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四季の妖精たち  作者: 岡田 浩
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冬編 ~妖精の君たちとともに~

この本では、私なりに想像した妖精たちを四季折々の情景とともに綴ろうと思います。

本作はそのうちの「冬編」です。

四季の妖精たち 冬編 ~妖精の君たちとともに~


第1節 妖精が「視える」少年

1.出会い


 僕の名前は西(にし)(ひら) (たく)。北海道 札幌の北側の郊外に住んでいる。僕は、他の人にはない〝特殊な〟能力を持っているようだ。それに気づいたのは幼稚園のころ。

 冬の、大雪が降った後の晴れた日、幼稚園の中庭で他の子たちが雪合戦をする中、人見知りだった僕は一人で雪だるまをつくっていた。その時、真っ白なマフラー、コート、ブーツを纏った、肩くらいまでの長さの紺色の髪、細身の透明感のある色白の肌、澄んだ目をした20歳くらいのお姉さんが近づいてきた。そのお姉さんは、


 「楽しそうね。お手伝いしましょうか?」


と声をかけて来た。明らかに幼稚園の先生ではない。どこから入って来たのだろうと思いながらも、僕は、そのお姉さんのあまりの美しさと、声をかけてもらったといううれしさから思わず、


 「いっしょに遊ぼ」


と言ってしまった。するとそのお姉さんは、どこからともなく目、鼻、口、腕の形にぴったりの木の枝の切れ端や帽子がわりになるようなバケツを拾ってきて、


 「いっしょに大きな雪だるまをつくりましょうね」


とやさしく僕に話しかけて来て、いっしょに雪だるまをつくりはじめた。


 「雪だるまをつくる時は、まず、胴体になる大きな雪のかたまりと、顔になる小さな雪のかたまりを作らないといけないのよ。お姉さんといっしょに雪を転がして、だんだん大きくしていきましょう」


 そう言うと、お姉さんは小さな雪の玉を手で丸めて作り、それを地面に転がしながら、だんだんと玉を大きくして雪のかたまりを途中までつくってくれた。


 「さあ、ここからは一緒に玉を転がしましょう」


 「うん」


 お姉さんの手つきをまねしながら、僕はいっしょに、胴体になるくらいの大きな雪のかたまりと顔くらいの小さな雪のかたまりをつくった。


 「じゃあ、胴体に顔をのせましょうね」


 そう言うと、お姉さんは僕に手を貸してくれて、大きな雪のかたまりの上に小さな雪のかたまりをのせてくれた。


 「土台はできたわね。それじゃ、木の枝とバケツを使って、雪だるまに顔・腕と帽子をつけてあげましょう」


 僕とお姉さんは手分けをしながら、目・鼻・口と腕を木の枝で、頭にバケツを乗せて雪だるまを完成させた。

 僕が気づかない間に、僕たちが雪だるまをつくる様子を見に、周りの子供たちや幼稚園の先生が僕らのまわりを囲むように集まっていた。幼稚園の先生の一人が言った。


 「一人でりっぱな雪だるまをつくったわねぇ。すごいわねぇ」


 「えっ。僕一人じゃないよ。ここにいるお姉さんといっしょにつくったんだ」


 「何を言っているの。あなたは一人で雪だるまをつくっていたわよ」


 「えっ?」


 僕が戸惑っていると、僕の横に立っているお姉さんが言った。


 「私は雪の妖精。名前は『みゆき』って言うの。あなたには私の姿が見えるのね。意図的に姿を見せない限り、普通の人には私たちの姿は見えないの。周りの人には私の姿は見えないし声も聞こえてないわ。あなた一人でつくったことにしておいてね。わたしのことは『みゆき』って呼んでね」


 僕は、「みゆき」という妖精のお姉さんの言う通り、その場は一人でつくったことにした。

 そう、僕はその出来事があってから、世の中の「妖精」が〝視える〟能力が身についたみたいなのだ。

 それからというもの、春になると「春風」の妖精が来て風に乗って遊び、夏になると「太陽」の妖精が来て、海岸で日向ぼっこをしたりして遊んだ。家の中にも、さまざまな物に妖精がいて、僕に話しかけて来た。もちろん、北海道の冬は長い。冬は「雪の妖精『みゆき』」と雪だるまをつくったり、雪合戦をしたり、時にはスキーをしたりして遊んだ。小学生になっても、放課後に僕は登下校の途中にある公園に寄って、さまざまな妖精と遊んだ。


★★イラスト25★★


 そして中学生になると、みゆきを含む妖精たちは近くの公園で遊ぶだけでなく、自然の仕組みがどうなっているかなど、さまざまなことを僕に教えてくれた。

 妖精たちは年をとらない。高校生になると、僕たちはまるで友達のように話をした。その中でも、みゆきは僕にとって特別な存在で、いつしか、僕は彼女に恋心をいただいていた。

 そして、僕たちは「拓」「みゆき」と声をかけながら話をする仲になっていた。

 僕は、冬になると雪が降るのを楽しみにしていた。雪が降ってみゆきが現れると、僕たちはまるで恋人同士のように話しをするようになっていた。僕は、さまざまな妖精たちの協力もあって勉学に励み、北海道大学に進学。「環境工学」と「コンピュータシミュレーション(Computer Aided Engineering)」を4年間学び、西暦2039年に東京の「先端科学研究所せんたんかがくけんきゅうしょ」への就職も決まった。


2.「みゆき」の願い


 僕は2039年の1月、冬が雪の多いある日に、いつもの公園でみゆきと雪でカマクラを作り、その中に小さな焚火をつくって深夜まで話をした。カマクラの焚火の中には火の妖精が現れて、僕とみゆきの話を温かい表情をしながら聞いていた。


 「今度の春からは拓は東京ね。北海道だと雪が良く降るから、冬はいつでもあなたと会えるけど来年からは寂しくなるわ」


 「ごめんね。僕も寂しいよ。でも、東京でも雪が降った時はみゆきと会えるだろ?」


 「ええ。でも……」


 一瞬、哀し気な表情をしたかと思うと、みゆきが再び話しはじめた。


 「あなたも知っての通り、地球は温暖化が進んでいるわ。私の仲間の『雪の妖精』はどんどん消えて行っている。そのうち日本に雪が降らなくなると、私も消えてしまうの。東京には、冬に1度か2度、雪が降るかどうかの状態になっている。それだけではないわ。大気・海洋汚染、土壌の汚濁も進んでいる。そして何よりも怖いのは……」


 その後みゆきは僕に、温暖化・海洋汚染等の後に地球に起きるであろう『驚愕のシナリオ』について僕に話してくれた。最後にみゆきは、僕への話を次のように締めくくった。


 「ここ数年が人類にとっても、私たち地球に存在する妖精たちにとっても脅威の連続になる。人類・妖精を含む地球の動植物存続のカギになるわ。先端科学研究所に行けば、『あなたの味方をしてくれる人』に出会うと思う。その人に私が今話したことを伝えて、私たちを救ってほしい」


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 「わかった。僕もなんとか地球の温暖化を抑え、環境破壊の対策を行わないといけないと思っている。僕は、みゆきやいろんな妖精に自然の摂理を教えてもらった。大学でも『環境工学』を学んで来た。4月から就職する『先端科学研究所』では、地球環境工学の日本の権威者『()(がわ)(よし)(てる)』教授の元で『地球環境汚染の現状と改善対策』の研究を行う予定だ。きっと、みゆきが言う『味方をしてくれる人』って『戸川教授』のことだと思う。今聞いたことを伝えて、教授に協力しながら頑張るよ」


 「ええ、お願いね。地球に生きとし生けるもの、妖精たちのためにも」


―――――


 春先の雪解け日まで、僕らは毎日のように会い、いろいろな話をした。子供のころからの想い出の話、地球環境の話、そして、それぞれの「思い」についての話を。

 雪がほぼ解け、みゆきとこの冬に会える最後の晩。いつもの公園で、僕たちはこの冬の最後の会話を交わした。


 「なつかしいわね。あなたといっしょに雪ダルマを作ったのがこの前のよう。あんなに小さくてかわいかった子がもう大学卒業とはね」


 「……」


 「どうしたの?」


 僕はみゆきに勇気を出して告白した。


 「僕は君のことが好きだ。東京に就職しても、ずっと君のことを想っている。必ず、君が教えてくれた『地球滅亡の驚愕のシナリオ』にならないように頑張るよ。君にずっと会い続けるために」


 すると、みゆきは僕の手を握りながらこう言ってくれた。


 「ええ、私もあなたのことが好きよ。いつもあなたのことを想っているわ。地球環境が良くなれば、地球の動植物やあなたが会った妖精たちが幸せにこの地球に存在し続けるの。あなたの活躍を応援するわ」


 「それじゃ。もうすぐ雪が溶けるから、私は天に帰るわね。次は今度の冬、東京で」


 「ああ。必ず、きっと」


 僕は、2039年の3月、春風の妖精に導かれながら航空機で東京に向かった。



第2節 先端科学研究所

1.戸川 義輝 教授との出会い


 東京の「先端科学研究所」は、東京湾の埋め立て地の一角にある。2本のクスノキの大木に囲まれた円筒形の建物だ。3月31日に僕は出社した。出迎えてくれたのは、戸川義輝教授だった。

僕に会うなり、戸川教授は次のように僕に話しかけていた。


 「良く来てくれた。西平君だね。君が大学の時に書いた論文を、北海道大学の君の指導者の(ひら)()教授から送ってもらって読んだよ。地球環境の現状と今後の地球環境改善方法に関して、ユニーク・独創的かつ、とても論理的にまとめられている。君の知識はどこで得たものなんだい。きっと、わしらが行っている研究の助けになると思っていたのだよ。今まで僕の助手を務めてくれていた、オーストラリアのメルボルンにある先端科学研究所から来ていた『エカテリーナ・ベイズ』女史が子供を連れてオーストラリアに帰国し、私の手足となる即戦力の助手を探しておった所なのだよ。ぜひ力を貸してほしい」


 戸川教授は、小柄でずんぐりむっくり、とても教授とは思えないバサバサの髪型で、かつ、人懐っこい性格のようだ。僕はほっとして、


 「教授のお役にたてるよう、頑張ります」


と答えた。


 「じゃあ、早速、先端科学研究所の中を案内しよう。今日は年に1度の完全休息日でなぁ。私以外、特別な関係者しかいない。研究所の中をゆっくり案内できるぞ」


2.先端科学研究所


 先端科学研究所は、東京ドーム1個はすっぽりと入るくらいの広大な敷地内にある、2本のクスノキの大木の間に建っている円筒形の、地上2階、地下1階の建造物。外壁は頑強な金属で覆われており、地上1階、2階の窓も強化ガラスでできていた。1階は、受付と商談できるスペース以外は「ギャラクシー」と呼ばれる水冷式で世界最高速度の量子スーパーコンピュータが引き詰められており、階段をのぼると、2階は各教授や職員の研究室があった。教授の部屋は一番奥にあった。その後、教授と僕は、エレベータで地下1階に向かった。


★★イラスト27★★


 エレベータが開くと、そこは、海底の動植物を育成している水槽、土壌を保管している水槽が左右の端に、解剖などや土壌・海水の分析などができる機材のならんだ実験装置と作業スペースがある大きなデスクが1つ、中央にあった。奥側には、1階のスーパーコンピュータとつながっているであろうPC端末が数台ならび、その前に、4~5名で打ち合わせができるスペースがあった。そして、奥側の中央には「戸川教授・ベイズ女史以外、立ち入り禁止」の張り紙の貼った、鍵のかかった頑丈そうなドアがあった。


3.先端科学研究所の秘密


 「いつもは、ここは若い研究者や学生たちが作業を行っているところだよ。ところで、就任早々疲れていると思うが、今日は君と世界的に機密の話をしたい。この話は、アメリカ・オーストラリア・日本の大統領や総理、それに各国のごく数名の研究者しか知らないことだ。君の研究や論文を平野教授から見聞きして、私は、さっそく、君にこの話をしようと思った。平野教授からも『君は信用できる人だ』と聞いている。絶対に機密を守ってくれ」


 「はい。わかりました」


 そう言うと、教授は僕をつれて「立ち入り禁止」のドアのカギを開けた。

 ドアは、とても頑強にできていて、開くのに力がいるようだった。戸川教授は一生懸命ドアを押して開けて僕を招き入れた。

 ドアを閉めると、そこは右側に別のエレベータ、左側にさらに下に降りる階段があった。


 「実は、地下の壁は核ミサイルが落ちても壊れないくらい、シェルター並みの頑丈さでできているのだよ。右のエレベータもそう。このエレベータは特別で2階の私の研究室に直結している。ここのドアのカギを念のために渡しておくが、君は、一休みする時や、日光を浴びたいなど、外へ出入りする時はこのエレベータを使ってくれ。君がここで研究をしていることでさえ、この研究所のごく数名しか知らないのだから」


 そう言うと、教授は、僕をつれて階段を下りて行った。


 「実は、この研究所は、地下4階の構造になっている。地下1階までは、一般の研究を行うところだが、真の研究を行うのは地下2階。地下3階は、最先端の工作機械や部材・緊急用の防護服と3~4名が5年くらい暮らせるくらいの飲食料を格納しているスペース、地下4階には、1階においているスーパーコンピュータの100倍の処理能力をもつ「Neoギャラクシー」があり、地下2階とつながっている。そして、地下2階から4階は、もし、太陽光発電などのエネルギーが途絶えても、日本の地下深くのシェールガスを燃料として電力を供給できるようになっている。また、先ほど地下2階で見たエレベータは、地下4階までつながっているよ」


★★イラスト28★★


 そう言うと、教授は僕を連れて階段を下りて行った。そこには、また、分厚い戸があり、その戸をあけると、造りは地下1階と同じだが、水槽には全世界から集められた海洋植物や土壌が保管されていた。そして、このスペースの左端には、3つの宿泊できる部屋があった。


 「おーい。(ふく)(しま)君。(おお)(つか)さん」


 教授が叫ぶと、宿泊できる部屋の2つから、30歳代と思われるやせ型で眼鏡をかけたボサボサの髪型の男性と、20歳代だと思われる、黒髪を後ろに束ねた、かわいい小柄の女性が出て来た。


 「福島君、大塚さん。紹介するよ。今日から、我々の研究をいっしょに行ってくれる西平君だ。よろしく頼む」


 教授がそう言うと、


 「福島です。よろしく」


 「大塚です。よろしくね」


と2人から声をかけてもらった。すると、教授は口を開いた。


 「今からの研究はハードだ。そして急を要する。くれぐれも体に気をつけて、3人で力を合わせて頑張ってくれ。まずは、西平君。君の今の地球環境に対して感じていることや考えを聞かせてほしい。君の研究の論文や報告書は、君の指導者の平野教授から受け取っていて、この2人や、オーストラリアのベイズ女史にも読んでもらった。とてもユニークだが、これが世に出ると君の身が危険だとも思った。だからあえて私は平野教授に、君には必要最低限の論文しか公表させないようにお願いした。君は素直に平野教授の言うことを聞いてくれたようだね。その時、私は君にこの先端科学研究所に来てもらうことを平野教授に懇願した。君なら、私たちといっしょに私が懸念している『地球環境』に関する研究を行ってくれると思ってね。君の頭の中にはもっと、地球環境に対して話したいことがあるのではないかい?心に秘めているものもあるだろう。話をしてくれないか?」


 「ありがとうございます。正直なところ、北海道大学では本当に僕がしたい研究ができない。限界を感じていました。平野教授ともいろいろ話をしました。そうしたら、僕の就職先として『先端科学研究所』と戸川教授を紹介してくれたのです。よろしくお願いします」


 それを聞くと戸川教授は、福島さんと大塚さんと僕を連れて、奥の巨大モニターが備わったPCの前の打ち合わせスペースに連れて行った。


3.機密の研究内容


 僕と戸川教授、福島さん、大塚さんは、部屋の奥の打ち合わせスペースに座った。

 すると、戸川教授が話を切り出した。


 「西平君。まず、今まで研究してわかっていることと課題、これから何をしたいかなど、君の考えを教えてくれないか?」


 「はい。まず、今まで、僕が把握していることをお話しします。

 ●CO2やメタンガスなどによる温室効果ガスで地球の温暖化は進んでいる。このままいくと、地球の温度は今世紀末には、地上の平均温度は5℃以上あがります。北極海や南極大陸の氷河は解け、海面も同時に上昇。陸は今の2/3に減り、海洋植物の生息域、地上で栽培できる食料の位置も北極、南極のほうに変わりながら収穫量は減少し、食料危機になる。

 ●人間が生み出したプラスチックなどの産業廃棄物は、分解されず、海岸や地底に溜まっていき、生態系が壊され、それが元で海洋動植物はさらに減少する。

というようなことが起こると言われています。これは、世間一般でも公表されている研究内容です。

しかし、真に怖いのは、北極海周辺で顕著に、そして、オーストラリア周辺地域、南極大陸以外でじわじわと起こっていることですが、

 ●氷河で閉じ込められていた旧時代の病原体ウィルスが復活してきており、昨今は原因不明の病気による死者も増えてきている。

 ●また、『核』を保有している国々が北極海やユーラシア大陸・アメリカ大陸のみならず、アフリカ大陸の地下深くに埋めた『核ミサイル開発・原子力発電後の放射能のゴミ。特に、高放射能のウラン・プルトニウムなどの核反応後の廃液を地中深く埋めた“ガラス固体”化した物質』が100年近くたち、腐食や地震、火山活動などにより破裂し、地下水を通じて、地底や海底ににじみ出しており、熱線や放射線を出している。真の地球温暖化の原因は、この地底の『熱線』が地球温暖化を促進しているし、その『放射線』を我々人類はもとより、地球上の動植物が浴びている。このような「目に見えない現象」が起きているということです。このため、正式に公表されていませんが、2030年以降、人類の平均寿命が徐々に下がりはじめ、地球の人口が100億人から頭打ちになっている真の原因は、『放射能のゴミ』と『古代の病原体ウィルス』にあります。そして今後、北半球やアフリカ大陸では人間が住める『安全な地』と呼ばれるところが限りなく少なくなり、人類は南半球の南極大陸やオーストラリア周辺地域に住まざるを得なくなると思います。とても、現在の地球の人口100億人を賄えることができず、いつ『安全な地』を争奪する『第三次世界大戦』が起こってもおかしくないと思います。

 戸川教授。あなたが先端化科学研究所の地下に、このような頑強な機密の研究施設を作って海洋動植物や土壌の分析をしているのは、

 ●海底から徐々に広がっている『放射能のゴミ』『古代の病原体ウィルス』『産業廃棄物』に地球が汚染されていること。

 ●これを知った国々が『安全な地』を争奪するための『第三次世界大戦』開戦の予兆があること。

からではありませんか?」


★★イラスト29★★


 僕の話を、戸川教授、福島さん、大塚さんは、固唾を飲みながら聞いていた。

 さらに戸川教授が聞いた。


 「なぜ、今話したことを君は予見できるのだ? 君の言っていることは、我々が約10年の歳月をかけて調べて来て、福島君や大塚さんにその裏付けを分析してもらっていることなのだ」


 「僕がお話したことは、実は私一人で調べたことではありません。信じてもらえるかどうかわかりませんが、地球には太陽、火、水、風、雪などに妖精が宿っていて、私は、それらの妖精と話ができる能力を持っているのです。今お話しした内容は妖精たちから教えてもらい、私のできる範囲で、北海道大学で研究して裏付けをとったことなのです」


 「君の話が本当ならば、私たちは、君の言う『妖精たち』を信じるしかない。君の言う『妖精たち』は、今後どうすれば良いか言っているのか?」


 「はい。妖精たちが言うには、

 ●『プラスチックごみなどの産業廃棄物』『古代の病原体ウィルス』を減少させるために、一旦、地球全体を地底や海底ににじみだしている『ウラン・プルトニウムの放射性物質のゴミ』で覆い、『CO2などの地球温暖化物質』、『産業廃棄物』や『病原体ウィルス』と『放射性物質のゴミから出る放射線』を化学反応させる。そうすれば、『地球温暖化物質や産業法廃棄物』は『炭素原子(炭の粉)と酸素(O2)、オゾン(O3)に分解させられる。『病原体も死滅させる』ことができるとのことです。

 ●しかし問題は、それに要する年月です。妖精たちが言うには、その作業を行い、地球全体を浄化し、産業革命以前の『大気・オゾン層』、地球温暖化の元となる『熱線』や人体に影響が及ばない『放射線』になるように『放射能のゴミ』を『同位体(放射線を出さない安定物質)』にするには、このままでは数万年以上の歳月がかかるとのことです。しかしそれでは、一旦、人類や妖精たちは滅亡の道をたどるしかない。妖精たちは、数万年後以降に復活しはじめますが、我々人類は、新たに今まで行ってきたような数億年の進化をやり直すことになり、新たに知的生命体が地球に生まれるのは、数億年の進化をたどるしかないとのことでした。人類存続については、『妖精』自身もなすすべがないようです。人類に何らかの手を考えてほしいと、妖精たちも私に懇願しているのです」


 すると、福島さんは次のように答えた。


 「僕は放射能汚染の分析を専門に行う『原子力』が専門の研究者。そして、大塚さんは、化学者で『地球上に存在する微生物・化学物質などの分析を専門に行う』研究者。僕らが今まで研究した成果は、君の言う通り、

 ●地底や海底の深くから放射能物質がしみ出し、放射線が海底から出始め、『ガン』などで亡くなる人類が増えていること。

 ●同時に、『古代の病原体ウィルス』が発見され、海の生物を汚染。それを食べた人類が、原因不明の病気で亡くなっていること。

がわかっていた。

 しかし、君の過去の論文や今日の話を聞くまでは、

 ●地底や海底にしみ出している『放射能のゴミ』から出される『熱線』が地球温暖化の元凶だと言うこと。

 ●同時に出されている『放射線』が、人類に影響を及ぼしてしていること。

 ●その『放射線』によって、プラスチックなど、人類が人工的に生み出した『産業廃棄物』が少しずつ分解され、その過程でCO2やメタンガスが使われて酸素やオゾン層に浄化し、『古代の病原体ウィルス』まで死滅していること。

まではわからなかった」


 それを聞いた戸川教授は、次のように提言した。


 「君たちの今までの知見や研究成果を聞く限り、

 ●『放射線を拡散させ、『産業廃棄物』と反応させて地球を浄化しながら、『古代の病原体ウィルス』を死滅させること

 ●放射線の元となる『放射能のゴミ』を『同位体』にする。

という2つの技術を素早く両立させながら、人類滅亡を防ぐ必要があるようだ。我々は、この2つを同時に成立させるための『触媒・薬品などの化学物質。放射能のゴミを同位体にする装置』の開発が必要なようだ。福島君、大塚さん、そのような薬品や触媒・装置はできないか?」


 「私たちの研究は、今のところ、

 ●プラスチックなどの『産業廃棄物』を分解する触媒の開発。

 ●従来の半分の時間で『放射能のゴミ』を『同位体』して『非核化』を行う『1/4減期』の『放射能除去装置』を開発したこと。

です。しかし、西平君の言う通り、『産業廃棄物の分解、病原体ウィルスの撲滅を放射線が担ってくれる』としても、今、私たちが開発している『触媒・薬品』『放射線除去装置』では、地球環境を正常化するためには、まだ『数百年』の時間がかかり、人類は滅亡します。西平君の知っている妖精さんたちから、地球環境を素早く清浄化するアイデアを聞けていないと言うことは、少なくとも、地球を浄化する『触媒・薬品・放射能除去』は、人工的に我々自身の力で開発するしかないと思います」


 「そうか……」


 戸川教授が口ごもると、僕は提言した。


 「僕は北海道大学で、『産業廃棄物、地球温暖化物質』『古代の病原体ウィルス』と『放射線』との反応がどうなっているかのメカニズムを研究してきました。ただ、北海道大学の施設では研究に限界があります。先端科学研究所で『メカニズム解明』を加速する取り組みが必要だと考えています」


 「そうだな。わかった。アメリカ、オーストラリアの先端科学研究所のメンバーも含め、私と福島君、大塚さんと西平君で力を合わせ、研究を進めよう」


 その日から、僕は、地下2階に僕の住み込みスペースを用意してもらい、研究に没頭することとなった。



第3節 最悪のシナリオ

1.分析結果から分かった真の「課題」


 4月に入って、戸川教授の指導の元、福島さん・大塚さんとともに僕は地球環境の改善に向けて、研究を進めた。

 最初は、僕が妖精たちに教えてもらったことについての確認からはいった。

 大塚さんと福島さん、僕は、

 ●プラスチックなどの「産業廃棄物」の分解用に開発した「触媒」に「放射線」を加えることで、「産業廃棄物」が加速度的に、炭素の粉と酸素、オゾンになること

 ●「病原体ウィルス」が「放射線(特に『γ線』)」で死滅すること。すでに広がっているウィルスについては、私たちが開発した「薬品」で治癒できること

を確認した。


 「これはすごい。「放射線」を使えば、

 ●数百年かかると思われていた、地球上の『産業廃棄物』は、50年くらいで浄化され、自然界に戻っていく。

 ●ウィルスの拡散を防き、治療も行う。

ことができる」


 戸川教授、福島さん、大塚さんと僕は、これらの結果を持ちより、改めて、3階の打ち合わせスペースに集まった。会議には、オーストラリアのメルボルンにある「先端科学研究所」から、エカテリーナ・ベイズ女史もオンラインで参加していた。

 戸川教授が、会議で口火を切った。


 「ベイズ女史。こちらの研究結果のデータを見てくれたかい。『放射能のゴミ』から発せられる『放射線』で地球を覆えば、『産業廃棄物』や『地球温暖化物質』を浄化し、酸素やオゾン層を約50年で生成できる。同時に、『古代のウィルスも死滅してくれる』ということだ。しかし、問題は、これらを素早く行った上で、地球環境や人類に悪影響を及ぼす元凶の『放射能のゴミによる放射能汚染』を防ぐことだな。今の技術では、『放射能の除去』には数百年かかる。人類のみならず、地球上の動植物は放射能汚染で滅亡してしまう」


 すると、大型モニターに映っているベイズ女史が答えた。


 「幸いなことに、オーストラリアと南極大陸の環境は、他の地域に比べると、オゾン層の破壊以外は環境汚染、放射能汚染が進んでいない。だとすると、『オーストラリア周辺地域・南極大陸以外の地域を放射線で浄化し、その間、人類は一旦、オーストラリア周辺地域・南極で非難する。』という手が使えるわ。でも、問題はオーストラリア周辺地域、南極大陸に受け入れられる人口。食料の自給も考えると、5億人がせいぜいね」


 「人類のオーストラリア周辺地域・南極への移住は難しそうだ。我々が行うべき課題は、『放射能のゴミ』を短時間で人体に影響を及ぼさない『同位体』に変化させるための反応を加速する『装置』や『触媒・薬品』の開発だな」


★★イラスト30★★


 そう戸川教授が言うと、会議に参加している全員が目をつむり、天を仰いだ。


 「なにもヒントがないが、今まで収集した『海洋動植物』や『地底の土壌』が放射能を分解しているメカニズムを分析し、方法を模索するしかないなぁ。雲をつかむようなことじゃが、やるしかない。オーストラリアと日本。場所は離れているが、共同で研究を進めよう」


 「わかりました」


 現状を把握し、今後取り組むべき研究を確認して、会議は終わった。

その後、僕たちは、来る日も来る日も「放射能のゴミ」を素早く非核化する装置・触媒開発などに向け、さまざまな分析と実験を行った。スーパーコンピュータ「Neoギャラクシー」を用い、最先端のXAI技術(機械学習結果から、不良などの原因を分析し、能動的に新たな技術を生み出す人工知能技術)も活用したが、答えがでないまま、9か月が過ぎた。


2.第3次世界大戦


 西暦2040年1月6日 8時過ぎだった。

 僕らは朝食を取ろうとしていた。妻と子をオーストラリア ゴールドコーストの実家に帰省させている戸川教授と僕は、簡単にすませたいということで、カップラーメンを用意した。福島さんと大塚さんは、気分展開にということで、研究所の秘密のエレベータを使って、2階の戸川教授の部屋から出て、近くの喫茶店でモーニングセットを食べに行くことになった。


 「ちょっと、出かけてくるわね」


 エレベータに乗って2人が上がっていった。

 その後、戸川教授はいつもの打ち合わせスペースに座り、僕は、戸川教授と僕用のカップラーメンを用意した。戸川教授は大型モニターでニュースを見ていた。

 そして、カップラーメンを食べながら研究の方向性についての会話をしているその時だった。番組の途中で、モニターが真っ黒になった後、ある文字が白く浮かび上がった。


 「The End…」


 その数秒後だった、


 「ガタガタ。ガタガタ」


 妙な振動で、カップラーメンを置いているテーブルが揺れた。


 「なんだ?」


 「なんでしょうね?」


 そう話していると、その振動は、徐々に大きくなり、かつ、何度も何度も繰り返し起こった。ついに、テーブルの上に置いていたカップラーメンが大きな振動で倒れ、僕らは、椅子に座っていられなくなった。そして、一旦、部屋が暗くなった後、非常電源が入ったのか?再びライトがついた。スーパーコンピュータなどは、電源が切れないように「無停電電源装置」が働いているようだった。また、エレベータは地下2階に自動で戻ってきて、地下1階と2階の間を遮断する「防護シャッター」が自動で稼働したと思われる音が、ドア越しに聞こえて来た。


 「何が起こっているのだ? 地上で尋常でない何かが起こっているのか? 非常電源が入り、エレベータが自動で地下2階に戻ってくる。地下2階と1階をつないでいる階段が「防護シャッター」で自動的に遮断されていると言うことは、地下1階より上は危険だと言うことだ。地震、水害などの自然災害か、それとも、あまり考えたくないが、核ミサイルか何かが着弾していると言うことだ」


 戸川教授はそう言うと、まず、自分のスマートフォンから、福島さんと大塚さんに電話をした。しかし、つながらない。次に、PCから「先端科学研究所」のURL経由で、研究所の地下1階より上の廊下や各研究室に設置されているモニターを見ようとした。しかし、地下1階以上の監視モニターは、どれも壊れているようで映らなかった。

 そして、戸川教授はPCから、地球上の各都市に設置されている監視モニターにアクセスしようとした。しかし、ネットワーク回線そのものが分断されているようで、通信エラーがおき、確認できなかった。いつの間にかテレビも回線が切れたのか、モニターには何も映っていなかった。


 「どういうことだ……」


と言うと、戸川教授は絶句した。


 「教授。どうしますか?」


と僕がたずねると、


 「アメリカ、オーストラリアの先端科学研究所と連絡をとってみよう。各地のスーパーコンピュータ、およびWeb会議システムは専用回線がつながっている。この回線であれば破壊していない可能性がある」


 すると、戸川教授は、スーパーコンピュータ「Neoギャラクシー」につながっているオンラインWeb会議システムを立ち上げ、アメリカとオーストラリアの先端科学研究所に連絡を取った。


 「こちら、東京の先端科学研究所の戸川だ。アメリカ、オーストラリアの先端科学研究所の諸君はどうしている」


 アメリカの先端科学研究所からは、何の反応もなかった。しかし、オーストラリアの先端科学研究所とWeb回線がつながり、モニターにベイズ女史が映った。


 「ベイズ女史。オーストラリアの先端科学研究所は無事か?」


 「ええ。オーストラリアには、何も被害がないわ。でも、アメリカの先端科学研究所からは、私たちからの問いかけにも何も反応がないの。東京はどう?」


 「ものすごい振動が、何度も繰り返し起こっている。東京の先端科学研究所の地下1階以上は、監視モニターも破壊されているみたいで、先端科学研究所の専用回線を使っても、何も映らない。今私は、助手の西平君と先端科学研究所の地下2階にいるが、地下1階と地下2階をつなぐ階段やエレベータはすべて、『防護シャッター』で遮断された。私と西平君は現在、孤立状態になっていて、外で何が起こっているのかがわからない状態なのだ」


 「そのようね。北半球とアフリカ大陸、南アメリカ大陸で何かが起こっているみたい。オーストラリアの先端科学研究所から打ち上げた、静止衛星の画像を送るわ」


 すると、モニターには、信じられない光景が映っていた。

 北半球の至る所から、核ミサイルや長距離弾道ミサイルが、無数に飛んでいるのである。そのミサイルは、北半球のみならず、アフリカ大陸、南アメリカ大陸からも飛び交いしていた。


★★イラスト31★★


 「どこから始まったのかわからないけど、今、地球上を、核を含むミサイルが飛び交っている。なぜか、オーストラリア地域周辺と南極大陸には、ミサイルが飛んできていないの」


 北半球、アフリカ大陸、南アメリカ大陸の至る所から、核ミサイルによるきのこ雲が無数にあがっていた。「第3次世界大戦」の始まりだった。オーストラリア政府は、ミサイルが飛んでくることを想定し、迎撃のミサイルの準備をしていた。

 その後、ミサイルの飛び交いは1時間程度続いた。その後、徐々に、ミサイルの数が減って来た。オーストラリア周辺地域と南極大陸にはミサイルが飛んでこなかった。


 「徐々に収まって来たな」


 「はい。そうですね」


 戸川教授と僕が椅子から立ち上がり、しゃべっていると、モニターからベイズ女史が話しかけて来た。


 「ミサイルの飛び交いが収まってきたみたい。でも、オーストラリア・南極大陸以外は、核ミサイルが至る所で爆発したらしく、キノコ雲がかかっていて、上空の静止衛星からはオーストラリア周辺地域・南極周辺以外の地上が見えないの。おそらく、オーストラリア周辺地域と南極大陸以外は、核ミサイルの放射能の渦よ。今、オーストラリア内以外で連絡が取れるのは、あなたたちだけなの。オーストラリア政府も北半球の至る国と通信をとっているけど、まったく反応がない。アメリカの先端科学研究所でさえ、通信が途絶えたままなの」


 ベイズ女史は続けた。


 「あなたたちと連絡が取れること自体、奇蹟かもしれない。オーストラリア周辺地域・南極大陸以外の地上は、核ミサイルで壊滅的な被害を受けていると思われるわ。今、オーストラリア政府から連絡が入ったわ。無人の偵察機が、シドニーから地球上の至る所へ飛び立った。偵察機のカメラから地上の状況が入るまで、あなたたちは外へ出ないで。モニターはこのままつないでおくわ。次の連絡が入るまで、絶対にそこから出てはダメよ」


 それを聞いた戸川教授は、腰が抜けるように、椅子に座り込んだ。


 「とうとう、恐れていた事態が起こったのか……。誰が、なぜ、第3次世界大戦を起こしたのだ」


 戸川教授は、椅子に座り込んで、頭を抱えてうずくまった。

 僕は、教授の姿を見ながら、その場に立ち尽くすことしかできなかった。

 その時、僕の耳に、懐かしい声が聞こえて来た。


 「拓。拓……」


3.黒い雪


 「その声は。『みゆき』か?」


 僕は辺りを見渡した。


 「聞こえるのね。モニターを見て」


 僕は、先ほどまで、オーストラリアの先端科学研究所につながっていたモニターを見た。

 するとそこには、上空から見ているのであろうか?朝にも関わらず、薄暗い空の下、東京駅あたりを中心に大きなミサイルが落ちたと思われるクレータが出来ており、その周りにも、弾道ミサイルの爆破痕と思われる小さなクレータがあるようだ。そして、東京スカイツリーや東京タワーを始め、至る所のビルが崩れ落ち、焼け野原になっている東京が映っていた。上空からは何か“黒い”ものがゆっくりと降り注いでいた。


 「戸川教授。モニターを見てください」


 僕が戸川教授に声をかけると、教授はおもむろに顔をあげ、モニターを見た。


 「わしには、オーストラリアの先端科学研究所の部屋が見えるが……」


 「えっ……」


 すると、みゆきが答えた。


 「モニターに映っているのは、私が上空から見ている東京よ。私の見ている映像は、『妖精』が視えるあなたしか見えないの。戸川教授には見えないはずよ」


 「そうなのか……」


 すると戸川教授が僕にたずねてきた。


 「君は今、『妖精』と話をしているのかね?モニターに何が映っているというのだ?」


 「はい。核ミサイルなどに襲われ、焼け野原になっている東京が僕には見えます。『妖精』が言うには、モニターには、『妖精』が見たものが映っていて、『妖精』が視える能力を持つ僕しか見えないそうです」


 「焼け野原……か。やはり、『戦争』が起こったのだな。わしらのいる『先端科学研究所』のあたりはどうなっているか、わかるか?」


 「みゆき。僕らのいる『先端科学研究所』あたりはどうなっている?」


 僕が問うまでもなく、モニターには、先端科学研究所の辺りが映されていた。

 先端科学研究所は、爆風のためなのだろうか? 頑丈につくられていた地上の1階、2階が吹っ飛び、地下1階の研究スペースがこなごなになった状態でむき出しになっていた。研究所の横に合った宿舎・太陽光発電システムも跡形もなく吹っ飛んでいた。研究所の両脇に立っていた2本のクスノキはかろうじて残っていたが、燃えていた。


 「教授。先端科学研究所は、地上は吹っ飛び、私たちのいる天井の上は、むき出しの瓦礫の山になっています」


 その時、僕はふとあることに気づいた。


 「みゆき。なぜ、君は東京の上空にいるのだ。君が僕と話せるのは『雪』がある時だけじゃないのかい?」


 「モニターに、『黒いフワフワしたもの』が、上空から降り注いでいるのが映っていない?それは、何発もの核ミサイルによる『キノコ雲』からできた、放射能を帯びた『黒い雪』よ。私は、『黒い雪』が降り始めたために東京上空に現れることができたの。私があなたにこの『映像』を送れるのは、この『黒い雪』が降ったためなの」


 「僕は君に会いたい。外には出られないのか?」


 「ダメよ。この『黒い雪』は大量の放射能を帯びている。あなたはそこにいたほうがいい。『黒い雪』を浴びると、あなたは放射能汚染で死んでしまうわ。そして、今はあなたに私の姿を見られたくないの。今の私の姿は、あなたの想像している『私』ではないの。私の顔も、体も、すべてドロドロでどす黒くなっているの」


 「みゆき。これは、『戦争』なのかい? 地球上はどうなっているのだ」


 「世界中の『妖精たち』と連絡を取り合ってわかったけど、最初に核ミサイルを世界に放ったのは、北極海に面し、放射能汚染が進んでいる北の国からのよう。それを傍受していたのか?対抗する各国から核ミサイルが飛んだ。そして、対立している国どうしの『核戦争』が起こった。たった1時間で、地上は放射能に汚染され、火の海になったわ。無事なのは、オーストラリア周辺地域と南極大陸くらいかしら」


 「そうなのか……。地上で生きている人は?僕といっしょに研究をしている『福島さんと大塚さん』はどうなっているのかわかる?」


 「残念だけど、あなたと一緒に東京で研究をしていた方々は核ミサイルの熱線をまともに受けて亡くなったわ。その他の人たちは、どれくらい生き残っているかわからない。ところで、私は一時的に、『キノコ雲』からできた『黒い雪』であなたと話をすることができた。不幸なできごとだけど、あなたが無事でよかった。本当によかった」


 みゆきは、すすり泣くような声で続けてしゃべった。


 「もうすぐ『黒い雪』が降りやんで、私は再び消えるわ。キノコ雲が消えると、放射線による熱で地球温暖化は進む。きっと、もう、あなたとしばらく話ができなくなるわ。でも、きっと、世界中の『妖精たち』があなたにコンタクトをとって来て、あなたを助けてくれるはずよ。賽の目は投げられたわ。不幸なことだったけど、放射能が世界を包んでいる。あなたは、この放射能を利用して、『古代の病原体ウィルス』、『産業廃棄物』を撲滅・浄化し、世界中に降り注がれた『放射能汚染』を素早く抑える触媒、薬品や放射線除去装置を開発して。お願い」


 「わかった」


 その後数時間、モニターには焼け野原になっている東京が映っていたが、『黒い雪』がやんできた。


 「雪が消える。私も消えるので通信はここで終わるわ。この次、会えるのはいつになるかわからないけど、頑張ってね。私はあなたを信じている」


★★イラスト32★★


 そうみゆきが言うと、モニターに映っていた東京は消え、オーストラリアの先端科学研究所が再び映った。


 「みゆき……」


4.世界の状況


 その後、僕と戸川教授は、モニターのあるミーティングスペースに座って、オーストラリアの先端科学研究所からの連絡を待った。何も手につかない。戸川教諭は頭を抱えて座り、僕は椅子に持たれながら、天井を見ていた。みゆきとの交信が切れて、ただただ時間だけが過ぎ去っていった。

 すると、ふいにオーストラリアの先端科学研究所から、ベイズ女史が話しかけて来た。


 「戸川教授。西平さん。大丈夫。オーストラリア政府の調査結果が徐々にこちらに入って来た。状況を報告する。モニターに、無人の航空・潜水艦の探査機の画像を映すわ」


 モニターには、世界中の都市の画像が映し出されていた。どの画像も、瓦礫の山になっており、ところどころ、火がくすぶっていた。海の中はどす黒く汚れて、ほとんど何も見えない状況だ。


 「ここ、オーストラリアとその周辺の国、南極大陸以外は、すべて、壊滅的な状況になっている。世界中の『核ミサイル・長距離弾道ミサイル』が、ほぼ、1時間の間にすべて撃ちつくされたようね。地上は焼け野原になっていて、海は透明度が低く、ほとんど何も見えないけど、ミサイルが破裂した後が至る所に残っているようね。これは確定情報じゃないけど、私たちの研究情報がハッカーにもれ、その情報が地球の各国にばらまかれ、『安全な地』のオーストラリア周辺地域や南極大陸を争奪する『第3次世界大戦』が勃発したと思われるわ。『The End』と発信した場所がわかったけど、そこも大きな核ミサイルのクレータが出来ていて破壊されている。アメリカの先端科学研究所もそう。研究所そのものが核ミサイルの爆心地になっていて跡形もなく消えている。あなた方の研究所は、爆心地からずれていたため、地上の建物が吹き飛んだだけでおさまったみたい。地上も、海中も、生き物はほとんど見受けられないわ。偵察機から送られてきている画像の解析を行った結果、オーストラリア周辺地域以外の、地上で生き残っている人類は1億人いればいいくらいだと試算が出ている。ただ、まともに生き残っている人は皆無。生き残っている人も、放射線を少なからず浴び、傷をおっているなど、瀕死の状態。たった1時間くらいで、これだけの壊滅的な状態になるなんて。『抑止』という名目で所有していた武器をすべて使い果たして、結局、お互いを殺し合うだけ。人類はなんて馬鹿げた選択をしたのだろう」


 続けて、ベイズ女史は話した。


 「先ほど、オーストラリア政府は、地上で生き残っている人類をオーストラリアに招きいれると宣言したわ。救護の航空艇が明日には東京の先端科学研究所に着くから、あなた方もオーストラリアに避難しなさい」


 それに対し、僕は答えた。


 「僕は、東京のこの研究所に残ります。戸川教授をオーストラリアへ避難させてください」



第4節 10年にわたる研究

1.決意


 「西平君。何をいっているのだ。ここは危ない。ここは、核ミサイルでも耐えられる『シェルター』の役割を考えて設計されているが、空調機は万全ではない。福島君が開発してくれた『放射能除去装置』をつけているとはいえ、100%放射能を防ぐことはできない。4人で10日くらいの酸素は、空調を回さなくても確保できているが、それ以上は外気を引き入れないと窒息する。外気を引き入れると言うことは、少なからず放射能を引き入れるのと同じなのだ。ここはいずれ放射能で汚染される。一旦、オーストラリアの研究所に避難しよう。研究に必要なものがあれば、また、ここに取りに来ればいい」


 「そうよ。研究はオーストラリアの研究所でもできる。東京と同じ施設があるわ」


 戸川教授とベイズ女史は、僕を説得した。しかしながら、僕の決意は変わらなかった。


 「ここには福島さんや大塚さんの残した研究の機具や触媒・薬品、そしてスーパーコンピュータに入力されていない手書きで書きかけの資料が残っている。僕は、『妖精』が視えるだけではないみたいです。先ほどから、福島さんと大塚さんがこの場所に残した『魂の声』が聞こえているのです。そう、ここにはまだ、福島さんと大塚さんの『魂』が残っているのです。僕は、それを残してここを離れることはできない。戸川教授にはオーストラリアで心配している奥様とお子様がいる。戸川教授はオーストラリアの先端科学研究所に行き、オーストラリアから僕を指導してください」


 「だが、1人だと40日立てば空調を回さざるを得ない。先ほども言った通り、ある程度の放射能除去装置はあるが万全ではない。いずれここは放射能で汚染される。君の命があぶないし、研究そのものが途中で頓挫するかもしれんぞ」


 「短期決戦で、地球に害を与えているすべてを取り除く触媒・薬品、放射能除去装置を開発します。ここにいると『福島さん、大塚さん』や『妖精』たちの声が聞こえてきて、いろいろアドバイスをしてくれるのです。私は、空調を回し始めたら、防護服を着て作業しますし大丈夫です」


 「そうか。わかった。君は言いだしたら聞かない性格だからな。ここは、西平君にまかせるよ。ベイズ女史。わしを引き取ってくれるか?」


 「はい。わかりました。すぐに救助の航空艇を手配します」


 僕たち3人の会話は終わり、次の日、戸川教授は、地下2階と地下1階の間の「シャッター」についている非常用の扉を押し開けて地上に出て、航空艇でオーストラリアに向かった。


2.福島さんと大塚さんの助言


 まず僕は、「福島さん、大塚さんの魂」から聞こえる声のアドバイスに従った。


 「大塚よ。私の声が聞こえる?私が開発した、『産業廃棄物を分解する触媒』と『古代の病原体ウィルスを死滅させる薬品』は、ある程度製造し、地下3階に置いてある。足りない分は、『薬品の元となる素材類』と『攪拌装置』を使って製造してね。レシピは、Neoギャラクシーに残してあるわ」


 「福島だ。僕が製造した『放射能除去装置(『1/4減期』装置)』は地下3階に20台あるはずだ。その装置は君にも教えた通り、放射能を除去するために、装置の周りの空気を高速に吸排気して乱気流を起こさせ、空気を介して周りの物質を、放射能を従来の2倍の速さ(1/4減期)で放射能のない『同位体』にすることができる。装置の耐久年数は1年。現在、地球上にある金属では、耐久年数を1年以上にすることはできなかった。とにかく、1台は君の部屋で、1台は研究所の外に設置してくれ。2台ずつ使えば、10年はもつ。そしてもう一つ、装置の排気口に、大塚さんの開発した触媒と薬品を置いてくれ。乱気流とともに、地上に触媒・薬品類も拡散されるはずだ。まだまだ未完成だが、少なくとも、地球上に拡散している『産業廃棄物』、『古代のウィルス』、『放射能』を低減できるはずだ。後は、君が更なる改良をして、素早く地球を浄化する装置、触媒、薬品を開発してくれ」


 「わかりました」


 そう答えると、僕は、触媒・薬品の増産に取り掛かった。


3.妖精たちの助言


 約1か月で触媒・薬品入りの放射能除去装置を2台完成させた。そして、1台を自分のいる部屋に設置して稼働させた。

 その時、2人の妖精の声がした。


 「聞こえる? 私は『春風の妖精』。もうすぐ空調を回す頃ね。私は、できるだけ浄化された空気を、あなたの研究室につながる吸気口に送るわ。がんばってね」


 「俺は『太陽の妖精』だ。屋外に出る時には、必ず防護服を着て出ろよ。今は、核ミサイルからのキノコ雲の影響で、オゾン層が薄くなっている。放射能だけではない。紫外線も強くなっている。それを浴びると君の体に悪影響を及ぼす。気をつけろ」


 2人の妖精の助言を受け、僕は防護服を着て、もう1台の装置を地上への非常口から持ち出し、地上で装置を稼働した。


 「とりあえず、最低限の作業はできた。ただ、これだけではまだ足りない。このままでは、放射能で人類を始め、地球の動植物は死滅してしまう。もっと、高速に放射能を除去する薬品・装置を開発しなければ」


 その時、研究所のそばの焼け残った2本のクスノキから声が聞こえた。


 「ちょっと、わしらの話を聞いてくれぬかのぉ……」


 「あなたがたは誰ですか?」


 僕が聞くと、左右のクスノキから2人のやけどを負った老人が現れた。


 「わしらは、クスノキの妖精。95年前の第2次世界大戦の時、長崎にいた『被爆樹木』の2世の苗木が育ったものなのじゃ」


 2人の老人は続けてしゃべった。


 「まさか、ここでもう一度被爆するとは思わなんだ。やっぱり、『核戦争』は嫌なものじゃなぁ。ところで、わしらは2度の原爆に耐えた。わしらもわからないのじゃが、何か、わしらの中に、『放射線を除去する』細胞があるようじゃ。君は、海底の土壌などを分析して、放射能を除去できる『触媒』を開発しようとしている。どうじゃろう。わしらの焼け残った枝を切り取って、分析して見んか? 何か、放射能を低減できる他の薬品か触媒が作れるかもしれんぞ」


★★イラスト33★★


 「そうだったのですか。わかりました。今、僕は『藁をもすがる』思いなのです。あなた方がよろしければ、あなた方の枝を切り取って、分析させていただきます」


 「ありがとう。頼むぞ」


 そう言うと、2人の老人はそれぞれの木に戻っていった。僕は早速、2本のクスノキから枝を切り取って、研究室に戻り、大塚さんに習った化学分析をはじめた。


4.10年間の研究の成果


 僕は、大塚さんが開発した触媒・薬品を作りながら、クスノキの枝を分析し、「放射能を素早く『同位体』にする成分がないかを分析し続けた。

 並行して、オーストラリアの先端科学研究所にも、現在までの福島さんと大塚さんの研究結果をスーパーコンピュータに入力して送付、それから、東京の先端科学研究所の地下3階にあったドローンを使って、クスノキの枝も送付し、オーストラリアでも研究を進めてもらうように、戸川教授とベイズ女史に頼んだ。

 研究は長期にわたり、短期決戦のはずだったが、すでに8年が経過していた。2048年のある日、僕は定例で行っているオーストラリアの先端科学研究所とのWeb会議を行った。オーストラリアからは、ベイズ女史と戸川教授が参加した。

 戸川教授が僕にたずねてきた。


 「西平君。君の研究の方はどうだ」


 「はい。先日ご報告した通り、クスノキの細胞の中で『放射能を同位体にしているもの』が見つかりました。そして、この細胞の成分をスーパーコンピュータと大塚さんが残していた化学分析用のXAIソフトを用い、ゲノム解析を行いました。分析と計算に多大な時間がかかりましたが、ようやく、先日、細胞の中の『放射能』を『同位体』にする『触媒』の設計図ができました。こちらの地下3階に残っている薬剤を使ってその『触媒』を開発できそうです」


 「そうか。さすが、西平君だな。こちらではまだ解読できていなかった。ただ、こちらも研究が進んでいるよ。福島君がつくった『放射能除去装置』に使われているよりも耐久性が高そうな金属の鉱脈が見つかった。君も知っての通り、オーストラリア大陸の地下には、多くの『ウラン』が眠っている。その『ウラン』の周辺から見つかったのだ。ゴホッ、ゴホッ」


 「戸川教授、どうしたのですか?」


 すると、戸川教授は画面からはずれ、ベイズ女史が話しかけて来た。


 「実は、戸川教授は、長年の研究の無理がたたったのか? 体中がガンに侵されていたわ。検査した時にはステージ4。余命は3か月とのことなの」


 「そうですか……」


 僕は思わず、絶句した。


 「先ほど、教授が言いたかったことの続きを私が代弁するわ。福島さんが製造した『放射能除去装置』をこちらで発見した金属で製造してみるわ。設計図は、スーパーコンピュータの中とあなたが追加で保存してくれた『福島さん』のメモに残っていた。この金属は貴重で、その金属でつくった『放射能除去装置』は1台つくるのが今のところ精いっぱい。1年くらいはかかると思うけど、2049年の末までには東京に届けられると思う。教授と私の試算だと、今までの『触媒・薬品』とあなたの作った新たな『触媒』を、こちらで製造する『放射能除去装置』で地球上に拡散すれば、100年弱で、地球上のすべての廃棄物、放射能を『浄化』できる。お互い、研究・開発を急ぎましょう」


 「わかりました」


 「ところで、あなたは大丈夫なの? あなたもかなり顔色が悪くて、最近、痩せたように見えるけど」


 「大丈夫です。僕は東京で頑張ります」


 「そう。でも、くれぐれも無理しないでね。もしもの時は、あなたの研究した資料を送ってくれれば、こちらでもあなたの言う『放射能を同位体にする触媒』を開発できるかもしれないから」


 「はい」


 会議を終了するとともに僕は『放射能』を除去する『触媒』を、オーストラリアの先端科学研究所では、新たに見つかった金属を使って、従来よりも性能の良い『放射能除去装置』の開発に取りかかった。

 その後、残念なことだが、戸川教授は、数日のうちに亡くなった。戸川教授の残した最期の言葉は、


 「西平君。すまぬ。後は頼む……」


だった。

 しかしながら、僕の体も放射能でむしばまれ、体中、ガンに侵されているようだった。

ベイズ女史は何度も、オーストラリアに来て治療するようにと進言してくれた。しかし、もはや、僕は、自分のガンの治療は手遅れだと思った。治らないだろう感じ、僕は東京で研究を行い続けることを選択した。

 予定通り、2049年の末には、僕は新たな『触媒』を、オーストラリアの研究所では、従来よりも性能の上がった「放射能除去装置」を開発した。「放射能除去装置」は、無人機でオーストラリアから東京に送られてきた。



最終節 「幸福の星」へ

1.最期の会議、「地球を浄化する装置」の稼働


 2050年のはじめのある日の夜。僕は、最期のWeb会議で行った。ベイズ女史が僕に話しかけて来た。


 「西平さん。あなたのおかげよ。ようやく『100年弱で地球の放射能や汚染物質を除去する装置』を開発できたわ。あともうひと息ね」


 「ベイズ女史。すいません。僕はもう体はもうボロボロ。これ以上研究できそうにありません。この会議の後、僕は先日届いて、研究所の地上に置かれている『放射能除去装置』にこちらにある『触媒・薬品』をセットし、『地球を浄化する装置』を稼働させます。今までありがとうございました。私の持っている『触媒・薬品』のレシピの資料はスーパーコンピュータに保存しました。オーストラリアからも見ることができると思います。道半ばで申し訳ありませんが、僕はもうこれで休みます。後はよろしくお願いします」


 10年間の研究で、身もやせ細り、ボロボロになりながらしゃべっている僕をモニター越しに見ながら、ベイズ女史が涙声になりながら答えた。


 「ええ。わかったわ。あなたは立派に研究を果たしてくれた。あなたの後は、私が引き受ける。私の娘も私の研究を手伝ってくれているわ。また、戸川教授の息子さんももうすぐ、私たちの研究を手伝ってくれることになっているの」


 「ありがとうございます。それは心強い。よかった。後はよろしくお願いします」


 僕は、ベイズ女史との通信を切ると、防護服を着ることなく、福島さんが開発し、オーストラリアの研究所で性能を強化された『地球を浄化する装置』に大塚さんと僕が開発した『触媒・薬品』をセットして、稼働させた。そして、装置のそばであお向けに大の字になって横になり、空を見上げた。心なしか、さわやかな空気が僕を包んだように感じた。


 「ごめんね。みゆき。僕は君との約束を果たせそうにないよ。もう限界だ。すまない……」


 そう言うと、少しずつだが、空から白い雪が降ってきた。


2.10年ぶりの再会


 白い雪が、僕の頬に当たった。僕は、涙を流しながらつぶやいた。


 「ゆっ、雪だ……」


 そう言うと、空から、出会った時と同じ、真っ白なマフラー、コート、ブーツを纏った、肩くらいまでの長さの紺色の髪、細身の透明感のある色白の肌、澄んだ目をした「みゆき」がゆっくりと降りて来て、僕の横に座った。僕は、みゆきの方を見てつぶやいた。


 「やっと、会えたね」


 「ええ」


 そして、みゆきは言った。


 「あなたはよく頑張ったわ。後のことは、オーストラリアの方々にお任せしましょう。あなたの研究を引き継いでくれた人たちが、この地球の動植物も、妖精たちも救ってくれるわ。あなたは安心して、私と旅立ちましょう」


 そういうとみゆきは、僕を起こした。いつからなのだろう。僕の背中には左右に白い羽が生えていた。


3.「幸福の星」へ


 僕は、ガンの痛みもなくなり、何か、体が軽くなったような気がした。


★★イラスト34★★


 そして、起き上がり、立ち上がった僕は、みゆきと手をつなぎ、空へ舞い上がった。

 僕はみゆきにたずねた。


 「どこへ行くの?」


 するとみゆきは答えた。


 「銀河系の中心にある『幸福の星』よ。そこでは、あなたのように誠実な人たちがたくさんいて、幸せに暮らしているの」


 僕らが空高く上り、雲をつきぬけると、そこには、2頭のペガサスに引かれた「荷馬車」があった。

 僕らは、荷馬車の後方の入り口から中へ入り、荷馬車の前方の右側にあるテーブルに向かい合わせに座った。

 すると、荷馬車の後方の部屋から一人の女性が出てきて、僕らが座っているテーブルの横を通り過ぎて、前方の御者席に座った。20歳をこえているだろうか?背中までの長さの金色の髪に白色のレディースコートを纏い、空色に光るペンダントを首から下げ、右手の中指にはペンダントと同じ空色のリングを、左の手首には時計をつけた女性だ。彼女は御者席に座ると、2頭のペガサスの手綱をもった。そして、背中越しに僕たちに声をかけて来た。


 「それでは。行きましょうか。幸福の星へ」


 2頭のペガサスは、羽をはばたかせながら前へと走り出した。羽からは「白いクリスタルの霧」が放たれ、荷馬車を包んだ。


 僕とみゆきとその女性は、銀河系の中心にある「幸福の星」へ向かった。


(冬編 終わり)

 私の考えた妖精は、地球の大自然とともに生きる「精霊のようなもの」、人間とは違う進化をしながらも、大自然と共生して生き続けてきたのです。妖精たちには、それぞれの特性にあった、たった一つの特別な能力しかありません。ただただ、私たちのことを見続け、よりそってくれる存在です。もし、付け加えるとしたら、彼らのもう一つの能力は、彼らの使える『神さま』に頼み、「亡くなった人」が、「残された人」たちへ「最期の想い」を伝えさせること。もしかしたら、私の考えた「妖精」は、日本神話にある「八百万やおよろずの神々」かもしれません。

 ほとんどの人間は、死の間際では意識を失い、「最期の想い」を伝えられず天に召されます。妖精たちは、天に召された方々を連れてきて、「残された方」に「最期の想い」を伝えさせます。もしかしたら、あなたのもとへも、「あなたが大切に想っていた方の幻影」と妖精が現れ、「最期の想い」を伝えに来るかもしれません。そして、天に召された人も、残された人も、それぞれ、心地良く、次の「道」へ進みます。僕は、そのように信じます。

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