第106話 アレックスvsガノアラクス(3)
いつからだろう、俺がこんなに悩むようになったのは。
いつからだろう、俺がこんなに他人と比べるようになったのは。
『お前にハンターの才能は無い。』
兄貴にそう言われてからだったと思う。
そこでようやく、馬鹿な俺でも他人との違いを理解し始めた。
まずは兄貴との比較から始まった。
兄貴は頭脳明晰で、ハンターじゃなくてもやっていけるだろうと周りから言われていた。
対して俺は、最初の方で多少勉強が出来たからと言って、段々と真面目に勉強を聞かなくなった。
そしたら、当たり前だが勉学の方は頭に入らなくなった。
分からなくなると次第にストレスになり、やる気も起きなくなって、剣術ばっかりやってそれ以外は逃げ回っていた。
姉さんも頭が良く、それでいて魔法を扱えていた。
俺は魔力の扱い方が全く理解する事が出来ず、聡明な姉さんが教えてくれていても身に付く事はなかった。
でも、それでも良いと思っていた。
俺はハワード家の人間なのだから、ハンターとして、兄貴や姉さんの様に立派なハンターに成れさえすれば良いんだと考えていたのだ。
……だが、ハンターとしての才能も、俺は兄弟の中で一番下だったのだ。
俺は何一つ勝てる物が無いと理解した時、居ても立っても居られなかった。
体を動かす事は好きだったし、自信もあった。
だからこそ、そこだけはどうしても譲る事が出来なかった。
だから必死に頑張った。
先生に付きっきりで水猿流を教えて貰って、来る日も来る日も剣を振り、盾を振った。マメが出来ようが剣を振り、悔しくて涙を流しながら、夕暮れまで剣を振り続けた。
そして、半年掛けてようやくクエストを達成する事が出来た。
でも…それでも……俺に才能が無いのは2人の兄弟を見れば明らかだった。
2人は俺と同い年の頃にはハンターとして立派に活動し、俺みたいに躓くこと無くクエストを達成しまくっていたのだ。
姉さんは俺の事を褒めてくれたが、その賞賛を俺は素直に受け止められなくなっていた。兄貴はやはり別の事を見つけるべきだと言って褒めてはくれなかったし、両親も「ハンターを続ける」という事に対して、兄貴たちには言わなかった心配の言葉を投げかけてくる。
……気が狂いそうだった。
どんなに頑張っても、すぐ近くに俺より遥かに才能がある人達がいて、その人達は俺に才能がない事を意識的に、無意識的にも突き付けてくる。
だから俺は、あの家から逃げ出したのだ。
自分の最後のプライドを守る為、俺は天才達の世界から逃げ出した。
それから1年ほどは色々な所を転々としていた。
エルザの弟子になりたいという目標はあったが、俺の知らない世界を見てからにしようと思ったのだ。
そこで見た世界は、俺のとって居心地の良い世界だった。
才能がないと思っていた自分は才能があったし、周りは俺を持ち上げてくれる。
大の大人が、俺に水猿流の教えを請うて来さえした。
そんな中、バティル達と出会った。
俺と年の近い2人に、兄貴達が認めたハンターである『双翼の狩人』の2人。
バティルとレイナは才能があるが、躓きながら成長する姿に俺は素直に応援できたし、俺も頑張ろうとやる気を貰えた。
エルザは戦い方を実践で分かりやすく示してくれるし、ソフィアは………まあ、いつも嫌な顔をせずに家に迎えてくれたりしてくれた。
着々と成長し、Aランクまであと少しという所まで来た。
そこで兄貴達と再開する事になる。
兄貴達はSランクハンターという事もあり、この街に居ない可能性は十分にあった。いや、むしろ居ない可能性が高かったはずだった。
でも、何の因果か兄貴達と再び顔を合わせることになる。
バティル達と出会って2年。
少しづつ兄貴達から来る劣等感が無くなってきた矢先の事だった。
再び襲ってくる、兄貴達と比べる時間。
俺は現状Bランクだが、俺と同じ歳の頃の兄貴達は……?
兄貴が言っていたように、別の道に進んだ方が賢い選択だったのでは……?
兄貴が言っていたように、俺には才能が無いのでは……?
兄貴を超えると言って出て行って、結局2年掛けてBランクまでしか行けてないじゃないか。
『なあ、アレックス。才能って言うのは、本当に大事な事なのか?』
バティルの言葉を思い出す。
『お前はもっと、シンプルな奴だったはずだろ。』
シンプルな奴。
あの時は「馬鹿って言いたいのか」と思ったが、バティルがあんな時に悪口を言う奴じゃないのは分かってる。
『……じゃあ、アレックスは才能を証明する為にハンターをしてるのか?』
『…………………そうだ。』
………いや、違う。
俺は、才能を証明する為にハンターをしている訳じゃない。
……何だっけ。
あれ……? 何で俺はハンターをやっているんだっけ……?
運動するのが好きで、勉強するよりもそっちの方が向いているから?
……違う。
ハワード家に生まれたから?
………違う。
レイナみたいに、皆を守れるハンターになりたいから?
…………違う。
バティルみたいに誰かに憧れて………例えば兄貴に憧れてとか?
…………………。
そうだ。
俺は、兄貴みたいになりたかったんだ。
……いや、正しくは少し違うな。
兄貴みたいに『強くてカッコイイハンター』になりたかった。
男なら誰もが夢見る『世界最強の男』。
『最強のハンターになる』という夢。
子供じみた俺の夢の体現者のとして、俺は兄貴を見ていたんだ。
だからこそ、その体現者に「才能がない」と言われるのが嫌だった。
否定されるのが悲しかった。
だから俺は『怒った』んだ。
『でも、これが無くなると、なんか大事なものが無くなっていく様な気がして怖いんだ。』
そう、俺は『怒った』。
兄貴に否定されて以降、『怒り』が俺の原動力だった。
でも、バティル達と出会って、一緒に生活して、一緒に狩りに行く内に、『怒り』は無くなっていた。「見返してやる」って気持ちは無くなって、「もっと強くなりたい」と純粋に思い始めていた。
『お前はもっと、シンプルな奴だったはずだろ。』
……ああ、そうだ。
俺はもっとシンプルで、子供じみた事を追い掛ける奴だった。
才能を証明するとか、見返してやるとか、誰かみたいになりたいとかでも無いんだ。
ただただ『最強になりたい』それが俺の目標だったはずだ。
兄貴はただ、俺の目標に近い人に見えていただけで、目標だった訳じゃない。
兄貴達と別れ、バティル達と生活していく中で、その事に薄々は気づいていた。
もっと強くなりたい。もっと強くなって、最強のハンターになりたい。
そう思って突っ走ろうとした所で、兄貴達と出会ったんだ。
でも、そこで再び考えるようになる。
ここまで強くなれたのは、『怒り』があったから何じゃないかって。
俺はその『怒り』という原動力を手放す事で、弱くなるんじゃないかと思って怖かったんだ。『怒り』を原動力に活動してきた時間が長すぎた所為で、俺は『怒り』に依存しすぎてしまった。
でも、もう『怒り』はいらない。
この先に『怒り』が無くても、強くなれる事を知っている。
バティル達との2年間で成長できた俺が、身を持って知っているじゃないか。
俺は、もっと純粋に、もっと単純に、強くなりたい。
――――――――――
「スッキリしたぜぇぇぇぇ!!!」
全身に針が刺さった状態で、勢い良く立ち上がる。
ボロボロの体で立ち上がるのも辛い状態にも関わらず、アレックスの顔には焦燥感は無く、満面の笑みを浮かべて正面を見ていた。
「俺には! レイナみたいな大義もいらねぇ、バティルみたいな憧れもいらねぇ、兄貴が何を言おうが関係ぇねぇ! 才能を気にしてもしょうがねぇし、どんなに馬鹿にされようが、見下されようが俺にはどうだって良い! これは俺の人生だ! 俺が満足するまで、ただ真っ直ぐ進めば良いだけだった!!!」
ハイになったアレックスに、ガノアラクスは止めを刺そうと襲い掛かる。
壁を背にしたアレックスに対し、ガノアラクスは尻尾で針を飛ばしてから、その針の後ろを追う様に走り出す。
「ハ〜ハッハッハッ!!!!!!!!」
危機的状況にも関わらず、アレックスはその場で盾を構えて、向かって来る針を弾き、追撃の爪を難なく流す。そして爪攻撃を流されたガノアラクスはその場で突進をするのだが、アレックスは横に飛んでその突進攻撃を避ける。
アレックスはそこからステップをして壁から距離を離す。
しかしガノアラクスはそれを好機と捉えたようで、アレックスの盾を持っていない方である右手方向、アレックスから見て時計回りに走り出す。
―――ブンッ、ブンッ、ブンッ!!!
ガノアラクスは走りながら尻尾をしならせ、針をアレックスに向けて放つ。
今さっきそれをやられ、全身が針まみれにされた事を考えれば、緊張する場面のはずなのだが、やはりアレックスの顔には笑顔があった。
全方位から針の雨が降る。
キラキラと太陽光を反射させて凶器が飛んで来る。
Bランクに到達した者の斬撃を与えても折れる事は無く、Bランクに到達した者の武気をも貫通させる針。並のハンターであれば近付くのさえ難しいのにも関わらず、それを高速移動しながら放つ。
しかし、アレックスはそれを全て流してみせる。
右足を軸に回転して、自身に当たるであろう針だけを選別しながら全てを弾いていた。
――――――――――
アレックスはビエッツ村に来てからひたすら基礎をやり続けた。
水猿流の先生がいないからと言うのもあるが、水猿流の先生であるエヴァ・オルドマンにおおよその技を見せて貰い、形だけは覚え、そして完璧では無いにしても真似くらいは出来るようになっているので、誰かに教えて貰わなくても良かったのだった。
攻撃を良く観察し、力の流れを読み、最小限の力で相手の攻撃を流す。
ひたすら基礎を叩き込み、バティルとの稽古や実戦での戦闘により、完璧に水猿流の基礎が身に付いていく。
しかし、それでもアレックスは上の段階に行けなかった。
その先に行く為に必要なのは、計算速度である。
咄嗟の判断で力の流れを読み切り、どうすれば攻撃を流す事が出来るのか。
それを瞬時に計算して実行に移す必要があるのだが、どうしても計算ミスや計算が遅れてしまうものだ。
じゃあ、今のアレックスは全てを計算してやっているのかと言うとそうではない。
アレックスは考えるのを止めているのだった。
兄との悩みが解消し、自分のやるべき事を理解したアレックスは、より『直感的』になっていた。
基礎をひたすら体に叩き込んだアレックスの体は、脳と体の伝達速度が速くなり、そこに『直感』が加わった事で、視界に映る物に対して反射的に水猿流を使っているのだ。
元々洗練されていた水猿流の技術に、アレックスの直感が追加された事でまた一つ段階が上がる。
――――――――――
「ハッハッハッ〜〜〜〜!!!!」
ボロボロの体なのにも関わらず、アレックスは全ての攻撃を流し続ける。
そんなアレックスに対して、ガノアラクスは痺れを切らしてアレックスの背後から襲い掛かる。
回転しながらガノアラクスの針攻撃を流し続けたアレックスは、その針攻撃の最後にガノアラクスが視界に飛び込んで来る形になった。
「ゴガァァァァ!!!」
ガノアラクスは右腕を振り下ろす。
戦闘開始時はガノアラクスのタイミングと力量を把握しきれていなかったアレックスだったが、何度もこの攻防を続けた事でタイミングを完全に物にする。
―――ガァンッ!
衝撃を流し切る事が出来ず、たたらを踏んでいた時とは違ってアレックスはガノアラクスの爪攻撃を完璧に受け止める。
水猿流『剛の型 金剛跳』。
ガノアラクスの攻撃を受け止めた瞬間、全身の力を抜いてその衝撃と共にほんの少し移動する。その衝撃を完全に吸収し、自分の物にした瞬間、一気に放出する。
―――ドンッ!!
傍から見たら、ガノアラクスの爪がアレックスの盾に当たった直後、いきなり逆方向に吹っ飛んで行く様に見えるだろう。
ガノアラクスの爪は砕け、その衝撃にガノアラクスの巨体は仰け反る。
「ゴガァァァァァァァァ!!!」
ガノアラクスは今まで経験した事の無いダメージに困惑し、ボロボロになった右腕を庇うように後ろに下がる。
「剣が通らねぇなら、殴れば良いんだろ!」
俺は畳み掛けるつもりで前に出る。
それに対してガノアラクスは「近付いて来るな」とでも言うかの様に、今度は左腕を振り下ろしてくる。
水猿流『剛の型 金剛跳 』。
もうタイミングを完全に掴んだ俺に、その攻撃は通用しない。
そして、自身の直感に従って水猿流の技術を使う。
最適解を瞬間で導き出し、最小限の行動で最大限のダメージを作り出す。
それにより、ガノアラクスの左腕も砕け散る。
再び仰け反るガノアラクスに、俺は仰け反った時に出来た距離を埋める為に前にステップをする。俺はそのまま盾を胸元まで引っ込めた状態で構える。
「俺は――――――」
前にステップした足が着地し、目の前にガノアラクスの腹が広がる。
地面にしっかりと足を固定するつもりで力を入れると、その圧力に地面は割れ、俺の足は地面にめり込む。
完全に固定された体を確認し、固定砲台が放たれる。
防御やカウンターに特化した水猿流は、攻撃3割、防御7割というのが主流である。それにより攻撃を受ける事は比較的に少ないが、防ぐ事に意識と体を持って行かれるので、与えるダメージは他の戦い方のハンターに比べて低いのが特徴的だ。
しかし、アレックスは防御を捨てた。
今のアレックスの意識配分は、攻撃10割、防御0割。
両手を砕き、仰け反ったガノアラクスは反撃できないと瞬時に判断して、渾身の一撃をガノアラクスの腹にブチ込む。
水猿流『剛の型 守護の拳』。
「―――最強だぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
―――ドォンッ!!!!!
ガノアラクスの体は、衝撃でくの字に折れる。
衝撃は内臓を通り、ガノアラクスの体内から破裂音がした後、遅れてガノアラクスの巨体が吹き飛んで行く。
1回目の時とは違い、攻撃に全振りした事でその威力は凄まじく、重力の方向が変わったのかと思える程に一直線の軌道で壁へ激突する。
奇しくもそこは、俺がガノアラクスに吹っ飛ばされて激突した場所であり、元々凹んでいた壁にガノアラクスが衝突した事で更に壁は削れる。
ガノアラクスが壁に衝突した事で砂煙が舞い、アレックスの視点からはどうなっているのかが分からない。しかし、アレックスは倒したという確信を持っているようで、後は目視で確認するだけだと言わんばかりに仁王立ちをして待っていた。
パラパラと小さい瓦礫が落ちる音がその場に流れ、舞っていた砂煙が落ち着くと、そこにはガノアラクスがその場に倒れていた。その体に生気はなく、口から血を流しながらぐったりと横たわっていた。
「は〜はっはっはッ!!!!」
アレックスは仁王立ちをしたまま高らかに笑う。
「俺の勝ちだぁ!!!」
右手に持った剣を握ったまま、高らかに勝利宣言をする。
全身に針が刺さった状況にも関わらず、その顔は晴れやかで、スッキリとした顔をしていた。
【 ガノアラクスの討伐 】 【Aランク】 【済】




