第102話 レイナvsヴェルファング(2)
ヴェルファングとの戦闘が始まって、どれくらいの時間が過ぎたのだろう。
「短期決戦で戦え」というソフィアさんの助言を達成する事が出来なかった私は、ズルズルと泥沼の戦闘に引きずり込まれていた。
「――くッ! …ハッ、ハッ……アァ……ッ!」
ヴェルファングの攻撃を避け、そのカウンターで魔法をぶつけるが、そんな短時間で生成できる魔法など高が知れている。ただ、もっと出力を上げようと思えば上げる事が出来るが、それをしてしまうと次の動作に支障が出るのだ。
相手が私より格下で、私よりスピードが遅いのならその選択はありなのだが、相手はAランクの大型で、私よりスピードが速い。
そんな相手にワンテンポ遅れるとはどういう事なのか。
想像しただけで寒気がする。
(ああ、ヤバい……息が……ッ。)
ヴェルファングはスピードが速いだけではなく、当然の事だが面積もある。腕だけで私くらいの大きさをしていて、そんな物をブンブンと振り回しているのだ。
面積がある分だけ私の回避距離は長くなり、回避する度に私の足には疲労が貯まる。
―――――――――
―――私は一度も1人で狩りに出た事は無い。
いつも誰かが私の前に居て、私にヘイトが向けば誰かがヘイトを肩代わりしてくる環境で戦ってきた。
『それをやり続けていた奴が、1人になった時に脆すぎるという話だ。』
エルザさんの言葉が、今の私に突き刺さる。
今まで危険な戦いは何度もあった。
戦いの中で私に牙が向く事は何度もあったし、実際に傷付けられて大怪我をした事も何度もある。
そしてそんな戦いを皆で乗り越え、私は強くなった『つもり』でいた。
でも、いざ一人になったら、こんなにも私は脆い。
今まで通りの戦いが通用しなくなったら、私はこんなにも弱かったのかと悲しくなる。
――――――――――
ヴェルファングの攻撃は休まる事を知らず、むしろ今頃に体が温まって来たのか、連撃の速度は徐々に速くなっている。それに対して、私は不慣れな近距離戦という事もあって、急速に体力が奪われていた。
戦闘スタイルの違いもあるだろうが、そもそも生物としての違いが顕著に現れ出し始める。
「痛ッ……!」
避け続けた私の足は限界を迎え、上がらなくなった足に木の根が引っ掛かり、私はその場に倒れ込む。
うつ伏せに倒れた体をすぐに起こし、後ろにいるであろうヴェルファングを確認すること無く走り出そうとするが、そんな時間をヴェルファングが与える筈も無い。
ヴェルファングの凶悪な爪が、私を襲う。
幸い、私の隣に木が立っていた事で、真っ先に爪に当たったのはその木の方だ。
そのおかげで、少しだけ威力が減衰した攻撃が私に降り掛かった。
「――カハッ……!」
木による威力減衰、私の武気による防御をしているとは言え、ヴェルファングの爪は私の武気を容易く切り裂き、皮膚に侵入する。
真っ二つになる事は無かったが、横薙ぎに振られたヴェルファングの腕の進行方向に向かって、私の体は吹っ飛んでいく。
――バキッ、――ゴンッ……!
飛んで行った私の体は近くの木の幹に激突し、その威力を受け止めきる事が出来なかったその木はへし折れ、そのまま次の木の幹に激突した事でようやく止まる事になる。
「ハッ、ハッ、ハッ……。」
(つ、追撃に…備えなきゃ……。)
ヴェルファングの爪は私の皮膚を通過し、私の右腕の筋繊維を切断した事で右腕が上がらない。それでも「急いで立ち上がらなくては」と思い、立ち上がろうとするのだが、逆にそれがいけなかった様で立ち眩みによって視界が揺れる。
(あ、ヤバぃ――――――)
ふらついた瞬間、視界が影に覆われた事で次に起こる事を理解する。
最悪な事態にはならないようにと、私の周りに氷の壁を瞬時に作り出す。
ドーム状になったその壁は、最短、最小限に自身を守るために作った壁だったのだが―――
―――バギンッ!!
ヴェルファングの爪は、いとも容易くその壁を壊して見せる。
この世界で上位に位置する大型モンスターという事もあり、そのパワーは強力だ。
再び私の体はくの字に折れ、視界は天地を行ったり来たりしていた。
ひと仕切り吹っ飛ばされたが、それなりに成長している私は気絶する事は無かった。どうにか立ち上がろうとするが、私の視界は立ち眩みなんてレベルではなく、完全に脳震盪を起こした状態だった。
近くにある木はグネグネに曲がっており、多分ヴェルファングであろう青黒い何かだけは視界に入れようと顔を動かす。
彼らに置いて行かれるのが嫌だからという理由でエルザさんの提案にすぐに乗ったが、ソフィアさんがあそこまで拒否反応を示した理由をこの身で理解した。
こんな相手に対して、魔法使いが1人で相手にして良い訳がなかった。
しかし、後悔してももう遅い。
だから、何とかして切り抜けなければ行けない。
脳震盪から回復する為に少しでも時間を稼ごうと、ヴェルファングであろう青黒い何かに向かって魔法を発動しようとするが、それよりも速く青黒い何かが私の方へ急接近する。
「――くッ、……アァ!!」
生成途中でプランを切り替え、攻撃に使おうと生成していた物を防御に切り換える。
ドーム状にするのは面倒なので、自身の周りに3本の氷の柱を作るイメージをして魔法を発動する。もう力加減とか、魔力残量を気にするという判断が出来ない状態の私は、魔力がごっそり減った感覚で、自身が使った魔法の威力を発動してから理解する。
「あっやばッ……――」
(戦闘中にこんなに魔力を使ったら、皆に被害が―――)
けたたましい轟音と共に、自身の魔力が無くなってから焦って前を見ると、そこには予想とは違う光景が広がっていた。
ヴェルファングと私の間には巨大な氷の柱が3本立っており、その氷は周囲の木を巻き込む形で直立に伸びている。ヴェルファングの体は宙を浮き、どうやら噛み付き攻撃をしていたらしく、突如出現した氷の柱とぶつかった様で口からは血を吹き出していた。
………そして、不意に私の不安が過ぎった「皆に被害」などは無用な心配であり、ここにはヴェルファングと私しか居ないのだと改めて気が付く。
(ああ、そうか―――)
そこでようやく気が付く。
ハンターを初めてから、ずっと誰かと一緒に狩りをしていた事で、無意識に周りを見るようになっていた。周りを見て、周りの迷惑にならないように立ち回り、最小限の攻撃で最大のメリットを生み出す為に裏方に回る。
それが魔法使いの立ち回りであり、後衛の役回りだったから。
でも、今は違う。
魔法を撃って誰かの背中に当たる訳でも、誰かの行動の邪魔になる事も無い。
前衛がおらず、ヘイトを散らしてくれる人がいないというデメリットもあるが、それだけじゃない。
(―――全力、出して良いんだ。)
今までずっと抑えて来た。
いくら魔力が増えて行こうが、攻撃の威力、範囲が広くなろうが、パーティーだとその力を最大限出す事は禁じられていた。
ソフィアさんに魔法を初めて教えて貰った時から、口酸っぱく言われた「人が多い場所での範囲魔法の禁止」。
比較的最近の事だが、何も考えずに魔法の生成と発動が出来る様になった事で、魔法の扱いについてより慎重にするように言われていたのだった。
『短期決戦でやりなさい』
ああ、そうだ。
ソフィアさんはあの時、既に言ってくれてたんだ。
初めから言っていたじゃないか、『全力でやれ』と。
ブレーキばかり気にして、アクセルの事を忘れていた。
「――――――『氷の世界』。」
その時、世界が凍った。
さっきまで緑鮮やかだった視界は白銀の世界に変わる。
梅雨が終わり、夏の暑さが体を温めていたのが、吐く息は白く漂う。
ヴェルファングは何が起こったのかが分からず困惑するが、すぐに私の方を向き直り、再び私に襲い掛かろうとするのだが、強化された氷の柱は大型モンスターであるヴェルファングの攻撃すら受け付けない。
ソフィアさんに教えて貰った、ソフィアさんの最終奥義。
まだ完全に習得したとは言えないが、大体の流れは理解しているので、真似する事くらいは出来る。
意外とこの技はシンプルで、それでいて大雑把な魔法だ。
生成の為の時間を最大限短縮する為にフィールドを作り、あとはそのフィールドの中で魔法を生成し、発動させれば良い。ただ、言うのは簡単だが「やれ」と言われてすぐに出来る人は殆どいないだろう。
そもそも魔力消費量が多すぎるので魔力量がないといけないし、フィールドを作ったからと言ってそれを維持するのは難しい。
それに、このフィールドを維持しながら別の魔法を生成し、的に向かって発動しなければいけない。その流れを高速でやるのだ、普通なら脳がパンクする。
でも、これは全部基礎をしっかりしていれば出来る。
ソフィアさんがなぜ「基礎をしっかりとしろ」と言うかが、この魔法を見せて貰ってようやく分かった。そして基礎を突き詰めて行けば、ここまで昇華出来るのだと教えられる。
「ガァァァァァ………ッ!!!」
そこから先は、一方的だった。
ヴェルファングは四方八方からの攻撃に対応する事が出来ず、強化された氷がヴェルファングの武気を貫通し、皮膚を貫いて赤い血を吸う。
その攻撃が私の物だと理解をしているのか、ヴェルファングは私に向かって爪や牙を立てて来るが届く事はなく、私の目の前で吐血をしながら氷柱に刺される。
これ以上はヤバいと判断したヴェルファングは逃げようとするが、それをしない為にこのフィールドは広範囲に広げられているので、ヴェルファングの足元を一瞬で凍らせる。
その時点で勝てると判断した私は、一瞬でヴェルファングの頭上にヴェルファングと同じくらいの氷柱を作り出し、身動きが出来ないヴェルファングの体に向けて氷柱を発射させる。
――ズンッ……!
鈍い音と共に、巨体が貫かれる。
ヴェルファングの体はすぐに力が抜け、出血した血は水蒸気を立てて地面を広がる。
「勝った……。」
動かなくなったヴェルファングを見て、私はポツリとそう呟いた。
魔法を解いた事で周囲の氷は弾け、夏の空気と混ざった生暖かい風が私の頬を撫でる。
「―――よしッ!!」
出血する右腕を抑えていた左腕を動かし、反射的にガッツポーズをしていた。
Aランクになったという事もあるが、何よりも1人で討伐したという実績が嬉しかった。私は強いと、そう実感できたのが今の私が高揚している理由だろう。
私は今日、一人前のハンターになった。
【 ヴェルファングの討伐 】 【Aランク】 【済】




