第107話 夏風は背中を押し
―バティル視点―
俺は、Aランクのモンスターを無事討伐した。
ゴリバルクを討伐後、俺はまずグリムヴェイルとイクアドスの中間地点にある村に向かった。
そこでエルザやソフィアが俺達の帰還を待っており、時間になっても帰って来なかったら特殊クエストを発行して貰い、エルザ達が救援に来てくれる手筈だ。
なので帰って来ないと迷惑が掛かるから、どんなに体がキツくても帰らねばならなかった………。
俺が到着した時にはレイナが帰って来ており、怪我の処置も終えている状態だったので余裕だったのか聞いてみると、特段余裕があった訳でも無いようで、右腕に大きな切り傷が出来たそうだ。
俺がレイナに余裕だったかを聞いたのに対して、レイナは俺が余裕だったのかは聞いて来ず、「大変だったんだね……。」と労いの声を掛けてくれる。
帰還した直後の俺の姿を見たレイナは、それはもう驚いた顔をしており、本当に大丈夫なのかと慌てふためいていた。
まあ、それは無理もないだろうと思う。
と言うのも、俺はゴリバルクに殴られ続けた事で全身に青痣があり、何なら所々骨折している。
それに加えて、全身の装備は殴られ続けた事でペシャンコになり、服がボロボロの状態で帰還したのを見れば、俺の戦いがどれだけ大変だったのかは想像に難くないだろう。
俺はゴリバルクとの戦闘はそうなるだろうなと思っていたので、今回、大事な物は部屋に置いていっていたのだが、本当に持って行かなくて正解だった。
特に、俺が初めてハンターとして狩りに成功した時にエルザがプレゼントしてくれた、シャドウウルフと緑色の水晶が飾られているネックレスを首に付けていたら、間違いなく粉々に砕け散っていただろう。
俺にとってあれは、この世界で生きて行く覚悟の証拠でもあり、出発点を思い出させる無くてはならない物だ。
だから、持って行かなくて良かったと思っていたのだが、後でエルザにその事を言うと、エルザは少し不安そうな顔をしていた。プレゼントをした側から見ると、プレゼントをした物はずっと身に付けていて欲しいと感じるのだろうか。
あまり良く分からない感覚なのだが、エルザに不安な顔はさせたくないので、なるべくあのネックレスは身に付けておこうと思う。
帰還をしてすぐにソフィアが応急処置をしてくれるとの事で、俺はベッドに横たわる。
やはり治癒魔法の痛みに慣れる事は無く、ソフィアに無理やり押さえつけられながら治癒が開始させられた。
一通りの応急処置は終わり、俺は白目を向いて気絶する様にベッドに横になる。
そんな俺の隣にエルザが座る。
「頑張ったな。」
エルザは微笑みながら俺の頭を撫でてくれる。
その手は優しく、子供の成長を喜ぶ母親の様だった。
「これで僕も一人前って事で良いんですかね?」
「ああ、バティルは一人前だ。」
「やったぁ! ……って喜びたい所ですけど、何と言うか、最初の方とか特になんですけど、全然攻撃が通用しなかったんですよねぇ……。」
攻撃に全振りしたから剣が通っただけであり、俺の中での理想からは少しズレていた。
俺の中の理想としては、エルザの様に攻撃を避けながら相手を削るのが目標であり、俺がやったようなその場に留まって攻防をするのは少し違う。
それに加えて、攻撃全振りなので危なっかしくてしょうが無いだろう。
博打のような戦闘ではなく、もっとスマートな戦闘を出来るようにならなければ体が持たない。
「まあ、最初はそんな物だ。まだまだ育ち盛り何だから、伸び代を考えたらそんな凹まなくても良いだろう。」
「う〜ん。そうなんですけど、もっとこう、上手く出来たんじゃないかって………。」
「ははっ、まあ取り敢えず今は休め。アレックスが戻って来たら起こしに来るからな。」
そう言ってエルザは席を立ち、部屋を出る。
俺もそれに従って少し寝たのだが、目を覚ました時には夕方になっていた。
俺が起こされていないという事は、アレックスがまだ帰って来ていないという事になる。どうなっているのかと思いベッドから起きて部屋を出てみるのだが、エルザ達が少し焦っている様子だった。
何事かと思って聞いてみると、今だにアレックスが帰って来ていないのだと言う。
特殊クエストの発行手続きをソフィアに任せ、エルザが門の前で出発の準備をしていると、赤くなった空をバックに何かが歩いて来る。
全身に棘が生えている生き物がノソノソと近づいて来て、モンスターが来たのかと一瞬警戒するのだが、よく見ると人の形をしていた。
そうして近づくに連れて、それがアレックスだと気が付く。
「「アレックス!」」
俺とレイナは全身の痛みを忘れて、ボロボロになったアレックスに向かって走り出していた。アレックスは俺達を視界で確認すると、さっきまで引きずるように歩いていた体を起こし、腰に手を当てて仁王立ちをする。
「何だよ何だよ! 俺が一番最後なのか……!?」
アレックスは出発前の神妙な顔から一変し、普段通りのアレックスの顔で笑顔を見せる。
「いや、そんな事よりも、その針の数、大丈夫なのか!」
「すげぇだろ? でも、ちゃんと討伐もして来たぜ、ほらこれ!!。」
そう言いながら、右手に握られているガノアラクスの爪を俺達の前に突き出す。
「アレックス君! まず足の方から抜くから、踏ん張ってね……!」
レイナはそんなアレックスの言葉よりも、治療の方が大事だと判断したのだろう。レイナ自身も怪我人なのにも関わらず、左手を動かして治癒魔法を掛け始める。
「大丈夫だって! まあ、結構深く刺さってるのもあるけど……。」
そう言いながら、アレックスは自身の体を一通り見る。
「それにしてもバティル、おまっ、顔面が………ブッ、ハハハハハハッ!!!!」
アレックスは俺の方へ向き直り、俺の顔面を指さして爆笑し始める。
起きてすぐに部屋を出たので鏡を見る事が出来なかったが、恐らく時間が経過した事で俺の顔面は腫れ上がっているのだろう。……見なくても何となく「そうなのだろうな」と思ってはいた。
「なっ……笑うなよ。しょうが無いだろ、そういう相手だったんだよ。……てかお前もおかしな格好になってるだろ! お前がガノアラクスになってんじゃねぇか!」
ガノアラクスを見た事は無いが、アレックスからクエストに出掛ける前に情報を聞いていたので何となく答える。
「確かに! ハハハハ、俺がガノアラクスになっちまった!!」
クエストに出る前のアレックスとは見違えり、いつものテンションで答えてくれる。
それから、その場でガノアラクスのモノマネを始め「こんな格好しててな、あいつは尻尾を振ってこうやって針を飛ばすんだよ!」なんて事を言っていると「安静にしてて!」とレイナにピシャリと怒られて、アレックスは「はい……。」と短く答えて犬耳と頭を落とす。
「……バティル。ありがとうな。」
そこで賢者モードになったアレックスは、なぜか俺に感謝の言葉を言う。
「どうした急に。」
「いやさ、お前が言った通り、俺はもっとシンプルだったって気が付いたんだ。色々あって、色々言われて、色々見てきて、色々考えて、色々悩んじゃってたけど、どれも俺には関係ぇねぇって分かった。」
アレックスはガノアラクスの爪をギュッと握り、噛みしめるようにしてから俺の方をもう一度見る。
「ああ、だって俺達は、誰も討伐できなかった龍神を討伐するんだからな。」
そう、アレックスの最終目標は兄を超える事では無い。
ずっとアレックスは言ってきた事だったんだ。
その事に、アレックス自身が気づいてくれた。
そして、そんな俺の言葉を聞いたアレックスはニカッと笑い、頷く。
「ああ、俺は最強のハンターになる! 誰に何を言われようが関係なかったんだ。俺はただ強くなる為に突っ走れば良かった!!」
憑き物が取れたアレックスは笑う。
夕日に照らされ、火照った体に夏風が吹く。
俺達は、Aランクハンターになった。




