聖女と悪魔の子
私の考え不足だったのかもしれない。
「ですから、聖女として彼女を王都に連れて帰ります」
不味いことになった。
今、私は村長の前に座っている。
私の右隣には私を聖女呼ばわりした騎士が。
左隣には母親が座っていた。
私が1人で魔族を撃退したことが、まさかここまで大事になるとは思わなかった。
ただ襲いかかって来たから蹂躙した、久しぶりの暴力に酔っていたのかもしれない。
「この娘が本当にあの魔族を倒したのか?」
村長の問いかけに、隣の騎士が答える。
「間違いありません。この娘の使った魔法は間違いなく聖女のものです。私が駆け付けた時には、既に決着はついていました」
騎士が自信満々に答える。
私の術式が聖女の魔法ねぇ……
聖女とは神に祝福され、奇跡を起こすとされる少女のことだ。
聖女はその身に常人ではありえないほどの魔力を宿し、魔法の存在も知らない幼子のうちから、大人でも使えないような強力な魔法を使うことができる。
そして、聖女の使う魔法は既存の魔法とは異なり聖女のみが使える固有の魔法となる。
聖女固有の魔法は、その代ごとに異なる。
飢えた民が多いときは、作物を育てる魔法となり、枯れた大地を潤した。
戦争の多い時代には、武器を強化するための魔法、平和の時代には、傷ついた人を癒やす魔法を使う聖女が現れた。
時代ごとに、神が必要な力を与えるのだと言われている。
今代の聖女は…… 確かにまだ現れたという話を聞いたことがない。
私の術式はそもそも魔法ですらないので既存の魔法とは確かに異なる。
それでいて、私はまだ幼い女児ときた。
確かに………私は聖女の条件に……当てはまる……かもしれない。
認めたくはないが………
「信じられんが……しかし、現に未知の魔法で魔族は倒されている。ならば、この娘を認めぬわけにもいくまい……」
村長が渋々と納得し、ため息をつく。
「それでは!」
騎士の顔がパッっと明るくなる。
「ああ、この娘を王都に連れて行くがいい」
「ちょっと待ってください!」
村長の言葉に母親が悲鳴のような声を上げる。
「この子はまだ8歳なんですよ!そんないきなり王都に連れて行くなんて!」
母親としては当然の反応だろう。
こんな小さな子を親元から引き離すなんて普通のことじゃない。
そのくらいは私でもわかる。
だが、聖女の出現こそ普通のことではなかった。
「その年齢だからこそだ、しっかり勉強していただき、立派な聖女になっていただくのだ」
騎士は聞く耳を持たない。
母親は諦めたように俯いた。
私は何も言えなかった。
自分の引き起こした事態に動転していた。
……正直、このまま連れて行かれると困る。
というか…………いやだ。
嫌だった、母親と離れるのが、この村を出ていくことが。
「……………」
その日の食卓は、沈黙が続いた。
いつもだったら、今日は何をして遊んだとか、近所でおきた面白い話だとか話題は尽きないはずなのに。
母親が、何かを言いかけて、口をつぐむ。
その繰り返し。
私も自分の中に芽生えた感情に戸惑っていた。
魔王だった頃私は何かに愛着を持つことはなかった。
幹部の魔族も、配下も、手下も、所詮私にとってはただの駒でしかなかった。
そんな私がこの生活を手放すのを嫌がっていた。
私は生まれて初めて感じる感覚にどうすればいいかわからなくなっていた。
寂しい?悲しい?辛い?苦しい? わからない。
ただ、胸の奥が冷たくて、もどかしくて仕方がなかった。
「ねぇ………ヨルちゃん、お話、聞いてくれる?大事なお話」
食事を終え、部屋に戻った私に、母親が話しかけてきた。
大事な話というのは、きっと私のこれからのことだろう。
話したくなかった。
私の表情を見た母親の瞳が揺れる。
でも、一度目を閉じて、再び目を開いた時の母親の表情は覚悟を決めたものだった。
「ヨルちゃんはね、悪魔の子、魔王になる存在だって予言された子なの」
「え………」
ドクンッと心臓が跳ねた。
私が魔王になる存在だと……予言されていた?
「嘘なの、そんな予言は。でもね誰も信じてくれなかった」
嘘じゃない。
確かに当たっている、だって私は魔王の生まれ変わりで……
その先を聞きたくなかった。
「みんな、ヨルちゃんを殺そうとした、だから私とあの人、ヨルちゃんのパパはね、戦ったの」
聞きたくない、もうやめて欲しかった。
この先に続く話を想像してしまう、わかってしまう。
そう思っているのに、私の身体は動かない。
耳を塞ぐこともできない。
まるで金縛りにあったかのように、全身が固まっている。
「あの人は、死んでしまったの、私たちを守るために」
ああ、ほらやっぱり。
母親の、この人の大切な人は私が殺したんだ。
私は自分はただ生まれ変わっただけだと思っていた。
自分がこの世界に生まれ落ちる影響なんて何も考えてもいなかった。
「ヨルちゃんがあの時の子だって、絶対バレてはだめ」
母親は涙を流していた。
それでも話すのをやめてくれない。
「聖女という身分が、ヨルちゃんを隠してくれる。貴族の姓は絶対名乗らないで、私の名前も出しちゃダメ」
どうして、私なんかのために……
私はあなたの思っているような人間じゃない。
「私………」
私は魔王の生まれ変わりなのに。
あなたが思っているような娘じゃないのに。
全てをぶちまけたくなる。
そんな衝動が溢れてくる。
「私………私………………………よくわからないや」
でも、言えなかった。
言えるわけがなかった。
だって私はまだこの人の娘でいたかったから。
「ヨル……ううん、ゴメンなさいね。急な話だものね、わからなくても仕方がないわ」
母親は優しく頭を撫でると、そっと抱きしめてくれた。
嘘をついて、温もりを得ている。
そんな自分に吐き気がする。
お父さんが死んだのは、私のせいだった。
わたしが愛を知りたいと願ったから。
この世界が私の望みに応えてしまったから。
胸が、痛い。
たった一人の人間が死んだだけ。
魔王の頃の私だったら何も思わなかったのに。
今は違う。
心が軋んで悲鳴を上げている。
なんで、こんなに苦しいんだろう。
誰か教えて欲しい。
これが愛を知る代償だというのなら、そんなものいらない、望んでない。
私は母親の腕の中で、声を殺して泣いた。
産声すらあげなかった私が涙を流していた。
もしかしたら、それが私が人間として初めて産声を上げた瞬間だったのかもしれない。
翌日、私は村を出た。
荷物は最低限のものだけ。
村の子供たちは全員で見送りに来てくれた。
いつもの4人も、私を見送ってくれる。
この村でずっと暮らしていくと思っていた。
彼らと、明日も、その次の日も、遊べると思っていたのに。
「ヨル!」
ルーカスが私を呼び止める。
「僕、王都に行くよ、絶対。ヨルに会いに行くから」
会いに来る。
その言葉だけで、救われた気持ちになった。
また、遊べるだろうか。
なんと言えばいいかわからず、私は黙って頷いた。
彼らは笑顔で手を振って見送ってくれた。
当たり前だ、村の子供から聖女が見つかる、めでたいことなのだ、嬉しいことのはずなのに……
馬車に揺られながら私は窓から外を見る。
村が小さくなっていく。
銀細工のペンダントが、私の胸元で揺れていた。
駆け足かつ急展開ですみません
作者の技量不足なんじゃ……
次から聖女編が始まります。