第110話 それぞれの別れ
長いようで短いイクアドスでの生活も、今日でお別れになる。
俺達がAランクのクエストを完了してからも、暫くはイクアドスに泊まっていたのだが、エレノアの仕事が完了した事でそれも終わる。
エレノアは「次いつ会えるか分からない」という理由でやる気を出し、その所為で俺達の滞在も長くなってしまったのだが、そんな事はどうでも良くなるくらいの作品を俺達に作ってくれた。
俺の剣は、エルザの剣のように日本刀のような形をしていた。
一見、普通の刀のように見えるが、特別なのは中身だ。
簡単に説明すると、とにかく固くて、とにかく重い。……それだけだ。
俺は魔法が使えない。
なので、エレノアの得意な魔剣を渡されても使えないと伝えた所、力持ちという事にフォーカスして制作してくれたのだそうだ。
実際に持って振ってみた所、確かに今までの剣に比べると何段階も重かった。
アレックスやレイナも興味本位で握ってみたのだが、2人はこんなの振れないと言っていた。それくらい重いのだ。
レイナなんて構えるだけで辛そうにしており、数秒持ってギブアップしていた。
そこで改めて、俺自身の体の特異性に気付かされる。
俺もこの剣は重いと感じはする。
だが、別に実戦で使えないレベルという訳でも無かった。
ゴリバルクとの戦闘で、武気の扱いがより洗礼されたという事も関係しているかも知れないが、それにしては周りと比べて力がありすぎる。
そこで周りに聞いてみたのだが、ソフィアが「もしかしたら覚者の可能性がある。」という発言をしていた。
初めて聞く単語なので話を聞いてみると、覚者はこの世界で稀に誕生する特異体質の人間を示しているそうだ。
これまでも何人か事例があり、その中には異常なまでの魔力量を保有している人や、炎に対して異常に耐性がある人、異常に記憶力が良い人など様々居たらしい。
最近では、異常に筋肉が発達している人物が確認されており、その人物は『筋肉の覚者』と呼ばれているそうだ。
そして、その中で俺はどうなのかと言うと『武気の覚者』の可能性が高いとの事だった。
まさかの情報が公開され、それを聞いた俺は素直に喜んだ。
……と言うか、俺に転生ボーナスがあった事に驚く。
魔力が豆電球レベルの小ささをしていた事から考えて、俺は普通の人より弱い人間なのだと思っていた。
なので、何のチートスキルも無い状態でこの世界に転生させた奴に対して、俺は心の中で何回も恨み言を言っていたのだが、どうやらちゃんと付与してくれていたらしい。
……ただこれ、別にチートスキルじゃ無いんだよなぁ。
人より1段階「固い」かも知れない、人より1段階「力が強い」かも知れない。
だけどこれ、普通に死んじゃうレベルに留まっている。
シャドウウルフに噛み殺されそうになったし、ラントウルスの攻撃は目眩がした。
ゴリバルクの攻撃は、半分三途の川が見えるくらいまで追い込まれていた。
チートスキルと言うには、何と言うか、物足りない気がする……。
ただそれでも、覚者と呼ばれる存在は極めて稀な存在との事で、俺が思っている以上にこの世界では特別なのだと言っていた。
なので、この世界的には俺はチートスキルを持っていると見て良いだろう。
やったね!
アレックスとレイナの装備も新調され、アレックスは防具と盾と剣、レイナは防具が新たに強化される形となった。
アレックスがこれまで使っていた盾は使い古されていて「結構思い入れがあるのかなぁ……」なんて思っていたのだが、アレックスは新しい盾に大興奮だった。
新しい盾に魔力を込めると、盾に被さるように追加で魔力で出来た盾が出てくると言ったものらしく、流す魔力が多ければ多いほどその大きさと耐久力が上がる代物らしい。
実際にレイナに装着して見せて貰うと、青い半透明のバリアみたいな物が発現して、大きくなったり小さくなったりしていた。俺とアレックスはそれに大興奮し、「これって密着状態で発現したらすごんじゃね!?」という話をしながら新しい技を語ったりしていた。
そしてそんな話をしている所、偶然そのお披露目会に居たジョンが「その盾、いらないなら俺が貰って良いか?」とアレックスに聞いており、アレックスは何の躊躇もなくお古の盾をジョンに上げていた。
そして何故かそれを受け取ったジョンも大喜びをしており、2人でテンションMAXで大はしゃぎしていた。
レイナの防具はそこまで変化の無いように見えるが、実際は性能が格段に良くなっているらしく、「動きやすい」と大絶賛だった。
レイナのコンセプトは「軽くて固い」という物で、実際に装着して動いていたのだが、レイナは満足そうに体を動かしていた。
レイナの防具は動きやすさも考えられており、所々ゴムのような性質の皮が使われているそうで、肌に擦れて痛くなるというのも軽減されるそうだ。
――――――――――
そんなこんなでやる事が全て終わり、俺達は朝日が顔を出し始めた時間帯にイクアドスの門の前で一度立ち止まる。
「アレックス。帰って来たくなったらいつでも帰って来て良いんだからな。」
立ち止まった俺達に、ジョンがアレックスに向かってそう話す。
門の前にはアレックスの家族とエヴァ、そしてエレノアも見送りに来てくれる。
エレノアの家族全員が居ない理由としては、単に朝早くに子供達が起きる訳もないし、その子供達を見守らなければいけないと理由でエレノアだけが見送りに来てくれたのだった。
そしてそんな見送りなのだが、初めましての方々も存在する。
それがアレックスの両親方だ。
父親と見られる方はアレックスに似ておらず、ゴツいライオンみたいな感じというのが最初の俺の感想だった。
無骨な感じの顔つきに、たてがみの様な髪型をしていて、加えて犬人族という事もあって犬耳もある。似たようなパーツがここまで揃うとやはり犬というよりライオンであった。
母親の方は整った顔立ちをしていて、どちらかと言うとアレックスが似ている方は母親の方だった。
身に纏う服は、所々キラキラと光りを反射していて良い服なのだろう事が伺える。
佇まいからも何処か気品を感じられ、良いとこのお嬢さんの様な雰囲気を出している。
……が、そんな2人はアレックスの旅立ちを見てワンワンと泣いていた。
その姿に名家の面影はなく、ただ仲の良い家族がアレックスを見送る姿がそこにはあった。
「えぇ〜……。まあ、そうなったらそうするよ……。」
そんな家族の見送りにも関わらず、アレックスは恥ずかしそうにそう答える。
「アレックス…! せめて手紙だけでも送ってくれ、お前が心配なんだ……!」
「そうだアレックス! 毎日手紙を送るんだ! 日記のような物でも良い、何でも良いから毎日送ってくれ!!」
心配そうに言うアレックスの父の言葉に、ジョンは激しく頷いてアレックスに攻め寄る。
「そんな面倒くさい事出来るかぁ!」
しかしアレックスはそれを一蹴し、アレックスを囲む男達を手で振り払おうとする。
「ははっ、何だよ仲良いじゃねぇか。」
そんな別れを惜しんでいるハワード家を横目に、エレノアが俺達の前に出る。
「エルザ、またな。バティル、エルザを頼んだぞ。」
エレノアの言葉はとても短いものだったが、その言葉の中には沢山の思いがあるのは感じ取る事が出来る。
「うん、また。」
「はい! お世話になりました!」
エルザもまた、短い返事で返す。
そんな姉妹に習って、俺も短く返事をして頭を下げる。
エレノアは、そんな頭を下げた俺の頭をガシッと掴み、ワシワシと雑に撫で始める。その手は職人の特有のゴツゴツした手をしていて、「力加減を間違えていますよ」とツッコミたくなる撫で方をしているが、それがエレノアなりの愛情表現なのだろう。俺は嫌な顔をせず、されるがままに髪を撫でて貰う。
「何か作って欲しかったら何でも言いな。お前たちは特別に無料でやってやる。……だが、今度は自分たちで素材を持って来いよ?」
半分冗談、半分本気の割合であろう言葉を俺達に残し、ニカッと笑って一歩下がる。その言葉に俺達も笑い、別れの言葉も済んだという事でそろそろ出発しようとアレックスと見るのだが、彼らはまだ見送りが続いていた。
「わかった、わかったよ! 定期的には無理だけど、報告くらいはするからッ!!」
ワンワンと泣く両親の姿に押され、渋々と言った感じでアレックスが提案を飲み込んでいた。
「アレックス、別れは済んだ?」
「ああ、もう大丈夫。………って、おいぃ!!」
アレックスはそう言って馬車に乗ろうとするが、家族は全然大丈夫じゃないようで、馬車に乗ろうとするアレックスの服を掴んで離さない。
それをアレックスの姉であるジュリーと先生であるエヴァが丁寧に引き剥がす。
「アレックス、皆応援してるから、忘れないでね!」
「坊っちゃん! 頑張ってください!」
そうやって両親達を引き剥がし、ようやく馬車に乗ったアレックスに向かって、2人は短くそう言う。
「うん! 行ってきます!」
それにアレックスも元気に答える。
俺達の長くて短い遠征の旅は、晴れやかな気持ちで終える事が出来たのだった。




