第116話 第2ラウンド
―エルザ視点―
森に再び赤い閃光が走った後、遅れて轟音と共に爆煙が立ち昇る。
龍神の視界の先には生き物は存在せず、抉られた地面がその衝撃を如実に表していた。
そこにさっきまで倒れていたバティルの体は無い。
バティルが居た地面は、真っ先に龍神のブレスによって破壊され、鮮やかな緑が茂っていた光景は破壊の象徴の様に見る影もない。爆煙が視界を遮る中、赤黒く発光する龍神は跡形もなく消え去った地面を見つめていた。
「――危なかった……。」
しかし、その横から声がする。
そこにはバティルを抱えたエルザが膝を着いており、龍神のブレスが直撃する前に間一髪で回避をしたのだった。
「グルルル……!」
龍神は赤い髪を持つ女を視界に入れ、黒い髪を持つ少年を抱きかかえているのを見て唸る。龍神はエルザに向かって雷を発しようとするのだが、視界の隅から影が向かってくる。
「だらぁ!!!」
エルザに遅れてやって来たアレックスが盾を構えて突進をする。
全力で走った勢いをそのままに、攻撃意識10割の渾身の一撃を龍神の腹に食らわせる。
「グオォ………ッ!!」
アレックスの盾は龍神の鱗に覆われた腹部を直撃し、メキメキと音を立ててめり込んでいく。アレックスの全力のシールドバッシュにより、龍神はその攻撃でくの字に折れて逆方向に吹き飛んでいく。
「バティルは……!?」
龍神の巨体をエルザから引き離したアレックスは、視線をバティルに移して一瞬目を見開く。そこには今まで見たことがない、バティルが気絶している姿だったからだ。
距離が離れている状態でまだ確定している訳ではないので、アレックスはバティルを抱えていたエルザに容態を聞く。
「駄目だ、完全に気を失ってる!」
「グオオォォォォ!!!!」
エルザがそう報告するのと同じタイミングで龍神は立ち上がった。
――――――――――
―エルザ視点―
私は再びバティルを見るが、バティルは完全に脱力状態にあり、並大抵の事をしても目が覚める事はなさそうだ。
まさかこんな状態になるまで追い込まれたバティルを見た事が無い私は動揺したが、なんとか持ち直して今の状況を整理する。
「撤退する!」
冷静に状況を判断し、そう結論づけた。
これ以上戦う事は出来ない。
そもそも私達は龍神を討伐する為にこの森に入った訳では無いので、最低限のダメージを与えたこの状況で十分だろう。なぜ龍神が私達を襲うのかは分からないが、村に近づく前にダメージを与えられた事は大きい。
「殿は私が――――」
「グオオォォォォォォォォ!!!!!!!!!」
私達の言葉が分かるのか、龍神は雄叫びを上げてこちらに突っ込んでくる。
そのスピードは衰えておらず、ダメージを与えたから大丈夫だと思っていた私の考えを変えさせる程だった。
「――クソッ!」
「任せてください!」
私はバティルを抱いたまま横に回避をしてその攻撃を避ける。
あまり気絶したバティルを動かしたくないのだが、そうも言ってられない。
しかし既の所で私の目の前で氷の柱が出現し、龍神の頭部と氷塊が擦れる様に衝突して軌道がズレる。
視界の隅にはレイナが立っており、彼女がやってくれたのだとすぐに分かる。
怒り心頭で一直線に進む龍神は勢いを止める事が出来ずに思いのほか深く後方へ転がって行った。
「アレックス、バティルを担いで行け!」
その隙に私はアレックス達の方へ移動し、抱き上げていたバティルを押し付けるようにアレックスに渡す。
「そんな……俺もやらせてくれ!」
「駄目だ! お前がバティルを担げ、レイナはアレックス達を援護しろ、残量を気にせずにぶっ放して逃げ道を確保しろ! 良いな!!」
「は、はい……ッ!」
アレックスには半ば強制的にバティルを担がせて、レイナは戸惑いつつもきちんと返事をする。
2人の顔は不安げであり、本気になった龍神と頑丈な筈のバティルが気絶しているのを見て畏怖してしまっている様子だった。
それにあのブレスを見た事で、彼らの中での余裕のような物までもが吹き飛んだのだろう。それ程のインパクトがあった。
恐怖は戦いの中で重要ではあるが、今の場面では非常に良くない。
恐怖によって攻撃は中途半端になり、中途半端になればミスが増えていく。
そういうミスは焦りを産んでいき、致命的なミスに繋がってしまう。
「グオォォ……!!!」
龍神はこちらに振り向き、私達を睨む。
その口の奥には赤い光が溜まっており、すぐにそれがブレスの前兆だと理解する。
「避けろ!!」
――ドンッ!
最大チャージではないブレスが放出される。
その威力は初めの2回程の威力はないが、当たれば間違いなく軽症では済まない。
幸い、全員が回避しているのだが、バティルを抱えていたアレックスの態勢が少し良くない。
「グオオォォォォ!!!」
今度は私ではなく、バティルを担いだアレックスに向かって攻撃を始める。
その距離を一気に詰め、雷を宿した腕をアレックスに振り下ろした。
(やらせるか……ッ!!!)
私は龍神の懐に入り、頭部に斬撃を食らわせる。
しかし、龍神は私の攻撃を無視してアレックスだけを見ていた。
……いや、違う。
龍神の視線の先はバティルだった。
(コイツ、まだバティルを狙っているのか………ッ!)
何が龍神をこうさせるのかが分からない。
しかし、さっきの攻撃と良い何かとバティルを目の敵かのように集中して攻撃していた。
「レイナ! さっきの足止めは出来るか!」
「速すぎて無理です! 少しで良いのでその場に居て貰わないと!」
木の根の時のように、龍神の身動きを止める一手が必要だった。
アレックスはバティルを担いでいるから動けない事を考えるに、答えは決まっていた。
「わかった、私がやる!」
今だにアレックスを狙う龍神に向かって走り出す。
狙うは眼球。
アレックスを狙っている事でこちらに横顔を見せているので、私は一直線に走って剣を前に突き出す。
「グォォ……ッ!?」
しかし、龍神はそんな私の攻撃を回避する。
手加減なしのスピードにも関わらず、それにこの巨体で着いて来る事に驚くが、そんな事を感じている暇はない。
龍神が避けた事でそのまま進んだ先に木の幹があるが、私は空中で回転をして、その木に横向きで着地をする。
龍神は目を狙った私の攻撃を、頭を上げて回避した。
龍神の頭が上を向いているのを目視で確認し、そのまま龍神の足元へ蹴る。
―――バギンッ!
私はそのままの勢いを乗せて、龍神の前足に一閃を入れる。
力の乗った私の一閃は、斬れない場合でもその威力は大型をも吹き飛ばす。
体重が乗った龍神の前足は地面から離れ、その力学に全身も従う。
巨体は滑ったかのように横に半回転をして倒れ込んだ。
「レイナッ!」
「―――はいッ!!」
その言葉に反応してレイナは魔法を発動する。
瞬時に地面から太い木の根が出現し、龍神の体へ一気に絡みつく。
「グオオォォ!!!」
「行けッ!!!」
今回は頭上に氷塊を生成していないため、地面の木の根に全てのリソースを分けられている。レイナによる拘束は龍神の体を雁字搦めにし、何重にも巻かれて身動きが取れない。
私はそれを確認する前からレイナ達に指示を出し、ちゃんと村の方向へ走り去っていくのを見守る。
(よし――ッ!)
走り去るレイナ達から視線を龍神に戻すと、けたたましい音と共に拘束していた木の根が弾き飛ぶ。
少しでもバティル達の後を追わせない為に、私が龍神の注意を引かなければいけない。私は立ち上がろうとする龍神の頭に移動して、龍神の左目を潰そうと走り出す。
「グルルル………ッ!!」
「――チッ!」
しかし、やはり反応の速い龍神は致命傷だけは避ける。
剣を突き立てようとした所を、龍神は頭を激しく動かして回避する。
龍神の頭に足を乗せていた私は体勢を完全に崩す前に離れる事しか出来ない。
「グオオオオオォォォ!!!」
龍神の体に纏わり付いていた木の根を完全に破壊して龍神は立ち上がる。
拘束時間はたった数分だったが、その数分で彼らとの距離は大分離す事が出来ただろう。十分だ。
私は龍神との差しでの戦闘に備えて剣を構える。
「グルルッ……。」
龍神と視線を合わせどう出るかを観察していたのだが、龍神は私から視線を離す。それから胸元の水晶の周りが赤く光り、口内からも赤い光が漏れ出す。
その視線の先はバティル達が逃げた方向だった。
――ボウッ!!
龍神の視界が赤く染まる。
それは龍神が発した赤い光ではなく、熱が籠もった炎の赤さだった。
「キュグオォォォ……!!!」
龍神の眼球に炎が撫でて行き、龍神は悲鳴を上げる。
エルザの周囲に炎が踊る。
右手に構えていた愛刀からは、エルザの心が具現化したかのような猛き炎が舞い上がっていた。
「お前の相手は私だ。」
赤黒い雷槌に、紅の炎が対峙する。




