ残っている魔力を炎に転換して、龍神の顔面に炎をぶつける。
範囲も威力も健在で、顔を背けて避けれないように全身を覆える程の範囲で炎を放射する。
「―――グオォォ……ッ!」
まだ炎を出せると思っていなかったのか、それとも頭に血が上ってそこまで考えていなかったのかは分からないが、エルザの炎は龍神の頭部を撫でる。
炎が顔面を通ると誰しもが目を瞑る。
それは龍神も例外ではなく、このやり取りは戦闘の中で何度もやった。
疲弊した龍神はその炎を避けきる事は出来ず、その大きな瞳を炎が撫でて、眼球の表面を焼いた。
しかし、エルザは瞳を閉じない。
放射をした炎と共に走り出し、その炎の中に入る。
自身の炎にその身を焼かれながら、閉じる事のない瞳は一点を見つめる。
視線の先には、閉じられた龍神の眼球があった。
―――ドスッ!!
赤く染まったエルザの剣は、閉じられた瞼を貫通して突き刺さる。
熱を発している『紅花』は、肉を焦がす音と共に龍神の眼球を内部で溶かす。
「グオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!」
これまでの戦闘で一番の激痛が龍神を襲い、龍神はこの戦闘で一番の悲鳴を上げて体を仰け反らせる。
私は覚悟を決める。
この状況で龍神を倒せるとしたら、これしか無い。
「母゛さ゛ん゛―――ッ!!!」
愛刀に魔力を注ごうとした瞬間、バティルの声に反応してそちらを見る。
そこには子供達がおり、私の下へ行こうとするバティルとそれを止めるアレックス、レイナはどうすれば良いのか分からず私を見ていた。
彼らの未来の為に、バティルが生きる為に。
母さんに教えて貰った『愛』を、私も息子に行動で示す。
『生きて』
この距離では龍神の咆哮で聞こえはしないだろう。
だが、バティルの目を見て私は告げる。
母さんが言ってくれた様に、姉さんが行動で私に告げてくれた様に、アルが私に伝えてくれた様に、ソフィアが私にしてくれた様に。
これからの君へ、エールを込めるように。
――――ボンッ!!!!
龍神の眼球に突き刺さった剣を起点に龍神の頭部が破裂する。
破裂した眼球の内側からは大火が吹き出し、巨大な爆発となって周囲を吹き飛ばした。




