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特別なアクセサリー

「魔王様、見てくださいこの捕虜を、立派な物でしょう」


 魔族の男に話しかけられ、私は顔を上げた。

 見ると、男女の人間が鎖で繋がれ、私の前で転がっていた。

 2人はボロ雑巾のような有様、男の方は衣服を剥ぎ取られ、体中に痛々しい傷跡が残っている。


「我が軍を苦しめてきた、騎士と魔術師の2人組でございます」


 嬉しそうにそう言うのは魔王軍の幹部の一人であるザハだ。

 私はそれを興味なさげに見つめ、視線をそらした。

 ザハはそんな私を気にすることなく続ける。


「服従の鎖で縛ってもよし、見目が気に入ったのなら魔王様の召使にしてやってもいいですぞ」


「人間の美醜はわからん、他と同じように2人一緒に洗脳し、戦力にしろ」


 私が命令すると、ザハが慌てて止めてくる。


「魔王様、2人一緒はまずい、ダメですぞぉ」


 ………?

 何がいけないんだ?


「この2人は夫婦です、一緒にするより引き離してお互いを人質にとった方がよく働きますぞぉ」


 ………そうなのか?


「見てください魔王様」


 ザハが2人の手を指差す。

 2人の指にはお揃いの指輪がはめられていた。


「おい、装備は全部回収しろと命じたはずだ、なぜ指輪をつけている」


「あ〜っ、いけません、いけませんぞ魔王様!」


 なぜ止める、魔法具かも知れないだろうが。

 私は少しイライラしながら幹部を睨む。

 ザハは慌てる様子もなく、淡々と説明を始める。


「魔王様、人間魔族かかわらず、男女がアクセサリーを贈り合うのはとても特別なことなのです。これを残しておくだけで、捕虜の心は慰められ、より長く使うことができるのですよ」


 そ…うなのか、ぜんぜん仕組みがわからないのだが。

 疑問を浮かべる私を見てザハはため息をついた。


「魔王様、あなたに戦闘の知識を入れたのはよかったですが、感情に関する知識を与えなかったのは失敗でしたね……」


 失敗だと思うなら今からでも教えてくれよ。

 私はそう訴えたが、その後感情を教えてもらう機会はついぞ訪れなかった。




♢♢♢♢




 私が生まれてから8年の月日がたった。

 相変わらず毎日は退屈だが、悪いことばかりじゃない。

 最近、本を読むようになった。

 人間の感情を勉強する上で、本がとてもいい教材になると気がついたのだ。

 見るだけではわからない人間の心の変化が本には書いてある。

 どんな時に人間は喜ぶのか、悲しむのか、怒るのか、笑うのか。

 人間を観察しているだけではわからなかったことがよくわかる。

 本を読むことで、私の人間に対する理解は飛躍的に深まったといえるだろう。

 私が愛とやらを理解する日も、そう遠い未来ではあるまい!


 そんなことを考えながら、今日も読書に勤しんでいると、家の扉が乱暴にノックされる音が聞こえてきた。

 誰だ、せっかく人が気持ちよく読書をしているというのに。

 まぁ、どうせあいつらだろうけど。

 扉を開けると案の定そこにはいつもの4人組がいた。

 リック、トーマス、ルーカス、エリーだ。

 ここ3年で私たちの仲はさらに、深まった、のか?

 よくわからん。

 少なくとも私以外のこの4人は前より親密そうに見える。

 私も顔の見分けはつくようになった。

 一番の変化は身長だろう、前は全員同じぐらいだったが、今ではもうだいぶ差がついてきてしまっている。

 特に男3人が成長著しい。

 4人の中で一番背が低かったルーカスは今では一番背が高く、私と頭ひとつ分は差があった。

 他の2人も背が伸びており、私は今や彼らを見上げる形になっているのだ。


「本ばっか読んでないで遊ぼうぜ」


 リックはいつものように私の手を引っ張って外に連れ出そうとする。

 おい、こら、引っ張るんじゃない。

 なんでどいつもこいつも私を引っ張るんだ?


「村はずれの広場に行商人が来てるのよ」


 エリーが嬉しそうに言う。

 ふむ、それには少し興味が湧いた。


「本は、あるか?それかアクセサリー」


 私は期待を込めて聞いてみた。

 もしあれば欲しいものだ。

 この村で、本やアクセサリーの類を手に入れるのは難しい。

 この村では作られていないからだ。

 よってそれらを手に入れるには他の街から来る行商に頼るしかないのだ。


「さあね、行ってみないとわかんねーよ」


 トーマスが面倒くさそうに言った。

 なるほど、それもそうだな。

 私は本をしまうと、みんなについて家を出た。


「ごめんね、いつも」


 ルーカスが申し訳なさそうな顔で言う。

 こいつは見てくれは大きくなったが、中身は変わらないな。

 人間流の表現で言うと、優しいやつ、という感じ。

 私流に表現するなら、気弱なやつ、になるのだが。




 広場に着くと、そこには確かにいくつかの露店が並んでいて、人で賑わっていた。

 しかし、本屋は見当たらない……残念だ。

 ではアクセサリーはないかと探してみるが、やはり見つからず落胆していると、ルーカスが服の袖を引いた。

 なんだ?と振り返ると、彼は目を輝かせて商品の一つを指さしていた。

 それは綺麗なペンダントだった。

 装飾の施された銀細工の鎖の先に、小さな赤い宝石がついている。

 なかなか洒落たデザインだ。

 私はそれを手に取って眺めた。

 私の瞳と同じ赤色……

 いい、すごくいい。

 喜んだのも束の間、私は値段を見て固まった。

 銀貨1枚だと!? こんな小さな石がついただけのペンダントが、どうしてそんな高いのだ!

 ………わけがわからん………私そんなに持ってないよ……

 私はしぶしぶとそのペンダントを棚に戻した。

 結局、私は何も買わなかった……


「なぁ、あれを見ろよ」


 私が未練たらしく、歩いている帰り道、トーマスが声を上げた。

 見ると騎士が数名馬に乗ってこちらに向かってくるところだ。


「騎士だ!俺初めて見たぜ」


「行商人の護衛かしら」


 リックが興奮気味に言い、エリーが推測した。

 確かに今回の行商は規模が大きかったから、その護衛と言うのは納得できる。

 彼らはそのまま私たちの前を通り過ぎていった。

 輝く白銀の鎧、腰に刺した剣、そして彼らの纏う村の門番とは違った高貴な存在感。

 私たちはしばらくその姿を目で追った後、お互いの顔を見合わせた。

 なんだか特別な物を見たような気がする。

 私は沈んだ気分も忘れみんなとはしゃぎながら帰路に着いた。


「ねぇ、ヨル」


 いつもの広場までたどり着いた時、ルーカスが私を呼び止めた。

 見ると、ルーカスはなんだかモジモジしている。

 他の3人もニヤニヤしながらルーカスを肘でつつき合っている。

 ……………?

 なんだこいつら?なにか妙な雰囲気だな。


「あの………こ、これ……」


 そう言ってルーカスが差し出してきたのはあの銀細工のペンダントだった。

 ドクンッと私の心臓が跳ねた。

 なんで…これがここに?


「君に、受け取って欲しいんだ」


 私に……? くれるのか……? このペンダントを? 銀貨1枚だぞ……!?

 私は困惑したようにルーカスを、他の3人を見る。

 ルーカスは真剣な眼差しでこっちを見ている………他の3人は私を安心させるようにうなずいた。

 おずおずとペンダントを手に取る。

 それは私の手の中で揺れ、キラキラとした輝きを放った。


「ありがとう………母親も喜ぶよ」


「………ん?」


「あれ?」


「……うん?」


「はぁ?」


 私の言葉になぜか4人とも素っ頓狂な声を出した。


「えっと………なんでそこでヨルのお母さんが出てくるのかな?」


 ルーカスが困り顔で聞いてきた。

 他の3人も不思議そうに私を見ている。

 なぜって言われても……


「ずっと、母親にプレゼントするアクセサリーを探していたんだ!これは母親にぴったりだ、ありがとう!ルーカス!」


 その言葉を聞いた途端、ガクゥっとルーカスが地面に膝をついた。

 他の男2人も慰めるように肩に手を置いている。

 なんだ?

 私何か変なこと言ったか?


「……はぁ……ヨル、それはルーカスが君につけて欲しくてプレゼントしたのよ」


 なに?そうなのか……?

 私は改めて手の中のペンダントに視線を落とす。

 私なんかを着飾ってなんの意味があるんだ???


「ほら、瞳の色とお揃いですごく似合うわよ」


 エリーがそう言うと、みんなが同意するようにうなずく。

 ええ………


「お母さんのプレゼントはまた別の機会にしようぜ、な?俺たちも探すの手伝うから」


 むぅ……そこまで言うのなら仕方がない。

 私はしぶしぶとペンダントを身につけた。

 みんながほっとしたように一斉に息をつく。

 むぅ……なんか納得いかん。

 私は改めてペンダントのお礼を言うと、家路についた。

 家に帰ると母親が私の身につけたペンダントを見て嬉しそうな顔をしてくれた。

 似合っていると褒められ、嬉しくなった私はルーカスがプレゼントしてくれたと明かす。

 そうしたら笑顔だった母親がスンッと無表情になったのだが。

 母親よ、その表情怖いからやめてくれ。




♢♢♢♢




 …………………?

 ……なんだろう……?

 …なんだか………なつかしい感じが……する……

 私は目を覚ました。

 辺りはまだ薄暗い。

 外からかすかに馬の嘶きが聞こえる。

 隣で眠る母親を起こさぬよう、静かにベットから出る。

 なんとなく、枕元に置いてあったペンダントを手に取り身に着ける。

 外に出ると、昼間とは違いひんやりとしていて少し肌寒い。

 灯はどこにもなく、闇だけが広がっていた。

 やっぱり……何か感じる、なつかしい何か。

 私はその感覚に導かれるように歩みをすすめた。

 普段みんなと遊んでいる広場に、人影があった。

 浅黒い肌に白い髪、ねじくれた角が、夜風に晒されていた。

 その男はじっと空を見上げている。


「…………魔族」


 懐かしいと感じていたのは、彼の気配だった。

 今世では初めて会う、魔族。

 どこにもいないから、もう死滅してしまったのかと思っていた。

 嬉しかった。

 魔王だった頃の私を思い出させる存在が、まだ残っていたなんて。


「こんばんは!」


 だから、私は彼に声を掛けた。

 彼はゆっくりとこちらを振り向く。

 その銀の瞳も、酷く懐かしかった。

 私はまるで魔王に戻ったかのような気分になって、彼に歩み寄った。

 無防備に。


「こんな寂しい夜は、血を見たくなるな」


「うん?」


 魔族の男の手が振りかぶられる。

 その手に握られた刃の煌めきを私は惚けて見ていた………

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