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 しかし考えなしのリューカは困った。


 『適当な人間を捕まえて苦渋を味あわせ、魔王討伐の意欲を高める』はずが、すでに魔物への憎しみを燃やしている少年を手に入れてしまったため、次のステップがわからなくなってしまったのである。リューカの計画はずさんであった。


 とりあえずはリンドが、「まずは着るものを整えましょうか」と言うので、今三人は街を歩き、市場を見て回っている。通路を挟むようにして両側に簡素な屋根の店々が立ち並び、どうやら売っているもの毎に果物通りだの服飾通りだのと分かれているようだ。


 いまはちょうど、乾物や甘味を揃える店が多く並ぶ通りであるらしい。


「リンド、あれ食べたい」

「はい、リリ様」

「あれも」

「買って参りますね」

「……」


 リューカの命令を受け、リンドは指定された店へと歩み寄っていく。その後ろ姿を眺めながらリューカは先に手に入れた菓子をかじっていたが、後ろをついて歩く少年の微妙な視線に気づいた。何か言いたげである。


「……食べたい?」

「えっ」

「ん」


 リューカは配下の言葉を真摯に受け止める王であると自認しているので、少年に対してはちゃんと「支配者の口調」を控えている。

 かじりかけの菓子をぞんざいに押し付けると、少年はさらに困惑した表情を浮かべた。


「え、ええっと……いただきます」

「うん。残さないで」

「あ、はい……」


 少年は彼の主人となった少女に対してどのような態度を取るべきなのかわかり兼ねているようだ。残さず食えと命令され、戸惑いながらもそもそとその甘味を食べ始めた。

 リューカはその様子を真顔で眺める。他意はなかったのだが、図らずも少年にとっては食べ終わるまで監視されているような形となった。


「……何やってるんですか」

「あげた」

「はあ……はい、リリ様、買って参りましたよ」


 店先から戻ったリンドが新たな菓子をリューカに手渡す。手のひらサイズの板のようなそれは、甘い蜜の中に砕いたきのみを固めた物のようだ。リューカは早速一口齧った。自然な甘味が口中に広がり、きのみの食感が楽しい。


 自然と笑みこぼれるリューカを、少年は惚けたように見ている。


「……これも?」

「えっ」


 視線の意味を取り違えたリューカは、欲深なやつだと不承不承ではあったものの、半分ほど食べたその菓子も少年に差し出してやる。リューカは寛大な王だ。


「残さないで」


 だが食い物を粗末にすることはリューカの信条に反する。食べきることを再び命じると、困惑を深める少年がその菓子に口をつけるのをじっと見つめた。

 二人のやりとりを眺めるリンドは半眼である。威圧的な餌付けだ、と彼は思ったが、当然口には出さなかった。


 少年は、名をアランと言った。


 もともと生まれも育ちもこの王都ではなく、遠く離れた小さな農村で、家族と共に家畜を飼って生計を立てていたらしい。ところが、ある日少年が近隣のより大きな街に出ていたところ、その村は「魔物の襲撃」にあい、徹底的に燃やし尽くされてしまった。燃え後からはかろうじて父の遺体が見つかったが、母と妹に至ってはちりすら残っていなかったという。

 絶望に打ちひしがれたアランは、魔物出現の噂を追って近隣の街々を巡り、境界を探して回った。憎き魔物に復讐するために。


(魔物の襲撃、のう)


 リンドが少年アランから聞き出す話を黙って聞きながら、リューカは考えていた。


 特に今世、リューカが発生してから、魔物は人間の襲撃など行なっていない。魔王がそう指示していないからだ。自然発生する境界は魔王であろうと止められないし、稀にその境界から人間界に迷い込んだ下位の魔物が多少の「粗相」をする不幸な事故はあるが、単独の魔物程度、いかに人間が非力であろうとも対抗できるだろう。


 村一つを燃やし尽くし、そこに住む人間たち全てを殺すとなると、少なくとも中位以上、または集団である必要がある。だがリューカの管理下でそれはありえない。


 リンドも当然同じ考えを持っていただろうが、男はそれをおくびにも出さず、同情めいた視線をアランに投げかけ、時折頷きながら話を聞いている。


 そうしているとリンドは全く人間にしか見えない。品と愛想があり、身綺麗で、貴族の召使いというのがしっくりくる。魔王の側近をしているよりも、よほど。


「ふうん、あんた小柄だからねえ、これとか……なんなら中で試着してみるかい」

「ああ、そうですね。ではそうしましょう」


 たどり着いた服飾通り。店主はリューカたちを上客と見たのか、店先に広げた露天から、背後に構える店内へ入るよう促す。リンドは頷き、リューカの方を振り返った。視線で問われ、リューカはしっしっと追い払うように手をひらひらさせる。お前たちだけで行けと伝えるように。

 リンドは困った顔をして、リューカに駆け寄り小声で話す。


「すぐに済みますから」

「嫌だ、つまらん。勝手に行くがよい」

「リリ様をお一人にするわけには」

「おぬしはわらわをなんだと思っておるのだ。行け」


 ぞんざいにあしらわれ、リンドは眉を下げる。


「わかりました。ではあちらのベンチでお待ちください。いいですか、誰になんと言われようとついて行ってはいけませんからね」

「……わらわは稚児ではない」

「甘いものをくれるという輩には特に気をつけるんですよ。知らない人からもらったものは食べてはなりませんからね、それから……」


 しつこく言い続けるリンドの足を踏みつけ、リューカはしかし指示されたベンチへと歩き出した。


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