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 それから色々あった。


 端的に言うとアランは頬をひっぱたかれた。しかし慌ててとりなしたリンドと、あとは彼女が大ファンであるという「リッたん」そっくりのリューカが必死に繰り出した引きつった微笑みで、なんとか丸く収まったのである。


 そしてリンドの口から三人が聖女を探している旨を聞くと、フィニと名乗った女は一度きょとんとしてから、なんでもないことのように言った。


「私、聖女です」


 それはどうやら隠された事実でもなんでもなく、教会とそれに属する人間たちの中では周知のことらしい。


「なんていうか、聖女の家系みたいなものなんですよね。だから一族で女の子が生まれると自動的に聖女認定で。でももうここ最近魔王とかないじゃないですか。だから何ってこともないんですよね、本当に」


 魔王リューカはそれを真っ向から聞きながら首を傾げていた。魔王ここにいるのに、と。


 四人は教会近くのカフェでテーブルを囲んでいる。聖女フィニはこのあと大事な「同好の集い」があるらしいが、それまでの時間であればとこのカフェを案内したのだ。


 フィニは、紅茶のカップを傾けながら続ける。


「なんなら魔王よりもこの国は国王の方が問題ですよね。好き勝手やりたい放題って感じ。もう長年そうですけど、ここ数年は特にひどいですもん」

「ひどいって……どんな風にですか?」


 アランが遠慮がちに聞く。様々な説明によりアランが常識知らずの変態野郎であるというフィニの誤解は解けたようだったが、負い目があるらしい。

 だがフィニはさっぱりした性格なのか、先ほどの出来事を気にしないかのように気安く答える。


「知らないの?あなたこの国の人でしょう?」

「そうなんですけど、田舎の農村の出身で……」

「そこまでは噂も届いてないのかもね。ひどいものよ。なんだか怪しげな祈祷にハマってて、最近は国中の女という女を城に集めてその生贄に捧げてるって噂」

「生贄……」


 リューカはピンときた。突如焼き滅ぼされたアランの村。見つかった父の遺体と、何一つ見当たらなかったアランの母と妹の痕跡。


(なるほど、国王か。人間というのは興味深いものだな)


 リューカはひと口、ケーキを口に運ぶ。クリームの甘さが脳を癒す。一瞬リューカはその甘さだけに心を奪われ、話の続きを聞いていなかった。


「村を焼かれた……って、本当にそれ魔物の仕業なの?」


 フィニの言葉でハッと我にかえる。話がよくない方向に向かっている。


「どういう意味?」

「そのままの意味よ。魔物からの大規模な被害なんてもう長いこと聞いてないわ。聖女の家系はずっと魔物と境界の動向を追ってるけど、もう何十年もそんなことはないのよ」

「じゃあ、僕の村を焼いたのは……」

「……あなたには悪いけど、さっき言ったでしょう?国王の仕業なんじゃないかって私は思う」


 いや魔物だ、とリューカは叫ぼうとしたが、その口をリンドに塞がれる。不敬にもほどがある。


「最近この王都でも、国王が出資して集めた傭兵たちが幅をきかせてる。国王はその傭兵たちをそれに使ってるってみんな言ってるわ」

「それ、って……」

「農村部から人身御供を集めてる、それよ」


 アランは黙った。これまで魔物だけを一心に憎んできた少年が、ここへきて仇の存在が別にある可能性に思い至ったのだろう。


(それでは困る。魔王はどうした!?)


 ここまでの話でリューカがひしひしと感じたのは、人間界において魔王は人間に危害を与える脅威ではなく、二次元消費される対象でしかないものに成り下がっている事実だ。


「魔界に対するイメージ向上、効果がありましたでしょう?」


 リンドがリューカの耳元で小さく囁くので、リューカは元凶の腿をつねった。強く。


「……国王に対して、抗議しようという人たちはいないの」

「いるわよ、何人もいた。でも今の国王はもうだめよ、祈祷師の言いなりなの。それで何人も、絞首刑にされた」


 フィニはそういって、テーブルに目を落とし、ぎゅっと握った自身の手を見つめている。その様子から、彼女もまた現状をよしとしているわけではないことがありありと分かった。聖女としての責任感であろうか。淡々と説明をしながらも、フィニの瞳にはずっと静かな怒りがくすぶっている。


「……反旗を翻せば良いではないですか」


 口を挟んだのは、リンドだ。リューカは視線で止めろと訴えるが、黒髪の側近は見ないふりを決め込む。


「腐敗した国政など放っておいても潰れるでしょうが、それでは納得がいかない者も多いでしょう。誰かが反乱軍として立ち上がり、国王を倒してしまえばいい」

「……簡単に言いますけど、でも万が一倒せたとして、それからどうするんです?」


 現実的なフィニの問いに、リンドは薄く笑った。


「王などなくとも国は回ります。国とはその冠をいただく個人ではなく、住まう人々のことですよ」


 リューカは嫌な予感がした。リンドの足を小突くが、男はやめない。


「こうして影で囁きあったとして何が変わるというのです。変化を起こす誰かを待っている、この瞬間にも尊い命がまた失われていることでしょう。私たちが無為に過ごしたこの時間に、また、誰かが死ぬ」


 リューカの黒い瞳がフィニとアランを見据える。まるで挑むかのように。


「立ち上がり、自身の足で歩け、と私の崇拝するお方ならおっしゃるでしょう」


 ね、リリ様、と話をふられ、リューカはため息をついた。


 どうやら勇者をつくる計画はここで失敗に終わるらしい。リューカは寛大で、配下の言葉を真摯に受け止める王である。それに、実のところリューカはリンド自身の「願い」に甘い。まんまと彼を魔物もどきにしているのがいい例である。


 アランとフィニは話の行き着く先を計りかねているようだった。愚鈍な、しかし興味深い人間たち。こうして知り合ったのも何かの縁だろう。


「わらわが力を貸してやる。人間よ、なにを乞う」


 リューカは魔王そのものの表情で、厳かに問うた。


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