魔王様のお見合い
私の襲撃事件の黒幕は、孤児院の院長だった。
どうやら私を聖女に相応しくないと反対する一派がいるらしく、その筆頭があの男だったというわけだ。
そもそも私があそこにいたのは子供に呼び出されたからであり、そのことを考えると孤児院の中に手を引くものがいるのは明白だった。
聖女が孤児院に慰問へ訪れたのにその件の孤児院が聖女の命を狙った。
笑えない話だ。
私は貴族たちはこのことを隠すのかと思った。
でも私の考えとは逆で王国はこのことを大々的に発表した。
『愚かな襲撃者たちは聖女の剣によって地に伏した』
どうやら王国は今回の件を聖女の名声を知らしめるための絶好の機会と捉えたようだ。
今、城下町では私の強さを讃える歌が歌われているらしい。
なんとも言えない複雑な気分だ。
そんな風に有名になってしまったしまった弊害だろうか。
私にとんでもない話が舞い込んできた。
「聖女様、ラウダ・ロゼ・ベルモンド殿下がお会いしたいとのことでございます」
「えっと………」
誰だそれ?
首を傾げる私に、リアは困ったように微笑む。
「国王様の 弟君でございます」
王の弟!?とんでもなく大物ではないか!
「一体、私になんの用なんだそいつは」
「お見合いでございます。聖女様」
………………お、お見合いぃ!???
そんなわけで私はまたしても着飾って馬車に揺られていた。
今回は前回のような白いドレスではなく、私に似合う黒を基調としたシックなドレスだ。
いつもは下ろしている髪型も結い上げられ、上品な髪留めでまとめられている。
なんというか、ものすごい気合の入りようだ。
それだけ今回会う人物の身分が高いということなのだろう。
私は今、王城の庭園へと向かっているところだった。
しばらくすると、大きな噴水が見えてくる。
そこで馬車は止まり、扉が開かれた。
リアは先に降りると、恭しく私に手を差し出してきた。
私は差し出された手に自分の手を添えると、ゆっくりと降り立つ。
背筋が曲がっていないか、心配だな。
あの鬼のような教育係の授業を思い出し、一歩一歩きちんとした所作で歩く。
王城の中でも限られた者しか立ち入ることのできない美しい花々に囲まれた庭園に、私たちは足を踏み入れる。
そこにはテーブルと椅子が用意されており、既にお茶の用意ができていた。
椅子には1人の男が座っていた。
ブロンドの髪に青い瞳。
彼の纏う空気は、とても落ち着いていて、まるで凪いだ海のようだった。
「本日はお招きいただきありがとうございますラウダ殿下、ヨル・リデルと申します」
私はスカートの裾を持ち上げて礼をする。
作法は間違っていないと思うのだが…… チラリとリアを見ると、彼女は無言のままコクリとうなづいた。
これで間違いはなさそうだ。
「良く来た。堅苦しい挨拶は抜きにしよう、こちらに座ってくれ」
こちらの緊張とは裏腹に、ラウダ殿下は砕けた調子で言った。
促されるまま、私は席に着く。
「君の噂は聞いてるよ。なんでも、城下町で大立ち回りをしてきたとか」
そう面白そうに言うと彼はカップを手に取り紅茶を口に含んだ。
「……そんなことは…町で流れる噂は脚色されたものです」
無難に謙遜しておいて、私も彼に習って紅茶に口をつける。
味はよくわからないが、香りがとてもよい。
私の言葉を聞いた王弟殿は口元に笑みを浮かべて私を見つめた。
なんだ? 少し居心地が悪くなって視線を外す。
この人、なんか苦手かもしれない。
悪意は感じないんだが……
「単刀直入に言おう、君には私の息子リュウ・ロゼ・ベルモンドと婚約を結んでもらいたい」
ぶっ!!
私は思わず口に含んでいた紅茶を吹き出しそうになった。
お見合いって聞かされてたから、この男とするのかと思っていたぞ。
息子とかよ。
リアもそれならそうとちゃんと伝えてくれ!
というか、私とあんた息子のお見合いなら、なぜ息子がこの場にいない?
私の混乱を他所に、王弟殿下は続ける。
「君は平民の出自だが聖女、身分的には何も問題ない。息子と婚約すれば君は国王の後ろ盾を得ることができる悪い話ではないはずだ」
いや、まぁそうだけど。
なんか私が小説で得たお見合いの知識と食い違うな。
お見合いって、お互いが顔を合わせることなく、こんなに一方的に進められるものなのか……?
その後も私はお相手不在でお見合いの話を振られ続けた。
王弟殿下が何の目的でこの婚約を推し進めたいのか、私にはわからず大いに困惑した。
お話が終わった後、私はリアと一緒に庭園を歩いていた。
「聖女様はこの婚約をどうお考えで?」
リアが興味津々で聞いてくる。
どうも何もまだ直接会ったことのない相手だしな。
正直判断しようがない、というのが本音だ。
王弟殿下にここまで強引に話を進められると、権力的にも断り辛くて困る。
彼の目から悪意を感じなかったのも変な感じだ。
「王弟殿下の息子とやらは、なぜ姿を見せなかったんだ?」
私の疑問に対して、リアは難しい顔をして答えてくれた。
何でも、王弟殿下の子息は病床の身であり、ここ最近は床に伏せっていることが多いのだという。
確かに病気がちの婚約者というのは、あまり良いイメージではないかもしれない。
それで姿を見せなかったのだろうか。
「なんにせよ、直接会わんと話にならない」
今日、私が聞いたのは彼の父親の意見でしかない。
この調子では、本人に会いもせず、婚約が進められそうだ。
本人の意思も確認しないとな。
「よし!会いにいくか」
「は?」
王城のどこら辺にいるだろうか?
まぁ、寝込んでるという話だし、眺めのいい窓がある部屋だろう。
私はいくつかの部屋に当たりをつけると、術式を起動した。
術式によって形作られた翼が、私の背中で力強く羽ばたく。
私の体が浮かび上がると、地面はみるみるうちに遠くなっていく。
「ッちょ!え゛え゛ぁああぁ!?聖女さまぁあ゛あ゛ッ」
下の方で汚い声が聞こえるけど、リアじゃないだろう、彼女はあんな汚い声を出さないし。
空を飛びながら、王城の窓1つ1つを覗き込み、目的の人物を探す。
すると、1つだけ綺麗に掃除された部屋の窓から、キラキラとしたブロンド髪が見えた。
多分あれだな、父親の髪と同じ色だ。
私はその窓に向かって飛び蹴りを放った。
ガシャンッという音が響き渡る。
ガラスが粉々に砕け散る。
私はガラスの破片と共に部屋の中へと転がり込んだ。
「よぉ、お前リュウ・ロゼ・ベルモンドだな!」
「……なっ、な、な何!?」
突然部屋に乱入してきた私に、ベッドの上で本を読んでいた少年は目を白黒させている。
私はズカズカと彼のベットまで近づくと、彼の前で仁王立ちする。
「私はヨル・リデル。ラウダ王弟殿下からお前との婚約を打診されている聖女だ」
目の前の少年は、青い瞳をまん丸に見開いたまま固まっている。
「お前がお見合いの場に来ないので、こちらから出向いてやったぞ」
私は腕を組んで、堂々と言い放ってやった。
私の言葉を聞いた彼は、口をパクパクさせている。
何か言おうとしているようだが、言葉が出てこないらしい。
彼はたっぷり10秒ほど目を白黒させていたが、ようやく落ち着いたようで、言葉を紡ぎ出した。
「そ……れ…は、どうも。僕はリュウ・ロゼ・ベルモンド、お会いできて光栄です聖女さん」
そう言って、リュウは私に右手を差し出してきた。
私はその手を取って握手をする。
「な、何事です?」
その時、彼の従者だろうか、1人の男が部屋に駆け込んできた。
そして無残にも割れた窓と、握手する私たちを見て目を丸くする。
「あー、彼女は、客人だよ。済まないが、ガラスの掃除をお願いできないかい?」
私の登場に驚いていたはずのリュウは、彼を見て落ち着きを取り戻したのか彼に指示を出した。
従者は一瞬呆気に取られたようだったが、直ぐに気を取り直すと部屋の掃除に取り掛かる。
「客人ですか。私はついにリュウ様を迎えに天使がここまで来たのかと思いました」
天使?
ああ、そういえば翼を出しっぱなしだった。
「まだ、お迎えがくるほど弱ってはないよ」
私はリュウと彼の従者の会話を聴きながら翼の術式を解除する。
確かに、彼は天使がくるのも頷けるほど、青白い顔をしている。
病床の身というのは本当のようだ。
「それで聖女さんは何を聞きに僕のところまで来たんだい?」
掃除が終わり従者が下がると、彼は本題に入った。
「お前との婚約の目的がわからなかった」
そう、ラウダ殿下はこの婚約を押し進めようとしているが、その目的がさっぱりわからない。
身分的にも私と婚約する旨味はないような気もするが……?
「目的?………あー、そうだね……」
リュウが言い淀む。
……………
沈黙の後、言葉が吐き出される。
「それは……僕がもう直ぐ死ぬからだと思う」
「なに……?」
私は眉間にシワを寄せて、彼を睨みつけた。
冗談で言っているわけではないのだろう。
彼はただ、困ったように笑っているだけだった。
私がその真意を問う前に、彼が口を開いた。
「医者から、もうあと数年も生きられないだろうって言われてるんだよね」
そうなのか………
病床の身だとは聞いた、でもそんなに深刻とは思わなかった。
「父さんは、僕の死に箔をつけたいんだよ。聖女の婚約者として死ねば僕はより高い階位までいける」
「ん?階位?なんだそれは。私と婚約するとなぜ高くなる」
私は首を傾げる。
死と婚約がどうして結びつくのかわからなかった。
階位?貴族独自の考えだろうか……
「ああ、君は元々は平民だったっけ。いいかい、神様は死後僕たちを楽園へ導いてくれる。その時生前の行いによってどの階位の楽園に行くか判断するんだ」
むむ、なんだそれ、初耳だ。
私が死んだ時は楽園に連れて行かれず、生まれ変わったのだが……
どういうことだ??
「英雄である、勇者や聖女、そしてその伴侶は一番高い階位の楽園に行けるんだ。だから父さんは君との婚約をなんとしても取り付けようとすると思う」
なるほど、そういうことなのか。
楽園、本当にそんなものあるのかね……
「でも!僕は高い階位なんて行きたくないんだ!」
リュウがいきなり大きな声を出すので、私は驚いて肩を振るわせてしまった。
彼を見ると、俯いて拳を握っている。
「高い階位なんて、興味ないんだ!僕はみんなと同じ場所に行きたい……死んだ後も父さんと母さんに会いたいんだ!離れ離れになりたくないんだ!!」
あぁ、それなら私にも理解できる。
私も母親と、みんなとずっと一緒がよかった。
それを引き裂かれる気持ちが、不安が私にはわかる。
このままでは彼の父親は婚約を決定してしまうだろう。
彼を思って、彼の死に花を持たせるために。
でもその結果もたらされるのは、楽園での永遠の孤独。
とでも思ってるんだろうな。
「ふっ、はは、クはは、クハハハハハハハッ!」
あまりにも愉快で、笑いが込み上げてくる。
私は大きく息を吸い込んで、腹の底から笑う。
突然大声で笑い出した私をリュウがキョトンとした顔で見ている。
その様子も可笑しくてまた吹き出してしまう。
「クハハハッ!そうだな改めて自己紹介しようか、婚約者殿!私の名前はヨル・ヴァ・リデル。聖女などではなく予言されし悪魔の子!!」
貴族の姓は絶対名乗るな、そう母親は言った。
聖女としての身分が私を守ってくれるとも。
でも今だけはそれを忘れた。
この真実、愉快な勘違いは、彼に必要なものだったから。
「お前の婚約者は聖女などではなく、魔王の生まれ変わりだ!だから………………だから、もう、そんな寂しそうな顔をするな。大丈夫、お前はみんなと同じ場所に行けるから………」
私はリュウの頭を撫でてやる、母親がそうしてくれたように。
彼はしばらくされるがままになっていたが、やがてその頬には涙が流れていた。
「君は優しい嘘をつく人だね」
彼は涙を流しながら微笑む。
「嘘じゃない」
彼の言葉にムッとする。
私の決死の告白を嘘呼ばわりしないで欲しい。
「いや、君は聖女だよ。そうじゃないと父さんが納得してくれないだろ、魔王様」
「……クク、そうだな」
私たちは顔を見合わせてニヤリと笑った。