第103話 バティルvsゴリバルク(1)
【 ゴリバルクの討伐 】 【Aランク】
Aランクモンスター『ゴリバルク』。
ゴリバルクは『グリムヴェイル』に生息するモンスターで、ゴリラに酷似した姿をしている。
肩や胸部、背中などに極端に発達した皮膚が鎧の様になっており、その部分だけ毛も生えていない事から、本当に鎧を着ているのではないかと錯覚してしまう。
そして腕は極端に太く分厚い腕をしており、腕全体が鎧のような皮膚と同じ構造をしているので一目見ただけで硬い事は分かるだろう。
一見固くて可動域が少ないと思える腕をしているのだが、ゴリバルクはそんな固く重そうな腕を器用に扱い、物を掴んだり、触ったり、そして―――
―――ドゴンッ!!
俺の目の前でやったように、殴ったりして使って来る。
ゴリバルクの巨大な腕は周囲の木を簡単にへし折り、着弾した地面にはそのまま太い腕がめり込んで行く。
――ガギンッ……!
俺はそんな地面にめり込んだ腕に向かって剣を振り下ろすが、硬い皮膚の塊である腕に、火花を散らして弾かれる。
「くそ……ッ!」
狩りに出る前の情報収集で、あれは鱗とかではなくて皮膚だと事前に聞いていた。
だったら斬れば血が出るのだろうと楽観的に考えていたのだが、目の前のゴリバルクの皮膚は俺が思っていた以上に鋼鉄だった。
成長と共に増幅し、強化された俺の武気であれば、流石にダメージを与えられる事くらいは出来ると思っていた。
現に今までは何とかやって来れたし、斬れない物は流石にもう無いんじゃないかと思えるくらいには通用していたのだ。
だが、やはり上には上がいるものだ。
俺が本気で斬りに行って、全く傷が付かない相手が出てくるなんて。
「ヴゥオ、ヴゥオ、ヴゥオ!!!」
優勢のハズのゴリバルクは愉快な顔をしておらず、ゴリバルク自身もストレスを感じている様で、距離を離した俺を見ながら地団駄を踏んでいた。
そう、俺達はお互いに決定的な一打をまだ与えられていない。
戦闘が始まってそれなりに時間が経ったにも関わらず、それぞれがそれぞれの個性を発揮して、決め切れずにいた。
怒れるゴリバルクは尚も自身から積極的に攻撃する。
右手で殴れば、俺はそれを避けて斬り返す。
左手で殴って来たので、今度は足を狙って斬るが、鋼鉄の筋肉には薄皮1枚しか刃が通らない。
もう何度も何度もやった攻防。
流石に何か変えなければと焦りが生まれる。
何せこんな我慢比べの様な事を続ければ、勝つのは間違いなくゴリバルクなのだから。
「ラァァ!!!」
ゴリバルクの攻撃のタイミングとスピードは、流石にもう把握済みなので、今度は今まで以上に力を入れて剣を振ってみる。
攻撃をするという事は、防御を捨てるという事だ。
そして、その攻撃と防御の比率によって与えるダメージが変わってくる。
攻撃を意識して大きなダメージを与えようとすると、自然と体は大振りになり、当たれば大ダメージを与え、外れたらこちらが大きな隙を作る事になる。
対して防御に徹しながら攻撃するという事は、その攻撃の隙は少ないが、腰が入っていない分ダメージは少ない。
今のゴリバルクは前者で、俺は後者寄りと言った所か。
しかし、それを今切り替えた。
地面にどっしりと構え、軸がしっかりと固定された状態で剣を振るう。
―――フォンッ……!
「……はぇ!?」
野生の勘なのか、当たる直前でゴリバルクは地面にめり込んでいた手を引っ込める。当たると思って振った俺の剣は空を斬り、大振りになった体は見事に慣性の法則に則って突き進む。
(なんでこのタイミングで避けんだ―――ぐえッ!)
均衡が崩れる。
機械同士の戦いでは無いのだから、それぞれが考え、それぞれのタイミングを見計らって行動を変える。そして、それが同時になる事もある。
大振りで空振った俺に、ゴリバルクはカウンターを合わせる。
ゴリバルクは左腕を引いた後、ボディーブローを打つかの様に一直線に俺に向かって拳を突き出す。ボディーブローと言っても、それはゴリバルクの体格で考えればの話であって、俺の体を8割は覆うような拳はボディーブローとは言わないだろう。
岩のような拳、いや、これはもう岩なんかじゃない。
鉄の塊の様な拳が、俺の全身に激突する。
―――ゴォン!!!!
生物同士が衝突したとは思えない、轟音が森に響く。
俺の体がくの字に折れ曲がった後、周囲の木を巻き込みながら地面を転がる。
どれくらい吹き飛ばされたのかは分からないが、数十メートルは転がったのではないだろうか。
「痛ってぇ………。」
とは言え、俺はその場からすぐに立ち上がる。
ズキズキと右側全域に痛みを感じつつ、ゴリバルクの追撃を警戒して剣を構える。
地面にめり込むほどのパンチを喰らったにも関わらず立ち上がれた理由は簡単で、俺の体や武気が成長していくに連れてどんどんと強力になっているからだ。
気を緩めて武気を纏うのを疎かにさえしなければ、ほとんどの攻撃は軽減され、耐久力は昔と比べて段違いに成長している。
まあ、それでも勿論、全ての攻撃が効かなくなったという訳では無い。
相手も武気を扱っていればダメージは効くし、脳を揺らされれば脳震盪だって起こる。だからこそ、現に殴られた右側は痛覚の信号を脳に伝えていた。
「ヴゥオォォウ、ヴゥオ!!!」
ゴリバルクは数十メートルの距離を一気に詰め、姿を表す。
その手には何故か周囲に生えていたであろう立派な木を握りしめており、ブンブンと振り回しながらゴリラ走りでこちらに向かって来た。
そして、構えていた俺を見つけるとゴリバルクは足を速め、加速して走りながら右手に持っていた木ごと振り上げて俺に叩きつける。
枝や葉が付いたままの木だったので、ゴリバルクというモンスターの広範囲攻撃になるのだろうか。
俺は今までに無かった攻撃だったので警戒し、カウンターをせず素直にその攻撃を避ける。
ゴリバルクは尚もその木を手放す事は無く、逃げ回る俺に向かって拳ではなく持っている木で攻撃してきていた。
これはゴリバルクの攻撃方法の一つなのかと観察していたのだが、そんな木ではなく鉄のように固い拳で殴った方がダメージがあると思う。
しかし、それでもゴリバルクはその行動を止めなかった。
しばらくそんな行動をしていて、俺は冷静に自身の体の回復とゴリバルクの攻撃を見極めるために回避を続けていたのだが、やっぱりゴリバルクの木を振り回す攻撃は慣れている手付きではなかった。
そうして観察していくに連れてようやくコイツのやっている事を理解する。
(コイツ……俺の真似をしてんのか!?)
そう結論を出して、よく観察とすると確かに俺の真似のように見える。
ステップも何かさっきと違うし、何か今度は俺の真似なのか、両手で木を掴んで構え始めていた。
しかし、ゴリバルクの体は両手で1本の棒を持つようには出来ていないらしく、体の可動域の限界まで動かして、ようやく俺みたいに構えられるといった感じで、プルプルと震えながら木を構える。
飼っている動物が俺の真似をしていたら可愛らしく感じたかも知れないが、こちらはさっきまでぶん殴られて吹っ飛ばされたり、命に関わる攻撃を何度も振り下ろされたりしていたのだ。
それなのに、こんな行動をされたらどう感じるだろうか。
「こ、この野郎ぉ……! 俺は危険じゃねぇってか!!!」
それだけの余裕があると受け取るだろう。
確かに致命的な攻撃を当てられていない。
しかし、それをこうやって示されると苛つくものだ。
ゴリバルクは俺の怒声を威嚇と判断したのか、ゴリバルクも威嚇の顔と声を出した後に俺に再び襲い掛かる。……その手にはやはり剣に見立てた木を持っており、舐めプは継続するようだ。
流石にカチンと来た俺は、その場から動かずに振り下ろされる木を斬って見せた。
(武気が纏っていない木の塊を、俺が斬れない訳がねぇだろ……!)
ゴリバルクの舐めプに対して、俺は答えるように持っていた木をバラバラにして見せる。
持ち手付近まで切り刻まれた木を見て、ゴリバルクは目を見開いて驚いた顔をする。その顔は「何その切れ味!」とでも喋りだしそうな顔をしており、攻撃しないのであれば可愛いと思えただろう。
そしてゴリバルクは手に残った根本だけの木を見て、今度は何故か怒りの顔に切り替わる。
「ヴゥオ、ヴゥオ……ッ!!」
そこまで酷い事をしたとは思えないのだが、目の前のゴリバルクの表情は険しくなり、挙句の果てにはドラミングをしだす。
ゴリラのドラミングと言えば「ポコポコポコッ!」という様な高音が響くイメージがあったのだが、ゴリバルクのドラミングは大太鼓の様な低い音が森に響く。
表情と行動がコロコロと切り替わるゴリバルクに対して、俺は観察を半ば強制的にさせられてしまう。
―――ドッ!!!
そんな困惑しながら観察する俺を、ゴリバルクは再び置き去りにして先手で動き出す。
今度はゴリバルクが急に空に飛び上がる。
ビル何階分の高さを飛んだのかは分からないが、その着地地点はまさかの俺の場所だった。
「どわぁ……ッ!!」
俺が避けた直後、俺が居た場所に巨体が降ってくる。
その威力はこれまでの攻撃の中で最も強い衝撃で、木の根が張り巡らせられた地面を割って見せた。地面は揺れ、避けた俺の方まで衝撃波と砂埃が襲ってくる。
割れた地面に足を取られ、舞った砂埃によって視界を奪われる。
視界不良の中、目の前に大きな影が現れる。
それが何なのかを瞬時に判断した俺は、距離を離そうと地面を蹴ったのだが、それよりも先に何かにぶつかる。
その何かはぶつかった途端、俺を包む様に折れてガッシリと固定される。
もうそれが何なのかは言うまでもない。
ゴリバルクの手だ。
砂埃が次第に落ち着いた事で、それが「正解だ」とすぐに答え合わせがされる。
ゴリバルクに手に包まれた俺は握り潰されると判断し、そこから何とか逃げ出そうと暴れるが、ゴリバルクの手はビクともしない。
ゴリバルクはそんな俺を数秒見た後、俺を握り締めたまま再び高く跳躍をする。
急激な上昇により負荷が掛かり、首が折れそうになりながらも何とか耐えた後、今度は浮き上がるような感覚になる。
視界には青空が広がっており、浮遊感のお陰で鳥にでもなったかの様な錯覚になる。
しかし、そんな幻想的な光景から目を覚まさせるかのように、ゴリバルクは俺を握った方の右手を、自身の体の後ろの方へ持っていく。
その格好は振りかぶるようなフォームをしており、日本の人気スポーツである、野球のピッチャーの様なフォームになっていた。
「バカバカバカ……ッ、それは不味いだろ……ッ!!!」
これから何が行われるのかを察した俺は、一気に冷や汗が全身に吹き出す。
成長して武気が強まったと言っても俺は人間だ。
ここから落下するだけでも不味いのに、加速を付けられたらどうなるのやら……。
何とかして逃げ出そうとするのだが、ゴリラであるゴリバルクの握力に俺が勝てる訳がなかった。
―――ボッ!
ゴリバルクの腕は鞭の様なしなりを加え、持っていた人形を地面に向かって思いっ切り投げつける。
隕石が落ちたのかと錯覚する程の爆音が、この森に響いた。




