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短編集

幼馴染の王子と私の舞踏会。叶わないと思っていた初恋が実る時

作者: 月見里さん



「…………はぁ」


 どっか上の空。

 空には点在している星々が、これでもかと光り輝いています。

 夜空にまぶされた煌めきに、目眩がしそうな気もして、結局、みつめるのも苦しくなり、目を逸らします。

 だって、遠くにあるのにあんなに綺麗なのが悪い。


「……なんで私には見向きもしてくれないのかしら」


 ゴツゴツとしたバルコニーの手すりに肘をつき、溜め息がこぼれ落ちる。

 そのまま気持ちが自由落下してしまうほど、私の気分は憂鬱でした。


「……幼馴染のはず、ですのに」


 私の背後で流れる苦しくなるような煌びやかな世界。

 目を擦っても、頬を叩いても現実はそこにあって。

 夢だってそこにある。

 そして、非情な世界はそこにある。


「…………やっぱり、私には無縁の世界だったわけですよね」


 このままバルコニーから飛び降りてしまってもいいんじゃないか。

 そう思ってしまうほど、悲観的な思考は苦しみからの解放を望んでいる。

 なんでそうなったのかなんて、一生知らないだろうと思っていた、見ない振りをしていた現実に辟易してしまった。

 あぁ、なんて悲しいのでしょうか。

 いや、私には遠く及ばないものを夢見た愚か者には相応しい感情でしょうね。

 この舞踏会。

 主催は――私の幼馴染の男の子だから。


「……初恋は実らないて言葉本当でしたわ、お母様」


 夜空に輝く一つの星がきっとお母様だろう。

 ……いえ、死んでいませんけど。

 主催の幼馴染から家で黙々と花嫁修業していた私のところへ、招待状が送られてきた時には思わず火にかけたシチューが焦げ付いてしまうくらい、舞い上がってしまったものです。

 そんな初々しい気持ちも遠い日の思い出です。


「……はぁ、あんまり長居していてもご迷惑ですよね」


 なにより、いつまでもここにいると気分がどんどん下がっていく気がします。

 特に、舞踏会で数多の美女に囲まれた幼馴染を見てしまえば、私の胃袋から豪華な食事が出てきてしまいそうです。

 それはそれで、最悪です。

 えぇ、最悪です。

 まだ、挨拶すらしていない幼馴染の男の子へ、あの女は吐き出した、なんて衝撃的な出来事を与えたくありません。

 なにより、私が恥ずかしいです。

 それこそ、三日三晩寝込んで、ついでに三日間先延ばしにして、更に一年くらい期間を延長しちゃうくらいには、消し去りたい過去になってしまいます。

 それは絶対いやです。

 なので、さっさとバルコニーから会場の出入口まで行って、帰りましょう。

 受付の人へは適当に夜風に当たってくると言えばいいでしょう。

 そう思って歩き出した瞬間です。


「おや、先客がいましたか」


「……え」


 そこには紛れもない。

 幼馴染の男の子がいたのです。

 思わぬ遭遇にびっくりの私は、びったりと動きが止まってしまいます。

 そんな様子でも気にせず、男の子はゆっくりと私の隣までやってきます。


「ここはよく星が見えるのです。なので、舞踏会を主催した時は必ずここへ来ていますけど、まさか特等席をご存知の方がいらしたとは」


「……い、いえ。たまたまです」


 そう、たまたまです。

 なにせ初めての舞踏会。

 浮かれ気分の私が、唯一落ち着ける場所がここだっただけ。

 でも、彼が来てくれるなんて思わなかったですけど。


「どうですか? 少しだけ僕の話を聞いてくれませんか?」


「……少し、だけなら」


 いえ、嘘です。

 少しなんて遠慮しただけです。

 本当は、ずっと話を聞きたいのです。話をしたいのです。語らいたいのです。笑い合いたくて、慰め合いたいのです。

 でも、お淑やかな女の子であれば好いてくれるかもしれないと思えば、嘘でもついちゃうのです。


「ありがとうございます」


 そう言って彼は夜空を見上げる。

 私は少し距離をとりながら、それでも失礼にならないよう同じく夜空を見つめます。

 お母様。私、心臓が飛び出てしまいそうです。

 豪華な料理よりも、先に心臓が挨拶しちゃいそうです。


「実はこの舞踏会。ある方を呼び出すためにしたものでして。なんとも不純な理由での開催になってしまっているのです。参加者の皆様には申し訳ないことに」


「…………そんな方がいらっしゃるんですね」


 やっぱり豪華な料理が出てくるかもしれません。

 もしくは、涙でしょうか。


「お恥ずかしながら、小さい頃に遊んだ女性でして。その子のことが忘れられず、その時に住んでいた家へ招待状を送ったのです」


「……随分、ご執心なんですね」


「そうですね。ここのところ忙しくて目が回っていた時、楽しかった日々を思い出しまして。その子と野山を駆け回り、草花で戯れ、時には家畜へちょっかいをかけてはおじさんに怒られる。それが忘れられず」


「アエラス様もそんな幼少期を過ごされていたんですね」


 アエラス。

 彼の名前です。

 そして、彼も覚えていたことに感涙が落ちてしまいそうです。

 そう、楽しかった日の思い出です。

 そして、私がその男の子のことを――アエラス様をすきになった理由でもあります。


「えぇ、子どもは元気が一番でしょう? もちろん、その女の子と一緒に遊ぶのが好きだったから、ですけど、今するときっと家臣に怒られてしまいそうです」


「……そうでしょうね」


「ですので、ほとんど博打にも近かったわけです」


 その女の子がいつまでも家にいることだって分からないでしょう。

 なにより、嫁に出ていてもおかしくありません。

 ……まぁ、嫁の貰い手もなかったわけですけど。


「参加者一覧を見て、驚きと喜びがやってくる感覚は初めてでした。あの時、聞いた名前がそこにあったのですから」


「……ちなみに、どんな名前でしたか?」


 正直、どう返せばいいのか分かりません。

 ただ、ここで相手に委ねてしまうくらい私は臆病なのです。

 だから、アエラス様に会えないことになってから、花嫁修業だけしていたのです。自分から会いに行こうなんて考えていませんでした。

 あの時、私の手を引いてくれて、笑顔で語ってくれたかつての面影をずっと大事にしてきたのです。

 だから、ここまで来ても、アエラス様が――幼馴染の男の子が会いたかった女の子は、私じゃないと思っているわけです。

 私であって欲しいけど、私かどうか確認するのは怖いのです。


 そんな臆病な私は、いつしか夜空ではなく眼下に広がる街並みへと俯き始めます。

 もし違ったらどうしよう。

 あそこに帰るだけですけど、ちゃんと帰られるでしょうか。

 ……あぁ、帰る途中で新しい枕を買わなきゃですね。

 きっと、涙で使い物にならないでしょうし。


 後ろめたい気持ちだった私へ、アエラス様は手を重ねてくれます。


「イリゼ」


 イリゼ、とは私の名前です。

 そして、なぜ彼が知っているかなんて言うまでもないないでしょう。

 だから、ですかね。

 知らない内に視界が波打ちます。


「あなたに会いたかった。ずっと、ずっと」


「……」


 ここで人違いと言ってもいいんでしょうけど。

 それはできません。

 お空のお母様を見返すためには、ここで誤魔化すのは違うと思うわけです。

 ……お母様は死んでいませんけど。


「良ければ、僕とまた野山を駆け回ってくれませんか?」


「……怒られちゃいますよ?」


「じゃあ、野花で戯れましょう」


「……そんな歳でもありませんよ」


「じゃあ、僕の隣にいてくれませんか?」


 彼は、揺れ動く瞳で私を見つめてきます。

 今にも吸い込まれそうな深い海のような瞳。

 ここまではっきりと見た事があったでしょうか。

 だからでしょうか。

 彼の不安が伝わってきて、思わず涙が引っ込んじゃったのは。

 不思議なことじゃないはずです。

 笑ってしまうのも。


「…………ふふ」


「な、なにかおかしいことがありましたか?」


「いえ? 全くおかしいことはありませんよ」


「じゃあ、なぜ笑ったのでしょうか……?」


 なんでしょうか。

 なんとなく、そうですね。

 思い当たる言葉にしちゃうとですね。


「……あの時となにも変わっていない、そう思ったからでしょうか」


「こ、これでも大人になったんですよ?」


 いえ、そこではありませんけど。

 まぁ、大人になったのは確かでしょうね。

 あの時の柔肌が嘘のように、たくましくなって。

 だから、優しく触れるようにしてくれている。

 えぇ、なにも変わっていません。

 私の好きな人は、好きな人のままでした。


「では、アエラス様。大人になった私達には多くのしがらみがあると思いますけど、アエラス様はどうするおつもりでしょうか?」


「あの舞踏会が絶好の舞台になるかと思います」


 そうですね。

 舞踏会には名だたるお偉い様がいらっしゃいます。

 そこで私を伴侶にすると宣言すれば、いいでしょう。

 大変なことが待ち受けているでしょうけど。


 ……ですが、私には眩しい世界なのです。


「アエラス様。残念ですが、私はあまりきらめく世界には住めないのです。街によくいる、不格好に身を包んだ世界の人間なのです」


「では、僕がそちらの世界へ行きましょう」


「それでは、この国が大変なことになるのでやめておきましょう」


 ――でも。


 そう言いかけた唇へ指をつきたてる。

 えぇ、そうです。

 住む世界が違います。

 恋心があれど、交わしあっても、確かめ合っても、世界を跨ぐことはできません。

 ですが、それは今だけの話でしょう。


「私は街。アエラス様は城。そちらで暮らしましょう。ですが、ずっとというわけではありません」


「……つまり?」


「アエラス様。共に、一緒に過ごせる世界をお作りください」


 それが、一番無難な方法だと思います。

 私とアエラス様が駆け落ちをせず、私が無理をしてしまわない妥協点。

 ただ、アエラス様への負担が大きいでしょうけど。


「私とアエラス様、一緒に過ごせる世界。その時が来るまで私は待ち続けます。あの家で」


「……わかりました」


 アエラス様は諦めたわけでありません。

 むしろ、揺れ動いてた不安げな瞳が燃えるような、活気に満ちて、光っているのです。

 やはり、凄い方です。

 そんな方に好かれているなんて私はなんと幸せ者なんでしょうか。

 飛び立ってしまいそうです。


「ちなみに、告白への返事は聞かせてもらえませんか?」


 しかし、アエラス様は遠慮がちに尋ねてきました。

 ……あ、浮かれすぎて忘れていましたけど。

 どうしましょう。

 ここではっきり言ってしまった方がアエラス様も、やる気が出るでしょうし、苦しい時の今日を思い出して頑張ってくれるでしょうし。

 もちろん、「はい」と答えるつもりですけど。

 誰かに聞かれてしまうのは恥ずかしいです。

 後、色々怖い。

 ……だったら、こうしましょうか。


「アエラス様。ここでの出来事は二人だけの秘密にしてくれますか?」


「そりゃもちろん」


「じゃあ、耳を近づけてください」


 素直に近づいてきたアエラス様の耳へ、小さな声で。

 本人にしか聞こえないようにして。

 私の願望を含めて。


「アエラス様のお傍にいさせてくださいませ」


 そんな秘密の舞踏会の後。

 私の傍には、アエラス様がいらっしゃいます。

 お母様。初恋は実りましたよ。



 〜Fin〜

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