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「ヒッ、ヒッ、ヒッ」
「フィニ、落ち着いて」
アランは必死にフィニを支えながら、吸って〜吐いて〜と介抱している。リューカが魔王を名乗って以来、フィニはしばらくこの様子だ。憧れのリッたん(本物)に出会ってしまった事実と、それが同時に自分が相反するべき魔王であるという事実。色々と受け止めきれないらしい。
リューカはリンドに氷よりも冷たい視線を送る。
「リンド、おぬし、分かっておろうな?」
「はい、これは私の個人的なわがままです。お聞き入れくださるリリ様の寛大さに感謝いたします」
「分かったらまずはそのなんとかという二次創作を回収せよ。一冊残らずだ!」
それはちょっと……とこの後に及んで渋る側近の優男を、リューカは強い殺意と共に睨みつけた。
「リリィ様、魔王、だったんですね……」
戸惑う声はアランのものだ。リューカはそちらを見やり、尊大な態度で告げる。
「そうだ。わらわは魔王リューカ・ウェディエム・バラガス。リューカ様と呼ぶ許可を与える」
「あ、ありがとうございます……リンドさんはなんで「リリ様」なんですか?」
「呼びやすいですし。あと可愛らしい響きが我が君にぴったりですので」
リューカはその敬意のかけらもない発言を聞き流すことにした。
「聖女フィニ。そなたは立ち上がる気概のある女か」
名指しされ、フィニはなんとか持ち直す。その顔には高揚と困惑の両方が浮かんでおり、まだリューカを本物のリッたん及び魔王とは信じきれない様子だ。
「はあ、はあ、り、リッたん……」
「リューカ様と呼べ」
「ああっ、リアルリッたんが魔王口調で私に、私に話しかけてるううう」
話にならない。
リューカはリンドに苛立ちのこもった視線を投げかける。リンドは視線の意味を正しく理解し、苦笑いしながらフィニに話しかけた。
「フィニさん。こちらにおられるこの方は正真正銘の魔王様です。あなたとアランが立ち上がるならば、リリ様がお力添えをしてくださいます」
「私と……アラン?」
フィニは横に座る小柄な少年をみる。金髪に翠玉の瞳、身なりは綺麗だが、所詮はただの少年だ。
だがアランの方はすでに心を決めているようだった。
「フィニ、僕は昨日、リューカ様の力を見た。この人は本物だよ。それに、とても強い力を持つ人だ」
「人ではなく、魔王です」
どうでもいいことをぴしゃりとリンドが訂正する。彼なりにこだわりがあるらしい。
「僕は、リューカ様が力を貸してくれるというなら、立ちたい。そうしないと前へ進めないから。聖女のフィニが一緒に来てくれたら心強いと思う」
会ったばかりでいうのも変だけど……と小さく付け足すあたりが年相応の少年らしい。その初々しさを、しかしリューカは面倒そうに見ている。
自分に立ち向かうのでなければ勇者などどうでもいい。リューカにとっては、ただリンドが言外に彼らを手伝えというからそうするだけのことだ。
「早く決めろ。そうでなくばわらわは魔界へ帰る」
「そ、そんな急に言われたって」
「早く」
「リューカ様、フィニにも考える時間を……」
「はーやーく」
さっさと終わらせたいという気持ちを隠しもしないリューカ。リンドはその横でニコニコ笑っている。
対照的な態度の魔王とその側近をフィニはしばし眺め、十分に間をおいて考えてから、頷いた。
「おばあさまが言ってた。聖女の役目は待ってくれないって。その時は急にくるんだ、って……今が、その時なんだと思う」
フィニの瞳にくすぶっていた怒りの炎が燃え上がる。アランとフィニは互いを見て、それから改めて魔王リューカを見た。
「リューカ様、力を貸してください。私たち、王を討ちます」
リューカは目を細め、口元を歪めるとニタリと笑った。
「では、行くか」
「えっ今からですか!?私このあと仲間うちの集まりが」
「うるさい、そんなものは本日付で解散!解散だ!」
「リンドさん、僕、覇気でるでしょうか」
「さあ〜出そうと思ったらなんかでるんじゃないですかねえ〜」
そうして大層ゆるい雰囲気の中、一行は国王を倒すべくカフェを出発するのであった。