聖女になるという意味
リアが私の侍女となってから一ヶ月ほど経った。
あの日から心なしか距離感が近くなった気がする、毎日一緒に寝ているからだろうか。
私の身の回りのことは大体彼女がしてくれるので、とても助かっている。
私にお洒落はわからないので、服装や身支度も彼女に任せっきりだ。
とは言え、許せるものと許せないものがある。
「絶対嫌だ!」
私は今彼女の腕を掴んで、断固として抵抗していた。
彼女の手にはあの悪魔の道具、化粧道具が握られていた。
「聖女として人前に出るのですから。本日こそは絶対にお化粧させていただきます!」
嫌だ、それ好きじゃない。
なぜ顔に訳の分からないものを塗りたくらなければならない。
そう言ってもリアは頑なに譲らない。
いつもならここら辺で折れてくれるのだが、今日はなんとしても私を着飾りたいらしい。
「いーやーだーーー」
結局私はリアによって綺麗におめかしされてしまった。
「ほら見てくださいヨル様、お綺麗ですよ」
リアがホクホクした顔でこちらに鏡を向けてくる。
そこには真っ白なドレスを着た私が映っていた。
なんか嫌だ………
私は人間の美醜がわからないので、化粧をした自分の顔を見てもいつもと違う、としか思えないし。
いつも髪色に合わせて黒っぽい服しか着ていなかったのにいきなり白なのも違和感を感じる。
憂鬱だ。
唯一の救いはいつものペンダントをつけていることだけだ。
なぜこれだけ着飾っているかというと、今日は聖女として城下町に下り、孤児院へ慰問に向かう予定なのだ。
教育を受けるだけでなく、聖女としての威光をきちんと民に示さなければいけないらしい。
聖女をやっていくのも大変だ。
とはいえ、数ある訪問先の中から孤児院を選んだのは私だ。
最近会うのは貴族の大人や教育係ばかりで、たまには私と同年代の子供に会いたくなったのだ。
「さぁ、参りましょうかヨル様」
リアが私に手を差し伸べる。
私はその手を握り、出発した。
「わざわざ御足労頂きありがとうございます。あなたがあの剣の聖女様ですか、お会いできて光栄です」
孤児院の院長は私たちを歓迎してくれた。
剣の聖女?
ああ、私が使った術式が剣の形をしていたからか。
私ってそんな呼ばれ方しているんだな。
「初めまして、ヨル・リデルと申します。本日はこのような機会を設けてくださり感謝いたします。聖女としてまだまだ未熟者ではありますが、皆様の期待に添えるよう精進して参ります」
私はスカートを摘み上げ、頭を下げる。
横でリアが信じれれないものを見たような目で見てくる。
なんだよ、私だって挨拶ぐらいできるわ!
私の挨拶が終わると、子供たちがわらわら集まってきた。
孤児院に納める食料や衣服などはすでに用意してある。
今日私の仕事は、この子供たちと遊ぶことだ。
と言っても私より年上に見える子もだいぶいるけど。
「ねぇ〜魔法を見せてよ聖女様〜」
小さな男の子が私の腰にしがみつきながら言ってくる。
ふむ、魔法か。
見せることは簡単だが、剣では危ないだろう。
私はその場で術式を編むと銀色に輝く小鳥を数羽作り出した。
「ほら、捕まえてごらん」
私は小鳥たちを子供たちの方へと放つ。
キャッキャッと楽しげな声を上げ、子供たちは小鳥たちを追いかけ回した。
「すごい!蝶々もできる?」
女の子がキラキラした瞳で私を見つめる。
「もちろん」
私は小鳥を蝶へと変身させる。そして今度は空中で舞い踊らせる。
子供たちから歓声が上がった。
その日私は子供たちに言われるまま、色々な動物を作り続けた。
「ヨル様、そろそろ」
気がつけば夕方になっていた。
リアに声をかけられ、私は立ち上がる。
今日、私たちは近くの宿に宿泊することになっていた。
「ねぇ…」
その時、私の袖が引っ張られた。振り返るとそこには小さな女の子がいた。
青い髪をおさげにした可愛らしい顔立ちの子だった。
何かを言いたそうにこちらをチラチラと見ているが、言葉にならないようだ。
私はしゃがんでその子の目線の高さに合わせた。
すると彼女は意を決したように口を開いた。
「あの、聖女様に、プレゼントを渡したくて、でも恥ずかしいから、一人の時に渡したいの、夜にまた来れる?」
どうやら贈り物があるらしい。
私に渡したいもの……なんだろう?
「いいよ」
私は女の子とまた会う約束をした。
女の子はその小さな手を振った。
日も沈んだ頃、私は宿を抜け出すと孤児院を目指した。
少し遅くなってしまった。
女の子がもう寝ていないか心配だ。
夜の孤児院は昼間とは打って変わり、暗く、静かだった。
私は女の子を探してあたりを見渡すけど、姿が見えない。
代わりに、妙な気配が複数感じ取れた。
「おい」
後ろから声がかけられる。
振り返ると小柄な男が立っていた。
いや、後ろだけじゃない。
黒い影が6つ、いつの間にか囲まれていた。
「剣の聖女か?」
男の懐から長い曲刀が取り出される。
「いかにも、私が聖女だが。なんだお前ら」
私は臨戦態勢をとると、男を睨みつける。
男はニヤリと笑うと、叫んだ。
「やれ!」
次の瞬間、周りにいた奴らが一斉に襲いかかってきた。
全方位からの奇襲、これでは対応できない。
とでも思ってるんだろうな。
私は事前に作っておいた術式の鳥たちを奴らの背後から襲いかからせる。
「な、なんだこれは!」
突然のことに驚いたのか、襲撃者たちの攻撃の手が止まる。
その隙を逃すわけもなく、私は攻撃術式を起動する
「切り刻め」
無数の剣が空中に現れ、弧を描く。
同時に私は走り出し、一番体格の大きな男に蹴りを喰らわす。
吹き飛んだ仲間を見て、他の男たちが怯む。
「そら!そら!そら!」
剣が宙を舞い、男たちを切り刻み、その曲刀を叩き落とす。
「ば、化物め………!」
一人残ったリーダー格の男が私を指差す。
失礼な、聖女なのだが。
私は術式を解除し、両手を上げる。
これ以上戦う気はないと示したつもりだけど、相手は違う意味に捉えたようで、顔を真っ赤にして怒っている。
「貴様のような奴が聖女になるのは許されない!貴様が聖女だとは認めない」
どういうことだろうか? なぜこいつはこんなにも怒ってるんだ?
私だって好きで聖女をやってる訳じゃない。
こんな奴らに文句を言われる筋合いはないぞ。
「貴様が聖女の座を降りぬというなら、こちらにも考えがあるぞ!」
男が叫ぶ。
私はそれを黙って聞いていた。
一体何を言うのやら。
こんな雑魚が私をどうにかできるとは思えなかった。
「貴様の強さはわかった、貴様を殺せぬというのなら、貴様の大事な人間を殺す。お前が聖女でいる限り1日に1人!」
「……………は?」
私の思考は一瞬止まった。
今こいつなんて言った?
私の大切な人を、殺す? 私の大切、人………
母親…ルーカス……エリー、リック、トーマス、村のみんな………
それを、殺す、?。、だ、れを。殺すって。…、・??
ブチンッ
私の視界が真っ赤に染まった………
「ヨル様!!」
リアの声に、顔を上げた。
見ると、彼女は私を探し回ったのか、息を切らしていた。
私の方をみてホッとしたような表情を浮かべたけど、次の瞬間ギョッと目を見開いた。
私の体が血塗れだったからだろう。
「心配ない、全部返り血だ」
私はそう言いながら、地面に転がる男たちを見つめる。
殺しては……いないと思う。
ただ、全員気絶しているようで動かない。
ついカッとなってやりすぎてしまった。
「襲われたのですか!?」
リアが慌てて駆け寄ってくる。
「うん。ねぇ、これってどういうこと?」
私は襲撃者の1人の髪を掴むと、持ち上げた。
薄々感づいてはいた。
小柄な体躯、聞き覚えのある声。
それは私が今日遊んだ孤児院の子供の中の1人だった。
「子供が、武器を握るのは王都では普通のことなのか?」
「そ…れは……っ」
リアは言いにくそうに口籠もる。
「孤児は……使い捨てできるので、こういったことに使われることもあると………聞いたことがあります」
彼女は俯きながらも、はっきりと言葉にした。
私は掴んでいた男の髪を離すと、そっと横たえた。
頭の中でぐるぐると何かが渦巻いているようだった。
嫌な気分だ。
「なぜ…………私が狙われたんだろう」
彼らは私が聖女であることが許せないみたいだった。
私を聖女の座から下ろそうとしていた。
「ヨル様は……ご自身が聖女になる……その意味を理解していますか?」
私が聖女になる意味、そんなものあるのだろうか?
私は答えがわからず口を閉ざす。
「ヨル様の魔法は剣、戦うための魔法です。あなたが聖女に選ばれるということは、それは神が戦いを必要としたということ」
そういうことか。
聖女はその時代に必要な魔法を与えられ、この世に生を受ける。
戦う力を持つ私を聖女に認めるということはこの時代は武力が必要な時代と認めるようなものだ。
戦争か、魔王の出現か、どの道今までの平和は望めないだろう。
「みな、戦いが怖いのです」
リアが悲しそうに俯く。
「怖いなら…………戦わなくていい」
私の一言に、俯いた顔が上がる。
「孤児だろうが、平民だろうが、貴族だろうが、戦いたくないやつは戦わないでいい。代わりに私が戦う。私は強い、誰にも負けない」
だって私は魔王だから。
普通の人間とは、聖女とは、格が違うのだ。
胸を張る私を見て、リアはクスリと笑みをこぼした。
「それは、頼もしいですね聖女様」