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フリーター、狩人になる。  作者: 大久保 伸哉
第1章−4 『Aランク昇格編』
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第121話 母の覚悟

 ―エルザ視点―


 「――……ん!」


 ぼやける視界と耳鳴りが響く中、声が聞こえてくる。


 「―――……さん!」


 耳鳴りと混じり合って聞こえにくいが、徐々に声が届き始める。


 「――母さん!」

 「―――ハッ……!」


 それが息子の声だと気が付きて、その切羽詰まった声色に飛び起きる。


 「―――………嘘…っ!」

 「ほら、生きてるって言っただろ! 母さん、止血するから!」


 目が覚めた先には目を見開いて驚くレイナとアレックスがおり、泣きそうになりながら自身のポーチから紐を取り出すバティルが映っていた。

 何が起こっているのか困惑するが、すぐに記憶が戻って来る。


 ……そうだ。

 龍神の連撃を喰らった私は本気になって、しばらく攻防が続いた後に龍神の本気のブレスが直撃したのだ。

 龍神は大規模な電撃を周囲に放ち、周囲にいる生物の動きを止めた。

 私はそれでもなんとか立ち上がり、反撃をしようとした。

 そこから龍神は、今までの攻撃とは比較にならないレベルのブレスを吐き出し、避けれないと踏んだ私は全力でそれを止めた。


 「………。」


 慌てるバティル達を見ていたのだが、ふと気になる事に左目が見えない事に気が付く。なんだろうと思い左腕で左目を擦ろうとするのだが、左腕の感覚も無い事に気が付き、咄嗟に左腕を見ようと首を傾ける。


 ……そこには、いつもあった左腕が無かった。


 まさかと思い右手を見るが、右腕はちゃんと存在している。

 愛刀もすぐ近くに置かれており、それを見て少しだけ気持ちが落ち着くが、視界の違和感に色々と察しつつも触れる。

 残っている右手で、本来目尻に位置する部分を指でなぞる。

 涙とは違う、生暖かさの残る液体に触れ、視界に入るように指を視界に持っていくと赤い血が大量に付着していた。

 左脇腹も大きく抉られており、地面には私の赤い血が滴れ落ちていた。


 (………これはもう、助からないな。)


 不思議と動揺することはない。

 私は冷静に自分の死を分析していた。

 ちゃんと止血をして、レイナの治癒技術を駆使すれば助かる事は出来るかも知れない。しかし、ここまで龍神の殺気が届いているのを察知するに、そんな悠長な事をしている時間も無いだろう。


 「レイナ、治癒を止めろ。」

 「なっ、何で……ッ!?」


 真っ先に私の言葉に反応したのはバティルだった。


 「龍神がまだこっちに来ている。治癒をしている暇はない。」

 「だったら担ぎながらで良いからさ、お、俺が担ぐから……ッ!」


 バティルは生まれたての子鹿のように震える足で立ち上がろうとするが、まともに動く事が出来ずにその場で尻もちを着いてしまう。

 それを見て、私はますます駄目なのだと確信を持った。

 彼らに私を治療している暇はない。

 ましてや、私を運ぶだけの余裕も無いだろう。


 「お前たちは私を置いて逃げろ。」


 その指示を聞いた反応は様々で、アレックスは深刻そうな顔で下を向き、レイナは両手で口を押さえて目を見開く。


 アレックスは私の姿を見て既に私と同じ結論に至っていたのだろう。

 いつもはお馬鹿なキャラを演じているが、その中身はちゃんと冷静に世界を見れている。


 レイナはそんな選択肢を考えてもいない様子だった。

 彼女は「村長のように皆を守れるハンターになりたい」という夢のために戦っている。だから、見捨てるという選択肢が彼女の中には無いのだろう。

 優しい考えだが、その考えが通用しない事も今回の事で学ぶだろう。


 「――嫌だッ! 何でそんな事言うの、一緒に帰ろうよ……ッ!」


 バティルは状況が掴めていないのだろう。

 2人と違って駄々をこねる様に泣き始める。


 普段はアレックスのように冷静に判断できるはずなのだが、事も事なので冷静ではいられないのだろう。……いや、バティルは何かと仲間を大事にする子だから、私以外がこうなっても最後まで抗おうとするか。


 アレックスとは少し違う、むしろアレックスとは正反対かも知れない。

 普段は冷静だが、思いも寄らない事があると感情的になってしまう。


 「アレックス。お前はこれからも強くなれる。もし、もっと強くなりたかったら『シラガミ山』に行け、水猿流の総本山だ。そこにいる当主に私から「別の理由を見つけた」と言えば分かって貰える筈だ。」


 視線を交わすアレックスは私のこの言葉がどういう事なのかをすぐに理解したのだろう、涙を貯めて頷いた。

 それをしっかりと視線で交わした後、私もアレックスを見て頷く。


 「レイナ。お前もこれから強くなっていける。ソフィアに教えて貰って、村長の様な立派なハンターになれ。……それと、ソフィアを支えてやってくれ。」


 レイナはアレックスの様に涙を止める事が出来なかった。

 彼女も私の言葉がどういう事か理解したのだろう、口元を押さえて嗚咽が漏れつつ、理解した事を必死に私へ伝える為に大きく首を動かして頷く。


 私も頷き返し、今度はバティルの方を見る。


 「バティル。もっと一緒に居たかった―――」

 「母さん、嫌だよ、何でそんな事言うんだよ……!」


 私の言葉を遮るように、バティルはくしゃくしゃの顔をこちらに向けてそう言う。


 「―――………ォォォォォ!」


 いつまでもバティルの顔を見ていたいが、そんな時間が無いと龍神の咆哮が近付いている事で察する。

 泣きじゃくるバティルを右手で押さえ、伝えるべき事を伝えるためにバティルを見る。


 「バティル、私の息子になってくれてありがとう。」


 伝えるべき事は沢山ある。

 強くなる為に必要な心構えとか、生きていく為の必需品が何かとか、私が居なくなった時に頼れる人の人脈とか。

 色々あって、色々伝えたい事はある。

 沢山の伝えたい事が脳裏に浮かんだが、最後に伝えるなら「感謝」だ。


 「これで終わりみたいに言わないでよ! 俺はまだ……何も返せて無いじゃないか!」


 そんな事は無い。

 バティルと一緒に居た時間で私は救われた。

 アルが居なくなってからの1年間は地獄だった。

 世界がどうでも良くなって、灰色の世界を彷徨う亡霊だった。

 そんな私の世界に色を取り戻してくれたのがバティル、お前なんだ。


 あの子供らしからぬ振る舞いを見せていたバティルが、初めての駄々っ子で私に泣きつく。そんなバティルの新たな一面を見れて嬉しい反面、置いていってしまうという悲しみが心に残る。


 『エレノア、エルザ! 生きるのよ!!』

 『愛してる。生きて』


 その言葉は、私にとって呪いでもあった。

 「彼らの為に生きなければ」と思えば思う程、私はその重圧に押し潰されそうになった。

 でも、伝えた本人達にその意志は無かったのだろう。

 今ならそれが心から理解できる。


 地響きが大きくなっていく。

 厄災が近付くのを感じ、私は彼らが言ってくれたように最後の言葉をバティルに伝える。泣きじゃくるバティルを残った右腕でハグをする。優しく包み込むように、しかし、私の思いがちゃんと伝わるようにギュッと包む。



 「バティル、愛してる。生きてくれ。」



 バティルにとって、この言葉は呪いになってしまうだろうか。

 だが、言わない訳にはいかなかった。

 これまでの感謝と、これまでの愛と、これからのバティルを思えば、言わずには居られなかった。


 私はそのままバティルのおでこにキスをする。


 「グオォォォォォォォォォォォ!!!!!!!」


 バティルに私の思いを伝えた所で、龍神は周囲の木々を薙ぎ倒して現れる。その体は傷だらけになっており、強固だった鱗は剥がれて皮膚が見えていた。焼けたような傷跡や、その焼けた傷跡に追加で斬られた様な痕が無数に付けられており、全身から赤い血が滴れている。


 名残惜しいが、私はバティルから手を離す。


 バティル自身は「嫌だ!!」と言って離れようとしないが、そこをアレックスが押さえて私を見る。

 私はそんなアレックスに「頼む。」と目で伝え、その場に立ち上がる。

 バティルは尚も駄々を捏ねて私を引き留めようとするが、どうやらまだ足の感覚が戻って来ていないようで、簡単にアレックスがバティルを持ち上げた。


 「グオォォォ!!!」


 龍神は私を見ると「まだ生きてんのか」とでも喋りだしそうな顔でこちらを睨む。

 左腕は無くなったが、まだ足は残っている。

 私はそばに置かれていた愛刀を右手で握る。



 『命に変えても、息子を守る。』



 今が、その時だ。


 「お前たちの未来は、私が切り開く!!!!」


 覚悟が剣に伝わり、猛る気持ちが炎となって身を包む。

 大火を身に纏うは『鬼神エルザ』。


 最後の炎が森に広がる。

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