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「ここが人間の都か。騒がしいな」
そういうわけで、今リューカとリンドは人間界にいる。大国の王都だ、様々な店が立ち並び、人々の往来も多い。二人は馬車に揺られ、リューカは物珍しげに小窓から外をしげしげと見ていた。
本日のリューカは素朴な青のドレスに身を包んでいる。黒髪は綺麗に編み上げられ、楚々とした印象だ。もちろんドレスを着せたのも髪を編んだのも彼女の側近である。
一方のリンドは軽装で、綿のシャツに紺のベスト、同色のズボンを身につけている。
「リリ様、いいですか」
リンドが口を開くと、リューカはもう聞き飽きたとばかりに顔をしかめた。
「もうよい。十分わかった」
「本当ですか?では言ってみてください」
リューカはため息をつく。
「わらわはどこぞの田舎貴族の娘『リリィ』で、お前はその侍従。王都観光にきて、しばらく滞在する」
「そうです!口調はどうするんでしたっけ?」
「支配者のように喋らない」
「年配や位の高い方には?」
「敬語を使う……」
もはやマナー講習会の様相である。リューカは嫌そうに眉をひそめた。
「なぜわらわがここまで気を遣わねばならぬ。さっさと誰なりと捕まえて監禁してしまえばよいであろう」
「リリ様のお力をもってすれば人間など一捻りだとはわかってますけどね。でも万が一ということもありますから、あまり目立つのは控えましょう」
「万が一とはなんだ、わらわが人間に遅れをとることなどない」
リューカは軽い調子でそう言ったが、どうやらリンドはそう思わないらしい。物のわからない子どもをみるようなぬるい視線を送られたので、リューカはさっきより強めに男の脛を蹴った。
「いてて……、あ、リリ様」
「ん?」
「お目の色も変えたほうがいいですね」
そう言ってリンドは身を乗り出すと、リューカの目元に手をかざす。その手の下でリューカは一度目を閉じ、そして開いた時には紅玉は消え、琥珀色の瞳となった。
「どうだ」
「大変よろしいです」
当然とばかりにリューカは鼻を鳴らす。
「しかしリリ様、魔力はあまり派手に使わないでくださいね」
「なんだと」
「目立ちますから。必要最低限、ご自分の身を守るときだけにしてください」
「なんだそれは。ではお主の身に危険が及んだときはなんとする」
尊大な主人の態度でリューカが問うと、リンドは一度目を瞬いてから、薄く笑った。
「私は大丈夫です。ここは人間界ですからね、私のような男よりも、リリ様の方が危険が多いのですよ」
「なぜだ」
「貴方様は大変お可愛らしいので」
人間の美醜感覚はリューカにはよくわからない。眉を寄せて首を傾げるリューカにリンドは一度笑って、それからハッと深刻そうに続ける。
「その上、新作『ロリ魔王少女リッたん』は王都にも出回っていますから……万が一にもリリ様がそのモデルだと知られたらファンが殺到するやも」
リューカは今度は加減せず、勢いよくリンドの足を蹴り上げた。
ーーー
馬車が停まったのは、がっしりとした木造二階建ての建物の前だった。正面玄関に掲げられた看板には『依頼あります』と出ている。
先に降りたリンドの手を借りるようにして、リューカも馬車から降り、その建物を見上げた。入り口に目をやれば、男たちを中心に人々が頻繁に出入りしている。
「なんだここは」
「いわゆる『紹介所』です。主人を持たない傭兵たちが、単発の依頼を受けたり、報酬を受け取る場所ですね」
リンドは通りすぎる馬車の砂埃からリューカを守るように、立ち位置をかえながら言った。
「なるほど、勇者候補たるもの、体力と戦闘力に優れているものではなるまいな。良いではないか」
「リリ様、リリ様、そろそろお言葉遣いを。人間に聞かれます」
リンドがこそこそと耳打ちする。
「あ?うむ、えーっと……うん」
「うん!!??」
大げさに驚かれてリューカはイラっとした。目をやればリンドは胸を抑え、いっそ喘ぐように息をしている。死ぬのか?
「なんだ」
「はあ、はあ、いえ、ちょっと破壊力がすごくて……」
「その破壊力でお前の脳髄もぶちまけてやろうか」
「いえ、結構です」
しばらくそうしてゼエゼエと荒く息を吐いていたリンドだったが、ようやく立ち直り、大変よろしいです、などと言う。
「よし、行くぞ……ではなく……行こ、リンド」
「うぐ、ぐああああああ」
断末魔をあげるリンドに、リューカは付き合いきれないとさっさと男を置いて建物に入るのだった。