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クレーンゲーム

作者: 東都エリ


「ねえ。今度はあそこ行ってみない?」


 ソフトクリームをリスのような小さな口で食べる彼女に俺はそう言った。指を指したのはゲームセンター。派手な電飾と音が冬の街通りに賑わいを見せている。


 突然だが、俺はクレーンゲームが得意だ。どれくらい得意かというと実力機なら目隠しで取れるほどには得意だ。


 今日は彼女との初デートだというのに大して男らしいところを見せられていない俺だが、ここは得意なクレーンゲームで魅せてやろうという算段である。


 まずは店内を物色し、クレーンゲームを見極めていく。あそこの確率機はあの客が景品を落としたからしばらくは無理そうだだの、あの景品の傾きは良くないな後で店員に直して貰おうなど。見るべきところは多い。店内はなかなか広くクレーンゲーム以外のアーケードゲームもあるようだ。後で彼女と遊んでもいいだろう。


「何か欲しいものはある?」


 そう俺が言うと彼女は大きな猫のぬいぐるみの入ったクレーンゲームを指差した。なるほどトリプルか。普段の俺なら確率機を避けるところだが、彼女のためなら何万円でもつぎ込んでもいい。俺は様子見で五百円を取り出した。


「え、いきなり五百円も入れるの?」

「え?」


 え? いや、うん。え? なんだ? どういうことだ? 確率機なんて一発で取れるわけないじゃないか。それなら一回分お得になる五百円を入れるだろう。それに見た感じこの景品にアームを引っ掛けられるような隙間はない。ここはさっさと金を費やして確実に取れるようにした方がいい。その旨を彼女に伝えると。


「でも一回目で取れたらもったいなくない?」

「うーん。たしかにね?」


 俺は渋々百円に持ち替えた。見たところ景品が傾いているなど大きく動いた形跡はないので俺たちが来る前に誰かがこの台をプレーしたとは思えない。それでも彼女の言う通りこれが数回の内に取れるとも限らない。まったく確率機の嫌なところだ。しょうがないここはなかなか取れない時間を彼女と楽しむとしよう。


「あ、取れた。ほらね、百円で良かったでしょ」

「えぇ……」


 猫のぬいぐるみは三つの爪に体を抱えられると、ずりずりと落ちていったが一際デカい頭が爪に引っかかり難なく取り出し口へと運ばれていった。なんたる豪運。取れたことに喜ぶ彼女に対して俺はなんとも複雑な表情で彼女からの感謝を受け取った。


「……このままじゃあだめだ」


 取ったのは俺だし奇跡も起きたが普通すぎる。得意なクレーンゲームだというのに然して惚れられるようなプレーが出来てはいないではないか。俺は辺りを見回して一番近くにあった実力機を指差した。


「アレ! アレ三百円以内で取って見せるよ!」

「ん? えぇ……が、頑張って……」


 俺は彼女からの声援をもらい三百円を用意する。橋渡しのように横になった長方形の箱を下に落とすオーソドックスなクレーンゲーム。普通なら二つの爪が閉じる動きで景品をずらして取るものだが、三百円という制限のなかでそんな悠長なことはできない。

 まずはこの箱を縦に立たせることを目的に、箱の上部を持ち上げる。


「……ッ! よしっ!」


 理想。理想的だ。パーフェクト。次だ。完全に立たせた後は箱を閉じる隙間に爪を入り込ませる。アームが下に下がり切る前にアームを閉じるボタンを押す。


「くっ……!」


 少し早すぎたか。だが問題はない。次で決めれば良いのだから。俺は景品を取るために全神経を研ぎ澄ます。


「フーッ……! 行くぞ!」


 最後の百円を入れた。アームはゆっくりと移動し、景品の頭上へと向かう。ここで降ろすか? いや、まだだ! 俺は横から覗き込み箱の中心へと爪がくるように慎重に動かす。手元の液晶パネルが残り三十秒をつげる。今度は前から見て確実に中心であることを確認する。よし、よし! いけるッ!


 俺はアームを降ろすボタンを押し、そして何度もイメージしたアームの位置に来た時にもう一度同じボタンを押した。ガシャンと強い音がしてアームは止まり、爪は閉じられた。


 薄い銀色の爪が僅か数ミリの暗闇へと潜り込む。


「ヨッシャーッ!」


 大声で歓喜を叫ぶ。店のうるさいコインゲームの音にも負けない勝利の雄叫びである。


「お、オメデトー……」


 彼女もパチパチと拍手をくれた。今日は良いところを見せられていなかったが、これで俺も凄いと見直してくれたはずだ。彼女は取り出し口から景品を取り出すと俺に渡してくれる。そういえば景品を取ることに夢中で、何を取ったのか確認もしていなかった。


「そういうのが好きだったんだね……」


 そう彼女が言って手渡してくれたのは、知らないアニメの美少女フィギュア。それも水着姿の巨乳。


「なっ……! い、いや! いや違うんだ! コレは……!」


 必死で挽回しようとする俺に彼女は冷たい視線を送る。


「ううん。言い訳しなくていいよ。その、私には理解出来ないけれど、きっとあなたの趣味を理解してくれる人もいるわ」

「待って、ご、誤解だから!」

「あんなに興奮しながら取っておきながら……変態」


 そう彼女は言って足早にゲームセンターを後にした。

 残されたのは違うんだと泣く俺と、人の気も知らずに笑い続ける美少女フィギュア。


 景品は取れたのに彼女の心は取れなかった。

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