7
「リンド、教会へ行くぞ」
「……どうしてまた……」
「聖女だ。聖女を探すのだ」
夜を越え、リューカは再び閃いたのだ。勇者といえば聖女である。聖女を探し、アランにあてがうのがよい、と。
「リリ様」
「みなまでいうな。わらわはやはり冴えておると昨日のアレで確信した。聖女をあてがい、そして仕上げに魔王らしい威厳と魔力を見せつけて終いだ」
完璧だ、とリューカは満足げな魔王の笑みを浮かべる。リンドは胡乱な目つきを鏡ごしのリューカに投げかけた。今は朝の支度をしているところで、男は主人の美しい黒髪を結っているのである。
「……魔王らしい威厳と魔力とは、具体的に」
「む……王城を破壊するとかだ」
「なるほど、確かにそれは魔王らしいですが……リリ様」
「なんだ」
リンドの手が一度止まる。怪訝に思ったリューカが鏡に映るリンドに目をやると、男は真顔でこちらを見つめている。
「なぜ、勇者が必要なのです」
リューカは片眉をあげた。それから目を細め、美しく笑ってみせる。
「わらわが魔王だからだ」
ーーー
教会というものをリューカは初めて見た。読んでいる小説にはしばしば出てくることがあったが、想像していたものと実物はまた異なるものである。リューカにとっては敵本陣のようなものだったが、思っていた以上になんともなかった。
「アラン」
「はい!リリィ様」
アランは昨晩のリンドとの会話から何をどうとったのか、今日は朝からやる気満々といった風だ。昨日初めて会ったときの惨めな雰囲気はなりを潜め、気合いに満ちた若い従者のオーラに満ちている。
あのまま闇墜ちしなくてよかった、とリューカは思った。それでは色々台無しである。
「ここに入って」
リューカは教会の入り口を指差した。
「教会の中ですか?」
「うん。聖女捕まえてきて」
え、とアランは固まる。まじまじとリューカの顔を見るが、その表情から主人がいたって真面目に言っていることを悟る。
「せ、聖女ですか」
「うん。早く」
「聖女って、どんな人なんでしょうか」
「知らない。早く」
「リリ様、リリ様、無理があります」
見かねたリンドが助け舟をだす。
「もう少し具体的に。探し人の特徴を知らなければアランも探しようがありません」
リューカは露骨に面倒くさそうな顔をしたが、渋々といった様子で考える。
「若い女」
「若い女……」
「あと……生娘」
「きむすめ」
アランには復唱することしかできない。リンドが小さく、処女ってことですねえと補足したが、その補足はアランを余計混乱させた。
根が真面目でやる気に満ちた少年は、それでもなんとか主人の命令を遂行しようと重ねて尋ねる。
「その、それは、どうやって確認したらいいんでしょうか」
「本人に聞けばいい」
全然良くない。さすがのアランもそう思った。
聖女捜索は早速暗礁に乗り上げるかと思われた、そのとき、
「ひ、ひぃああああああ」
盛大な悲鳴が轟き、三人は声の出どころを見た。
今しがた教会から出てきたのであろう、三人の正面から現れたのは、年若い修道女見習い。露骨にリューカを指差し、驚愕の表情で固まっている。
(魔王だと分かったのか?)
リューカは即座に思った。聖女ならばその程度できてもおかしくはない。早速聖女候補発見かと思われた、しかし、
「り、リッたん……!?」
「はあ?」
「ロリ魔王少女リッたん!?」
女の口から続いた聞き覚えのある嫌なフレーズに、リューカは一瞬にして半眼になる。そのままリンドを見やれば、あ〜、と生ぬるい顔をしていた。やっぱり燃やそうかな、とリューカは思った。
そうしている間に女は足早に三人、正しくはリューカの元へ近づくと、勢いよくその手をとる。
「ーーーっ」
一瞬、静電気のような痛みが走り、リューカは眉を潜めた。その様子を瞬時に見て取ったリンドが疾風のごとく女とリューカの間に入り、女の手を払いのける。
それから、取り繕うように柔和に笑った。
「……どなた様でしょう?ご用件がおありでしたら私が伺いますが」
「あっ、ごめんなさい!あの、彼女があまりにも私のイメージしてたリッたんそのもので……!信じられない、本物のリッたんみたい!」
本物である。
「やだ、嘘、こんなことってある!?ごめんなさい、驚かれましたよね。あの、私が大好きなロリ魔王少女リッたんっていう小説に、あなたそっくりの女の子が出てくるものだから……あ、でもリッたんは目が赤いんです!破瓜の血のような赤!」
「はかのち」
「アラン、覚えなくていいんですよ」
リンドが優しくアランを諭す。リューカはリンドの脛を後ろから蹴り上げた。
女は三者三様の反応を一切気にしない様子で続ける。
「リッたんはいま王都でその筋に大流行りなんです!リッたんがロリな見た目でありながら偉大な魔王として君臨し、部下たちを守るべくその身を男たちに捧げる様なんて涎物で」
リューカはもう一度リンドを蹴る。リンドはさすがに罪悪感があるのか、甘んじてその痛みを受け止めた。
「あなた、よかったら読書会に来られませんか!?同好の士の集まりなんですけど、あなたがきたらみんなきっと驚くわ!」
絶対嫌だ、リューカは思った。
しかし気を取り直して考える。先ほど指先に走った痛み、あれは聖なる力ではないだろうか。
(思ったのと大きく違うが、この女、聖女に違いない)
リューカは面倒ごとが嫌いなので、即座に断定した。違ったとして聖女にしてしまえばいい、そんな王らしい傲慢さも発揮した。
そうと決まればこの女をアランにあてがえばいい。そこまで考えてからリューカは気づく。あてがうとは実際どうすれば良いのだろうか。
(アランが勇者として魔王に立ち向かうきっかけ、その横を固める仲間……仲間とはなんだ)
根本的な疑問にまでぶつかる。リューカは率直に困った。
「あの……」
そこで、それまで勢いに押され黙っていたアランが口を開く。その目はじっと目の前の女に注がれているようだった。そして、彼は聞いた。
「あなたは処女ですか!?」
確かにアランは勇者であった。