第119話 死の匂い
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『殺してやる………!』
暗い世界で、誰かの声が響いている。
微かな光が映り込み、そこが洞窟なのだと理解できた。
そして視点はその洞窟にいる人物のようで、「殺してやる…!」という声が聞きたくないのに無理やり聞かされる。
『殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる……―――』
留まる事の無い殺意は次第にこちらにまで感染し、彼の心情が傾れ込んで来る。
それを表現するとすれば、沼のようなヘドロと言えるだろうか。
ドロドロとした黒い感情が、俺の心にのしかかって来る感覚が不快感を感じさせる。
『殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる……――――』
まだまだ続く呪いの言葉は誰も居ない洞窟に響く。
もう聞きたくないにも関わらず、拷問のように視点が固定されて無理やり聞かされる。
ドス黒い心は更に広がり、見ているこちらまで憎悪に染まってしまいそうだ。
『お前らを、絶対に殺してやる!!!』
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「……―――うわぁ!?」
目を覚ますとアレックスとレイナの顔が映る。
背景は森の中で、さっきの映像は夢だとすぐに理解した。
「大丈夫か…ッ!?」
「痛い所は……!」
俺が目を覚ますと2人は驚いた顔でそれぞれ聞いてくる。
「……あ、ああ、大丈夫。」
変な夢を見て困惑していたが、レイナの質問に応える為に体を動かしてみる。
手を動かしてみると普通に動く。
しかし、足は動かそうとすると痙攣をして動かない。
レイナはそんな痙攣する俺の足に治癒魔法を掛けるが完全には回復しなかった。
と言うか、記憶が飛んでいて何が起こったのか分からない。
見れば森の中だというのは理解できるが、何がどうなってこんな事になっているのかが思い出せない。龍神と戦っていたのは覚えているが、もしかして俺がヘマをやってしまったのだろうか。
「あれっ、母さんは……?」
俺のその言葉にアレックス達は少しだけ顔を顰める。
そこから記憶が無い事をきちんと2人に説明して、龍神との戦闘の後にどうなったかを聞いた。
どうやら俺は龍神の攻撃を食らってダウンしてしまったらしい。
それからエルザが撤退の判断をして、アレックスとレイナは俺をここまで運んだとの事。一旦バティルの装備や荷物をレイナに持って貰おうと俺をここに降ろして、アレックスが俺の装備を外している間にレイナが治癒魔法を掛けてくれていたらしい。
そこで俺が大声を出して目が覚めたという流れなのだそうだ。
「それで、足は動かせないんだよな?」
「ああ、まだちょっと歩くまでは出来ないな。」
「わかった。ちょっと待ってろ、装備を外す。」
そう言ってアレックスは俺の周りにある装備を外す。
俺もまだ動かしにくい手を動かして少しでも速く出発できるように装備を外す。
「すまねぇ……俺の所為だ。」
アレックスは申し訳無さそうな顔でそう言った。
「何言ってんだよ、そんな事無いだろ。」
「……いや、俺の所為だ。俺がちゃんと防げてたらこんな事にはならなかった。」
それは、どうなんだろうか。
あの直前の所の記憶が曖昧なので、完璧な返答が出て来ない。
「あの一撃は、タンクにとって色々効くな……。正直、久しぶりに怖いと思っちまった……。」
「……………。」
その気持ちは理解できる。
あの攻撃はゴリバルクの拳に匹敵する物だろう。
あの拳の威力で龍神は爪まで備えられているのだ、それに加えて雷で感電するというおまけ付けだ。
俺は武気が異常にあるから何とか耐える事が出来ているが、今の俺の体は切り傷が酷くて見ていられない状態だ。
レイナが治癒魔法を掛けた後でもこうなのだから、運んでいた時なんかはもっと酷かった事になる。もしアレックスがそれを食らっていたと考えたら、やはり寒気がするのは仕方が無いだろう。
「よし、取り敢えずこれで我慢してね。」
レイナはそんな話をしている間にも淡々と仕事をこなして俺に包帯を巻き終える。全体的に雑だし、所々巻かれていない所はあるが、アレックスが俺の装備を外すまでの間の時間でやる事なので意見は言わない。
「よし、後は適当にで良いから速く行くぞ!」
「うん!」
そうして目の前でレイナとアレックスが俺の装備を簡単にまとめてレイナが担ぐ。それから準備が出来た事でアレックスが俺の体を持ち上げようとした時……
―――ドゴォォン!!!
結構遠くの方から物凄い轟音が響く。
音の次に衝撃波が森全体を揺らし、突風が俺達の体を通過する。
その衝撃は、本当に生物が引き起こしているのかと疑いたくなるくらいの衝撃であり、隕石が落ちてきたのではと思える程だった。
「クソッ、まだ続いてんのか……ッ!」
「これって、エルザさんでも止められて無いって……事……?」
レイナの不安な声が、静まり返った俺達に突き刺さる。
俺がどれくらい気絶していたのかが分からないが、レイナの反応からしてそれなりに長い時間戦っているのだろう。
あのエルザが長い戦闘……。
いつも最速で動き、素早くモンスターを切り刻んでいるエルザしか知らない俺達にとって、それだけで不安要素となるのは当たり前だった。
「いや、何言ってんだ。これが龍神のとも限らねぇだろ。とにかく急がねぇと……ッ!」
「う、うん。そうだよね……!」
……―――ヒュンッ!
そうして俺を担いで走り出そうとしたその時、俺達の真横に何かが通過していく。
通過した余波で耳が切れるのでは無いかという速度で何かが通過して行き、横にあった木々達は後から来た衝撃波と共にへし折れる。
先程とは比較にならないレベルの突風が俺達を襲い、全ての物が1方向に移動をする。全ての物が高速で動き、木の葉や小石が俺達の体をバシバシと音を立てて衝突する。それは、もし目に入ったら失明してしまうのではと思えるくらいのものだった。
「何だ……ッ!?」
俺達は全く目で追えなかった、何かが通過した先に視線を向ける。
ソニックブームにより周囲の草木達も破壊された先には、赤い髪の人間が木に凭れ掛かっていた。
「母さん……ッ!?」
俺の声に反応して、俺を担いでいたアレックスが走り出す。
距離はそれなりに離れているが、全ての物を薙ぎ倒して一直線に進んでいたので道はそこまで険しくはない。
しかし、視界の先にあるエルザはそのまま動くことはなく、髪以外にも赤い物が見えていて心臓が不規則に跳ね上がる。
「なっ……!」
「嘘……ッ!」
アレックス達は急いでエルザの元へと移動し、その光景に目を見開く。
髪以外に赤い箇所が何なのかはすぐに分かった。
しかし、目の前の光景が信じられなくて脳が正常に処理をしてくれない。
木に凭れ掛かったエルザは左腕と左目が欠損しており、左脇腹が抉られている状態だった。




