父の遺言で婚約した婚約者の従兄妹から「彼を解放してあげて!」と言われたので婚約者に直接聞いてみた【コミカライズ】
ルシルは婚約者のアルバートの従兄妹ジャネットからアルバートを解放して欲しいと言われる。アルバートは剣の師でありルシルの亡き父であるダレンにルシルを頼まれて仕方なく婚約しているのだと……。
しかしアルバートはルシルを溺愛しており……?
アルバートの本心は?分からないなら考えても仕方ないから本人に聞きましょう。
※ご都合貴族物、細かい箇所には目を瞑って楽しんでもらえれば※
読んでくださった皆様のおかげで電子配信でコミカライズしていただきました!
後書きの方に詳細載せております。ご興味あれば。
「お願い! 彼を……アルを解放してあげて!」
薄黄色の瞳を潤ませ、サラサラとしたシルバーアッシュの髪を揺らしながら両手を合わせ懇願してくる女性の言葉をルシルは数秒の沈黙をもって呑み込んだ。
女性はルシルの婚約者であるアルバートの従兄妹であるジャネット。儚げな容姿と明るい溌剌とした性格の対極さが一部男性陣に人気の令嬢である。
「ジャネット様、アルバート様を解放して欲しいとはどういう意味でしょう?」
ルシルは冷静にあくまで穏やかに質問した。質問の内容かその態度か、もしくは両方が気に入らなかったのかジャネットは先ほどよりも大きく声を張る。
「分かっているくせに!! アルはあなたのお父様の頼みで仕方なくあなたと婚約してるのよ!? それも遺言で……あなたのお父様はアルの剣の先生なんだからアルが嫌でも断れるわけないじゃない!!」
ジャネットの叫びにルシルの耳がキンと痛くなるが、それよりも久しぶりの父の喪失による心の痛みが強かった。
確かにジャネットの言う通り、アルバートの剣の師はルシルの父であるダレンだ。王国騎士団で騎士団長を務め、ルシルにとって誰より強く誰より優しい世界一愛していた……一年前に病に倒れ、亡くなった今でもルシルの最愛の父だ。
父を思い出して黙ったルシルにジャネットが畳みかける。
「アルはあなたのお父様から亡くなる前に『ルシルを頼む』って言われたから仕方なく婚約して、あなたの面倒を見てるのよ! でも本心は違う。好きじゃない人と結婚しなきゃいけないなんてアルが可哀想だと思わないの? 本当にアルを思うなら彼を解放してあげて!」
ジャネットの言っているダレンがアルバートにルシルの事をお願いしたのは本当だ。死の間際、アルバートを近くに寄せたダレンの口から「ルシーを頼む」と告げられたのをルシルも聞いていた。父の墓前で泣き崩れるルシルの手を剣だこをたくさん作った手で包みながら真剣な表情でアルバートは言った。
「これからは俺がルシルを守るよ。ずっと、ずーっとだ」
その時のルシルにとってアルバートは父の弟子の中でも歳が近いからよく話すくらいで、例えるなら兄のような存在で慕ってはいたがそこまでしてもらうほどの仲ではないと思っていた。しかし言葉通りアルバートは父を失い悲しみに暮れるルシルを支え、ずっと側にいてくれた。
食事が喉を通らない時は珍しいお菓子や果物を持ってきては一口でも食べれば褒め、眠れない夜が続けば気分転換に散歩に付き合い、毎日ルシルの好きな花を贈った。そして皆がルシルを想って父の話を避ける中、アルバートだけは父の話をたくさんしてくれた。ルシルの知ってる事も知らない事も。大好きな父の話はルシルの心を確かに癒していった。
ルシルが笑えばアルバートも笑った。その笑顔があまりにも綺麗で、優しくて。父が亡くなって一年が経ち、つい先月アルバートとルシルの婚約が成立した時にはルシルにとってアルバートが特別な存在になるのも無理はなかった。
だからルシルにとってアルバートとの婚約は絶対に手離したくないものであるし、ジャネットの言い分に反論したい気持ちもある。
婚約者となってからのアルバートはルシルが立ち直る以前と変わらず……いやそれよりも深く深くルシルを大切に扱った。互いの家の中であればルシルの移動方法は自分の足ではなくアルバートに抱きかかえられてで、二人きりのティータイムでのおやつはアルバートの膝の上で彼の手から食べさせられる。髪に、頬に、瞼に口付けの雨を落とされながら「ルシル、大好きだ……ルシー、ルー愛してるよ」と何度も何度も全身が蕩けそうなほど愛を囁かれる日々。
ハッキリ言おう、溺愛である。
さすがに身内以外の人の目がある場でここまでの事はしないが、それでもアルバートのルシルの扱いは他人から見ても砂糖を吐きそうなほど甘ったるい。常に体のどこかを触れ、数秒でもルシルが視界からいなくなれば必死で探す。昔からアルバートを好きなジャネットだけがその事実を受け入れていないだけだ。
しかしルシルにも少しだけアルバートの本心が気になる理由があった。
アルバートとルシルの婚約が成立してすぐの頃、ルシルが父の墓の元へと行くとアルバートがいた。苦しそうなアルバートの表情に声をかけそびれたルシルの耳に震える彼の声が届く。
「先生ごめんなさい……俺は……ルシルを……っ……本当にごめんなさい……」
途切れ途切れの懺悔にルシルは静かにその場を離れるしか出来なかった。今見たものを信じたくなくて彼女は走った。
アルバートはルシルとの婚約を後悔しているのだろうか? その考えを振り払うように肺が痛くても走り続けなければならなかった。ルシルにはもう大好きな人がいなくなる恐怖に耐えられる自信がない。ジャネットの言う通り、父の遺言でアルバートを縛り付けるつもりだった。卑怯な自分は気高い父の娘ではなくなってしまったと、その夜ルシルは父が亡くなった日よりも泣いて泣いて泣き崩れた。
しかし現実はアルバートはルシルを溺愛している。あれが演技だとすればアルバートは稀代の役者として世界に名を轟かせるだろうが、そこまでする必要はないはずだ。例え恩師の娘とは言え最低限大事にするなら分かるが、あんなに愛を囁くものだろうか?
ルシルは懐中時計を取り出す。もうすぐアルバートがやって来る時間だ。
「本人に聞くのが一番だわ」
涙は彼女を強くした。もしジャネットの言う事が本当だったならアルバートを解放しよう。そしてどこか遠くの地でアルバートからの溺愛の思い出を胸に抱いて、彼の幸せを願いながら一人で死のうと。
「いや、本当にそんな事実はない。嫌だ、嫌だルシル、ルー、るしー、ごめん。ごめん、何でもするから俺から離れないで、いなくならないで。やだ、無理だ、嫌だ」
「あの、アルバート様……」
「やだよ、ルーは俺のなのに。やっと許してもらえたのに。ルー、ルシー……好きなんだよ、大好きで大好きで、君がいないと俺は息も出来ないのに。ごめん、俺が卑怯だったから、君に相応しくないから、でも好きなんだ。君を諦められない……」
「アルバート様、その……苦しい……です」
「ルー、ごめんね、ルーがどうしても俺から離れたいって言うなら、少しね、ちょっとだけ不自由させちゃうかもだけど、大丈夫だから、痛くしないしね……」
「ぅ……アル様……」
「ッ! ……あ、ご、ごめん! ルシー、大丈夫?」
ぎゅうぎゅうと強い締め付けが緩まり、やっとの思いでルシルは呼吸を整えられた。青くなりかけた顔色に赤みが戻る。アルバートにあの墓前での彼の懺悔を聞いていた事、本当は婚約に後悔があるのではと尋ねた途端にアルバートの腕の中に閉じ込められてしまった。
見た目だけは落ち着きを取り戻し始めたアルバートに改めて、それでいて幼子に優しく言い聞かせるような口調でもう一度同じ質問をルシルがすれば力だけ少し抜き、腕の拘束はそのままアルバートは真実を語り始めた。
「ルシル、俺は本当は君の婚約者として相応しくない男なんだ。俺は君を初めて見た時から好きで、好きで、大好きで……君との結婚を認めてもらうためにダレン先生に何度も勝負を挑んだんだ」
「えっ?」
「ルシルが知らないのも無理はないよ。毎回ボッコボコにされてたから……ダレン先生がルシルにそんなの見せられないからっていつも稽古が終わった後に一騎打ちさせてもらってたんだよ」
「そうだったんですね」
ルシルの記憶にある父はいつも優しいものばかりで、思い返してみれば稽古場を見に行くのはいつも休憩中だけだった。
「ダレン先生はルシルに怖がられたり嫌われたりするのを何より恐れてたからね。俺もその気持ちは分かる。話を戻すと俺は先生が生きている間に一度も勝てなかった。先生が病に倒れて苦しんでるのが悲しくて辛いのに……俺はこのままじゃルシルとの結婚が許されないって考えてたんだ。最低なんだよ、俺は」
「そ、そんな事……」
「更に最低なのは先生が死の間際、俺に『ルシーを頼む』って言った時……死に行く先生を前に俺は、俺の心は悲しみより歓喜に震えてたんだ。やっと認めてもらえた、許してもらえたってね」
「……」
「ルシルが先生の墓の前で俺を見た時……俺は先生がルシルを任せていいと思えるような男じゃないって謝罪していたんだ。俺は先生とルシルの二人を騙していたんだよ。本当にごめん……謝って許されるわけじゃないのは分かってる。でも、でもダメだ……もう俺はルシルを離せない」
緩んだはずのアルバートの拘束がまた強くなる。言葉で、行動で伝わってくるのはルシルを離すつもりが本気でない事。きっと彼はどこかへ閉じ込めてでもルシルを離さないだろう。
ルシルは後悔していた。そのつもりじゃなかったとはいえアルバートから自分を取り上げようなど、なんと酷い事をしようとしたのか。
アルバートの頬を両手包み、視線を交わらせる。
「アルバート様、アル様……アル、私も大好きよ」
ルシルからアルバートへの初めてのキス……それも唇を重ね合わせるもの。押し当てたという方が正しいような幼稚なものだったが、頭の奥が痺れるほど甘美に肩が震えた。
これで少しは自分の謝意が伝わればと離れていこうとするルシルの頭をアルバートの手が捕まえる。少し開いた唇の隙間からぬるっと生温かいものが入ってきた事までは理解出来たが、ルシルはその後の記憶について朧気にしか覚えていない。気がついた時にはベッドの上で、しばらくアルバートにルシルへの接触禁止令が出た事を母からいい笑顔で伝えられた。
ジャネットは新調した真紅のドレスに身を包んで夜会に参加していた。ドレスの色はアルバートの瞳を意識した物で、早く彼に見せたくて堪らないと彼女の視線は想い人を探す。アルバートの後ろ姿を発見したジャネットは彼の側に走り寄ろうとした。アルバートとの距離が近づいて声が聞こえる距離になった所で足が止まる。
アルバートはルシルと並んで友人達と談笑していた。アルバートとルシルはお互いの色を入れた揃いの衣装を纏っている。ルシルの緩いウェーブのかかった淡いブロンドにアルバートの瞳の色を思わせるルビーを大胆にあしらったバレッタが輝いている。アルバートのカフスはルシルの瞳の色によく似たエメラルドで、上品でありながらその存在感は強く目立っていた。互いに互いの色が目立ち、互いの色が綺麗に交わっている姿に割り込む隙間など無いと言われているようでジャネットは途端に自分のドレスの色がくすんだ錯覚を起こす。それでも負けていられないと、拗らせた片思いを原動力にアルバートへと近づく。自分が声をかけて腕に触れればアルバートだって喜ぶと自信を持っていた。
「ねぇ、アル……」
手が届く前にアルバートが振り返る。ジャネットを視界に入れた瞬間に冷えきった瞳にジャネットの上げかけた口角が不自然な位置で止まった。ぎこちない笑顔のジャネットに鋭い声でアルバートは簡潔に述べる。
「ジャネット・ベタンクール嬢、再三伝えているが俺を愛称で呼ぶ許可は君に出していない。家格差があっても今まで従兄妹だからと気を遣っていたがハッキリ言おう。声をかけられるのも迷惑だ。……まぁ、もう今夜で君の顔を見ないで済むからな。最後の夜会をせいぜい楽しんだらいい」
「え? えっ? アル、っ、ばーとさま、その、それってどういう? って言うか何でまだルシル……ひィっ!……る、ルシル様、と一緒にいるの?」
ジャネットの言葉にアルバートは短く乾いた笑いで応えた。
「ははっ、本当は分かっているくせに……」
青ざめ、ガクガクと震えるジャネットを無視してアルバートはルシルを自身の胸へと抱き寄せる。ジャネットを視界に入れないように、ジャネットの声を聞かせないように。ルシルが万が一にでも罪悪感など抱かないように。
ルシルはジャネットの事をアルバートに話していない。ただジャネットがルシルに敵意を持っていた為、どちらにせよ近いうちに処分するつもりだった。今回の件でその処分方法が最初の予定から多少変わったが。アルバートは近くの給仕へと声をかけ、体調不良を起こしたジャネットを夜会から退出させた。
もう既にジャネットの家への抗議は済ませている。家へ帰ったジャネットは二度とアルバートとルシルの前に現れないだろう。その名を聞くことも永遠にない。ルシルへはジャネットがこの夜会後に遠くへ行く予定だと事前に話しておいた。別に友人でもなんでもないからそれだけ言えば十分だった。
ジャネットだって分かっていたはずだ。アルバートの心がルシルだけにしか向いていない事を。それなのにあんな馬鹿な事をするから……だからアルバートは解放してやった。いつまでもアルバートを諦めない恋心から、ルシルへの醜い嫉妬心から。最後に一つだけ感謝するなら、彼女のおかげでルシルの可愛いキスを貰えた事か。
もう終わった事は早々に思考から追い出して、アルバートは腕の中の最愛を抱きしめる。離さないよう、逃がさないよう。
「ルシル、ルシー……ルー、愛してる」
「ふふ、私も愛してるわ。アル」
想いを伝え合う仲睦まじい婚約者達を周囲は微笑ましげに見つめていた。
コミカライズしていただきました!
春名ソマリ様の超絶画力により小説よりも糖度増し増しなので、興味あればぜひぜひ読んでください!
【タイトル】
溺れるくらい愛されてます!令嬢がハッピーエンドに至るまで♡アンソロジーコミック 1巻
【配信サイト/配信日】
コミックシーモア 合冊版/単話版 同時配信 2025/4/25
他サイト 1ヵ月遅れで配信予定
【特典】
各作品のキャラデザです。
シーモアにて先行する兼ね合いで、コミックシーモア合冊版のみつきます。
合冊版:https://www.cmoa.jp/title/320101/vol/1/
単話版:https://www.cmoa.jp/title/320103/vol/1/