第101話 レイナvsヴェルファング(1)
【 ヴェルファングの討伐 】 【Aランク】
―レイナ視点―
『良いレイナ? 魔法使いは魔力が枯渇したらおしまいだから、そうなる前に倒さなきゃいけないわ。』
クエストに出る前、ソフィアさんは私に向けて念入りにその言葉を話していた。
『一発で仕留めるつもりで行きなさい。大型は特に何だけど、チマチマ攻撃しても埒が明かないわ。一発ドカンッと攻撃を当てて、怯んだ所にもう一発ドカンッて当てて終わりにしないと、めちゃくちゃ大変だからね!!』
その助言をしっかりと聞き、この森に入る前から何度もイメージをして短期決戦の準備をしてきた。……のだが―――
「―――駄目だった時は、どうすれば良いんですかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
私は今、絶賛逃亡中です。
――――――――――
私が今いる場所はイクアドスから北西に進んだ所にある森。
『グリムヴェイル』。
この森はソフィアさんの故郷である『イグメンテス』に最短で繋がる道がある森なのだが、凶悪なモンスター達が跋扈する森でもあるため、中継地点としてハンター達が多く滞在する村が存在する。
この森を通らずに『イグメンテス』に行くとなると大変で、この森は山と海に両側が挟まっているので、そのどちらかを通るか、山を迂回して『イグメンテス』に行かなければならない。
しかし、山を通るという選択肢は存在しない。
というのも、あの山は『霧幻山』という名称であり、その名の通りあの山に登ると方向感覚が無くなって遭難してしまうからだ。
そして海という選択肢もあまり選ばれる事はない。
海は今だに陸路ほど安全ではなく、海洋モンスターの生息地だからだ。
陸なら走って逃げられるのだが、海は違う。
一度船を壊されてしまうと、そこからの生存確率はゼロに等しい。
なので現状、一般人で海を使っているのは殆ど存在せず、大体は街同士の役人が交易の為に使っている形だ。
山を迂回するという選択肢が一番安全ではあるのだが、そちらはそちらで問題がある。
それは、とにかく迂回する時間が長いということだ。
『霧幻山』は大きな山で、外周を一周するのに最短で1年は掛かる。
なので殆どの人は、そんな時間を掛けて『イグメンテス』に行くより、危険だろうが最短で行ける『グリムヴェイル』を選択する。
だから、この森の通路はとても大事なのだ。
そして、そんな大事な交易路があるこの森には様々なモンスター達がおり、その内の一匹が今回の討伐対象となる。
なんでも、その討伐対象は商人を襲い、挙げ句の果てには食べてしまったらしく、人間の肉を覚えた討伐対象は、それから何度も人を襲ってしまっているらしい。
そのモンスターの名前は『ヴェルファング』。
情報によるとヴェルファングは猫のような体格をしているが、全体的に筋肉質で太く大きい。
口から飛び出た大きな牙が2本あり、なんでも切り裂けそうな長い爪を前足に持っているのが特徴で、他の大型モンスターの皮膚を容易に貫通する程のパワーを持っているらしい。
体毛は黒に近い青色をしているらしく、背中には2本の黄色いラインが入っているので見分けるのが簡単らしい。
図体の割にスピードは速く、獲物を一度狙い定めると止まる事はない。
攻撃性、凶暴性が共に高く、ズカズカと他のモンスターのテリトリーに入っては喧嘩をし、同じサイズ感の大型にも噛みつく厄介さを持っているので、繁殖期以外の時は基本的に一匹でいる事が多い。
そんなヴェルファングがウトウトと昼寝をしている所に偶然出くわし、チャンスを伺ってソフィアさんの言い付け通り、大きな一発を入れる予定だった。……のだが、流石は野生で生きているだけあり、ヴェルファングは、空気が変わったのを察知して私の攻撃は躱されたのだった。
昼寝を邪魔されたヴェルファングは怒り、その瞬間に私は抹殺対象となった……。
――――――――――
「はっ、はっ、はっ……!」
後ろで唸り声と轟音が聞こえる。
魔法使いとは思えない綺麗なフォームで腿を上げ、魔法使いとは思えないスピードで森を駆ける。
「ガウッ……!!」
後ろで息遣いが聞こえた後、武気で五感を上昇させた私は後ろの状況を音で察知し、左に飛ぶ。
――バツンッ!!
その後すぐ、さっきまで私が居た場所にヴェルファングの爪が振り下ろされ、周囲の木々がいとも簡単にスライスされる。
「ふぅっ、ふぅっ、フゥゥゥゥ……。」
私はその場に立ち止まり、杖を構えながら呼吸を整える。
ヴェルファングも正面を見せた私に警戒したのか、唸り声を上げつつ様子を見ている。
改めて見ると本当に大きい。
大型は20メートルを超えるサイズが普通というが、こんな大きな猫がいる事に驚愕である。
しかし、体格差や牙などの威圧感に負ける訳にはいかない。
私はここで力を証明し、もっと強くならなければいけないのだ。
おじいちゃんが初めてモンスターとまともに戦ったのは大型モンスターである。
そして、なんと初めてにも関わらず討伐に成功。
おじいちゃんの伝説はそこから始まる事になる。
私はおじいちゃんの様な人を守れるハンターになる。
おじいちゃんの様な強いハンターになる。
その為にも、私はこの壁を超えなくてはいけない。
「ハァッ!!!」
私は空中に水の球体を作り出し、こぶし大の大きさを発射した直後に凍らせる事で氷塊を飛ばす。手加減なし、甘えなしの剛速球を飛ばしたのにも関わらず、ヴェルファングはその巨体で軽やかにステップ移動し、私の攻撃を避けて見せる。
「グルルル………ッ!」
さっきまで逃げていた私が反撃してきた事で、ヴェルファングも警戒心を上げてこちらを睨む。
凶暴というには些か冷静な立ち回りを以外に感じるが、強者は油断しないという事なのだろうか。……個人的には体勢を整える時間を与えないような連撃の方が嫌なので助かるが。
「――ガウッ!」
しかし、やはりそんな時間を与えてくれる訳もなく、ヴェルファングは地面を蹴って一瞬で私の前に移動する。
先程は爪での攻撃だったが、今度は顔面ごと突っ込んで来てから、パックリと大きな口を開けてからの噛み付き攻撃だ。
視界一杯に広がるヴェルファングの口。
パーティーである黒翼の狩人が成長して行き、バティル君やアレックス君の成長も相まって、あまりこういう光景は見なくなって久しい。
やはり、こういう場面はいつになっても怖いもので、何かがこちらに向かって攻撃してくる状況、それも殺意を持ってやって来る状況はいつになっても慣れる事はない。
でも、これは何ら恥ずべき感情でもないし、今だにバティル君達が抱えている物だと知っている私は、怖くても目を瞑ること無く正面を見る。
私はヴェルファングの攻撃を、いつも後ろから見ていたバティル君達をイメージしながら、滑らかなステップで横に飛んで回避をする。
「――はぁ!!」
私が避けた事で、空中に噛み付く事になったヴェルファングの顔面に杖を構え、再び氷塊を発射させる。ただ、さっきと違って今度は容赦なく連射し、ヒュンヒュンと風を切る音と共にヴェルファングへ着弾する。
「ガァ……ッ!」
ヴェルファングは、避けた私を追ってこちらに顔を向けようとした所で見えていなかったのだろう。氷塊が何発も顔面に当たり、短い悲鳴を上げた。
(よしッ…! スピードにもついて行けるし、攻撃も当たる。このまま攻撃を続けて……―――)
内心でガッツポーズをしたのも束の間、目の前のヴェルファングの反応を見て、内心で上げていた拳が下がっていく。
「グルルル……ッ!」
あの剛速球をぶつけられたにも関わらず、ヴェルファングの体からは出血も見られないし、体毛から血が滲んで見えることも無かった。
ヴェルファングの反応は「なんか当たった」的な感じで、着弾した頭部をブルブルと振ってすぐにこちらを睨む。
(―――続けて、続けて………どうやって倒せば良いんだ………?)
私の頭の中では、ソフィアさんの「チマチマ攻撃しても意味が無い」という言葉が反復していたのだった。




