第114話 龍神 vs 黒翼の狩人(1)
「どうだぁ!! 不意を突いて良い気になってんじゃねぇぞ!!」
アレックスは威嚇する黒い龍に向かって吠え返す。
「全員聞け! コイツは龍神だ! 油断するな!!」
龍神……!?
コイツが……!
エルザのその発言に、全員が驚く。
龍神はこの世界の生物を悉く殺し尽くす悪神として皆に嫌われている。
しかし、誰もその龍神に引導を渡す事は出来ていない。
数々の英雄が誕生し、その英雄たちが悪逆を尽くす龍神に挑み、一度も殺す事は叶わなかった存在。
あの竜殺しの英雄にも出来なかった、神話の時代から生きる怪物。
……それが、今目の前に居る。
「は〜はっはっは、「大型来い」って言ったけど、まさか龍神が来るとはなぁ!!!!」
しかし、それを聞いたアレックスは愉快そうに笑う。
「アレックス、油断するなよ!」
「分かってる! レイナ、バティルはまだか!」
「うん、もう少し時間が掛かる!」
「了解!」
そう言ってエルザとアレックスが動き出す。
龍神は近付くエルザ達に向かって雷を放つが、彼らはそれを避けて懐に入る。
「ハァ!!」
「ラァ!!」
息の合ったタイミングで同時に攻撃する。
「―――固ったぁ!!!」
しかし、アレックスの剣は龍神には通用しなかった。
エルザも完全に斬る事は出来ず、その顔は少しだけ驚いた様な顔をしていた。
「グオォォ!!」
しかし、剣を振り下ろした時の衝撃はきちんと龍神の身体に伝わっている。
「ダメージはある、続けるぞ!」
「おっしゃあ!!」
アレックスは龍神の前に立ち、エルザは側面から攻撃を続ける。
「レイナ、ありがとう。もう大丈夫だ。」
俺は反応が悪かった自身の手を握り、力が入る事を確認してレイナにそう言う。
「分かった、気を付けて……!」
「ああ、レイナも気を付けててくれ。突然、雷が来るかも知れないからな。」
「うん、分かった。」
レイナはこのパーティーにとって生命線である。
だからレイナには細心の注意をして貰わないといけない。
龍神のあの放電はレイナにとって嫌な攻撃なので、あれに当たらないように忠告する。
俺達はそれを確認して、足止めをしてくれている2人の戦闘に参加する。
「オラァ!!!」
アレックスは龍神のヘイトを集める為に、一番危険な正面に陣取る。
大きな口からの噛み付き攻撃や、太い前足から繰り出される爪攻撃、それに加えて雷までもが一気に襲い掛かる中、アレックスはその攻撃を流し続けていた。
アレックスは爪攻撃を何回か受け切ると、もう把握してしまったのだろう。
連続で振り下ろされた爪を完全に見切り、龍神の攻撃は滑るようにアレックスの横に着弾している。
俺はそうやってアレックスにヘイトが向いている事を最大限利用して、全力の一刀を何度も龍神の体に叩き込む。
鱗が固くても中にあるのは俺達と同じ柔らかい肉があるようで、叩き込む度に当たった場所は少しだけ凹む。
それでいて黒曜石のような鱗も砕けているので、防具を着ている人間でもダメージはあるように、龍神自身もダメージは感じている様だった。
レイナはアレックスの補助の為に動いてくれている。
攻撃の連撃が続いた際にレイナが間に魔法を叩き込み、その間にアレックスは体勢を立て直して息を入れる。
攻撃は俺達アタッカーが主にやっているので、彼らは注意を引く事をそれぞれスイッチングしながらタイミングを合わせていた。
それでも急に俺達の方に攻撃をしてくる事があるので、それをさせまいと魔法を龍神の顔面に当てて注意を引いたりしていた。
この中で一番ダメージを与えているのはやはりエルザだ。
俺とは反対側――右側――にいるので見えないのだが、様々な音が響く森の中でエルザの剣撃の音が一番聞こえて来る程だった。
一刀一刀の力が凄いのだろう。
30メートルはあろうかと言う巨体が、一撃入る度に俺の方へ押し込まれていた。
その攻撃が気に食わないのであろう龍神は、「止めろ」と言わんばかりにエルザの方へ顔を動かして噛みついたり、体を回転して爪で攻撃していたりしていた。
一見優勢の様にも見える。
だが、剣を叩き込んでいる感じからして決め切れている感じもしない。
「グオォォォォォォォォ!!!!!」
そうやって攻撃され続けた龍神は、嫌がるように一回転をして俺達を離れさせる。俺はそれを何とか察知して、尻尾が俺の体に当たる前に回避する。
追撃を警戒して距離を離した俺達は少しその場に留まる。
「作戦を変更する! レイナがメインで攻撃しろ!!」
「「「了解!!」」」
その合間を利用して、エルザは短く指示をする。
その命令に疑問の言葉を投げかける者はいない。
理由としてそんな時間が無いという事もあるが、それぞれがこの短い戦闘の中で決め切れていないと分かっていたからだろう。
そして、エルザがなぜそう判断したのかもすぐに理解できる。
レイナは攻撃面でも優秀で、俺達がやる攻撃をレイナは広範囲に行う事が出来るから、まずは龍神の鎧をそれで削る作戦なのだろう。
俺達はレイナを守りながら戦うやり方に変えようとする――――
「―――なっ!」
エルザが指示をした直後、龍神もまた独自の判断で行動を開始する。
アレックスの方を向いていた龍神は、そこから振り返って真っ先に俺に向かって爪を振り下ろしてくる。
俺はその不意打ちをギリギリで躱す。
それから何故か龍神は俺を執拗に狙って来て、アレックスが受けていたような連撃の嵐が俺に襲い掛かる。
「大丈夫か!!」
「………大ッ…丈夫!!!」
そんな俺にアレックスが割って入ろうとするが、俺は言葉でそれを遮る。
今はレイナにヘイトが向かなければ良いので、この状況は寧ろ願ったりの状況だ。
―――ドドンッ!!!
攻撃を避け続ける俺を狙い続けた龍神に、巨大な氷塊が激突する。
瞬間的に作った物ではない為、その硬度や密度は通常とは遥かに違う。
その衝撃に龍神の体はくの字に折れて、横に吹き飛ぶ。
「よっしゃ!!」
それを見たアレックスは声を上げる。
「グオォォォォォ!!!」
しかし、龍神もすぐに立ち上がり、今度はレイナに視線を向ける。
「―――ッ!」
龍神と視線を合わせたレイナは一気に回避の思考に切り替える。
―――ゴンッ!
龍神がレイナに視線を向け、行動しようとしたタイミングで龍神の頭部が揺れる。
そこには既に剣を振り切ったエルザがおり、注意がレイナに向かった瞬間を狙った物だった。
「脳を揺らせたか?」と若干期待したが、龍神はハッキリとした意識を感じさせる動きでエルザの方へ振り向いた事で期待は外れる。
「アレックス!」
「おっしゃっ!!」
エルザはアレックスに交代だと短く伝えて、龍神に狙われたエルザのヘイトを自身に向ける為にアレックスが走る。
龍神はエルザに爪を振り下ろして反撃するが、エルザはそれを回避。
そのタイミングに合わせてアレックスが入る事で、俺達の陣形が完成される。
基本的にはアレックスが龍神の集め、俺とエルザがその補助に回り、レイナがダメージを与えていく。
レイナは攻撃に集中して、強力な魔法を連続で龍神にぶつける。
以前にもレイナに攻撃を任せる時は何度もあった。
しかし、以前のレイナは俺から言わせると「中途半端」という印象が強かった。もっと高火力の技を生成できるだろうし、もっと規模の大きい技を出せる事を知っている俺としては、そんなレイナにもどかしさを感じていた。
だが、そんな以前のレイナは居なくなり、ダメージを与えるべきタイミングではその役割を果たす様になっていた。
レイナは氷魔法以外に、炎や爆発という魔法を使ったり、青白い光線の様な魔法を龍神にぶつける。
魔法使いならではの、様々な魔法を使って相手の弱点を探っているのだろう。
俺達の目の前でカラフルな光景が視界に入る。
しかしそこには優しさは一切なく、一撃一撃が重い攻撃を叩き込んでいた。
「俺達に当たってしまう」と不安になって抑えていたレイナはそこにはおらず、俺達を信頼して渾身の一撃を加え続ける。
「グオォォォォォ………!!!!」
流石の龍神もこの高火力の連撃に焦りを覚えたのか、俺達を無視してレイナ向かって走り出す。
「だらぁ!!!」
しかし、それをアレックスが止める。
突進する足の下に移動したアレックスは、自身に降ってくるその足を流して龍神の体が傾く。龍神の体は滑ったように傾いた後、そのままその勢いで地面を転がった。
「皆、離れて!!」
それを好機と見たレイナは、そう言って魔法を発動する。
転がる龍神が立ち上がろうと体を起こす中、突如として龍神の周りから木の根が地面から突き出す。
その木の根は意思を持っているかの様にウネウネと動いていて、起き上がろうとしていた龍神の体に向かって巻き付き始める。
「グオォ!!!!」
それにより、龍神の体は再び地面に密着する。
ギシギシギシッ!という音からしても、相当な締め付けなのは感じる。
しかしそんな状態にも関わらず、龍神はその場で起き上がろうとする。
木の根はその圧力に耐え切れず、バキッバキッと乾いた音を響かせる。
この状態で俺達が叩き込めば良いのだろうかと考えていたが、龍神の頭上に生成された魔法を見て、そうではない事を察する。
そこには龍神を覆ってしまう様なレベルの氷塊が作られており、龍神が木の根を破壊するギリギリのタイミングまで氷塊を膨張させていた。
「行ったれ、レイナ!!!!」
それを見ていたアレックスが、右手を上げて声を上げる。
そんな声に応えるように、龍神が木の根を破壊した瞬間を狙って頭上に貯めていた氷塊を発射する。
―――ドゴォン!!!!
重力の効果も相まって、その威力は強烈だった。
着弾と同時に地面は割れ、衝撃波と爆風が俺達の視界を奪う。
轟音が森全体に振動として伝播し、森全体が驚いたように騒いでいた。




