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 夜。リンドは静かに扉を閉めると、一度ため息をついた。アランを保護(リューカは捕獲と言ったが)してしまった手前、一人にするわけにもいかない。それで仕方なく貴人向けの高級宿をとったが、当然リンドはリューカにそこで一晩を過ごさせるつもりはなかった。過ごしている風に見せかけて、魔界に帰れば良い。

 ところがリューカはそれを拒否し、ここに残ると言って聞かない。激しい攻防戦ののち、結局リンドが折れた。主人には逆らえない、側近の悲しいさだめである。


 そういうわけで結局リンドはリューカの寝支度を整え、髪をくしけずり、主人の部屋から出たところだ。


(ああ、嫌だ)


 リンドは、リューカに人間界に降りてほしくなかった。自分自身とて、こんな場所には長居をしたくない。魔界に帰りたい。あの、居心地の良い魔王城でリューカと二人だけの時間を過ごせればそれでいい。


「あの……リンドさん」


 声をかけられ振り向けば、心細そうに立ちすくむアランの姿がある。リンドは柔らかに微笑みかけた。


「アラン、どうしました?」

「いえ、その……リンドさんとお話をしたくて」

「構いませんよ。ではあなたの部屋で」


 アランには個人部屋をあてがった。もともとその階の全ての部屋を借り上げたので、特段問題はない。だがアランは恐縮しきり、こんな豪勢な部屋に泊まるのは初めてだ、と落ち着かない様子であった。


 二人はアランの部屋で、テーブルを挟み向かい合って座る。


「あの……色々、聞きたいことがあって」

「ええ、どうぞ」


 リンドはおおよそ魔物らしい魔力を持たないが、もともと会話は得意なほうだ。人間の心理を探るのも、それを操作するのも。相手がアランのような純朴な少年ともなれば、何を言われても聞かれても、うまく躱せる自信がある。


「その……リリィ様って本当に人間ですか?」


 リンドは瞬時に前言撤回したくなった。


 微笑んだまま固まったリンドに何を勘違いしたか、アランは慌てて言い直す。


「あの、変な意味じゃないんですけど、あの人、すごく変わってるなって。あんな人、会ったことないから……」

「最初からそっちを言いましょうねえ」

「え、あ、はいすみません」


 他意はなかったらしい。嫌な汗をかいた、とリンドは息をつく。


「どこが変わっていると思ったんです?」

「え、えーっと、話し方とかもそうなんですけど……でもあの、あれ、あの時」


 アランは一度言葉をきり、生唾を吞み込むと、意を決したようにリンドをまっすぐ見つめる。


「あの男たちを吹き飛ばしたの、リリィ様じゃないですか?」


(ほう)


 リンドは内心驚いた。まさか気づくとは思わなかったからだ。


「……なぜそう思うんですか?」


 リンドの漆黒の瞳が冷たい光を帯びたのに気づいてか気づかずか、アランは俯く。


「いえ、その……俺のこぶし、当たってないんです。でもあの人たちが吹き飛んだ。それでその時、一瞬なんですけど、リリィ様の目が赤く光ったような気がしたんです」


 魔力を発動しようと、琥珀色に変化させたリューカの瞳は赤に戻ったりはしない。けれどアランがそれを見たというならば、彼にはおそらく、何かしらの素質があるのだろう。


(例えば、勇者の素質、とか?)


 リンドは自分の思考をおくびにも出さず、少し困ったように笑ってみせる。


「そうですか。私にはリリ様がそのようなお力をお持ちかどうかわかりませんが、お持ちだったとして驚きはしません」

「え?」

「あのお方は特別な方ですから」


 本心だ。この世に唯一無二の特別な存在。特にリンドにとっては替えのきかない、ただ一人の主人。リンドは世にも幸福そうな微笑みを浮かべた。

 そして続ける。


「それとも、特別なのはあなたかもしれません」

「俺……ですか?」

「ええ。あなたの力、強い思いが男たちを吹き飛ばしたのかもしれません。覇気とでも言いましょうか、世の中には不思議なものが多くありますからね」

「俺が……」


(あなたが。本当に勇者の素質を備えた少年だとしたら)


 自分の手のひらをじっと見つめる金髪の少年を、リンドは冷めた目で見つめる。


 本当に「そう」だとしたら、リンドは迷わずアランを消すだろう。彼の唯一、至高の紅玉が濁るところなど想像もできないが、たとえどれほど小さな可能性の芽であろうとも、リンドはそれを摘み取る。


 アランはその種だ。まずは芽吹かせて確かめなければ。


(元はと言えば、リリ様が勇者をつくるなどと言い出さなければこんなことには……)


 飽きっぽく思い込み激しく、また唐突なアイデアで動く主人を思い、リンドは小さくため息をつく。

 あの時、なんとか別のものに興味を移すよう仕向けるべきだった。だがまさかこんなにも都合よく勇者候補未満が見つかり、その上その少年が本当に勇者候補である可能性など、さすがのリンドも考えもしなかったのである。


『魔王あるところに勇者あり、世の必然であろうが』


 リューカの言葉を思い出し、リンドは一層嫌な気持ちになる。勇者などいらない。魔王だけあればいい。リンドは心からそう思う。


「……ともあれ、我々はしばらく王都に滞在しますから、その間に何かわかると良いですね」

「……はい。俺、頑張ります」


 顔をあげ、強い意志をその瞳に光らせる少年に、リンドはもう一度微笑んでみせるのだった。

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