第112話 母の悩み4
―ソフィア視点―
数日前。
―――コトンッ。
エルザの前に紅茶を注いだティーカップを置く。
「はい、ど〜ぞ」
「ああ。」
イクアドスから帰って来た私達は普段の日常に戻り、机を囲む。
「お姉さん、元気そうで良かったわね。」
「ああ。」
二人目も生まれて大変だろうに、エレノアさんは変わらず元気だったし、旦那さんも変わらずおどおどしていた。
エルザの口から「イクアドスに行く」と聞いて単なる旅行だろうと思って着いて行ったのだが、まさかあんな事になるとは思っていなかった。
初めの方は予想していた通りの旅行が行われ、皆で楽しんでいたにも関わらず、途中から「大型を1人で狩って来い」なんて話になって、何か凄い緊迫感が流れ始めていた。流石に私も空気を読んで静かにしていたのだが、相変わらお姉さんは「ガハハッ!」と笑って酒を飲んでいた。
エレノアさんとの飲みの席では、エルザの状況を2人で話そうという事になり、ひと仕切り話した後、お姉さんは真剣な顔で「エルザを止めてくれてありがとう。」と言われた。
私は、やはりあの時の選択は間違っては無かったのだと思い、お姉さんの言葉に涙を流した。
そこから旅行気分は何処へやらとなり、私の仕事が始まる。
まずはレイナが討伐するモンスターの選定。
これをミスると本当に不味いので、今のレイナの成長を鑑みてギリギリを攻めて選ばせて貰った。
そして、討伐後の彼らの治療。
相当なダメージを受けて帰って来るのは分かっていたので、万全な準備をして待っていた。レイナは自身で治癒魔法が出来るのでそこまで大変ではなかったのだが、男達は本当に酷い状態だった。
バティルは全身打撲で青くなっており、アレックスは全身針だらけで出血多量の状態。どこを優先して回復するかを間違っていたら、最悪の場合も考えられる状態だったのだ。
「結果良ければ全て良し」という考え方は私もしているので、あまりとやかく言う事が出来ないのだが、今回ばかりは肝を冷やしたものだ。
「そう言えば聞きたかったんだけど、Aランクのクエストを1人でやらせるっていうのはいつから考えていたの?」
「いつって、初めからだ。」
「初めからぁ? って事は、剣を教えていた時からそうするつもりだったの?」
「ああ。ハンターをやるんだったら、取り敢えずはそこがゴールだった。」
「…………。」
この戦闘狂の考え方は理解し難い。
バティルに戦闘の才能があるのは分かっていたが、エルザの口ぶりからして才能が無くてもそこまで鍛えて今回のようにやらせるという気概がひしひしと感じる。
それもこれも、あの師匠の元で鍛えられたからという事が大きのだろう。
私があの師匠と会った期間は短く、そこまで深く話をした訳では無いが、エルザの感じからして相当お世話になったんだろうなとは思う。
と言っても、私が見たエルザと師匠の関係は険悪な感じで、いつも師匠の方がエルザを馬鹿にしたりして煽り、そんな師匠にエルザがブチ切れて乱闘をしているイメージが強い。
なのでエルザがあの師匠の話をまともに聞いているイメージが沸かないのだが、今のエルザの感じからしても、それなりにあの師匠の事を評価しているのだろう。
「大型を1人で討伐して一人前、ね。……正直、基準がおかしいとは思うわよ。」
「別に他人に押し付けたりはしない。ただ「私達の基準ではそうだ」というだけだ。」
「だから、バティル達にもやらせると?」
「ああ。私の元で教わるという事はそういう事だ。」
「この鬼教官……!」
エルザ達の中でそういう基準があるのは元より知ってた。
しかし、まさかそれを弟子にまでやらせるとは思わなかった。
ましてや、あんなに可愛がっていた息子までも、あの危険な試験をやらせるとは本当に考えていなかった。
死んだらどうするんだ!!
………まあ、そうならないだろうという確信があったから送り出したのだろう。そこら辺もあの師匠の観察眼を見て学んだのは何となく分かる。
私は気持ちを落ち着かせるために、ゆっくりと紅茶を飲む。
「そう言えば良い忘れていたが、バティル達の治療、ありがとう。やっぱりお前の治癒技術は違うな。」
「そりゃそうよ、私を誰だと思ってるの。魔法大学を首席で卒業している人間よ? あんなのチョチョイのチョイよ!」
「ああ、私の目に狂いは無かった。」
そこまで褒めて貰えると、少し照れる。
「………ちょっと待って、何その言い方。」
「……?」
「もしかして私の治癒魔法を計算に入れて、バティル達を見送った訳じゃないでしょうね?」
「勿論、それも含めて見送ったに決まってるだろ。じゃなきゃ私だってあんなに自信を持って送りさせる訳が無い。」
「この馬っ鹿ちん!!」
と言う事は、私が居なければやらなかったという事でもあるじゃないか。
それに私の調子が悪かったら、取り返しが付かない事になる可能性もあったという事にもなる。
「ハァ……ッ! もうッ、良いわ、止め止め……!こんな話続けてたら私の脳の血管が切れちゃうわ。」
カッとなった頭を冷やす為、もう一度紅茶を口に入れる。
しかし、その勢いはさっきとは違って一気に飲み干す。
そして無くなったティーカップに、優雅さの欠片もない動作で注ぎ直す。
「…………。」
それを見たエルザは気まずそうに沈黙をする。
流石にこんな空気のままではいけないので、私が話を切り替える。
「バティル達が一人前になったって事は、これからどうするの?」
「……どうって言うのは?」
「これからも剣を教えるのかとか、それにほら、バティルに外の世界を見て欲しいって話もしてたじゃない。」
「あ〜……、まあ剣の事はバティル達が教えて欲しいと言えば教えるが、バティルの独り立ちの話は……まだ決めてない。」
「まあ、そこは本人が行きたいって言い出したらで良いかも知れないけどね。」
「ああ。」
だが、バティルがそう思い始めるかと言われると分からない。
もしかしたら今回の旅行で外の世界を見た事で気持ちの変化があったかも知れないが、パーティーメンバーの事もあるのでどうなるかは結局分からないな。
「それにしても3人共、もうAランクか〜。私達と一緒なんだもんね〜、若いって凄いわぁ〜。」
私の気分を変える為にも、おめでたい話の方に会話を進める。
この1ヶ月で何度もしている話題だが、やはり感慨深くてつい言葉に出てしまう。
勿論、私達も10代でAランクにはなっている。
何ならエルザは、今のバティルくらいの時にAランクになっていた筈だ。
当時は私と出会う前なので、私という治癒魔法の上級者が無い状態でだ。……………化け物。
あのシャドウウルフにコテンパンにされていたバティルと、シャドウウルフにビビっていたレイナが、その何倍もある大型モンスターに立ち向かい勝利したと言うのは今だに信じられない。
子供の成長は速いと言うが速すぎるだろと思ってしまう。
幼少期の私を見ていた人達も、私の事をこんな感じで見てたのだろうか。
「バティルも2年で大きくなったし、来年になったら15歳で成人よ! この間までこんな背丈でちんちくりんだったのに、1年で背とかも伸びすぎでしょ!」
私は座ったまま、当時のバティルの身長を手で示し「成長期って凄いわぁ……」と呟く。
エルザはバティルの成長に関して凄く喜ぶ反応を示す。
なので、私が怒った事も忘れて会話に入って来てくれると思ったのだが、エルザは気まずそうに下を向いた。
「え、何…? 何かあったの……?」
前回もこんな感じで話を振りエルザは考え込む感じだったが、その時は独り立ちの話だった筈だ。その話題はさっきやって普通に通過したはずなのだが、今度は何がそんな顔にさせたのだろうか。
「いやぁ〜……何と言うか……。」
どうも今回のエルザは歯切れが悪い。
こういう時は何か恥ずかしい時とかにする反応なので、そういうので何かあったんだろうか。
―――ハッ……!?
まさか、今度こそ成長したバティルがアル君に似始めた事で発情してしまっているとか……!? そんなの駄目よ!
血が繋がってないからって、親子でそんな……ッ!!
「な、何よ。そんな勿体ぶらないで早く言ってよ……。」
「いやぁ〜……プライベートな問題でもあるからぁ〜………。」
「良いから言えコラァ!!!」
勿体ぶるエルザに、こちらも色々な妄想をしてしまい、違う意味で顔を赤くして席を立ち上がる。
「勃ってたんだ………。」
「たってたぁ……………?」
急な単語で良く分からず、オウム返しでエルザの言っていた単語を復唱する。
「……私達は一緒のベッドに寝ているんだが……その……朝起きたら……バティルの下半身も成長期みたいで……その……最近は……その……朝に勃ってる事が多いんだ。」
「………………………………………………………………。」
言われてみると、確かに14歳となるとそういう成長もして行く時期だ。
私は男性ではないので、いつの時期らへんから朝勃ちが起こるのが知らなかった。ただ、男の人は自然とそうなると言う話は聞いているので、知識としては知っているという感じだった。……バティルも、もうそこまで成長しているのだな。
「それは……何と言うか……そろそろ部屋を分ける時期なのかもね……。」
「…………………………やっぱり、そうだよな。」
エルザ本人はずっとバティルと一緒に寝たいのだろう。
バティルの事を考えると部屋を分けた方が良いと頭では分かっている。
だが、感情の方では「ずっと一緒に寝たい」というのがせめぎ合っていたのだと予想する。
それでも、私の答えを聞いたエルザは素直にその提案を飲んだのだった。
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いよいよ『第1章』クライマックス!
「全員聞け! コイツは龍神だ! 油断するな!!」
「やったか……!?」
「母さん!!」
「お前の相手は私だ。」
「お前たちは私を置いて逃げろ。」
「あれはアルじゃない。」
「分かっている。」
「アルとの子供でも無い。」
「そうだ。」
「血も繋がっていない。」
「その通りだ。」
「赤の他人だ。」
「そうだ。―――――だが、私の息子だ。」
「バティル、私の息子になってくれてありがとう。」
激闘の末に辿り着く『答え』。
それぞれの『覚悟』が交差する。
次回 『 旅立ち編 』 ―――乞うご期待!!!
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