第109話 家族になると言う事
―バティル視点―
俺達は無事にイクアドスに帰還して、再びエレノアの家に泊めて貰う事になる。
今夜はアレックスが家族と食事をして、そのまま泊めて貰うという事で不在の中、食後に話があるとエレノアから『お誘い』を受けたのだった。
若干15歳ながら、イケメンであり、良い体をした俺に魅了されてしまったのだろう。それに、その良い体を持った俺は実用性が証明されたAランクハンターでもある。強くて、格好良くて、良い体。この三拍子が揃った人は世界広しと言えど、そうそう出会えるものでは無い。それに、この世界に少年と寝てはいけないという法律がある訳が無いので、全く持って問題ないと言える。少し問題を提言するとしたら、エルザと血縁関係という事だろうか。俺とエルザは血が繋がっていないとは言え、エルザの姉と寝てしまうのは、母親として少々気持ちが穏やかでは無いだろう。それにエレノアの性格はエルザと全く違うが、顔は結構似ており、そんな姉に俺の息子が反応すると知られてしまうと、母親であるエルザは夜な夜な襲われるのではないかと考えてしまってもおかしくはない。ただ安心して欲しい、俺の息子は確かに反応するだろうが、何でもかんでも手を出してしまう様な節操のない息子では無いのだ。姉に手を出しておいて節操が無いはないだろ?相手は子供がいる家庭持ちだと?まあ、その通りなんだけどさ、俺まだ童貞なんだよ?流石にチャンスがあったら卒業したいじゃん?そりゃあ、旦那さんには申し訳ないけどさ、向こうから誘われちゃって、それを断るって言うのは男が廃るってもんでしょう?………と、言う冗談はさておき。
「おう来たか、座りな。」
夕食を済ませ、俺とエルザはなぜか鍛冶場に来るように言われていた。
部屋に入るとエレノアが中央付近に座っており、その椅子は木を輪切りにしたような雑な形をしている。
そんな椅子があと2つ置かれていて、エレノアはそれに座るように言っているのだとすぐに分かる。
「で、どうしたんだ姉さん。」
「いやぁ何、ちょっと3人で話がしたくてな。……取り敢えず、バティル。一人前のハンター、おめでとさん。」
「あ、ありがとうございます。」
改めてエレノアから祝いの言葉を貰い、素直に感謝を述べておく。
「バティルは今14だろ? 私達の時は13の時だったから、私達の方が1年速いな!」
「バティルは剣を持って2年だよ。マウントを取るのはちょっと分が悪い。」
自慢げにエルザに賛同を求めたが、エルザは冷静に返答する。
そんなエルザの反応に、エレノアは「何だよ」と口を窄めてつまらなそうな顔をする。
「……まあ、大型を1人で討伐したって事は、私達の世界では一人前になったって事だ。……だよな、エルザ。」
「……ああ、そうだね。」
そこからエレノアの声色が変わり、真面目な口調に切り替わる。
それを察したからなのか、それとも違う事を察したからなのか、エルザの顔が少し曇る。
「一人前っていう事は、1人の人間として見る事であり、大人として見るという事でもある。だから、言っておくべきだろうと思ってな。」
俺は「何の事だろう。」と考えていると、横から殺気がしだす。
見ると、さっきまで穏やかだった顔のエルザの眉間に皺が寄っている。
「……バティル、帰るぞ。」
エルザは立ち上がり、ドスの利いた声でそう言う。
エルザは俺の手を引いて扉の前まで行こうとするのだが、それをエレノアが止める。
「逃げるのか?」
「……違う。時期じゃないと言いたんだ。バティルはまだ子供だ。アルみたいに話が進まないかも知れないだろ。」
「だから、初めに言ったよな? バティルはもう大人として見るって。」
「それはハンターとしてだろ!!」
あまり大声を出さないエルザが、感情的になって叫ぶ。
「違う、人としてだ。大型を倒せる体を持っていて、大型を倒せる技術を持っていて、大型を倒せる判断能力を持っている奴が子供と言えるか? 大型を1人で倒す奴は、大人でだって殆ど居ないんだぞ?」
それは、確かにそうだと思う。
それが出来るだけの能力と判断能力があったら、それはもう大人として見ても文句は言えないだろう。
「バティルは大人で、自分で判断して、自分で決めれる。……座れ、エルザ。」
俺の手を引いたエルザの手は、ブルブルと震えていた。
それは怒りか、それとも恐怖か。
俺からはエルザの背中しか見えていないので、表情を見る事は出来なかったが、数分間そこに留まっている事からも、その心情は伺い知れる。
悩んだ後、エルザは席にドカッと座り直した。
その表情は少し投げやりな感じで、いつもクールなエルザを見ている俺からしたらとても珍しい光景だった。
「ふぅ……、すまんなバティル。」
「いえ、大丈夫です。……それより、何のお話なんでしょうか?」
「ああ。バティルは私達が罪を犯したのは知ってるか?」
「え〜と……――」
確かエルザが「犯罪者」って呼ばれているのは知っている。
「――母さんが乱獲してしまったという話は聞いてますが……。」
エルザの旦那さんが亡くなって、錯乱したエルザが無断でモンスターを大量に殺してしまったと言う話だったはずだ。………ん? 私達?
「そうか、それは聞いてるんだな。でも、エルザと私にはもう少し罪がある―――」
そうだったのか。なんだろう……不倫をしたとか、俺みたいな未成年に手を出してしまったとかだろうか。
「―――殺人だ。」
――――――――――
そこから、エレノアの口からエルザ達の過去を聞かされる。
龍神によって村を破壊されたエルザ達は路頭に迷い、泥水を啜りながら生き延びていたらしい。
しかしそこで男達に襲われ、それらを殺して何とかその場は逃げ出せたのだが、その殺した人物が実は裏の世界で結構偉い人だったらしく、復讐や面子を守る為だったり、金を稼ぐ為だったりと様々な理由で狙われるようになったとの事だ。
そこで殺した人数は10や20では収まらず、沢山の死体の山を築いたらしい。
その話を聞いてまず思い出したのは、俺が「犯罪者ってどういう事?」と聞いた時の事だ。
『私の手は血で染まっている。…………そんな私を怖いとは思わないか?』
あの時のエルザは異様に怖がっていた。
あの時は、感情に任せてモンスターを大量に殺した自分に、俺が怖がるのを恐れているのだと思っていた。
でも、殺人もしていたとなると、何と言うか、あの時の印象が少し変わる。
「お前の母親は殺人鬼だ。それも大量殺人だ。」
俺の回想では結構、客観的、冷静的にやっているのだが、喋ってるエレノア本人は何だかエルザが極悪人かの様に喋っている。
「お前はそんな奴とこれからも変わらず、一緒に過ごせるか?」
「………。」
「喧嘩になったら、殺されるかも知れないぞ。」
「……………。」
それは……どうなんだろう。
確かにエルザは感情に任せて剣を振った前例があるようだが、この3年間で一度も手を挙げられて事も無いし、罵声を浴びせられた事もない。
やはりエレノアの言葉は偏見まみれの発言だが、恐らく意図があってやっているのだろう。
「それでも、僕は母さんと一緒に居たいです……!」
殺人をしているのは、恐らく本当の事なのだろう。
だが、聞いている限りでは仕方なかったという事と、殺しに掛かって来る相手を殺しただけであって、快楽殺人鬼という訳でも無い様子だ。
「私の手は血で染まっている。」と言う発言からも、そしてそれを言っていた時の手の震えから考えても、エルザはそんな簡単に人を殺す人物では無い。
「……人殺しでもか?」
「関係ありません。」
「………………………………。」
エレノアは鋭い眼光でこちらを睨んでくる。
その目は何を考えているのか、もしかして、俺とエルザが家族なのが実は嫌だったりするのだろうか。
「……お前は確か記憶喪失で、森で襲われている所をエルザが助けてやったんだよな?」
「……そうです。」
「2年前って言うと12歳か。記憶喪失でどこに行けば良いか分からない、頼る相手も分からない状態、おまけにシャドウウルフに襲われてキャンキャン泣いてた弱虫だ。エルザからの提案は救いの手だったのは想像できる。」
ん、これは、殺人では駄目だと踏んで路線を変えてきたのか?
と言うか、なんでそこまで……本当に俺とエルザが一緒に居るのが嫌なのか?
「今のお前ならどこでも生活できるし、どこにだって行ける。借りがあるのかも知れないが、「今までお世話になりました。」で良いじゃねぇか、何でエルザと一緒に居たい。」
ああ、そういう事か。
エレノアはこれが聞きたかったのだ。
確かに、今の俺は生活に困ることはないだろう。
この世界の事もあの時よりは大分知ってるし、強くもなった。
Aランクのクエストをやっていけば大金を稼げるし、自由に生きる事が出来る。
俺は記憶喪失という設定だから家族が居ない事になっているし、家族という、言わば縛りとも受け取れるのを、何で選択しているのかと言いたいのだろう。
家族で居続ける理由。
……確かに、俺はその事について深く考えていなかった。
もう生活の一部になっていたし、それが当たり前だと思っていた。
当たり前のようにエルザの事を「母さん」と呼んで、今では全く違和感が無くなっている。
「………俺が、母さんと一緒にいる理由。」
流石に沈黙が長すぎたので、何か話さなくてはと思って口を開くが、まだ完全に答えが固まっていない。
「あまり、深く考えた事は、無いです。それが、当たり前だと思っていたから………。」
「………。」
言われてみれば、確かにそうなんだよな。
俺はもう独り立ち出来るはずなのだ。
なのに何で俺はエルザと一緒に居るのだろう。
「僕は、愛情というものが、良く分かりませんでした。
記憶喪失だから当たり前かも知れませんが、僕にとって本当に分からなかったんです。」
俺は愛情というのが分からなかったし、家族というものも良く分からなかった。
母親は狭い一部屋で、俺がすぐ隣に居るのにも関わらず、「何でこうなった!」と言って毎晩発狂していたし、酒に酔っている時は俺に向かって「お前なんか産まなきゃ良かった!」とよく罵声を浴びせられていた。
挙句の果てに、全てを投げ出して姿を消したのだ。
愛情も家族も、あんな環境で分かるはずもない。
「僕、エルザさんに助けられたて目が覚めた時に、シチューを出して貰ったんです。ここがどこか分からないし、誰かも分からない人が目の前に居て、警戒している僕にです。」
懐かしいな。
あの時は快楽殺人鬼と思って怯えていたのだ。
あの笑顔は、後になって「止めた方が良い」と俺の方から助言をし、それ以降やらなくなった。
「そのシチューを食べて、僕は涙が出たんです。
それまで葉っぱとか虫とか食べていたから、美味しいと感じたとかの理由はあるとは思いますけど、もっとこう……何と言うか……芯に来るものがあったんです。」
あの時のシチューの味は忘れる事は無いだろう。
「今思えば、僕はあの時、愛情を教えて貰ったんだと思います。」
あの時はとにかく不安だった。
森に放り込まれ、どこに行けば良いか分からず、何であんな事になったのかも分からなかった。
そんな中で、あの時のエルザの優しさは、愛情は、俺の心に染み渡った。
それはきっと、前世での生き方も影響していただろう。
誰にも頼らず、1人で生きて来た俺にとって、その優しさは効果的だった。
「その人が、僕を養子にしたいと言ってくれました。
……正直に言うと、打算が働いた事は認めます。
でも、その理性とは別に、感情的に嬉しかったのもまた事実です。」
そう、何だか俺を見てくれている気がして、あの時は嬉しかったんだよな。
「僕にとって、エルザさんは僕の母親です。
人を殺していようが、罪を犯していようが、それは変わりません。
将来、歳をとって動けなくなろうが、俺の事を忘れてしまおうが、僕は、エルザさんと一緒に居たいです。」
俺は頭を下げてそう言った。
俺はこれからもエルザと一緒に居たい。
エルザが俺を愛してくれたように、俺もエルザを愛している。
母の愛情に対して、俺も息子として、きちんとその愛に答えたい。
「………そうか。」
エレノアは俺の言葉を聞いて、短い沈黙の後にそう答える。
「合格だ。」
その言葉を聞いて、俺は下げていた頭を上げる。
さっきまで険しい顔で睨んでいた顔は笑顔に変わっており、この家に来てから一度も見なかったような穏やかな顔をしていた。
「バティル、エルザを頼んだぞ。」
短い言葉だったが、そこには多くの物が詰まっているのを感じる。
エルザを守る為に、姉として、懸命に守り続けた者の、言葉の重みをズッシリと感じた。
「はい!」
俺は再び頭を下げる。
「ははッ、良い息子を拾ったな!」
エレノアは俺の頭を雑に撫でながらそう言う。
職人のゴツゴツとした手で雑に撫でられると頭皮が痛いのだが、それよりも家族として認められた事の方が嬉しくて気にならない。
エルザの方へ視線を動かすと、エルザも安心したのか、瞳に涙を溜めながら微笑んでいた。
人殺しという罪を告白して、俺に嫌われるかも知れないと不安だっただろう。
でも、安心して欲しい。
俺はそれでも、あなたと一緒に家族で居たい。
「よし! 酒を飲むぞ!」
そこから、深夜まで3人だけで語り合った。




