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四季の妖精たち  作者: 岡田 浩
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秋編 ~被爆樹木の下で~

 この本では、私なりに想像した妖精たちを四季折々の情景とともに綴ろうと思います。

 本作はそのうちの「秋編」です。

四季の妖精たち 秋編 ~被爆樹木の下で~


第1節 被爆樹木の下に通いつづける老女

1.被爆樹木


 長崎には、「被爆樹木」というものがある。これは、第二次世界大戦中の1945年8月9日の11時過ぎに落とされた長崎の原爆の爆風や熱線に耐え抜き、今も生き続けているクスノキなどの樹木である。 地元の方々が、原爆に耐え抜いて生き続けている樹木たちを、戦争・原爆の悲惨さを後生に残すために保護している。現在、30本ほど現存していて、そのうちの2本が、長崎市の爆心地から約1kmのところ、町中にひっそりとたたずむ(やま)()(おう)神社に残っている。


2.被爆樹木の下に通い続ける老女


 西暦20xx年の秋も深まる頃の朝の10時前、一人の老女が、山之王神社の鳥居をくぐり、境内に向かう階段を上っている。彼女の名前は「(ほそ)(かわ) (たま)」。彼女は、第2次世界大戦時の長崎の原爆投下の日から今日まで、毎日、一日もかかさずにこの時間から昼まで、山之王神社に残る「被爆樹木」の下を訪れていた。

 階段を上ると、そこには、境内に向かう道を挟んで2本のクスノキ「被爆樹木」が立っている。彼女は「被爆樹木」の前にある長椅子に座り、2本のクスノキを見上げながら座っていた。


 「あの方は、今日こそ来るかなぁ……」


 彼女は、ずっと、「ある人」を待ち続けていた。

 そこへ、顔や手足のところどころに、やけどのシミのようなものが残っている2人の男性の老人が歩いて彼女の元へ近づいてきた。そして、一人の老人が話しかけて来た。


 「ここ、座って良いかのお?」


 「ええ。どうぞ」


 2人の老人は、彼女をはさむように、彼女の両脇に座った。

 そして、もう一人の老人が、話しかけた。


 「あんた。毎日、ここにいらっしゃるのお。何か、約束事でもあるのか?」


 「ええ。私の夫となる人と待ち合わせをしちょるんじゃ」


 「いつからじゃ」


 「そう、原爆投下のあの日からじゃ……」


 彼女は、被爆樹木を見上げながら、つぶやいた。

 時は、1935年に遡る。


★★イラスト16★★



第2節 運命の出会い

1.(すえ)(きち)(たま)

 玉の家は、長崎市内の「山之王神社」のすぐ近くで農業を営んでいた。玉は父のカツと母の ムギの一人娘。8歳で長崎市内の尋常小学校に通っていた。同じ学年に「彼女のあこがれの人、()(ぐち) (すえ)(きち)」がいた。江口家は、大地主で商屋。主の(じゅう)(ぞう)は、土地と家を玉の家族に借家として与えていた。玉の父母は、江口家の土地で農作物をつくり、江口家に米や芋、野菜などを卸していた。末吉は、江口家の5男。末っ子ということと、江口家に「吉」をもたらしてほしいと言うことで、名前が「末吉」になったようだ。末吉は4人の兄、「(いち)(ぞう)」、「()(ぞう)」、「(さん)(ぞう)」、「()(ぞう)」がいるということもあるのか、自由奔放に育ったようで、とても明るい性格で、たくさんの友達がいた。当時は、男女、および地主と店子という上下関係が厳しい中でも、末吉は、それを微塵にも見せることなく、玉と親しく遊んた。

 玉が、父、母とともに収穫した農作物を江口家に収めにいくと、重造は玉に優しく接した。行くたびに、幼い玉にお菓子やお手玉などくれた。江口家は、5人の男の子供がいる。末吉の母は、末吉を産んだ後、体を壊して亡くなっていた。重造は、女の子が欲しかったのか、玉を自分の娘のようにかわいがった。


2.末吉の友達「ミギル」


 自由奔放で明るい末吉には、アメリカ人の友達がいた。長崎市にある教会「(うら)(かみ)(てん)(しゅ)(どう)」の神父だった「ジワンノ・ベアトス」の息子「ミギル」だ。江口家は、江戸時代から商屋を営んでおり、そして「キリシタン」だった。その関係もあり、末吉はミギルと友達だった。毎週日曜日の午前中、江口家は教会に礼拝に通い、神様に祈りをささげているようだった。


3.末吉からの「誘い」


 1935年のある秋の日の放課後、末吉が玉に声をかけた。


 「玉ちゃん。今度の日曜日、ヒマ?」


 「ええ。農作物の収穫もひと段落したから、今度の日曜日は、お仕事はないわ」


 「よかった。今度の日曜日の午前中、僕らといっしょに、浦上天主堂に礼拝に行かないかい?」


 「いいけど。私の家は、『山之王神社』の氏子よ。キリシタンではないわ。キリシタンでない人が、礼拝に行ってもいいの?」


 「いいらしいよ。僕の友達で、浦上天主堂の神父の息子さんの『ミギル君』から聞いたんだ。キリスト教の神さま『イエス・キリストさま』は、誰でも優しく見守ってくれるそうだよ」


 「わかったわ。お父さんとお母さんに相談してみるわ。返事は明日でいい?」


 「いいよ」


 その晩、玉は、末吉から日曜礼拝に行かないか?と誘われたことを、父母に相談した。父母は、


 「『山之王神社』の氏子のわしらのようなものが行ってもよいのかのぉ? でも、地主さまのお子さんのお誘いなら、断れないがなぁ」


といいながら、了承してくれた。

 次の日。玉は末吉に礼拝に行けることを伝えた。


 「礼拝は9時から始まるから、今度の日曜日の8時半に僕の家に来てくれる? いっしょに、浦上天主堂に行こう。友達の『ミギル君』も紹介するよ」


 「わかったわ。それじゃ。今度の日曜日の8時半。末吉さんの家にいくわね」


 「待ってるよ」


4.日曜の朝


 日曜日の8時半。玉は、江口家に行った。


 「ごめんください」


 「おお。玉ちゃんか。ようきたのう」


 玉を出迎えてくれたのは、重造だった。


 「末吉が無理に誘ったのじゃないか?お父さんとお母さんに怒られなかったか? 末吉はあっけらかんな子じゃから、すまんのう」


 重造がそう言うと、


 「違うよ。玉ちゃんは楽しみにして来てくれたんだ」


 そう言いながら、末吉が、4人の兄といっしょに奥の部屋から土間に出て来た。


 「お玉ちゃん。お久しぶり。末吉といつも遊んでくれてありがとう。今日は、一家で礼拝に行くのだ」


 そう声をかけてくれたのは、末吉の一番上の兄の一造。


 「玉ちゃん。元気?」


 「玉ちゃん。おはよう」


 「玉ちゃん。いい天気だね」


 次々と末吉の兄たちが玉に話しかけてくる。二造。三造。四造だ。みんな、玉にやさしく接してくれる人たちだ。最後に、末吉が土間を降りて、草鞋を履き、玉に声をかけた。


 「玉ちゃん。さあ、行こう」


 「はい」


 玉と江口家の人たちは礼拝に出かけた。


5.浦上天主堂と「イエス・キリスト」


 玉たちが江口家を出て5分くらい歩いたところに、浦上天主堂はあった。

 浦上天主堂は正面に大きなアーチ状の開き扉がある大きな建物だった。玉たちが天主堂の正面の扉の前に立つと、重造、末吉と兄たちが横に並び、一礼をした後で十字架を切った。

 きょとんとしている玉に気づいたのか、横にいた末吉が、


 「ぼくのやる通りに見よう見まねで行ってごらん」


といい、一礼をした後で、胸の前で、右手で十字架を切った。玉は、末吉の行うことを見ながら、同じことを行った。

 すると重造が、アーチ状の扉を開けた。


 「さあ。お入り」


 そう言うと、一造から、順番に扉から、建物の中に入っていった。


 「さあ、僕らも行こう」


 末吉は、玉の右手を引いて、建物の中に入った。みなが入るのを見届けて、重造も建物の中に入った。

 建物の中は、礼拝堂になっていてとても広い。左側に机といす。右側に椅子が並べられており、奥側は祭壇になっていて、中央には十字架を背にした人物を模した像が立っていた。屋根は大きなアーチ状になっており、左右の窓のガラスは、カラフルな色で彩られていた。

玉たちは、右側の椅子の一番前に、横並びに座った。中央に重造。その右に、順番に、一造、二造、三造、四造、末吉が座り、玉は、末吉の横の右端に座った。


 「あの、十字の柱に手足をくくられて、パンツだけをはいて立っているのは誰?」


 玉が末吉に聞くと、末吉が答えた。


 「あれがキリスト教の神さま。イエス・キリストさまさ」


 「なぜ、パンツ一つで裸なの。私、はずかしい」


 玉が素朴な疑問を投げかけると、末吉はクスクス笑いながら、


 「何でだろうね? そう言えばそうだね。まだ、9月だから暑いのかなぁ?」


と言った。

 すると、右端の扉から、礼服と思われる衣をまとった外国の男性が、大きな本を持って出て来た。その後に、玉や末吉より少し年上だろうか? ブロンズの髪の毛で、白いシャツと茶色の短パンをはいた少年が現れた。

 外国の男性は、「イエス・キリスト」さまの前の礼拝堂のテーブルの後ろに立つと流ちょうな日本語で玉たちに声をかけて来た。


 「さあ。神様にお祈りをささげましょう。今日、私たちが幸せに暮らせるのは、すべて、神さまのお導きなのです」


 いつの間にか、玉たちの後ろには、大勢の人が椅子に座っていた。そして、祭壇の後ろの「イエス・キリスト」さまの方へ頭をさげて、両手を組んだ。

すると、玉の近くに、先ほどのブロンズの髪の毛の男の子が近づいてきて、


 「みんなのするようにして、神さまにお祈りを捧げましょう」


と声をかけた。左を見ると。重造や末吉、末吉の兄たちも同じしぐさで神さまにお祈りをささげていた。


―――――


 約1時間。玉たちは、礼拝堂の前のテーブルの後ろの男性の指示に従いながら、お祈りや神様へささげる歌を囁いた。


―――――


 最後に、その男性が、


 「今日のお祈りはこれで終わりです。みなさまに幸あれ」


といって、右側の扉へ去っていった。


 「さあ。お祈りは終わったよ。おつかれさま。末吉君。お久しぶり」


★★イラスト17★★


 「お久しぶり。ミギル君」


 「こちらの女の子は?」


 「僕の友達の『玉ちゃん』さ」


 「ああ。この子が、君が『大好きだ』って言っていたお玉ちゃんか。君が好きになるはずだ。可愛い女の子だね」


 いたずらっぽくミギルが言うと、末吉は恥ずかしそうに、


 「ここで、そっ、そんなこというなよぉ」


と言いながら、末吉は玉にしゃべった。


 「しょっ、紹介するよ。この子は、僕のお友達のミギル君さ。お父さんといっしょに、アメリカから来ている。彼もお母さんを早く亡くして、お父さんと2人で、ここで暮らしているのだ」


 そういうと、ミギルは玉に向かって、流ちょうな日本語で話しかけてきた。


 「はじめまして。僕はミギルと言います。よろしくお願いします。今日は慣れないことだらけで疲れたでしょ。でもね、僕らの神さま『イエス・キリストさま』は、着飾ることもなく、僕らのことをやさしく見守ってくれているのだ。堅苦しくしなくていいよ。きっと、お玉ちゃんが信仰している神さまともお友達になるさ。ところで、末吉君が、『将来はお玉ちゃんをお嫁さんにするのだ』っていつも僕に言うんだ。彼の願いをかなえてあげてね」


 顔を赤くする玉を見ながら、末吉も顔を赤らめて言った。


 「よけいなことをぺらぺらしゃべるなよ。君が会いたいっていうから連れて来たんだぞ」


 「だって、末吉君が好きになった女の子を見たかったから……」


 そのやり取りを、温かく見守っていた重造が声をかけて来た。


 「わしらは先に返っているから、3人で遊んでおいで。お昼は、わしの家に来て食べるといい」


 「はい。ありがとうございます」


 玉がそう言うと、玉と末吉、ミギルは、浦上天主堂の周りで鬼ごっこをして遊んだ。

 それからというもの、ミギルと末吉と玉は、お休みになると、浦上天主堂のまわりや、玉の家の近くの山之王神社でも遊んだ。玉が山之王神社の神主に事情を言うと、神主も、


 「お玉ちゃんの言うことには逆らえないなぁ。いいよ。自由に遊びなさい」


と言ってくれた。

 それから3人は、休みになると、浦上天主堂では鬼ごっこを、山之王神社ではクスノキを使って、「だるまさんがころんだ」をして遊んだ。とても、幸せな時間だった。

 しかし、その幸せは長くは続かなかった。



第3節 狂い始めた「運命」の歯車

1.日中戦争とミギルとの別れ


 1930年代の初頭より、日本軍は中国への侵攻をはじめていたが、1937年の7月に起こった盧溝橋事件ろこうきょうじけんをきっかけに、日本と中国は全面戦争に陥った。長崎はその最前線の一部として、戦艦や戦闘機を次々と参戦させた。玉の父は、召集令状を受け、長崎から戦艦で参戦した。玉は、母の畑の手伝いをするために尋常小学校を中退。そのころから、日本、ドイツ、イタリアとの同盟が進む中で、日本とアメリカの関係は悪化し始め、2037年の秋、ミギル父子は浦上天主堂から離れてハワイに移住することになった。

 ミギルと末吉、玉は、ミギルが旅立つ直前の日曜日に浦上天主堂に行き、最後の遊びを楽しんだあと、ミギルに別れを告げた。


 「ミギル君。こんな形でお別れになるなんて思わなかった。でも、神さまは僕たちを空から見続けていてくれる。きっとまた会える日が来るよ。それまで元気でね」


 「末吉君、玉ちゃん。君たちと会えて本当に良かった。君たちと遊ぶ時間が一番楽しかったよ。きっとまた会えるさ。君たちも元気にしていてね。玉ちゃん。末吉君を幸せにしてあげてね」


 「はっ。はい」


★★イラスト18★★


 「いらないことは、いわなくていいの」


 そんな楽しいやり取りをして、3人はお互いの家に帰った。

 ほどなく、ミギル父子はハワイへ向けて旅立った。


2.玉の父の死


 ミギルとの別れの後、母の畑仕事を手伝うために尋常小学校を中退した玉は、末吉となかなか会えなくなった。そのような中で、日本の軍部からの手紙で、玉の父のカツが日中戦争のおり、北京で戦死したことを知った。

 末吉の父の重造が、玉の父のお葬式に参列し、玉たちに声をかけた。


 「ムギさん。頑張ってな。お玉ちゃんも、お母さんを支えてあげてくれ。何か困ったことがあれば、いつでもわしに相談してくれよ」


 重造はその足で、山之王神社に向かい、神主と話をした。


 「神主さん。わしらの一家を、山之王神社の氏子にしてくれんかのぅ。昨今の世界情勢で、イギリス・アメリカと日本の関係は悪くなっておる。わしらは、いままではキリスト教徒だったが、軍部に目をつけられておる。このあたりの地主のわしが「キリシタン」だと、わしの土地や家を借りて仕事をしてくれている店子たちにも、日本の軍部から目をつけられ、仕事がやりにくかろう」


 「あなたさえよろしければ、私たちは、あなた方を氏子として受け入れますわい。ようわからんが、アメリカの神様も、私たちの神様も、私たちを天から見守ってくれているはずじゃ。神様とうしは争っていないはず。争いを起こしているのは、神の名を語って、争いをしているわしたち『人間』なのじゃから」


 「ありがとう。助かるよ」


 「わしの神社は特にしきたり事はないよ。年に1度の神社のお祭りの時に手伝いをしてくれればいい。じゃが、ここ最近は戦争のこともあり、お祭りは中止しておるがな。それと、お前さんのお子さんたちも、そろそろお年頃じゃろう。祝言などを行う時は声をかけてくれれば、この神社でお祝いをするよ」


 「わかったよ。その折は、ぜひお願いする」


 2人の会話は終わり、重造は家路についた。


3.第二次世界大戦勃発 ~リメンバー・パールハーバー~


 日本は、ドイツ・イタリアとともに、軍国主義の道へ突き進んだ。そしてついに、1941年の12月10日。日本は、ハワイ オアフ島の真珠湾パールハーバーに攻撃を仕掛けた。日本が参戦する第2次世界大戦の勃発である。

 日本からの攻撃は、真珠湾にあるアメリカの戦艦や戦闘艇をつぎつぎと破壊していった。その流れ玉のミサイルが、真珠湾の近くの、ミギル父子がいる礼拝堂を直撃した。

 礼拝堂は崩れ落ち、ミギル父子はその下敷きになった。ミギルの父は聖書を胸に持ちながら亡くなった。ミギルは、崩れ落ちた建物の下敷きになりながらも、その隙間にいて助かったが身動きがとれなくなっていた。2~3日経っただろうか?アメリカ本土の軍隊が救助活動に来た。

 

 「誰か、生きていますか?」


 軍隊の人たちが、声をかけている。


 「生きています。ここにいますーーー!」


 ミギルは精いっぱいの声を出して救出を求めた。軍人の1人、スウィーニー少尉がミギルの声に気づき、彼を瓦礫の中から救出した。


 「お父さんは?」


 「わからないけど、この礼拝堂で無事に救出されたのは君一人だ。その他の人たちは、今のところみんな死んでいた。とにかく病院に行こう」


 ミギルは、スウィーニー少尉に連れられて、病院で治療を受けた後、死体安置所で、亡くなった父と再会した。


 「僕らが何を悪いことをしたんだ。なぜ、お母さんだけじゃなく、お父さんまで失うことになるんだ」


 そういうミギルに、スウィーニー少尉が答えた。


★★イラスト19★★


 「君のお父さんを殺したのは、日本の爆撃機だよ。急に攻撃を仕掛けて来たのだ。私は真珠湾のアメリカ軍から連絡を受け、救助に来たのだよ」


 「日本の軍隊……」


 ミギルは、絶句したままうつむいて、涙を流していた。

 そののち、ミギルはスウィーニー少尉に引き取られ、アメリカ本土に移住する。そして、ミギルはスウィーニー少尉の誘いを受け、アメリカ空軍に入隊することになる。


4.戦火に向かう少年たち


 第2次世界大戦勃発後、日本は優位に戦争を進めていたが、徐々に戦火は悪い方向に向かった。そして、次々に、青年たちは、戦火に赴くことになる。1945年の春、江口家に、「学徒動員」の命令の中、「一造」「二造」「三造」「四造」に召集令状が来た。

 長男の「一造」は好きな人がいたため、戦火に向かう前日、山之王神社の本殿で祝言を行った。玉は、畑仕事のかたわら、山之王神社の巫女も務めていた、祝言では、一造、奥様を始め、両家の親戚が、折りたたみの椅子に、神さまに向かって座っている。その場では、お祝いの、巫女による神楽舞が披露された。巫女には玉も参加した。玉は一造の無事を願い、念じるように「神楽舞」を舞った。

 次の日、4人をのせた戦艦が長崎から出向した。末吉と玉は、港で彼らを見送った。

 見送りの帰り道、末吉は玉に語りかけた。


 「僕の誕生日は8月9日なんだ。今年、僕は18歳になる。もし、僕が18歳になったら……」


 「もし、僕が18歳になったら、君に僕のお嫁さんになってほしいんだ。お父さんがもし反対しても、僕は君と夫婦になりたい。お願いだ」


 「もちろん。わたしこそ。私は末吉さんのことが好きよ。私で良ければ……」


 「約束だよ」


 「ええっ」


 それから2人は、戦況が悪化する中でも、時間を見つけては、山之王神社のクスノキの下で会っていた。

 しかし、残念なことに、その間、末吉の兄4人の戦死の連絡が次々と入って来た。江口家は、4人の跡取りを相次いで失い、重造は失意の中で体を壊し、寝込む日が多くなっていた。


★★イラスト20★★

第4節 「運命の日」に向けて

1.1945年8月6日


 第2次世界大戦の初期は、日本は優勢に立っており、「日独伊三国同盟」のもと、徐々に植民地を増やしていった。しかしながら、アメリカ・イギリスを中心とした連合国軍からの反転攻勢を受け、イタリアが降伏、ナチス・ドイツが崩壊する中で、日本は最後の反乱国として戦っていた。しかしながら、8月6日の午前8時。決定的な出来事が起きる。広島への原爆投下である。


 「広島の街がおそるべき爆弾、通称『ピカドン』で消滅したらしい……」


 その情報は、秘密裏に各県の知事や市長などに連絡が入った。

 長崎の市長にも連絡が入り、その日の昼過ぎ、長崎市各地区の地主が集められ、この事実が伝えられた。重造は4人の子供を戦争で亡くし、失意の中で体調を崩して足腰が弱っていたが、杖をつきながら会合に参加した。


 「細かな状況は良く分からないが、『広島市』が一発の爆弾で消滅したらしい。生存者は不明とのこと。広島市の郊外から見たものの情報だ。その者は、その爆弾のことを『ピカドン』と呼んでいるらしい。一瞬、空が光ったかと思うと、次の瞬間、広島のありとあらゆる建物は吹っ飛び、地上にいたと思われる人間はみな、消失するか真っ黒こげになって逃げまどっているようだ」


 すると、一人の地主が話を切り出した。


 「どの国からの攻撃かわからないのか?」


 「わからんが、その時、上空を連合国軍らしき爆撃機が飛んでいたらしい」


 「長崎にもくるのか?」


 「否定はできん。長崎には、大規模な空軍、海軍の基地があるからなぁ」


 「その時、わしらはどうすればいいんじゃ」


 「危ない時は、防空壕に隠れるしかないじゃろうなぁ」


 集まった面々は、無言になった。すると、市長が最後に言った。


 「広島の状況は、逐次わかったら、また、みなを招集して伝える。今は、この情報しかない。当面は、市民を動揺させないように、このことは、みなの心の中に秘めておいてくれ」


 会合は終わり、重造は家に帰った。


2.末吉への「召集令状」


 重造が家に帰ると、土間で末吉が、右手に赤い紙を持って立っていた。

 それを見て、重造がすぐさま聞いた。


 「末吉、それはもしかして……」


 「お父さん。僕にも『召集令状』が来たよ。8月10日の朝、長崎から戦艦で参戦するよ」


 それを聞くと、重造はその場で杖をはなし、涙を流しながら崩れ落ちた。


 「妻も失い、4人の子供も失ったのに、最後に残った子供にも戦争に行けというのか……」


 いっときの沈黙の中、末吉が話を切り出した。


 「しょうがないよ。お父さん。僕は必ず帰ってくる。約束するよ」


 「頼む。わしを一人にしないでくれ……」


 「お父さん」


 「なんだ?」


 「ひとつ、お願いがあるんだ。僕、『ムギさん』家の『玉ちゃん』と夫婦になりたいんだ。参戦する前に祝言をあげさせてくれないか?」


 「お前が『玉ちゃん』に好意を持っているのは、うすうすと気づいていたよ。でも、『玉ちゃん』の思いもある。明日、玉ちゃん家に行って、相談してみよう」


 「ありがとう」


 2人の会話は終わり、重造は、奥の自分の部屋で床に臥せた。末吉は改めて、「召集令状」を一時、見つめ続けていた。


3.1945年8月7日


 朝早く、末吉と重造は玉の家に来た。


 「ごめん下さい。朝早くすまない。早く来ないと、2人とも、畑仕事を始めると思ってなぁ」


 「はーい」


 家の奥から、玉の母のムギが出迎えた。


 「すまんなぁ。朝早く。一刻も早く相談したいことがあって来たんじゃ」


 「いえいえ。狭いところですが、すぐに部屋を片付けますので、申し訳ありませんがしばらくお待ちください」


 玉と母のムギは、朝ごはんを食べていた。玉たちは急いで、丸テーブルから食事をしていた食器などを片づけ、テーブルを拭き、お茶と座蒲団を2つ用意し、末吉と重造を部屋まで招き入れた。

 末吉と重造は、座蒲団に座り、対面には、玉とムギが座った。

 すると、重造が話を切り出した。


 「率直に言うよ。お玉ちゃんを末吉のお嫁さんに迎えたいのじゃが、いかがかのぉ」


 ムギよりも早く、玉が答えた。


 「店子の私でもよろしいのですか? もし、よろしいのであれば、私を末吉さんのお嫁さんにしてください」


 「玉ちゃんさえよければ、もちろんじゃ。末吉も良いのぉ?」


★★イラスト21★★


 「はい。僕は小さなころから、玉ちゃんにお嫁さんになってもらえればと思っていました。ありがとうございます」


 「ムギさんもよいか?」


 「はい。2人が望むなら、私は何もいうことはありません」


 「よかった。よかった。ただ、ちょっと事情があってな……」


 一つ、深呼吸をして、重造は話を続けた。


 「昨日、末吉に召集令状が来た。ことを急いでいるんじゃ。8月10日には、末吉は長崎の港から戦地に向かう。それまでに、末吉とお玉ちゃんの祝言をあげたいんじゃ」


 それを聞いて、玉は一瞬絶句して涙を流したが、その後、


 「わかりました」


と答えた。


 「そうか。ありがとう。ところで、祝言は山之王神社で行えればと思っておる。これから、山之王神社にいっしょに行かないか?」


 「はい。わかりました」


 4人は、すぐさま山之王神社に向かい、神主に事情を話した。


 「わかりました。お2人の祝言をあげましょう。急な話じゃが、8月9日の11時、祝言を行うと言うことでいかがかのぉ?いろいろと準備があるし、特に、末吉さんは戦闘に行く準備もあろうからなぁ。ただ、この戦火の最中じゃ。集まれるものだけで祝言をあげよう」


 「ありがとう。それでは、8月9日の10時には伺います。よろしくお願い申し上げる」


 重造がそう言い、4人で神主に頭を下げた。そして、山之王神社を後にした。すると玉が重造に聞いた。


 「重造おじさん。私、重造おじさんのお家に行っていい? 末吉さんの出立のための荷物の整理など、お手伝いをしたいの?」


 「いいよ。末吉と2人で先に行っていなさい」


 すると、末吉と玉は手をつなぎながら、走って、江口家に向かった。


4.重造とムギの秘密


 末吉と玉が先に走っていったあと、重造とムギは歩きながら話をした。


 「あの2人を見ていると、昔のわしらのようじゃのぉ」


 「ええ」


 そう。重造は、もとはムギと相思相愛で、よく、人目をはばかっては、愛をはぐくんでいたのだ。しかし、重造には決められたいいなづけがいた。重造はムギと夫婦になりたいと重造の父に懇願したのだが、それは実を結ばなかったのだ。


 「わしは、わしの父に逆らえなかった。わしの父は、本当は穏便な人じゃったが、ムギさんとのことばかりは許してくれなかった。当時は、地主どうしの子供を『いいなずけ』として、小さい頃から決める風習があったからなぁ。あの時はすまんかった」


 「気にしないでください。私は後悔していません。それに、私の夫の『カツ』も、私と重造さんの仲を知ったうえで、傷心した私を慰めて、幸せにしてくれました」


 「自分の息子にはわしと同じ思いをさせたくなかったんじゃ。じゃから、わしの息子にはいいなづけをつけなかった。末吉が玉ちゃんのことを好いてくれて、実はとてもうれしかった。2人には幸せになってほしいと思っていたんじゃ」


 「私もですよ。2人のこと、認めてくださってありがとうございます」


 「好きなもんどうしが夫婦になることは良いことじゃ。めでたいのぉ」


 帰る道々、2人は昔の想い出に浸りながら、話をし続けた。


5.末吉と玉の約束


 一方、末吉と玉は、江口家にもどると、さっそく、末吉の出発の準備を行った。準備の中で、時折、涙を出す玉を見て、末吉は言った。


 「きっと帰ってくる。僕は、生きるためなら何でもするよ。決して、君を悲しませない。

 そうだ。僕が戦争から帰ってきたら、すぐに玉ちゃんの家に行く。そして、山之王神社のいつものクスノキの下で話をしよう。8月9日も10時には、山之王神社の境内の前の2本のクスノキのところで待ち合わせて、祝言の用意をいっしょにしよう」


 「ええ。約束よ」


 玉は、笑顔をつくり、末吉の準備を手伝った。

 一通り手伝いが終わると、玉は江口家を後にした。


 「私も花嫁衣裳の準備をしなきゃ」


6.8月8日 アメリカの航空艇


 連合軍の日本攻略は着々と進んでおり、太平洋の日本近海に、数隻の戦艦や航空母艦がせまっていた。航空母艦の1台に、ミギルは、命の恩人であるスウィーニー少尉と乗っていた。

 アメリカの軍部から命令がスウィーニー少尉にあった。


 「8月6日に、呉の港の近くの広島に原爆を落としたが、日本は、戦争をやめようとしない。連合軍は、もう1発、原爆を落とすことにした。ターゲットは、日本の軍事機器の材料の鉄を生産している、北九州の『小倉』」


 スウィーニー少尉はその命令を受けると、ミギルともう1名の軍人とともに、原爆を積んでいるB29型爆撃機「ボックスカー」に乗り込み、航空母艦から出発した。



第5節 運命の日 1945年8月9日

1.原爆投下のターゲットは、「長崎」


 1945年8月9日の朝、爆撃機「ボックスカー」は、複数の爆撃機に守られながら、北九州「小倉」の上空に来た。しかし、当日の北九州上空の天候は悪く、厚い雲と突風に爆撃機はあおられ、安定した状態で原爆を落とせる状態ではなかった。原爆の投下に失敗すると、「ボックスカー」を含む爆撃機の集団すべてが被害を受ける。

 スウィーニー少尉は、暗号無線で、出発した航空母艦にメッセージを送った。


 「現在、北九州の『小倉』上空。しかしながら、『小倉』上空は天候が悪く、原爆投下に失敗する可能性がある。一旦、引き上げるか?」


 「ちょっと待て。アメリカ軍部に命令を仰ぐ」


 数分した後、航空母艦から暗号無線で回答があった。


 「ここで原爆投下やめると、日本との戦争が長期化する可能性がある。原爆投下は本日、決行する。ただ、原爆投下のターゲットを変更する。現在の日本の戦艦・爆撃機の主要基地になっている『長崎』だ。本日の長崎の天候は晴れのはずだ。『長崎』に向かってくれ」


 「了解」


 スウィーニー少尉から、ボックスカーに乗っている軍人に命令があった。


 「悪天候のため、本来の目的地である北九州の『小倉』に原爆を投下するのを諦める。その代わり、現在の日本の軍艦・爆撃機の主要基地となっている『長崎』に原爆を投下する。長崎に向けて飛行する」


 その時、ミギルは小声でつぶやいた……。


 「なっ長崎……」


2.爆撃を受ける長崎


 9時過ぎくらいから、アメリカを中心とした連合軍と思われる爆撃機が、一斉に、長崎の街々を攻撃し始めた。空襲警報が鳴り続ける。玉たちは、近くの防空壕の中に隠れた。そのころ、江口家では、爆弾がまともに着弾し、火の手が上がっていた。防空壕に逃げる直前で、重造や商屋の従業員は、まともに爆風を浴びて、至る所にけがをした。

 無事だった末吉は、倒れている重造を抱えながら、防空壕まで逃げ、重造や従業員たちの治療にあたった。その間にも、江口家は火の粉が舞い、丸焼けになろうとしていた。


 「お前、お玉ちゃんとの約束があるだろう。もうすぐ祝言の時間じゃ。爆弾に気をつけて、山之王神社に向かえ」


 「お父さんや従業員のみなさんを見捨てていくわけにはいかないよ。きっと、玉ちゃんもわかってくれるはずさ。お父さん、出血がひどい。止血をしなきゃ」


 その頃、玉は、防空壕から飛び出そうとしていた。


 「玉。今は爆撃が激しい。山之王神社も無事かどうかわからないわ。防空壕にいなさい」


 「わたし、末吉さんと約束をしたの。それに山之王神社のことも気になる。爆撃に気をつけながら、山之王神社に行ってみるわ」


 玉は、母のムギの制止を遮り、防空壕を出て山之王神社に向かった。


3.原爆投下

 その頃、原爆を乗せた爆撃機、ボックスカーは、長崎の上空に差し掛かっていた。

 スウィーニー少尉は命令を下した。


 「雲が晴れた。若干風があるが、これであれば、原爆投下は可能だ。狙いは、長崎港。原爆投下担当。原爆投下の準備に入れ」


 原爆投下担当。それはミギルだった。


 「僕には、原爆投下のボタンを押せません。僕は子供の頃は長崎で育ちました。日本の友達もたくさんいる。僕には、彼らを殺すようなことはできない」


 「ミギル。何を言っているのだ。お前、パールハーバーのことを忘れたのか? お前の父親の命を奪ったのは日本人なのだぞ。それに、この原爆を落とさなければ、日本はきっと戦争をやめない。長崎の人たちには悪いと思うが、これ以上、戦争被害者を出さないためには必要な措置なのだ。お前が押さなければ俺が押す。どうする。ミギル」


 ミギルは、原爆投下のボタンに手をかけながらも、苦しみながら言った。


 「僕は、僕は、どうすればいいんだ。神様は、なぜ、僕にこのような残酷な試練を与えるんだ……」


 「ミギルーーー! 押すんだ。俺も長崎の人たちを殺したくない。しかし、ここで原爆を落とさなければ、戦争は終わらない。日本民族そのものが滅んでしまうんだ。押すんだー!」


 「末吉君。玉ちゃん。すまない。お願いだから、生き延びてくれ……」


 呻きだすような声を出した後、ミギルは、目から涙を流し、右手の人差し指を震わせながら、原爆投下のスイッチを押した。


4.1945年8月9日 11時2分


 原爆は、「ボックスカー」から投下された。

 原爆は、風に流され、長崎港からずれ、浦上天主堂の近くの、江口家の上空500mのところで、まばゆい閃光をはなった。

 重造の止血を一通り終わり、家の火消しを行っている末吉の真上で、原爆は爆発した。瞬間的に、末吉は、山之王神社のほうを向いて叫んだ。


 「玉ちゃん。生き……」


 原爆からものすごい熱風と閃光がはなたれ、末吉は、叫んでいる途中で溶けて灰になった。防空壕もはじきとばされてむき出しになり、重造も江口家の従業員もすべて、灰になった。


―――――


 爆心地から1㎞離れている山之王神社にも、閃光と熱風が押し寄せて来た。

 玉は、手で目をふさぎ、座り込み、気を失った。

 その時である。玉の左右のクスノキの大木と枝葉が、まるでゴムのようにねじ曲がり、玉を守るように包み込んだ。

 玉は二つのクスノキに包み込まれ、閃光と熱風から守られた。


―――――


 上空の「ボックスカー」から、長崎の街がまるで更地になっていくように粉々になっているさまを、涙を流しながらミギルは見ていた。そして、つぶやいた。


 「僕は、僕は、神さまも、友達も、すべて殺してしまった。なんてことをしてしまったんだ。原爆……こんなものを使ってはいけなかったんだ」


 そしてミギルは、腰にさげているホルダーから拳銃を抜き出し、こめかみに銃口をあてて、自ら命を絶った。


★★イラスト22★★


―――――


 どれくらいの時間が経ったのだろうか。玉は意識を取り戻した。真っ暗だ。


 「えっ。私は今、どこにいるの? ここはどこ?」


 そう言うか言わないかのうちに、目の前が徐々に明るくなり、クスノキの木や枝葉がもとにもどっていた。原爆の熱風から玉を守ったためなのか、木の幹や枝葉の一部は燃えたり、焦げたりしていた。

 玉は立ち上がり、周りを見渡した。そこには、山之王神社の本殿も、社務所もすべて吹き飛ばされており、更地のようになっていた。



第6節 焼け落ちた「長崎」

1.原爆の惨状


 玉は、ふと我に返り、山之王神社の境内を走り回った。しかし、誰も生存者はいなかった。

 そして玉は、山之王神社の階段を降りた、山之王神社の階段の下の鳥井も、片方の柱のみ立っていて、他は崩れ落ちていた。

 玉は自分の家に向かったが、玉の家も跡形もなく吹き飛び、また、防空壕の中にいる人は、玉の母のムギも含めて、すべて焼け死んでいた。


 「お母さん。おかあさーん」


 玉は泣きながら崩れ落ちた。

 その後、


 「末吉さん……」


 玉は、思い出したかのように、江口家に走っていった。

 走っていく道中、何人もの人たちが、半分体が溶けるようにして死んでいた。


 「末吉さん。末吉さん」


 玉は、うわごとのようにつぶやきながら、江口家に行った。

 しかし、そこは、山之王神社周辺よりもひどい状況で、建物も、人も、何もかも吹き飛んでいて、跡形もなくなっていた。遠くには、浦上天主堂の正門部分だけが建って残っていた。



★★イラスト23★★


 玉は再び、


 「末吉さん。末吉さん……」


とつぶやきながら、長崎の街並みを歩いた。しかし、生きている人はいない。崩れた建物、人が立っていたと思われるところには、肌がやけるようなにおい。そして、原形をとどめずに転がっている人間や動物の死体が無造作に転がっていた。


 「……」


 玉は、歩きながら崩れ落ち、気を失った。


2.野戦病院


 意識を取り戻すと、玉は、床の上に引かれたシートの上に眠っていた。


 「意識を取り戻したわね」


 汚れた看護師の服を来た女性が話しかけて来た。


 「あなた。爆心地の近くでよく生きていたわね。あなたが倒れているところを、長崎郊外から救出に行った人たちが発見して、ここまで運んでくれたのよ」


 「ここは?」


 「長崎市の郊外の野戦病院よ。あなたは無傷で脱水症状を起こしていただけだった。でも、2日間、ずっと眠っていたのよ。本当によく助かったわね」


 「他の人は?」


 「爆心地近くで無傷で生きていたのはあなただけ。その他の人は、たとえ生き残っていたとしても、無傷ではないわ」


 「『江口 末吉さん』って方はここにいらっしゃいませんか?」


 「ここにはいないわ。もし、奇蹟的に生きているとしたら、他の野戦病院ね」


 「きっと、末吉さんは生きている。私と約束したもの……」


 そう言うと、玉は再び、深い眠りについた……。



最終章 末吉さんとともに


 時代は、20xx年に戻る。再び、玉は左右に座っている老人に話しかけた。


 「私は、孤児なんよ。原爆投下の後のことは良く憶えておらん。ただ、街中を夫となる人を探してさまよい、気がついたらどこともわからない広場に作られた野戦病院のテントの下に敷かれたシートの上で寝ておった。その後も探したが、親戚も誰もおらん。戦争にいっていた父も、家にいた母も、夫の家族もおらん。夫となる方の家族は亡くなったかどうかもわからんのじゃ。私は、その野戦病院の看護師たちを手伝いながら、毎日、約束の時間には、この神社の樹木の下に来た。もしかしたら、夫となる人が来ておるんじゃないかと思ってな。じゃが、来なかった。私は今日まで、なんとか生き抜いた。命だけは助かったが、原爆症が残っているもんでな。誰も結婚などしてくれん。野戦病院の手伝いがひと段落した後も、いろいろな仕事をして頑張ったよ。そして今は、少しだけ蓄えたお金と年金で老人ホームに住んじょる。そして毎日欠かさずここに、夫となる人と約束した時間に来ちょる。もしかしたら、夫となる人が生きているかもしれんと思うてな」


 「そうじゃったのか。長くつらい思いをさせてすまなんだ」


 そう老人の一人が言うと、山之王神社の本殿から、一人の若者が紋付羽織袴で歩いてきた。


 「お玉ちゃん。待たせたね。ごめんね。さあ、祝言をあげよう。これからずっといっしょだよ。おいで」


 若者は、紋付羽織袴をきた18歳の末吉の幻影だった。


 「えっ」


 その時、玉は、自分が18歳の時の姿に戻り、花嫁衣裳を着ていることに気づいた。


 「末吉さん」


 玉は、すっと長椅子から立ち上がり、裾を持ちながら、末吉のほうに近づいた。



★★イラスト24★★


 「さあ、僕の父の重造や家族、お玉ちゃんの家族、ミギル君父子も待っているよ。行こう」


 2人は手を取り合い、本殿に入った。

 すると、天から本殿に一筋の光が差し込み、末吉と玉の背中には大きな2枚の羽根が生え、本殿の天井をすり抜け、天に昇っていった。


―――――


 長椅子には、笑顔で眠るように座って息を引き取った玉がいた。

 その横に座っていた2人の老人は、次のように会話をした。


 「玉さんには、つらい思いをさせてしまったかのぉ。わしらが余計なことをしたのじゃろうか?」


 「いや。これは末吉さんやミギル君の願いじゃったからしょうがなかろう。末吉さんが、最期に『お玉ちゃん、生きろ』ってわしらにも念を送って来たからのぉ。それに上空からも、ミギル君の「すまない」と言う念も届いたしなぁ」


 「そうじゃのぉ。だからわしらは玉さんを助けた。そして、玉さんは天寿を全うした。今は、2人は天国で幸せそうにしておるじゃろう。ようやく、わしらの仕事のうちの一つは終わったのぉ」


 「そうじゃ。でも、このような悲劇はもうたくさんじゃ。わしらはこれからも頑張って、後世に、わしらの姿を残し続けなければならん。二度と戦争が起きないように。まだまだ、先は長いぞい」


 会話は終わり、2人は、それぞれの「被爆樹木」のクスノキにスッと戻っていった。

 そう、この2人の老人は、山之王神社に今も雄々しく繁っている「被爆樹木」のクスノキの妖精だった。

 ほどなく、老人ホームの介護師たちが亡くなった玉を見つけ、丁重に弔った。

 今も「被爆樹木」は、長崎市民に支えられ、四季折々の風情を描きながら、人々を見守っている。


(秋編 終わり)

 私の考えた妖精は、地球の大自然とともに生きる「精霊のようなもの」、人間とは違う進化をしながらも、大自然と共生して生き続けてきたのです。妖精たちには、それぞれの特性にあった、たった一つの特別な能力しかありません。ただただ、私たちのことを見続け、よりそってくれる存在です。もし、付け加えるとしたら、彼らのもう一つの能力は、彼らの使える『神さま』に頼み、「亡くなった人」が、「残された人」たちへ「最期の想い」を伝えさせること。もしかしたら、私の考えた「妖精」は、日本神話にある「八百万やおよろずの神々」かもしれません。

 ほとんどの人間は、死の間際では意識を失い、「最期の想い」を伝えられず天に召されます。妖精たちは、天に召された方々を連れてきて、「残された方」に「最期の想い」を伝えさせます。もしかしたら、あなたのもとへも、「あなたが大切に想っていた方の幻影」と妖精が現れ、「最期の想い」を伝えに来るかもしれません。そして、天に召された人も、残された人も、それぞれ、心地良く、次の「道」へ進みます。僕は、そのように信じます。

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