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幼馴染と、踏みだす一歩

いろいろ迷ったのですが、最初に考えた通りの話でいきます。

「それでさ……ねえ、知ってる?シュウちゃん。

お母さんから聞いたんだけどね。

入院してた駄菓子屋のおばあさん、退院できたんだって。

ただ、お店の方は、やっぱり閉めたまま……再開はできないみたいだけど」


「ああ、まあ……あの婆さんも、もう年だしなあ。

またいつ倒れるか、分からないしな。

それに、後を継ぐ人もいないみたいだし……仕方ないか」


 あの駄菓子屋、最後に、一回くらいは行けたらよかったんだが、とぼやく俺に……

少し、寂しそうに微笑んで、そうだね、と返してくる七海。

 あれから無事、電車の時間には間に合って――

到着した駅から、いつもの様に、俺達は二人で話しながら、帰り道を歩いている。


 心なしか、足取りが早くなってしまうのは、まだ、肌寒さが残る時期のせいだろうか。

七海を置いていかないように、意識してペースを緩めようと努めて、ふと、立ち止まる。


「あ……そういえば、ここも、大分寂しくなっちゃったね。

とうとう、ブランコも撤去されちゃったんだっけ」


「でも、たまーに休みの日とかに覗くと、親子連れの子供とかが走り回ってたりしてるぜ。

まあきんきん声が響くからって……

近所の爺さんがやかましいとか喚いて、運動禁止って案も出たらしいんだけどな」

 

 そこは、家から数分とかからない場所にある、近所の公園だ。

七海が言ったように、老朽化によりかつてあった全ての遊具が撤去されはしたが……

色々な意味で、俺達には懐かしく……何かと縁のある場所でもある。

 やはり、ここにしようか。

何時までも引き伸ばしていても、仕方がない。


「なあ、七海、その、ちょっとここ、寄ってかないか?

話したいことが……あるんだ」


「……うん、いいよ、シュウちゃん。わたしも、そんな気分だったんだ」


 足取りを揃え、公園に入ると、膨らみ始めた桜のつぼみに気付き、視線を取られる。

もう、そんな時期になったか。


「あとひと月もしたら、桜が咲き始める季節なんだね……」

  

「まあ、もうそろそろ二月になるしな。

……そこ、座ろうぜ」


いつものことではあるが、この時間帯、周りに人気はない。

俺達は二人並んで、静まり返った公園のベンチに腰掛ける。

預けられた体重に、ぎしりときしむ感触は、相変わらず頼りのないものだ。


「……それでシュウちゃん。話って、何かな?」


「ああ……うん、改まって、話すのも何なんだが……」


 今更ながら、緊張が心臓がばくばくと跳ねていくのを感じる。

あの時、教室を出る前に、勢いのままに口に出せてしまえば、良かったのだが。


 この半年にも満たない期間が、俺に……

いや、俺達にとって、長かったのか、短かったのかは、わからない。


 ――けれど、色々な事が、あったんだ。


『修二君、私からは、何も言わないし、言えないわ。

多分……意味が、ないから。あの子は、それだけの事を、してしまったと思う。

本当に無理だというのなら、断ってもらっても構わない。

でも、それでも、どうか――もう一度だけ話を聞いてあげてくれないかしら。

あの子の事をどうするか、決める機会を、もう一度だけ、ちょうだい』


 切っ掛けをくれた人がいた。


『多分、今の貴方は、本当に興味が持てないんだと思う。

それでも……わたしに、力を貸してくれないかな。

今なにもしないで……後悔、したくないんだ。

笑ってくれて、構わないけど』


 手を差し伸べてくれた人がいた。


『けじめとはよく言ったもんだよ。

別に、君が背負い込むようなことでもないと思うがな。

だがまあ――話はわかった。とりあえずその依頼、受けるとしようか』


 欺瞞を暴いてくれた人がいた。


『大人ぶるのも結構ですが……

後数年もしないうちに、貴方は嫌でも本当の大人にならなくてはいけません。

今くらいは、もう少し、肩の力を抜いてもいいんじゃないかと思いますよ』


 助言をくれた人がいた。


『受け売りだし、人の事を言えた義理でもないがな。

……男が決めた覚悟を、クソ野郎が訳知り顔でゲラゲラ哂ってるんじゃねえよ。

虫酸が、走る』


 過ちから一歩踏み出した――己の矜持を、見せてくれた人がいた。


 様々な人たちに出会い、泣き、怒り、笑って。

俺はようやく――前に進む決意ができたから。

だから、一歩だけ、踏みだしてみようと思う。

俺が、俺自身の意志で、七海こいつに伝えるべきことを。


 ……随分と、青臭いプライドの為に、

遠回りをしたものだが、それも、悪くないと、今では思える。


「――七海。俺と、付き合ってくれないか?」


「え、シュウ、ちゃん、それ、って……」


「……男女交際的な意味で、何だが」


 言葉の意味がすぐには飲み込めなかったのか、呆然と……

目を見開いたまま固まった七海に、もし嫌だったら、

と口にしかけると、彼女は声を張り上げて、それを遮ってきた。


「違う、嫌じゃない!あれから……いっぱい、いっぱい、大事にしてくれて……

やっぱり、一緒に、いたいなって、思って……

でも、がまんしなきゃって。だって、わたし、いちど、うらぎった、のに……

なのに、まだ、シュウちゃんに、何も、返せてない……

わたしに、そんな事、いって、貰える、資格、なんて……まだ……」


「まあ、半年前はボロクソ言ったからな……でも本気だよ。

俺は、今、七海の事が好きだよ、それが理由じゃ駄目か?」


 俯いて、支離滅裂な言葉で、震える彼女に、苦笑いを浮かべつつ、隣から抱きしめる。

そのまま、いつかのように髪をすくように頭を撫でると、

七海は、俺に身を預ける様に、身体を擦り寄せつつ、顔を上げて、涙をこぼしながらも……笑顔を作ろうしていた。


「……ずるいよ、シュウちゃん。

そんなこと、言われたら、もう……我慢できない……

私も、……好き、だよ。ずっと前から、大好き」


「……そっか。俺も好きだよ」


「……うん、でも、本当に、いいのかな。

シュウちゃんなら、京山先輩とか、もっと、いい人とつき……ぁ」


ぎゅうと、七海を抱きしめる腕に、少しだけ力を籠めると、口を閉ざす彼女。


「……お前がいいんだ。

これ以上言わせるなよ、割と小っ恥ずかしい台詞を吐いてる自覚はあるんだぞ。

正直、顔から火が出そうなんだが」


「……うん、うんっ!」


 七海は勢いのままに、ちゅう、と俺の唇に、自分の薄桃色のそれを重ねて、泣き腫らした顔で、笑う。

柔らかく、仄かに温かい感触が、余韻として残る。


「えへ、シュウちゃんのキス、もらっちゃった」


 ――瞬間、頭が茹ったように、くらっとくる。

努めて、意識はしないようにて来たけれど……もう、いいだろう。


 ああ、くそ、こいつ、やっぱり可愛いな。


「……覚悟は、決めてたつもりだったんだが。なんか、照れるなこれ」


「ふふ……そうだね。それに……ちょっとだけ、しょっぱいかな?」


 ぺろりと唇を舐めて、舌を出す七海に、思わず頬が熱くなるのを感じながら、

そりゃ、これだけ泣いてりゃな、と恥ずかしさを誤魔化すように、ぼやく。


「……ねえ、シュウちゃん」


「……何だよ?」


「私、頑張るから、これからも、シュウちゃんと、ずっと一緒にいられるように。

だから――いつか、私を、貴方のお嫁さんにしてください」


 七海が――決意を込めて、俺に告げたその言葉は、きっと、心からのものなのだろう。


 ――ただ、俺達は、まだ若い。

今、この瞬間の気持ちが、ずっと続く保証もない。

ずっと続いて来た関係であっても、壊れるとき壊れるのだという事は――嫌と言う程、よくわかっている。


 何処かでまた躓く事もあるかもしれないし、また間違えるかもしれない。

それは七海に限った話ではなく――或いは、俺であっても、そうなのだろう。

 

 ……おそらく、そうなれば、今度こそ、俺は、こいつを――


 けれど。今は、未来の可能性に怯えていては……

まず最初の一歩を踏み出さなければ、何も始まらないと、知っているから。

だから、その七海の言葉と、真っすぐな眼差しを、逸らすことなく受け止めてから頷いた。


 まあ、その為に何をすればいいか、というのは、まだぼんやりとしていて、わからない。

高校生活だって、あと二年は残っているし、大学受験に就職、そしてそれ以降も。

人生には、乗り越えなけれなならないハードルは山ほどあるんだろう。


 その手始めに、って訳でもないが、差し当たっては――


「また、桜が咲いたころに、二人でここに見に来ないか?」


そう言って、今度はこちらから、七海に口づけをする。

二度目に重ねた時間は、先程よりも少し長く、その唇の味は――今度は少し、仄かに甘い。


「――うん、絶対、見に来ようね、約束だから!」


 唇を離し、彼女が再び浮かべた笑顔は――こちらが見惚れてしまうくらい、綺麗なものだった。


 まあ、とりあえずは、恋人になった七海と一緒に、少しづつでも、進んでいこうと思う。

新しく築き直した道の上で、ようやく、俺達は、最初の一歩を踏み出すことが、できたのだから。

これにて、『クソ女』の話はとりあえず一区切りとなります。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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[良い点] 面白かったです [気になる点] 修ちゃんが醒めちゃったこと… [一言] 多分この二人は添い遂げることなくカップルの間に別れるだろうなと… 一回でも醒めるとなると気持ちが持続しないかなと……
[一言] やり直すことになりましたか。 七海が今回と同じ過ちを繰り返さない事を願うばかりですね。 ただ人の性根というのはなかなか変わらないもの、今回の経験がそれを変える衝撃であったのならよいのです…
[一言] クソ女はどんなに反省しても変わらない 結婚する直前に他の男の子供を身籠ってると信じてるから(笑
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