第113話 黒き龍の急襲
突如、俺達の目の前に黒い龍が現れた。
その姿は、前世での世界ではドラゴンと言われている姿そのものだった。
硬そうな黒い鱗に、2本の角が凛々しく生えている。
全長を測る事は出来ないが、恐らく25〜30メートルはあろうかという大きさをしている。
そして何よりも特徴的なのが、巨体の胸部に大きな水晶が嵌め込まれていた。その水晶は赤色をしていて、黒い鱗によりその水晶は強調的に見える。
「グオオオオオオオオオォォォォォ!!!!!」
黒い龍は俺達を視界に入れるとそのまま咆哮する。
至近距離での咆哮に、耳だけではなく全身がビリビリと振動する。
―――バチッ!
突如現れた黒い龍に困惑する中、それでも剣を鞘から抜いて戦闘態勢になった直後に変な音がする。
一瞬だけ視界がブラックアウトしたかと思いきや、次は全身の力が抜ける。
それにより俺の体は力無く地面に倒れようとしたが、何とか踏ん張って膝で着地をする。
しかし、それでも俺の体は言う事を聞いてくれない。
体は動かせないが、視覚や聴覚は今まで通り動いてくれているので、俺の後ろでドサドサッと何かが地面に落ちる音が聞こえてくる。
(何が起こってるんだ………?)
突然の登場、突然の全身の麻痺。
状況が全く分からない事で、俺の脳までもが麻痺しだす。
――――ブオンッ!!
両膝を地面に着けて動けない俺の頭上で、何かが風切り音を立てて通過していく。
その直後に俺の後ろの方で「ボゴンッ!」と轟音が響き、武気で察知していたエルザ達の気配が遠くなる。
後ろの方で砂がパラパラと落ちている音がする事から、恐らく俺のように動けなくなったエルザ達を何かしらの攻撃で吹き飛ばしたのだろう。
その短い間だけでも俺の体は少し回復する。
何とか脳の司令を全身に伝える事が出来る様になった俺の体は、急いで立ち上がって剣を構える。
(とにかく戦わねぇと―――)
しかし、目の前の黒い龍はそんな俺の行動を嘲笑うかのように追撃をする。
視界に赤黒い雷が見えたと思いきや、俺が動く前にバチンッという音が森に響く。その直後にさっきと同じく全身の力が無くなって、糸が切れたように俺の体は倒れ込んだ。
――――――――――
「お母様〜!」
赤黒い雷に打たれた直後、何やら俺の知らない光景が脳裏に映る。
その映像は主観視点のようで、周りの人間がその視点よりも大きい事から、その視点の主が子供なのだと理解できる。
「『―――』、どうしたの?」
視点は持ち上げられ、目の前には白い髪をした女性が映る。
「面白い葉っぱを見つけたの! 一緒に取りに行こう〜!」
「う〜ん。ごめんね、まだ仕事があるの……。」
「えぇ〜! ヤダ、一緒に行こう〜!」
「そうしたいんだけどねぇ……。」
恐らく、抱き抱えられている視点なのだろう。
目の前には母親らしき白い髪の女性が困り眉でそう言っている。
しかし、その困った顔はどこか幸せそうでもあった。
――――――――――
(何だ……今のは……?)
追加の情報でますます困惑する中、雷攻撃によって麻痺した体は今度こそ完全に制御不能になり、そのまま地面に倒れ込もうとする。
―――ゴッ…!!
その直後、地面に倒れ込む筈だった俺の体は鈍い音を立てて吹き飛んでいく。吹き飛ぶ瞬間の視界には、黒い龍の尻尾が映っていたので多分尻尾で殴られたのだろう。
その巨体から来る尻尾攻撃は凄まじく、それだけでゴリバルクのパンチと同じくらいの威力はあるのではないかと思える程だった。
俺の体はその尻尾攻撃をもろで食らい、痺れた体は何の受け身も取れずに数メートル転がる。
しかし、それでも剣を離す事が無いのはハンターとして誇れる事だろうか。
(―――クソッ! さっきから何なんだよ。誰か説明してくれ!)
俺達はさっきまで和やかに雑談をしていたのだ。
モンスターを狩って、新しい装備について雑談して、そんな風景に今までの事を思い出して振り返っていた。
それなのに急に黒い龍が現れて、攻撃してきて、その攻撃を食らうと見たことも無い記憶が頭の中で強制的に流れ始まる。
困惑する中で俺は状態を起こす。
体の痺れは軽減され、立ち上がれるくらいには回復する。
それから視線を前にすると黒い龍は低空飛行で空を飛び、俺の前で着地をする。
俺は剣を構えてエルザ達はどうなったのかと視界を広げて確認しようとするが、やはりどうなっているのかは分からなかった。
(―――ッ!)
黒い龍の挙動の起こりを察知した俺は、直感に従って横に飛ぶ。
その直後にバチッという何度が聞いた音が、さっきまで居た場所の方からする。
俺はその全体像を目で追う事で、それが何なのかをようやく理解する。
雷が当たったのだろうという予測をしていたが、どうやって当てられていたのかが分からなかったのだ。
赤黒い雷は鱗を起点に発せられていた。
なので、恐らく後ろに居ようともこの攻撃は発動される。……とても厄介だ。だがこの挙動にはきちんと初期動作があり、この攻撃をする時はその近くの鱗の内側付近が赤く光る。
まるでそれはゲームングデバイスの様に映るのだが、その直後に雷を発してくるので、「映える」とかそんな悠長な事を言っている場合ではない。
「グオオォ!!」
俺が雷を避けた事に驚いているのか、黒い龍は声を上げる。
そんな黒い龍に対して、流石にこのままされるがままと言うのは腑に落ちないので、こちらも一発叩き込む。
―――ガァンッ!!
鱗ごと斬るつもりで本気で振ったのだが、俺の剣は黒い龍の鱗を叩き斬る事は出来ない。
「キュゴォ……!!」
しかし、それでも俺の怪力はこの巨体にダメージを与える。
斬れなかっただけで、その速度、その重みで剣を叩き付けられれば衝撃は体に伝わる。それにより、優勢だと思っていたであろう黒い龍は驚いた声を上げて後退する。
俺は追撃はせずそんな黒い龍の事を観察し、その後に俺の剣を一度チラリと確認する。
今まではやって来なかった、相当な威力で剣を振ったので折れてないか確認したかったのだ。だが、流石はエレノアが作った剣と言う事もあって全く折れてはいなかった。……何なら刃こぼれもしていない。
俺の武気を纏っている事もあるだろうが、これなら本気で振っても問題なさそうだ。
「グオォォ!!!」
黒い龍の体が波打つように赤い光が流れ始める。
それからその光が複数個、体の表面に残って赤く光る。
「―――マジかよ…!」
その挙動はさっき見たから知っているが、まさか連射するんじゃないだろうな。
と思った瞬間、俺が予想した通り赤い稲妻が連射される。
俺はその挙動を見た瞬間に走り出し、1発目は何とか避ける。
俺が居た場所に赤い線が繋がれ、そう思った直後に「バチンッ!」と嫌な音を立てている。……今回はそれが連続だ。
俺の後ろで赤い稲妻がバチバチッと音を立てて迫ってくる。
黒い龍を軸に放電しているので距離を離そうかとも思ったが、エルザ達が気になる。
恐らく、俺のように体を痺れさせてからの尻尾攻撃で吹き飛ばされたのだろうが、少し回復が遅い気がする。それを食らった俺でも既にそれなりに動けているので、もうそろそろカバーに入って来てくれても良い頃合いだと思うのだが、そうならないと言う事は何か問題が起きたのだろうか……。
そう判断して、俺は目の前の黒い龍になるべく離れない位置をキープして放電を避け続ける。
「――うおッ…!」
……が、黒い龍はそれを許さない。
それまでその場に動かないで放電をしていた黒い龍は、俺の避ける先を予測して接近をする。
その巨体に似合わず、太い後ろ足をバネにして一気に距離を詰めてくる。
そしてそのまま前足を振り下ろし、既の所で俺はその前足を避ける。
あまり避け続けるとこの黒い龍が調子付いてしまうと判断した俺は、避けた直後にカウンターを合わせて攻撃しようとする。
黒い龍の右腕から来る引っ掻き攻撃を避けた俺は、目の前に巨大な肩がある状態である。
しかし、避けた先には赤い光が視界を覆う。
黒い龍の右肩には鱗付近が既に赤く光っており、エネルギーを充電した状態で待ち構えている状態だった。
―――バチンッ!
気付いた時には力が抜けていた。
俺の体はその場で力無くへたり込み、今回は少し雷の威力が高かったのか、体が痙攣していた。
―――ゴンッ!
黒い龍は避けられた方の右腕を、今度は振り払うように手の甲を右に振る。その先にいるのは勿論俺の体であり、尻尾の時と同様に硬い鱗が俺の全身を強打する。
再び俺の体は数十メートル一直線に飛んで行き、衝撃を吸収し切れない周りの木はいとも簡単にへし折れる。
気付いた頃には空に雲が掛かり、俺の心にも余裕がなくなる。
黒い龍はそのまま走り出し、鋭い角を俺に向けて距離を詰めて来る。
度重なる感電により、俺の体は回復が間に合わない。
迫り来る黒い龍を視界に入れつつも、麻痺した体が言う事を聞いてくれない。痛みで満身創痍という訳でもなく、体が限界になった訳でもない。体はまだ動かせる筈なのに、神経が脳の信号を受け付けてくれないのだ。
(クッソォ……動けぇぇぇええええ!!!!!!)
体はまだ動かせる筈なのだ。
それなのに動かせないという事がもどかしくて仕方が無い。
迫り来る黒い塊が俺に近づき、俺にぶつかる直前―――
「―――オラァ!!!」
横から茶髪の髪を靡かせたアレックスが割り込む。
アレックスは黒い龍の腹部へと突進をして、数倍はあろうかという巨体をくの字に折って見せる。
俺目掛けて突進していた黒い龍の体は方向を変え、横に飛んでいく。
「大丈夫……!?」
それからレイナが俺の横に移動し、エルザが俺の前に立つ。
「ああ、ちょっと体が……。」
「ちょっと痛むよ……!」
レイナにそう言われ、俺の体が緑色の光に包まれる。
「グオォォォ!!!」
アレックスに吹き飛ばされた黒い龍は立ち上がり、俺達に向かって吠える。
急襲をして良い気になっていたが、ここまで来ればその咆哮も怖くはない。
これからが本当の戦いだ。




