夏編 ~夏の日のエトランゼ(訪問者)~
この本では、私なりに想像した妖精たちを四季折々の情景とともに綴ろうと思います。
本作はそのうちの「夏編」です。
四季の妖精たち 夏編 ~夏の日のエトランゼ(訪問者)~
第1節 父と母の残した「民宿」
1.民宿「夏目」
ここは神奈川県、相模湾のとある海辺。古都の近くでもあり、サーフィンのスポットでもある。年中観光客が多く、特に夏になるとたくさんのサーファーが訪れてサーフィンを楽しむ。そして、毎年7月末になると、ここで大規模なサーフィン大会が行われる。
海辺から上がり、道路をはさんだ反対側の道路沿いに、1階が喫茶店、2階には6畳3部屋の宿泊施設を持つ1軒の民宿がある。名前は「民宿 夏目」。サラリーマンだった私の父、夏目 洋が、母の渚と3歳の私、遙を連れ、趣味のサーフィンを本格的に行うために会社をやめて、この地で老夫婦から中古の民宿を引き取って20年前に営みはじめた。母は、老夫婦の親戚で近所に住む年配の女性、源 晴美さんをバイトに雇い、昼は喫茶店を、夜は父と民宿を経営していた。母はサーフィンを楽しむ父を見るのが好きだった。父と母が出会ったのもこの海岸だった。
夏になると、店が暇な時に父母は晴美さんに喫茶店をまかせ、幼い私を連れて海辺に向かった。細身の母は、真っ白なTシャツとスカートを纏い、縁の大きな麦わら帽子をかぶり、長い黒髪を風になびかせながら私と一緒に砂浜に座る。そして、いかにも「サーファー」という感じの体格で短髪の父がサーフィンする様子を眺める。また、父は、サーフィンの一休みのたびに「あの自動販売機まで競争だ。パパに勝ったらジュースを飲ませてあげる」と言いながらも、私にわざと負けて缶ジュースを私に渡してくれる。私は幼いながら、太陽の下で仲良く楽しんでいる父母の笑顔が大好きだった。今も鮮明に覚えている。
2.父 洋の最期
私たちがこの地に来て3年目の夏、私たち一家に不幸がおそった。
この地に引っ越す前から父は、毎年7月末にこの地で開催されるサーフィンの大会に参加しており、「アマチュア メン」の部で4年連続、優勝をしていた。そして5連覇がかかる大会、私が6歳の時。この地を襲った台風が過ぎさった直後のサーフィン大会の前日。父はめずらしく心配する母に対し、
「台風が通過した直後の波は、サーフィンの、俺の得意技を練習するには絶好なのだ」
と言い残し、サーフボートを片手に海へ向かった。
父の得意技は「チューブライディング」。カールする波の中で行う究極のライディングだ。父の思い通り、大きな波が繰り返し海岸に流れてくる。父はその波に乗って、何度も「チューブライディング」の練習をしていた。そして、この日最大の波が来た時に、父は「チューブライディング」を行っている波の中に消えた。波が過ぎ去っても、父はどこにもいない。波にのまれてしまったのだ。
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「洋、洋……」
母は喫茶店を出て海辺に走った。喫茶店にいた晴美さんはすぐに警察と、海辺の近くにある「サーフィン大会の関係者」の事務所に連絡を取り、父の捜索を要請した。
しかし、海岸に流れ着いたのは、サーフボードと父の足をつないでいたロープの切れ端のみ。父は、そこにはいなかった。大会は中止。行方不明になって5日後、父は海辺の沖5kmのところにうつ伏せで浮いているのを、近くを通る漁船より発見された。溺死だった。
3.父の意志をついで
父の死後も、母は喫茶店兼民宿をやめなかった。営業を続けたのだ。
「ここを離れると、お父さんを一人、置いていくような気がして……」
そう言いながら、母は晴美さんとともに民宿を営業し続けた。晴美さんは、当初は「昼の喫茶店のみのお手伝い」という約束だったが、夏はサーフィン客、それ以外の季節は観光客でにぎわい、昼も夜も一生懸命に働く母を不憫に思ったのか、いつしか、民宿のお手伝いまで行ってくれた。そして母は、女手ひとつで私を育ててくれた。私は、中学生になったくらいから少しずつ母の手伝いをはじめた。手伝いやすいように、髪はショートヘアにした。そして、高校を卒業した後は、私は進学せずに本格的に民宿を手伝った。しかし、長年の無理がたたったのか、母は、私が高校を卒業して3年後、体調を崩して他界した。
4.晴美さんからの相談
母が亡くなった後も、「バイトさん募集」というポスターを喫茶店の窓に貼りながら、私と晴美さんは2人で民宿を営業していた。しかし、なかなか新しいバイトさんは来てくれなかった。そして、改めて私は民宿兼喫茶店の営業の大変さを知った。
朝5時に起き、まず、宿泊されているお客さんの朝ごはんの準備。7時から9時まではお客さんの朝ごはん。その後、朝ごはんの片づけを行い、10時がチェックアウト。宿泊されていたお客さんの部屋を片付け、11時~16時までは喫茶店経営。食材や飲み物などは、次の日の献立を決めて、近くの商店街の「業務スーパー」で働く、少しぽっちゃりした私の同級生「浜崎 満君」に配達してもらい、16時からは、宿泊する方のチェックインを行いながら、喫茶店の後片付け。17時から夕食とお風呂の準備。18時~20時までは夕ご飯。お客さんがご飯を食べている間に、お客さんの部屋にお布団を敷き、お風呂と民宿は22時まで。お客さんがお風呂に入っている間に夕ご飯の片づけ。22時にお風呂を閉めると、私自身がお風呂に入り、お風呂を掃除し、一日の収支計算。眠りにつくのはほぼ、午前0時だった。晴美さんは9時から22時まで私を手伝ってくれた。晴美さんと私自身の食事は、仕事の合間に行っていた。
そのような日々が2年経った20xx年の6月のとある日曜日の、お昼のランチタイムがひと段落し、お客さんがいなくなった喫茶店で、私は晴美さんから相談を受けた。
「遥ちゃん。私ももうすぐ80歳になる。精いっぱい頑張って来たけど、私もそろそろ疲れてきて……。遥ちゃんには悪いけど、お暇をいただこうと思っているの。せっかくお父さんとお母さんが残してくれた民宿だけど、老朽化も進んできたし、そろそろ民宿を閉めたほうが良いと思う。あなたは若いし頑張り屋さん。この地は、ホテルや民宿はたくさんある。あなたを雇ってくれるところはきっとあるわ。私の伝手でよければ話をしてみてもいいの。どうかしら」
晴美さんがそう言うと、少しの間考えて、私は答えた。
「そうよね。晴美さんは良く頑張ってくれた。確かに私一人ではとてもこの民宿をやってはいけない。でも、私は父と母が残してくれたこの民宿が名残惜しいの。父がこの地で亡くなった時の母の気持ちがわかる気がする。私も、父や母を残してこの地を離れることはできない。7月にサーファーのお客さん2名が1か月、滞在の予約を入れてくれているの。7月末のサーフィン大会に参加するためだと思う。7月末、最後のお客さん2名のお世話を終わるまでこの民宿を続けようと思う。その後は、この民宿を手入れしながら私はここに住んで、晴美さんが紹介してくれるホテルか民宿に働きに行くわ。晴美さん。わがままを言うようだけど、7月末まで頑張ってくれないかしら」
「ごめんね。晴美ちゃん。実はこの前、無理を言ってお休みを1日いただいでしょ。その時、病院に行っていたの。お医者さんからは『これ以上、無理をしないほうがいい。病気ではないけど、相当、体に負担をかけているみたいで、特に肩や腰の筋が悪くなっている。痛みを感じているのではありませんか?』と言われたの。それに東京に住む息子夫婦が『子供たちが巣立ったし、お母さんのことを一人にしておくのが心配だから』って言ってくれて、6月の末に私を迎えに来てくれることになったの。本当に申し訳ないけど、私は6月末でお暇をいただくわ」
「そう……」
私は、今まで20年、一生懸命お手伝いをしてくれた晴美さんにこれ以上無理を言えないと思った。そして、
「わかったわ。7月に予約をいれてもらったお客さんには事情を話して、今月で民宿を閉めるわ」
と晴美さんに話しかけていた。ふとその時、私は喫茶店の窓越しに、肩からポシェットをかけ、白いワンピースを纏い、大きな縁の麦わら帽子をかぶった長髪の若い女性が喫茶店へ向かって歩いてくるのに気づいた。
第2節 夏の日のエトランゼ(訪問者)
1.新しいバイトさん
その女性は喫茶店の前まで歩いてくると、お店の前の窓に貼ってある「求人募集」の紙を確かめた後、そーっと喫茶店のドアを開けて入って来て、私たちにたずねてきた。
「あのー。ここは、『民宿 夏目さん』ですか?」
「ええ。ここは、『民宿 夏目』の1階の喫茶店よ」
「喫茶店の窓に『バイト募集』って貼ってありますけど、まだ、募集されていますか?」
「えっ、ええ。まだ募集しているわ。ところで、あなたは?」
という私の問いに彼女は答えた。
「唐突にすいませんでした。私は、『潮風 渚』といいます。東京の外国語大学に通っています。今、3年生で9月から1年間、イギリスに留学することになりました。そのため、6月から休学して留学の準備をしているのですが、できるだけ自分でも、留学の資金を貯めたいなぁと思って、短期間でバイトをできるところを探していました。その時、私の父の知り合い伝手から、この民宿を紹介されたのです。ここはいいところですよね。観光地も近いし、海辺の近く。きれいな海、気持ち良い風も吹いていますし。
8月初旬には諸手続きもかねて、イギリスに向かいます。短期間で申し訳ないのですが、7月末まで、ここに住み込みでバイトをさせてもらえませんか?」
「ここは6月で閉めようと思って……」
と私が言おうとした時に、晴美さんが、先に渚さんにたずねた。
「あなた、『渚さん』って言うのね。今のこの民宿の店主はここにいる『遥さん』。あなたのお名前は遥さんの亡くなったお母さんと同じ名前なの。どことなく遥さんのお母さんと顔やしぐさが似ているわ。奇遇ね。ところであなた、いつからバイトできるの?」
「たいだい、出国に必要な準備はできましたから、早ければ2~3日後には、こちらにお邪魔して、バイトできると思います」
「そう。実は私は健康上の理由で、6月末でお暇をいただこうと思っていて、その時にこの民宿を閉めようかと2人で話をしていたの。遥さん一人では、とても民宿と喫茶店を営業できないと思って。でも遥さん、私がお暇をいただく相談をする前に、7月末のこの海辺で行われる『サーフィン大会』に参加する宿泊客の予約を2名、取っちゃったからどうしようって話をしていたところなのよ。ちょうどよかったわ。あなたが7月末までここでバイトしてもらえるなら、7月末までここの営業ができる。6月末までは、私があなたにバイトのお仕事の内容を引き継ぐわ。結構大変だけど、住み込みなら大丈夫でしょう。ところであなた、料理とかは得意?」
「得意とまではいきませんが、イギリス留学する準備もかねて母に仕込まれましたので、ある程度は料理できます」
「そう。じゃあ話は決まったわ。7月は渚さんに手伝ってもらって、7月末までこの民宿を営業する。遥さん、どう?」
「えっ、ええ。私は7月末までここを営業できれば何も言うことはないわ。バイト代はそんなに高く払えないけど、住み込みで3食付きということでどう?」
「はい。留学の資金はほとんど両親に負担してもらうのですけど、ちょっとでも、私の力で資金を用意できればと思っていたので」
「わかったわ。あなたの住み込みのお部屋は、2階のお客さん用のお部屋を使ってもらうことになると思うけど、晴美さんと私で用意しておくわ。できるだけ早く来てね」
「はい。ありがとうございます」
3人での交渉は思いのほかスムーズに進み、2日後、渚さんは、白いボストンバックを持って現れ、晴美さんの指導の元、バイトをはじめてくれた。
晴美さんと私が想像していた以上に、渚さんは仕事を覚えるのが早く、民宿や喫茶店のお手伝いを一生懸命行ってくれた。6月の終わりには、晴美さんはほぼ現場監督。微笑ましく見ているだけで、渚さんと私だけで仕事をこなすことができるようになっていた。
2.晴美さんとの別れ
6月30日。この日まで宿泊していたお客さんを午前10時に送り出した。
そして、いよいよ、晴美さんがこの民宿を去ることになった。
お昼に、晴美さんの息子さん夫婦が、車で晴美さんを迎えに来た。
「今から、私の家に帰って、引っ越し道具をまとめて、東京に向かうわ。遥さん。20年間お世話になりました。60歳になって、今後の人生をどうしようかと思っていた時に、貴方のお母さんの『渚さん』が声をかけてきてくれてとてもうれしかった。こんな年寄りでもまだ役にたつのだって思ってね。あなたのご両親にはとても感謝している。お2人が先にお亡くなりになるとは思わなかった。あなた一人を残してここを去るのはつらいけど、許しておくれね。それから、バイトの『渚さん』、遥さんのことをよろしく。7月末まで、この民宿を頼みます」
涙を流しながら話す晴美さんに、私も、バイトの渚さんももらい泣きをしながら、
「後はまかせてください。あと1か月だけど、2人で力をあわせてがんばります」
と答えた。
「それでは」
と、運転席の晴美さんの息子さんが一礼をし、車を走らせ始めた。
後部座席の晴美さんは、後ろを振り返りながら手を振っていた。
それを、渚さんと私は、車が見えなくなるまで手を振り続けた。
「行ってしまいましたね」
「そうね。あと1か月。私に力を貸してね」
「はい」
渚さんと私は、その日の喫茶店の営業を終えた後、明日から宿泊されるお2人の部屋を片づけ、一緒に晩御飯を食べ、お風呂に浸かった。
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「明日からのお客さん。どのような方でしょうね。(―_―)」
「サーファーだから、ちょっと気性が荒いかも。(^v^)」
「えー。気性の荒い方、困ります。(;_;)」
「お1人は40歳代のおじさん。もうお1人は20歳代の若い方みたいよ。
おじさんの方は、私のお父さんと同じ名前の『洋さん』、若い方も、漢字は違うけど、『陽さん』なんだって。あなたも、私のお母さんと同じ名前だし、何か奇遇よね。(^v^)」
風呂場の窓から見える星空を眺め、たわいのない話をして、ひと時を過ごした。そして、私たちはお風呂から上がり、明日からの新たな〝出会い〟に期待と不安を抱きながら、それぞれ、床についた。
3.2人のお客様
7月1日。久しぶりにお客さんがいない朝を迎え、私と渚さんは、開店前の喫茶店のテーブルで、ゆっくりと朝食をとった。その後、11時からの喫茶店の開店の準備をしている時、民宿の左側にあるお客様用の駐車場に、1台の白いキャリータイプのレンタルらしき軽トラックが、荷台に固定された2つのサーフボードスタンドにカバーをかけられていると思われるサーフボードを積んで現れた。その軽トラックは、そのまま、駐車場に入ってきて、車を止めた。運転席からは、年は40歳代後半。ちょっと白髪交じりだが短髪で、中肉中背、白いランニングシャツと黒の短パンをはいたおじさんが、助手席からは、20歳代前半くらいで、茶髪の長髪、長身で黒いサングラスをかけ、オレンジ色のTシャツと紺色のジーパンをはいた青年が降りて来た。
「まったく、ダサい車をレンタルしやがって。だから、おっさんといっしょに来るのは嫌だっだんだ」
「グダグダ文句を言うな。サーフィンやりたいって言うから、いっしょにアメリカから連れて来て、車にも乗せてきてやったんだぞ」
2人は軽く口げんかをしながら、喫茶店の入り口近くで「喫茶店 夏目」の立て看板を出そうとしている私のところに歩いて近づいてきた。そして、人懐っこそうなおじさんの方が私に声をかけて来た。
「君、遥ちゃんだろう。お母さんそっくりな顔立ちだなぁ。すぐわかったよ。おじさんのこと、覚えているか? でも、20年近く前のことだから、覚えていないか……」
間髪入れず、そのおじさんは話し続けた。
「俺の名前は『太平 洋』。遥ちゃんのお父さんとは昔、サーフィンを良くしたものさ。7月末のサーフィン大会にも君のお父さんの『洋さん』とはいっしょに良く出た。でも、いつも君のお父さんが1位、俺が2位だった。約20年前に俺はアメリカに転勤になっていたけど、おととい、1か月休暇をとって久しぶりに日本に帰ってきた。8月には、またアメリカに戻らないといけないけど、久しぶりにここに来れてうれしいよ。たけど、この民宿と喫茶店は昔のままだなぁ。いやー、懐かしい。でも、お父さんとお母さんは会えると思っていたのに残念だ。他のサーフィン仲間から聞いたよ。こんなに早く2人とも亡くなるなんて……。
ちなみに横に立っている坊主は、俺の同僚の息子の『大和 陽』。漢字は違うが、名前は、遥ちゃんのお父さんと同じ『よう』さ。アメリカ生まれのアメリカ育ちだけど、サーフィンが趣味だからって、いっしょに連れて来た。チェックインは16時だと思うけど、早くサーフィンがしたくて、サーフボード乗せられるレンタカーを借りてやって来たよ。今日から2人、1か月の間この民宿でお世話になる。よろしくお願いするよ」
「おっさん。さっきから『坊主』、『坊主』ってうるせえんだよ。俺はもう20歳だぞ。それから、おっさん。やっぱり、好みのタイプの女性を見つけると、すぐに話しかけるなぁ。年甲斐もねえぞ」
「やかましい。サーフィンにしか興味のないお前とは違う。俺は、『人間らしい』人間なんだ」
「わかった。わかった。おっさんがやかましくてすいません。僕は『大和 陽』といいます。1か月間、このおっさんともどもお世話になります。よろしくお願いします」
私は、2人の会話に圧倒されて、喫茶店の看板を持ったまま呆然としていたが、見かけは派手だが、私には礼儀正しい「陽さん」の一言で、ようやくしゃべることができた。
「よ、よろしくお願いします」
渚さんは、喫茶店の奥のカウンターのキッチンから、目を丸くして見ていた。
「もう、お部屋は用意できていますから、お荷物を持って来ていただいて、サーフィンをお楽しみください。ちなみに、お2人のお部屋は、階段を上がって2階の左側、2部屋になります。それから、お部屋には、サーフボードをかけるラックがありますから、ご自由にお使いください」
「じゃ。さっそく、部屋に荷物を運んで、サーフィンを楽しませてもらうよ。ちょっと早いけど、昼飯はすませてきたし、荷物を部屋に置いたら、車からサーフボードを下ろさせてもらう。ところで、この民宿は遥ちゃん一人で経営しているの?」
そう、洋さんが聞くと、ようやく、喫茶店の奥のキッチンから、渚さんが出てきて、挨拶をした。
「この民宿で、住み込みのバイトをしている『渚』といいます。よろしくお願いします」
「ヒャー。可愛い女の子2人で経営しているの。大変だろう。なんか力仕事があったら手伝うし、声をかけてな」
「それを『ナンパ』っていうんだよ。みっともねえなぁ。おっさん。アメリカに帰ったら、奥さんに言いつけるぞ」
「お前。旅費と宿泊費まで俺が出してやったんだから、黙ってろよ」
「わかった、わかった。遥さん、渚さん。おっさんに何か変なことされそうになったら、僕に言ってくださいね。この年代のおっさんは『肉食系』だから困るよ。さあ、部屋に荷物を運んで、サーフィンするぞ」
そう言うと、陽さんは洋さんの手を引っ張って車に戻っていった。2人は、荷物を持ってそれぞれの部屋に行き、水着に着替えた上で、車の荷台からサーフボードを降ろし、手入れをした上で、ボードをもって海辺に向かった。
第3節 かけがえのない「日常」
1.2人の腕前
洋さんと陽さんの2人は、準備体操をした後、早速、サーフィンを開始した。
今日は穏やかな天気だ。そんなに波は立っていない。その中でも2人は、黙々とサーフィンを行っていた。
洋さんは、その性格通り、基礎練習の波に乗る「アップスダウン」「フローター」などの練習を行った後、何度も海に落ちながらも、豪快に跳ぶ技「オフザリップ」「エアリアル」などを行っていた。
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一方、陽さんは、慎重な性格なのか、「アップスダウン」「フローター」を行った後、ちょっと難易度の高い、ボードの向きを変える技「カットバック」「リッピング」などを入念に繰り返し行っていた。
2人はよほどサーフィンが好きなのか、海辺で休みながらも、夕方近くまで、楽しそうに波に乗っていた。
ひとしきり楽しんだ後、2人は何か、会話をしながら、「夏目」の1階の喫茶店の横のシャワー室に入っていった。
「おっさん。初日から、無理しすぎなんだよ。何度も海に落ちていただろう。もう年なんだから。大会前に体壊すぞ」
「お前こそ、ちまちま基礎練習ばかりしやがって。それじゃ、大会の時に俺には勝てねえぜ」
「今日は来たばっかりだから、『慣らし』だよ」
「カッコの割には若さがねえなぁ」
「うるせえよ。明日からだよ。明日から……」
それを、夕食をつくりながら聞いていた私と渚さんは、クスクス笑いながら話をした。
「遥さん。あの2人。口を開けばケンカばかりですね。聞いていて面白いけど。(^v^)」
「そうね(クスッ)。楽しそうな2人で良かったわね」
「はい」
洋さんと陽さんはシャワーを浴び、一通り、サーフボードの手入れをした後、喫茶店に戻ってきた。
2.晩御飯
喫茶店に戻ってきた2人に私は聞いた。
「お食事は、お部屋でされますか?」
すると、洋さんが答えた。
「いや、一人で食うのはさびしいから、喫茶店で食わせてもらっていいかなぁ。できれば、遥ちゃんも渚ちゃんもいっしょに食おうよー。みんなで食べると楽しいぜ」
「はぁー(―_―)」
「おっさん。遥さん、困ってんじゃねぇか。無理言うなよ」
「無理じゃないよなぁ。楽しいって。後片付け、手伝うからさぁ」
「おっさん。ただ、若い女の子といっしょに飯食いたいだけだろ」
「それをいうなぁ……」
「渚ちゃん。いっ、いっしょに食べようか……」
いきなり、私から話を振られた渚さんは、目を丸くしながら、
「はっ。はい。(:_:)」
と答えた。
「じゃあ、これから1か月間は、晩飯は一緒に食べような。今日の晩御飯は何だい?」
「豚の生姜焼きです」
「いいねぇ。じゃあ。俺たちも、晩御飯を運ぶの手伝うよ。なぁ、陽」
「はい、はい」
このようなやり取りを行った後、私たち4人は、1階の喫茶店の窓際の4人が座れるテーブルで晩御飯食べた。それからずっと、晩御飯は、4人で食べるようになった。
ずっと、一人で食べることが多かった私は、大人数での食事がとても楽しかった。
食事中も、(ちょっとエッチな話も交えながら)話を盛り上げる洋さんと、それにツッコミを入れる陽さんを見るのが面白かったし、2人がサーフィン談義を真剣に行っている時も、私たちにも、サーフィンの技などについて、丁寧にわかるように説明してくれて、楽しいひと時を過ごした。
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すると、洋さんが、ふいに私に話題を振ってきた。
「ところで、遥ちゃん。『芋の煮っころがし』、作れるかい? 遥ちゃんのお母さんの『芋の煮っころがし』、とてもおいしかったんだよね。やっぱり、日本に帰って来たなぁ……って感じがすると思うんだ……」
「ええ。作れますけど、直接、お母さんから習っていないので、味は違うと思います。それでもいいですか?」
「いいよ。遥ちゃん、渚ちゃんが料理するものは、きっと、全部、おいしいさ。献立の予定があると思うから、作れる時でいいから、食べたいなぁ」
「わかりました。今度、食材が手に入るようだったら、つくります」
「お願いね」
――――――
楽しい食事が終わった後、洋さんと陽さんはお風呂に入って眠った。
私と渚さんも、「楽しそうな人でよかったね」と話しながら、晩御飯の後片付けと明日の朝ごはんの仕込みをした後、お風呂に入って眠った。今日のできごとを思い出すかのような、楽しい夢を見ながら……。
このような楽しい日々が、続いた。
3.喫茶店の楽しい?「休日」
「夏目」では、宿泊の休日はないが、喫茶店だけは、毎週水曜日だけは「定休日」にしている。毎週水曜日の11時~16時までが、私も渚さんも、唯一ゆっくりできる時間だ。
そこに目をつけたのが、だれあろう、「洋さん」である。
7月の半ばの水曜日の朝ごはん。喫茶店のカウンター席で、朝食のセットを食べている時。ふいに洋さんが話を切り出した。
「今日は、水曜日。お昼の喫茶店は、お休みだよね」
「はい。そうですよ」
私がそう答えると、洋さんが言った。
「陽はもくもくと練習するのが好きだと思うんだけど、やっぱり、メリハリが必要だよね。俺、なかなか、サーフィンの技が決まらなくてスランプ気味なんだ。そこで、今日は思い切って、サーフィンの練習をやめようと思っているんだ。久しぶりに、泳ごうかなぁって。そこで相談なんだけど……」
「はい」
「遥ちゃん。渚ちゃんは、今日は喫茶店、休みだよね。おじさんといっしょに海水浴しない?」
「はっ?」
私が答えるのと同時に、陽さんが素早くツッコミを入れた。
「おっさん。無理やり誘ってんじゃねえよ。一人で泳げ」
「いやいや。遥ちゃんも、渚ちゃんもたまには体を動かしたほうがリフレッシュできるんじゃないかなぁ……と思って」
「はい……。渚さん。どうする?」
私が聞くと、渚さんは速攻で答えた。
「私は、久しぶりに台所の整理をしたいなぁって思っていました。遥さん、休養といいながらもぜんぜん休まないし、たまにはゆっくりしていいですよ。((^v^)/)」
「(うっ裏切者ーと私は思いながら……)そっそう。それじゃ、私、ゆっゆっくり海水浴しようかなぁ……(でも、水着って、今、ビキニしかないしはずかしい……。どうしよう。)」
そう聞くと、洋さんが速攻で話した。
「決まり。それじゃ遥ちゃん、11時に喫茶店の前で待ち合わせね」
「はっ、はい」
―――――
11時に、私が、上下赤色のビキニで喫茶店を出ると、浮き輪やビーチボールを用意して、洋さんが満面の笑みで待っていた。
「遥ちゃん。今日はいろいろ遊ぼうね」
「はっはい」
「じゃあ。まずは泳ごう」
私は洋さんといっしょに海に入り泳いだ。最初はちょっと「いやだなぁ……」と思っていたが、久しぶりに泳ぐのも悪くない。とても気持ちがいいと思った。
その後、ビーチボールで遊んだり、砂場遊びをしたりと、とても楽しいひと時を過ごした。
ひとしきり遊ぶと、洋さんがいった。
「のどが渇いたね。どうだろう。あそこの自動販売機まで走って、負けた方がジュースを奢るって?」
私はその時、かつて、私の父の「洋」が私をあやす時に自動販売機まで走ったことを思い出した。とてもなつかしい気持ちになった。
「いいですよ」
「それじゃぁ。よーい、ドン」
洋さんと私は自動販売機までかけっこをした。途中で、洋さんの足がもつれて、砂場にこけているのがわかった。自動販売機までは私の方が先についた。
「私の勝ちですね」
「わざとこけたの。最初から奢るつもりだったよ」
洋さんは、私にジュースを奢ってくれた。
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―――――
その時、「夏目」の台所では、渚が台所の整理をしていた。
ふと、渚は、冷蔵庫と調理台の間の隙間に落ちているノートを見つけた。
隙間からノートをとって開いてみると、それは、遥の母の「渚」が残していた「調理ノート」だった。その中には、「芋の煮っころがし」のレシピが書いてあった。
(遥さん。これを見たら喜ぶわ……)
そう思っていると、喫茶店の入り口から、
「こんにちは。『業務スーパー』でーす」
と言う声がした。声の主は、遥の同級生の「浜崎 満」さんだった。
「あれ。あなたは? 遥さんは?」
「こんにちは。私は、ここで今月までバイトをしている『潮風 渚』といいます。あなたが、毎日、食材を収めてくれている『業務スーパー』の『浜崎 満』さんですね」
「はい。注文の品を持ってきました。また、明日のご注文をお聞きしようと思いまして」
「遥さんから聞いています。食材は、こちらにおいていただけますか? それから、今回の食材の注文内容です」
「わかりました。ところで、遥さん、今日はどうしたんですか? 体の調子でも悪いのですか?」
「いえ、遥さんなら海辺にいます。あの、赤いビキニを着た人が遥さんですよ」
そう渚がいうと、満さんは、遥さんの方を見て顔を赤らめ、思わず口ずさんでしまった。
「ビキニだ。わぁ。やっぱりかわいいなぁ」
すると、渚はいたずらっぽく満さんに聞いた。
「もしかして、遥さんのこと。好きなんですか? 同級生だって聞いていますけど……」
「あっ。いやっ。その……」
満さんは慌ててジタバタしてしまった。
「やっぱり好きなんですね。今日は私で悪かったですね」
「いっいえ。すっすいません。渚さん。このこと、内緒にしてもらえますか? だって、こんなデブ、遥さんが好きになるわけないじゃないですか。僕は、毎日、好きな遥さんの役に立てれば、それでいいんです」
「遥さんから聞いていないんですか? バイトさんがいなくなって、遥さん一人ではきりもりできないから、民宿『夏目』も喫茶店『夏目』も今月で閉店なんですよ。来月から、遥さんと会えなくなりますよ」
「えっ。相談してくれれば、うちの母さんに手伝ってもらえるかもしれないのに。うちの母さん。バイト探していたし……」
「じゃあ。遥さんに聞いてみたらどうですか?」
「そうですね。うちの母のこと。聞いてみます」
「そうじゃなくて、その前に聞くことがあるでしょ?」
「それってなんですか?」
「『遥さん。好きです。付き合ってくれませんか?』です」
「えーーー」
「遥さんの気持ちを聞いてみないとわからないでしょ? 私から聞いてみましようか?」
「ちょっと待ってください。そっそれは、遥さんに言うんだったら自分で言います。心の準備時間をください。とりあえず、今日はこれで……」
★★イラスト13★★
満さんは食材を置き、注文を聞くと、そそくさと帰っていった。
―――――
満君と入れ替わるように、洋さんと私は帰ってきた。洋さんは満足そうに、ビーチボールなどを洗いにシャワー室に行った。私は渚さんのところに来て言った。
「今の、満君じゃない?渚さんが明日の食材の注文をしてくれたの? ありがとう。満君が来る前には戻っておこうと思っていたんだけど……」
「それって、満さんと会いたかったからですか?」
そういうと、私はちょっと顔を赤らめて言った。
「そっそんなわけじゃないけど……」
「満さん。『夏目』が今月で閉店になること、知らなくって、慌てていましたよ」
「そう。いつか言わなきゃって思っていたんだけど、いつも迷惑をかけているし、申し訳なくて、言いにくかったの……」
「それだけですか?」
「そっそれだけよ……じゃないかな。彼、子供の頃から私にやさしく接してくれて、困った時はいつも助けてくれて。頼りがいがあって、ちょっと、好きかなぁ。ここだけの話よ」
「そうなんだ……」
渚さんは、ちょっといたずらっぽい顔をして、微笑んだ。その後、渚さんは思い出すように言った。
「そうそう。遥さん。これ」
渚さんは、台所で見つけた、私の母の「渚」の調理ノートを見せてくれた。
「遥さんのお母さんの調理ノートだと思います。『芋の煮っころがし』のレシピもありましたよ。今度、『芋の煮っころがし』を洋さんに作ってあげると喜ぶと思います」
「ありがとう。これ、探していたの。どこにあったの?」
「冷蔵庫と調理台の間の隙間に落ちていました。たまたま、台所を整理している時に見つけたんです」
「ありがとう。このレシピ通りに『芋の煮っころがし』を洋さんに作ってあげると喜ぶわ。今度、作ってあげましょう」
そう言うと、私はシャワーを浴び、いつもの仕事に戻った。
第4節 サーフィン大会
1.サーフィン大会前日
サーフィン大会に向けて、洋さんも陽さんも、しっかりサーフィンの練習を積んだ。しかし、サーフィンの前日、相模地区を台風が横切った。今日ばかりは、サーフィンの練習ができなかった。
―――――
夕方、洋の部屋に陽が来て、話をしていた。
「おっさん。成長したなぁ。いつもは『こういう日は、チューブライディングができる波が来るんだ』って飛び出していくのに」
「当たり前だろ。遥ちゃんの前でそれができるか? 遥ちゃんに『お父さん』の悲劇を思い出させる。俺は決めたんだ。女の子を泣かすようなことはしないって」
「そうだな。でも、夜中には台風が通り過ぎるみたいだから、明日は、サーフィン大会できるな」
「ああ、明日は俺様『洋』が勝つ」
「俺だよ」
「俺だ」……
そのようなやり取りをしている時、1階から遥の呼ぶ声がした。
「晩御飯ができましたよ。喫茶店に来てください」
―――――
私は喫茶店に、いつものように4人で食事できるように用意した。
おかずは、「芋の煮っころがし」だ。
「おーーーー。これこれ。遥ちゃん。ありがとう。これが食べたかったんだよ。なにか、遥ちゃんのお母さんの『渚』さんがつくったような、『芋の煮っころがし』だなぁ」
「お母さんが残した調理ノートが見つかって、『芋のにっころがし』のレシピが書いてあったの。その通りにつくってみたわ。食べてみて下さい」
「いただきまーす」
4人は、『芋の煮っころがし』をおいしそうに食べた。
「遥ちゃん。この味だよ。これからも民宿『夏目』の定番メニューにしてくれよ」
「それが……」
一言置いた後、私はしゃべった。
「みなさんは、『民宿 夏目』の最後のお客さんなの。みなさんが帰ったら、『民宿 夏目』も『喫茶店 夏目』も閉めるわ。人出がたりなくって。渚さんのバイトも今月いっぱいなの」
みんなは、一瞬、何も言えなくなった。その中でも洋さんが話を切り出した。
「『民宿 夏目』はなくなっても、遥ちゃんがこの料理をつくれる。今度来るときは、泊り客じゃなくて、『遥ちゃん家』に『芋の煮っころがし』を食べに行くよ。いいだろ」
「はい」
「さあ。美味しいものも食べれたし、明日は頑張るぞ」
「俺もおっさんには負けないよ」
「2人とも、頑張ってね」
そうすると、ふいに渚さんがしゃべりはじめた。
「明日は、みなさんも、私も最後になるでしょ。明日の晩は、バーベキューしませんか?実は、『業務スーパー』の満さんに、バーベキューの食材を頼んだの。満さんも来てくれるって」
「それはいいわね。明日は、サーフィン大会の結果に寄らず、パーっと行きましょう」
「そうしよう」
4人は、楽しい食事を終えて、風呂に入り、床に就いた。
2.サーフィン大会当日
大会当日は、台風一過。晴天だったが、台風の影響で波は多少、荒れていた。
しかし、サーファーにとっては、最高の天候だ。サーファーにとっての大技、「チューブライディング」を行える機会があるかもしれないからだ。
洋さんと陽さん、彼らは「アマチュア メン」の部に参加した。「洋」さんは、本来は「シニア」の年齢だったが、陽さんと争うために、あえて「メン」の部を選んだのだ。
大会は8時から開催。この日ばかりはと言うことで、私は民宿を閉め、渚さんといっしょに、サーフィン大会が行われる民宿前の海辺まで行き、洋さんと陽さんのサーフィンを見ることにした。
多くの参加者が、荒ぶる波に対し、ボードを操作することができず、次々と失敗する中で、ついに、洋さん、陽さんたちの最初のライディングの番が回ってきた。
「よし、行くぞ」
まずは洋さんの番。ボードに立つや否や、洋さんの背後から大波が襲ってきた。彼はボードをライディングさせ、波のトンネルの中に入った。そして、大技「チューブライディング」を成功させた。
「どうだ」
次は陽さんの番。陽さんにも洋さんと同様の波が来た。
「俺も決めるぞ……」
陽さんがボードから立つと同時に、洋さんの時と同じ大波が彼の背後からやってきた。
陽さんも「チューブライディング」の体制に入る。そして、彼は、大波でできるトンネルの中を入っていった。洋さんの時以上の波で、一瞬、彼の姿が見えなくなるくらいだ。そして数秒後、彼は「波のトンネル」から現れ、「チューブライディング」を成功させた。
「やったぞー」
その後、彼らは大会の既定にのっとった回数のランディングを行い、採点を待った。
私と渚さんは、11時からの「喫茶店」の開店があるため、彼らの前半のライディングを見た後、喫茶店に戻り、彼らが帰ってくるのを待っていた。
昼過ぎに大会が終わったようで、洋さんと陽さんが海辺から戻ってきた。
彼らが喫茶店に入って来るや否や、私は聞いた。
「どうでした」
すると洋さんがちょっと落ち込んだように答えた。
「陽に負けたよ。陽が優勝。俺が2番だった。波は、陽も俺も同様の波が来た、転倒はしなかったが、俺が1度だけ、『チューブライディング』の最後にバランスを崩した。完敗だよ」
「そういうな。おっさん。おっさんはもともと「シニア」の部で出る年齢なのを俺に合わせてくれた。しょうがないよ」
珍しく、2人は口げんかではなく、お互いの健闘をたたえ合っていた。これが本当のスポーツマンなのだろう。
「私たち、前半だけしか見てなかったけど、お互いよく頑張りましたよ。それに、なによりも、無事に競技を終えて良かったですね。優勝はもちろんですけど、2番目もすごいですよ」
そう私が言い、渚さんが頷くと、洋さんは、
「遥ちゃんと渚ちゃんはやさしいなぁ」
と言った。
★★イラスト14★★
3.バーベキューでの告白
その夜、喫茶店の前で、いつもの4人と『業務スーパー』の満君の5人で、バーベキューを行った。バーベキューの食材や機材は、すべて満君が用意してくれた。大会が終わってからと言うもの、洋さんと陽さんの口げんかはすっかりなくなり、意気投合して、お互いをたたえ合っていた。
ひとしきり、肉や野菜などを食べ終わると、渚さんは、洋さんと陽さんを誘って、海辺に花火をしに行った。
3人が海辺で楽しんでいるのを、喫茶店の外においてある長椅子に、私は満君と並んで座って見ていた。このような形で満君と2人っきりになるのははじめてた。私はちょっと緊張したが、勇気を出して話の口火を切った。
「満君。バーベキューの食材と機材、用意してくれてありがとう。楽しい、『民宿 夏目』の最後の夜になったわ」
「遥ちゃん。彼らが帰ったら、民宿を閉めるのかい?」
「ええ。私一人ではやっていけないわ。でも、あなたが毎日、食材を仕入れてくれなかったらここまで民宿や喫茶店を続けられなかった。ありがとう。もう、十分よ」
「遥ちゃん」
「なぁに?」
「俺の母さんじゃ、役に立たないかなぁ。俺は、遥ちゃんに民宿を続けてほしいんだ。それに……」
その後、顔を真っ赤にしながら、満君は話し始めた。
「おっ俺。遥ちゃんのことが好きなんだ。デブでかっこいいとはとても言えないけど、俺と付き合ってくれない? 俺、絶対、君のこと、幸せにするから……」
急な告白に私は動揺したが、気持ちを落ち着かせながら、満君の方を見つめて言った。
「わっ、私の出す2つの条件をのんでくれたら、いいわよ」
「2つの条件って?」
顔を真っ赤にしながら満君が聞いてきた。私もちょっと顔が赤くなったような気がしたが、続けて言った。
「ひとつめ。あなたが、私のことを一生、幸せにするって誓ってくれるなら。
ふたつめ。私は、あなたの体のことが心配だから、5Kg痩せること。
できるかしら?」
すると、満君は、首が折れんばかりに、何度も何度も大きくうなずいた。
そのしぐさに、私はクスっと笑ってしまったが、満君に答えた。
「じゃあ、明日からも、『民宿 夏目』『喫茶店 夏目』は続けますか……」
―――――
花火をするふりをして、洋、陽、渚は、遥と満の様子を見ていた。
「うまくいったようね」
笑顔で渚が言った。
最終章 それぞれのスタート
次の朝、洋さんと陽さん、それから渚さんは、洋さんか借りて来た軽トラックに乗り、「民宿 夏目」を出発しようとしていた。私と満君は見送りのために車の横に立っていた。
「1か月、世話になったな。そして、『芋の煮っころがし』。おいしかったよ。これからのお客さんにも振舞ってな」
「1か月、お世話になりました。おっさんが無理難題言っていたけど、言うことを聞いてくれてありがとう」
「1か月ちょっとのバイト。楽しかったです。海外留学、頑張ります」
洋さん、陽さん、渚さんがそれぞれ挨拶をした。
「『民宿 夏目』は、満君といっしょに続けるわ。もし機会があったら、また、来てね」
私が答えると、満君は、顔を真っ赤にしたまま、何度も会釈をしていた。
「じゃあ」
洋さんは、軽トラックを走らせ始めた。そして、私たちが見えなくなるまで、陽さんと渚さんは手を振り続けてくれた。
―――――
民宿が見えなくなったところの空き地で、洋は車を止めた。そして、3人は車を降りた。
そして、陽が話を切り出した。
「どうだった? 娘との再会は。俺は神様から頼まれて、お前たちをここへ導いたのだぞ」
「ああ。楽しかったし、あの子の幸せも見ることができた。良かったよ。太陽の妖精、『陽』さん。ありがとう」
洋が答えた。
「わたしも、娘のことを手伝えてよかったわ。ありがとう」
渚が答えた。
そう。「太平 洋」は、娘にばれないように、生きていたらこれくらいの年恰好になっているだろうという形で現れた「夏目 洋」、「潮風 渚」は、娘と死に別れたのが最近だったので、若い時の姿となって現れた「夏目 渚」。そして、それを神様からの命令でここまで導いてきたのが、太陽の妖精「陽」だった。
「じゃあ。ハッピーエンドということで、天国に帰るか」
そう陽がいうと、軽トラックは消え、3人の背中には白い羽が生えた。そして、3人は天に昇っていった。
★★イラスト15★★
―――――
3人を送った私と満君は、ずっと空を見ていた。すると、私はあるものを見つけた。
「あっ。昼なのに、3つの流れ星。ほら……」
右手で指を空に指し、左手で満君と腕組をして、満君の肩に自分の頭を乗せている私が言うと、満君は顔を真っ赤にしながら、うなずき続けた。
―――――
それから5年。私は、満君と結婚。満君は私の家に同居し、男の子と女の子の2人の子供にも恵まれ、満君のお母さんにお手伝いをしてもらいながら、民宿を続け、幸せに暮らしている。
満君は夏になると、昼間、海辺に子供たちを連れて泳ぎに行き、休憩時間は、近くの自動販売機まで、子供たちと缶ジュースを賭けて、かけっこをしている。ちょっぴり痩せたかなぁ?
なお、民宿名は、旅立った3人がまた、いつでも帰ってこられるようにと願って、「夏目」のままにしている。
(夏編 完)
私の考えた妖精は、地球の大自然とともに生きる「精霊のようなもの」、人間とは違う進化をしながらも、大自然と共生して生き続けてきたのです。妖精たちには、それぞれの特性にあった、たった一つの特別な能力しかありません。ただただ、私たちのことを見続け、よりそってくれる存在です。もし、付け加えるとしたら、彼らのもう一つの能力は、彼らの使える『神さま』に頼み、「亡くなった人」が、「残された人」たちへ「最期の想い」を伝えさせること。もしかしたら、私の考えた「妖精」は、日本神話にある「八百万の神々」かもしれません。
ほとんどの人間は、死の間際では意識を失い、「最期の想い」を伝えられず天に召されます。妖精たちは、天に召された方々を連れてきて、「残された方」に「最期の想い」を伝えさせます。もしかしたら、あなたのもとへも、「あなたが大切に想っていた方の幻影」と妖精が現れ、「最期の想い」を伝えに来るかもしれません。そして、天に召された人も、残された人も、それぞれ、心地良く、次の「道」へ進みます。僕は、そのように信じます。