第117話 龍神 vs 剣聖(1)
刀剣は熱を持ち、外へ放出される。
熱を持った柄に眉1つ動かさず、正面の敵に向かって眼光を飛ばす。
「お前の相手は私だ。」
熱波が顔面を撫でた事で、反射的に仰け反る龍神に向かってエルザは剣を突き立てて宣言する。
バティルに対してやった事もそうだし、私達の人生を滅茶苦茶にした事もそう、私はこれまでの恨みを乗せて龍神に向かって殺気を放つ。
「グルルル……!!」
龍神は睨みつけるようにこちらを見る。
しかし、龍神はただ睨むだけではない。
さっきよりも体の体勢を低くして、いつでも動けるような構えを取る。
それは目の前の小動物がただの小動物ではないと自覚したかのようであり、正面の生き物をどうにかしないと狙っていた獲物へは辿り着けないと察したようだった。
「グオォォォ!!」
互いに構えた状態が数秒続き、初めに動き出したのは龍神だった。
龍神は赤くなった全身から稲妻を放出してエルザに襲い掛かる。
それを見た私は走り出し、後ろの方で雷鳴が響く。
いくら雷とは言え、狙っているのは龍神なのだろう。
私の体へ目掛けて雷を放出している事を考えれば、それよりも速く移動して回避すれば良い。
目で追い切れていない稲妻攻撃は、一度も私に着弾する事は無かった。
「――ハァ!!」
私は稲妻の連撃を掻い潜り、龍神の懐に入って剣を振る。
炎が漏れ出る程の熱は、龍神の強靭な鱗さえ切り裂く。
「グオォォォ……!!」
刃が深く刺さる事は無かったが、打撃以外の痛覚が体に生じて龍神は驚いた様な悲鳴を上げる。
攻撃が通用する事を確認した私は、即座に追撃を加えようと剣を構えるがそれよりも先に龍神が反撃をしてきた。
―――バキバキバキッ!
龍神はその場で一回転をする。
周囲の木を巻き込んで回転する姿は、「近付くな」と言っているかの様な拒絶を感じる。……それだけ嫌なダメージに感じたのか。
一回転をして私を無理やり引き剥がした龍神は、距離を離した私を目視で確認する。
距離が離れた事で再び雷を放つと警戒していた私に対して、龍神は私が予想していた事とは違う行動に出た。
―――バサッ!
何と龍神は飛び上がり、警戒する私に向かって雷のブレスを放つ。
突然の新しい攻撃に驚くが、ブレスを見た私は横に飛んで回避する。
爆煙が吹き上がり、視界が悪くなったが目を閉じる事はしない。
追撃を警戒して空に舞い上がった龍神の影を視界で追う。
「―――なっ……!」
顔を上げて龍神を確認すると、私が回避した僅かな時間の間に高度を上げ、そのまま飛び去ろうとしていた。
私と対面で戦うより、彼らを狙った方が良いと考えたのだろう。
普段のモンスターたちとは違い、知恵が回る龍神に対する評価を変更しなくてはいけなくなった。
(させるか……ッ!)
私は地面を蹴って飛び上がる。
蹴った衝撃で地面は抉られ、一直線に龍神へ接近する。
龍神はまさかこの高度まで飛んで来るとは思っていなかったのか、下から急接近する私に驚いたような反応を示す。
しかし龍神は瞬時に気持ちを切り替え、口を開いてブレスを速射する。
「―――ッ!!」
空中に飛んだ私に避ける術はない。
しかし私は紅花に魔力を込め、更に燃え上がった刀剣を龍神に向かって振り上げる。
紅花はその軌道に向かって炎を放出し、簡易ブレスを相殺した。
―――ザンッ!
狙うは翼。
互いの攻撃が空中で衝突し、爆煙が吹き上がる中を真っ直ぐに進んだ先にあるのは狙った通りの場所だった。
鱗を斬ったエルザの剣は龍神の翼膜をいとも簡単に焼き斬り、空気のコントロールが出来なくなった龍神は重力に逆らえずに落下する。
「グオォォォ……――――ッ!」
制御不能になった翼をそれでも使おうとするが、出来ない物は出来ない物で、龍神は何の受け身も取れずに地面に激突する。
「………。」
そのまま私の体も落下していくが、剣の炎を瞬間的に吹き出して微調整し、龍神の落下地点に軌道を合わせる。
龍神に狙いを定め、空気抵抗を最小限にするために頭を地面に向ける。
剣先も地面に向け、突きの構えで全身を龍神に向ける。
―――ゴォンッ!!
龍神に続いて落下音が森に響く。
落下の威力が追加された剣は龍神の鱗を破壊し、遂に龍神が血を流す。
「グオォォォォォォォォ!!!!!!」
腹を突かれた龍神は、体をくの字に折って悲鳴を上げる。
今まで全員で攻撃した事は無意味ではなく、脆くなった鱗が今回の衝撃に耐えきれなくなったのだ。
突き刺した箇所からは赤い血が吹き出しており、追加で紅花の熱によって煙を上げている。
(ここだ―――ッ!)
私はその出血を見て好機と判断する。
龍神が起き上がる短い時間、その短時間で目の前の切り傷に向かってあらん限りの斬撃をお見舞いする。
一瞬にして切り傷は広がり、血と焦げ臭い匂いが充満した。
起き上がろうとした龍神の体はダメージに反応して再び倒れ込む。
私はまだボーナスタイムがあると思って再び剣を振ろうとするが、龍神の体が赤く光り始めたのを視認して後方に回避した。
「グオオオオオオオオ!!!!!」
全身に雷を放出しながら、怒りの声を上げて立ち上がる。
そこから発せられる殺気は凄まじい物で、この私でもビリビリと感じる物がある。
しかし私はそんな殺気に屈すること無く、冷静に龍神の腹部に与えたダメージを確認する。左腹部の鱗は剥がれており、そこからそれなりの血が流れ落ちている。
(よし、ようやくちゃんとしたダメージになった。あそこを起点に攻める……!)
そう判断したと同時に、龍神も動き出す。
龍神は「離れて駄目なら近付いて私を攻撃しよう」と判断したのか、急接近して雷を纏った爪を私に振り下ろす。
しかし、その選択が間違っているとすぐに知る事になる。
確かに龍神の移動速度は速い。これまでの大型モンスターの中でトップクラスに速いだろう。雷の遠距離攻撃もあるから、遠近両方が優れていると言える。
だが、私にとって近接戦闘は大の得意だ。
素早い相手とは何度も戦闘を経験しているし、攻撃の種類も防御の種類も人よりあるだろう。
そんな私に、腹を痛めた状態で接近するとどうなるのかを教えてやる。
龍神は右の爪をエルザに振り下ろすが、エルザはその爪が地面に着弾する前に左腹部へと移動する。
綺麗なステップで飛んだ体は、流れるように次の動作に移りながら地面に着地をする。構えは突きの構え。
地面に着地をしたと同時に剣に炎が吹き出す。
我流 『炎刃の型 焔閃』
吹き出した炎が剣の中に収縮され、紅花は白みがかった黄色に切り替わる。
エルザはそのまま剣を前に突き出し、突き出された剣先から炎が放射される。
熱の行き先は一点に絞られ、圧縮されて放出された炎は一気に溢れ出す。
放射された炎は龍神の腹に押し込まれ、巨体はその力学に逆らえずに吹き飛ぶ。
―――ドゴォン!!!
放射された炎は1本の線のように伸びて行き、龍神のブレスのように森を抉った。




