第108話 我が道を行く
―アレックス視点―
ガノアラクスとの戦闘が終わり、クエスト完了の工程を終えた俺はそのままベッドに向かう事となった。
バティル達の前では強がって元気なフリをしていたが、実際は立っているのがやっとの状態であり、レイナが先に足の方の針を抜いてくれたおかげで、真っ先に座る事が出来た。
そこから夜にかけて長い治療が行われ、全ての針を抜き終えた俺はようやくベッドに横になる。ただ、応急措置が終了したというだけで、今夜は安静にするようにと言われ、包帯をぐるぐる巻きにして眠る事になった。
――――――――――
「アレックス!!!」
朝になり、早朝からソフィアに治癒魔法をかけて貰った直後に侵入者が3人入ってくる。
「げッ…! 兄貴……!!」
イクアドスに居るはずの兄貴達とエヴァが、なぜかこの村にいた。
「後遺症とかは大丈夫なのか!」
兄貴はそばに居たソフィアに向かって高圧的にそう言う。
「まあ、大丈夫でしょ。」
「『まあ』とは何だ、後遺症が残ったらただじゃ置かないぞ。……姉さん、一応診てくれ。」
「失礼ね! 大丈夫ですぅ〜! そこいらの人と一緒にしないで貰えますぅ〜?」
治癒魔法の腕を疑われた事に対し、ソフィアはプライドを傷付けられたと感じたようで、椅子に座っていた体を起こして兄貴達に向き直る。
「こらッ! すいません、家の弟が失礼をしました……。」
後ろに居た姉さんが兄貴の頭をポカンッと一発叩き、ソフィアに向かって深々と頭を下げる。しかし、兄貴は姉さんに叩かれても気にせずに仏頂面で頭を下げない。
「と言うか、何で兄貴達がいるんだよ……。」
「エルザさん達が出発前に手紙で教えてくれたの。帰って来てからで良いって私は言ったんだけど、ジョンが「止めに行く」って言って聞かなくて……でも、終わったみたいね。」
「うん。昨日やって、ガノアラクスを討伐したよ。一応それが証拠。」
俺はテーブルに置いてある爪や牙の戦利品を指さし、間違いなくガノアラクスと戦い、勝利した事を証明する。
「本当に、討伐したのか……?」
兄貴はその戦利品の方へ歩みを進め、手に取ってまじまじと観察する。
その声は心底「あり得ない」という感情が籠もった声をしており、本当に俺では無理だと思っていた事が伺える。
少し前の俺だったら、その反応に怒ってたり、「どうだ!」と感情的になって返していたと思う。……だが、今の俺にそういった感情が出る事は無かった。
「もうやる事もすんだし、連れて帰りたかったら連れて帰りなさいな。」
そう言って、ソフィアはそのまま部屋を出て行った。
俺達兄弟だけが部屋に残り、驚愕する兄貴は尚も固まっている。
「やりましたね、坊っちゃん!」
エヴァは昔と変わらない感じで俺に話しかける。
そう、いつもエヴァはこうやって褒めてくれていた。
当時は、すり寄っているんじゃないかって穿った見方をしていたが、今では素直にその賞賛を受け止められる。
「ありがとう先生。」
先生には本当に感謝している。
色々生意気な所もあっただろうに、先生は嫌な顔せず教えてくれた。
それに柔軟に技を教えてくれて、普通だったら「お前にはまだ早い」と言われるような技も、やりたいと言えば優しく教えてくれた。
そんな先生の教えがあったからこそ、今の俺はここまで来れたのだと思う。
エヴァは俺の返答に満足したのか、笑顔のまま頷いて一歩下がる。
それにより、近くにいた姉に自然とフォーカスが入る。
やっぱり先生は周囲の立ち位置などをよく見れているのが分かる。
「アレックス。その怪我……大丈夫なの?」
「うん。これでも大分良くなったんだよ。昨日とかは全身針だらけでさ、バティルからは「お前がガノアラクスになってんじゃん!」って言われるくらい凄かったんだよ。」
「ふふっ、そうなの…? それは見てみたかったな〜。着ぐるを着てるみたいになってなたのかな。」
姉さんはメルヘンチックな俺を想像したのだろうが、現実はその針から赤い血が下垂れ落ちている地獄絵図である。ただ、まあ、いちいちそんな事を指摘して夢を壊す事もないので何も言わない。
「でも、良かった。……信じてたけど、やっぱり心配だったから。」
そう言って、姉さんは俺に優しくハグをする。
大事な物を優しく包むようなハグに、動かすだけで痛い体を何とか動かしてそのハグに答える。
「アレックス………。」
姉さんとのやり取りを終え、今度は兄貴が口を開く。
「……才能が無いと言ってすまなかった。」
「―――えっ。」
予想外の言葉が出た事で、反射的に声が出てしまう。
てっきり「まだまだだ」とか、いつもの様に「才能が無い」と言われるかと思っていたので、兄貴が俺に謝罪するとは思ってなかった。
「……なんだ。俺がまだ才能が無いとでも言うかと思ったのか?」
はい、思ってました……。
「この爪と牙は確かにガノアラクスの物だし、それに、そこにあるのは討伐完了の紙だ。嘘じゃないのは分かる。」
「………。」
「……Aランクのモンスターを1人で討伐して、才能が無いと言うほど馬鹿じゃないし、石頭でも無い。」
兄貴はテーブルの方に居た所から俺の方へ歩みを進め、俺の正面に立つ。
俺はなぜか反射的に目を逸らしてしまい、視線を下に落としてしまう。
「誰に何を言われようが関係ない」という結論に至ってはいるが、染み付いた物が完全には拭い切れてはいないという事が、その反射的な動作からも分かる。
「お前には才能がある。」
しかし、兄貴はそんな俺の事など気にすること無く、いや、それを拭い去ってくれるかの様に、そう言った。
俺はその言葉を聞いた瞬間に顔を上げ、兄貴の顔を見る。
その顔は真剣な目で俺を一直線に見ており、俺に向けた言葉であり、真剣に言っているのだと一目で分かる。
「言い訳のしようが無い、俺の見る目が間違っていた。……傷付ける様な事を言って、すまなかった。」
謝罪の弁を述べた後、兄貴はそのまま頭を下げる。
正直、謝罪するとかしないとか、今の俺にとってはどうでも良い事なのだが、こういったケジメも大事なのは理解しているので、兄貴の謝罪をちゃんと受け止める。
「俺は、昔から世界で一番強いハンターになりたいと思ってた。
そんで、小さかった俺にとって、その目標に一番近いと思ったのが……兄貴だった。」
俺が小さかった頃の事を思い出しながら話を続ける。
ただ、ちょっと恥ずかしくて、また目を逸らして下を向いてしまう。
でも、ちゃんと話すから許して欲しい……。
「だから、その……一時期の俺は、兄貴みたいになりたいと思ってたんだと思う。
でも、今はそうじゃないんだ。
別に嫌いになった訳じゃないし、兄貴の謝罪もしっかり受け止めて、許すつもりだよ。
でも、なんて言えば良いんだろうな……。
兄貴の背中を追うんじゃなくて、俺は、俺の道を歩いて行こうと思う。」
やっぱり俺は頭が悪いから、言語化するのが凄く下手だと改めて思う。
上手く伝わったのかが不安で、顔を上げて兄貴の顔を見てみる。
すると、兄貴は謝罪してた時に下げていた頭を上げ、普段通りのキリッとした顔を作っているのだが、それ以外がいつもと全然違っていた。
目から大量の涙を流し、鼻からも大量の鼻水が滝のように流れていた。
表情は真顔にも関わらず、それ以外が「号泣をしている」と取れる状況になっているので、どっちなんだと困惑する。
「……そ゛う゛か゛。成゛長゛し゛た゛な゛、ア゛レ゛ッ゛ク゛ス゛。」
無表情を保ったまま、兄貴は濁声でそう言う。
「……うん。その……色々、心配してくれてありがとう。」
「帰って来い」と言っていたのもそうだし、「才能が無い」と言った後のセリフはいつも「お前の向いている事をやれ」といった感じの事を言ってくれていた。
俺はそれを真っ向から受け止める事が出来ず、いつも反発ばかりしていたけど、よくよく考えると俺の事を考えてくれていたのだと後で気が付いた。
その言葉に色々傷付きはしたけど、あの言葉には兄貴なりの愛があったのだと、やっと理解できた。
そんな俺の感情を全て詰めた感謝の言葉を聞いた兄貴は、更に激しく涙なのか鼻水なのか分からなくなった体液を噴射させる。
「……家゛に゛は゛も゛う゛、帰゛っ゛て゛来゛な゛い゛の゛か゛。」
「う、うん。バティル達ともっと強くなりたいから、戻る事はもう無いかも……」
―――ブワッ……!
これ以上、吹き出す事は無いと思っていた所から、更にもう1段階上の量の体液が放出される。その勢いは留まることを知らず、借りている部屋の地面はビチャビチャである。……正直、流石に汚いから止めて欲しい。
そんな兄貴と入れ替わるように姉さんが間に入る。
「アレックス。一回家に帰って来ない?」
「え、でも……。」
「あ、違うの。皆でお見送りしたいなって。家出した時みたいに、何も言わずに居なくなっちゃうのは悲しいから、皆で食事して、皆でアレックスを応援して、皆でお見送りしてってやりたいんだけど、駄目……?」
「それなら、別に良いけど……。」
確かに、このまま今での事を精算せずに出ていくのは良くない。
母さんや父さんも心配しているだろうし、一度は顔を見せた方が良いだろう。
「……うん! じゃあ決まりね!」
姉さんはここに着て一番の笑顔でそう言った。
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後日、俺達の体がある程度回復した後、俺達は無事にイクアドスの帰ることが出来た。
久しぶりに帰った家はそこまで変わっておらず、父さんは俺を見ると泣きながらハグして、母さんは泣きながら家出した俺の事を叱って出迎えてくれた。
俺が見ようとしていなかっただけで、愛はそこにあったのだ。
その日は、その事に気付かされる1日だった。




