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「リンド、教会へ行くぞ」

「……どうしてまた……」

「聖女だ。聖女を探すのだ」


 夜を越え、リューカは再び閃いたのだ。勇者といえば聖女である。聖女を探し、アランにあてがうのがよい、と。


「リリ様」

「みなまでいうな。わらわはやはり冴えておると昨日のアレで確信した。聖女をあてがい、そして仕上げに魔王らしい威厳と魔力を見せつけて終いだ」


 完璧だ、とリューカは満足げな魔王の笑みを浮かべる。リンドは胡乱な目つきを鏡ごしのリューカに投げかけた。今は朝の支度をしているところで、男は主人の美しい黒髪を結っているのである。


「……魔王らしい威厳と魔力とは、具体的に」

「む……王城を破壊するとかだ」

「なるほど、確かにそれは魔王らしいですが……リリ様」

「なんだ」


 リンドの手が一度止まる。怪訝に思ったリューカが鏡に映るリンドに目をやると、男は真顔でこちらを見つめている。


「なぜ、勇者が必要なのです」


 リューカは片眉をあげた。それから目を細め、美しく笑ってみせる。


「わらわが魔王だからだ」


ーーー


 教会というものをリューカは初めて見た。読んでいる小説にはしばしば出てくることがあったが、想像していたものと実物はまた異なるものである。リューカにとっては敵本陣のようなものだったが、思っていた以上になんともなかった。


「アラン」

「はい!リリィ様」


 アランは昨晩のリンドとの会話から何をどうとったのか、今日は朝からやる気満々といった風だ。昨日初めて会ったときの惨めな雰囲気はなりを潜め、気合いに満ちた若い従者のオーラに満ちている。

 あのまま闇墜ちしなくてよかった、とリューカは思った。それでは色々台無しである。


「ここに入って」


 リューカは教会の入り口を指差した。


「教会の中ですか?」

「うん。聖女捕まえてきて」


 え、とアランは固まる。まじまじとリューカの顔を見るが、その表情から主人がいたって真面目に言っていることを悟る。


「せ、聖女ですか」

「うん。早く」

「聖女って、どんな人なんでしょうか」

「知らない。早く」

「リリ様、リリ様、無理があります」


 見かねたリンドが助け舟をだす。


「もう少し具体的に。探し人の特徴を知らなければアランも探しようがありません」


 リューカは露骨に面倒くさそうな顔をしたが、渋々といった様子で考える。


「若い女」

「若い女……」

「あと……生娘」

「きむすめ」


 アランには復唱することしかできない。リンドが小さく、処女ってことですねえと補足したが、その補足はアランを余計混乱させた。


 根が真面目でやる気に満ちた少年は、それでもなんとか主人の命令を遂行しようと重ねて尋ねる。


「その、それは、どうやって確認したらいいんでしょうか」

「本人に聞けばいい」


 全然良くない。さすがのアランもそう思った。


 聖女捜索は早速暗礁に乗り上げるかと思われた、そのとき、


「ひ、ひぃああああああ」


 盛大な悲鳴が轟き、三人は声の出どころを見た。


 今しがた教会から出てきたのであろう、三人の正面から現れたのは、年若い修道女見習い。露骨にリューカを指差し、驚愕の表情で固まっている。


(魔王だと分かったのか?)


 リューカは即座に思った。聖女ならばその程度できてもおかしくはない。早速聖女候補発見かと思われた、しかし、


「り、リッたん……!?」

「はあ?」

「ロリ魔王少女リッたん!?」


 女の口から続いた聞き覚えのある嫌なフレーズに、リューカは一瞬にして半眼になる。そのままリンドを見やれば、あ〜、と生ぬるい顔をしていた。やっぱり燃やそうかな、とリューカは思った。


 そうしている間に女は足早に三人、正しくはリューカの元へ近づくと、勢いよくその手をとる。


「ーーーっ」


 一瞬、静電気のような痛みが走り、リューカは眉を潜めた。その様子を瞬時に見て取ったリンドが疾風のごとく女とリューカの間に入り、女の手を払いのける。


 それから、取り繕うように柔和に笑った。


「……どなた様でしょう?ご用件がおありでしたら私が伺いますが」

「あっ、ごめんなさい!あの、彼女があまりにも私のイメージしてたリッたんそのもので……!信じられない、本物のリッたんみたい!」


 本物である。


「やだ、嘘、こんなことってある!?ごめんなさい、驚かれましたよね。あの、私が大好きなロリ魔王少女リッたんっていう小説に、あなたそっくりの女の子が出てくるものだから……あ、でもリッたんは目が赤いんです!破瓜の血のような赤!」

「はかのち」

「アラン、覚えなくていいんですよ」


 リンドが優しくアランを諭す。リューカはリンドの脛を後ろから蹴り上げた。

 女は三者三様の反応を一切気にしない様子で続ける。


「リッたんはいま王都でその筋に大流行りなんです!リッたんがロリな見た目でありながら偉大な魔王として君臨し、部下たちを守るべくその身を男たちに捧げる様なんて涎物で」


 リューカはもう一度リンドを蹴る。リンドはさすがに罪悪感があるのか、甘んじてその痛みを受け止めた。


「あなた、よかったら読書会に来られませんか!?同好の士の集まりなんですけど、あなたがきたらみんなきっと驚くわ!」


 絶対嫌だ、リューカは思った。


 しかし気を取り直して考える。先ほど指先に走った痛み、あれは聖なる力ではないだろうか。


(思ったのと大きく違うが、この女、聖女に違いない)


 リューカは面倒ごとが嫌いなので、即座に断定した。違ったとして聖女にしてしまえばいい、そんな王らしい傲慢さも発揮した。

 そうと決まればこの女をアランにあてがえばいい。そこまで考えてからリューカは気づく。あてがうとは実際どうすれば良いのだろうか。


(アランが勇者として魔王に立ち向かうきっかけ、その横を固める仲間……仲間とはなんだ)


 根本的な疑問にまでぶつかる。リューカは率直に困った。


「あの……」


 そこで、それまで勢いに押され黙っていたアランが口を開く。その目はじっと目の前の女に注がれているようだった。そして、彼は聞いた。


「あなたは処女ですか!?」


 確かにアランは勇者であった。

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