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フリーター、狩人になる。  作者: 大久保 伸哉
第1章−4 『Aランク昇格編』
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第120話 エルザの本音

 ―エルザ視点―


 「あれ……?」


 気が付いたら私は家の前に立っていた。


 「ん? どうしたの?」


 すると、家の扉の前に黒髪の青年が立っていた。

 その少年は私の呟きに反応して、こちらに振り向く。


 「アル……ッ!?」


 そこにはアルが立っていた。

 何でこんな所に、と言うか何でアルがここにいるんだ。

 アルは死んだはずじゃ……。


 「アルッ、アルッ、アル……ッ!!」


 私は歓喜のあまり走り出す。

 アルは驚いた顔をしたまま、私の全力のハグを受け止める。

 ずっとこうしたかった。

 ずっとアルの温もりを感じたかった。

 それがようやく叶い、私は会って早々に嬉しすぎて涙が零れそうだった。


 「ははっ、どうしたのエルザ。」

 「だって、だって……ッ。」


 何がどうなっているのか分からない。

 ここに居る以前の記憶も分かんないし、どうしてここに居るのかも分からない。

 でも、もうアルに会えないと言うのは頭の中に会ったから、私は会えたという喜びの感情が爆発している。


 「よしよし。」


 アルはそう言って私の頭を撫でる。

 その手の温もりは暖かく、私をこの世界に溶け込ませた。


 「じゃあ、家に入ろうか。」


 アルは私から1度両手を離して、それから私の手を握る。

 その手はやはり温かく、ずっとこうしていたいと思わせてくれる。

 家の扉を開けて、私もまたアルと一緒に居られるとワクワクしていると、後ろから聞き覚えのある声がした。


 「わああああぁぁぁぁ!!!」


 背後の叫び声に反応して後ろを振り向くと、そこにはバティルが居た。

 バティルは地面に蹲っており、一匹の黒い鳥がバティルを虐める様に突付いていた。バティルはそれに対して何も出来ないようで、ただ丸まってブルブルと震えている。


 「バティル……ッ!?」


 それを見た私は、反射的にバティルの方へ向かおうと走り出す。

 突然事で何が起こっているのか分からないが、私の足は自然とバティルの方へ向いていた。

 ……のだが、それよりも速く後ろの方で私の腕が掴まれる。


 「―――ッ!?」


 今度は家の方が後ろになる形なのだが、そちらを見るとアルが私の右手をガッシリと握っていた。その顔は無表情で、さっきの穏やかな顔とは正反対の冷たい顔をしていた。


 「何で邪魔するんだ、バティルが―――」

 「あの子は僕達の子供じゃないよ。」

 「――な……にを……ッ!?」


 私はアルの言っている事が脳で処理しきれず、アルの目を見てその言葉が真剣に言っているのだと感じ、再び困惑が頭の中を支配する。

 アルがバティルを見て、いや、知らない誰かでもこんな事は言わないはずだ。

 今まで見た事のない、誰かに冷たいアルの姿に言いようのない不安が心の中に広がる。


 「あの子は僕達とは何の関係もない子だ。良いから家に入ろう。」


 アルは困惑する私の手を引いて、強く握られた右腕を引く。


 『あの子は僕達の子供じゃないよ。』


 その言葉が、私の脳で反響する。

 確かにそうだ、そうなのだが………。


 ……私にとって、バティルとは?


 私にとって、母親とは何だろう。


――――――――――


 『1個くらいは自分なりの答えを出しとけよ。じゃないと、母親として行動しなきゃいけない時に動けなくなるぞ。』


 姉さんとの会話を思い出す。

 あの時から「母親として」という事を深く考えるようになった。

 それ以前にも考えていたが、あの時の言葉に私は何か、言いようの無い焦りみたいな物を感じていたのだ。


 それが何なのかは分からない。

 姉さんと旦那さんが並んでいて、子供達を抱きかかえている姿に触発されたのかも知れない。何なのかは分からないが、私は速く答えを出さなければいけないような気がして、とにかく焦っていた様に感じる。


 『借りがあるのかも知れないが、「今までお世話になりました。」で良いじゃねぇか、何でエルザと一緒に居たい。』


 あの時、姉さんが言っていた言葉だ。

 私もその事は気にはなっていた。

 2年間でメキメキと強くなり、独り立ちしても良いくらいには成長していた。それになのに、何でバティルは私と一緒にいてくれるのだろうか。


 『今思えば、僕はあの時、愛情を教えて貰ったんだと思います。』


 バティルはシチューの話をした後、このセリフを言った。

 私からしたら何気ない事だったのだが、バティルにとってはとても思い出に残るシーンだった様だ。


 『僕にとって、エルザさんは僕の母親です。

 人を殺していようが、罪を犯していようが、それは変わりません。

 将来、歳をとって動けなくなろうが、俺の事を忘れてしまおうが、僕は、エルザさんと一緒に居たいです。』


 バティルは私を母親として見てくれていた。

 あの言葉を聞いて私は嬉しかった反面、あれ以降、自分はどうなんだと言う自問自答が続いていた。


 『――――私は、あの子にアルの面影を重ねてしまってる………。』


 ……そうだ。

 私のスタート地点はそこが始まりだった。

 あの夜の森で、もう会えないと思っていたアルに会えた気がしたんだ。

 アルに似た子供が目の前にいて、まるでアルとの子供が出来たと思い込んでしまった。


 手放したくない。


 視野の狭くなった私はそう思ってしまった。

 ソフィアが後押ししてくれたからとか、居場所の無い彼の為になるからとか、色々な言い訳を立てて正当化していた。


 だが、結局は自分の為だったんだ。


 アルと一緒に居た時間が恋しくて、あの時間が忘れられなくて、あの時と同じ時間を過ごしたくて、アルに似た子を使って『おままごと』をしていたに過ぎない。


 姉さんのあの言葉は、きっとそんな私の心の中を見透かしていたのだろう。

 姉さんが「何でバティルを養子にしたんだ。」と聞いた時、「誰の為」と聞いてすぐに答えられなかった時点で気が付いていたのだ。

 私に母親としての自覚はあるのか、という事を。


 『母さん!』


 それでも彼は、私を『母さん』と呼んでくれた。

 人を殺していようが、罪を犯していようが関係ないと言ってくれた。

 老人になって動けなくなっても、ボケて忘れてしまっても一緒に居たいと言ってくれた。彼は、ずっと私の事を母親として見てくれていた。


 そんな『息子』に、私も『母親』として答えたい。

 ちゃんと胸を張って「バティルの母親だ。」と言えるようになりたい。


 だが、母親とは何だろうか。

 血の繋がっていない息子に、母親と言い切る為には何をすれば良いのだろう。


 『エレノア、エルザ! 生きるのよ!!』


 最後の母親の言葉が響く。

 村が炎に包まれる中、黒竜の前に立って私達を守ろうとしたあの後ろ姿。

 10年にも満たない短い時間、私の意識がハッキリしていない子供の頃を考えたらもっと短い期間になるだろう。

 そんな短い時間の中で、母は私に忘れられない愛情をくれた。

 私もそれに習って母親として息子に接してきた。

 でも、まだ何か足りない気がする。


 母親としての子供への愛。

 私は母に、母とは何かを教えて貰った筈だ。


 『生きるのよ!!』


 そうだ。

 母は、私に母親としての最大の愛を行動で示してくれた。

 母親とは、その身を犠牲にしてでも子供を守るのが母親なんだ。

 少なくとも私の母は、その背中を見せてくれた。

 その母親の娘である私は、その精神を引き継ぐ。


 『命に変えても、息子を守る。』


 血が繋がっているとか、繋がっていないとかは関係ない。

 母親だと胸を張って言い切るには、その覚悟があるか無いかで十分だ。


 それが、母親としての最大の愛なのだから。


――――――――――


 「お前はアルじゃない。……お前は私だ。」


 私の右手を握るアルに向かって、私はそう告げる。

 瞬きをすると、やはりアルではないもう一人の私が視界に映る。


 その顔は暗く、冷血な私が立っていた。

 合理的で、感情に動かされず、物事を冷たい視点で見ている自分が立っていた。


 「あれはアルじゃない。」

 「分かっている。」

 「アルとの子供でも無い。」

 「そうだ。」

 「血も繋がっていない。」

 「その通りだ。」

 「赤の他人だ。」

 「そうだ。―――――だが、私の息子だ。」


 アルに似ているとか、血の繋がりとか、そんなの関係ないんだ。

 これからも一緒にバティルと一緒に居たい。

 これからも一緒にバティルとご飯を食べたい。

 バティルの成長をこれからも見ていたい。


 それだけで良かった。

 バティルは私の事を母親だと思ってくれている。

 そして私もバティルの事を息子だと思っている。


 最後に必要だったのは、息子の為に命を懸ける母としての覚悟だけだった。


 私は握られた手を引き剥がす。


 冷たい私は、それ以上抵抗すること無く呆気なく手を離した。

 私は後ろに振り向き、泣き崩れるバティルへ視線を動かす。


 それを見た私は居ても立っての居られなくなり、泣いているバティルに向かって走り出した。

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